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第四話 ウィンドウショッピング&カッフェ2

「つ、着いたね」

「そ、そうだね」

 駅から北へ北へと歩き、たどり着いたのは、新店オープンしてから数ヶ月を経、だいぶん落ち着いた感じのカフェテラス。そう。若者の聖地(?)、スターバックス。

 駐車場にはこんな半端な時間にも関わらず、そこそこ車が並んでいる。ガラス張りになっているため、店内もばっちし見える。やっぱり若い人が多いんだ。

 ここでこうしてても仕方ない。

 歩を進め、店内へと入る。「いらっしゃいませ」という声に連られて、顔を向けてみれば、茶に染めた髪をポニテにして微笑む、いかにも大学生なお姉さんお二人と、飲食店でその髪型はどうなの、と一言言いたくなるような鳥の巣みたいな髪型をした男性店員(でも胸のネームプレートには店長の二文字)。

 目の前には女子高生と思われる集団が並んでいた。部活帰りだろうか。休みにも関わらず、全員制服姿。

 カウンターのお姉さんの一人が、にっ、と笑ってわたしたちに微笑んだ。そこに突っ立ってないで、早くこっち来て注文しろの合図にわたしはびくんとする。

「ふーちゃんが先行きなよ」

「はいっ!?」

 流石にくの字は解消しているけど、へっぴり腰になっているふーちゃんに告げた。

 左腕を掴まれていたため体を揺らして引き剥がそうとしたが、がっしとふーちゃんはその腕を離さない。

「ど、どうしてそういうこと言うの? わ、私はじめてなんだよ? 経験ないんだよ? こ、こういう時って聖ちゃんがリードしてくれるべきなんじゃないの? ねえ?」

 傍から聞いたら勘違いされそうだからやめて。

 案の定、店内にいる人たちの視線が若干集まった。ふーちゃんの姿勢も目も引いてしまう。すぐに逸らされたけど。

 わたしは恥ずかしくなって、少し俯く。

「ふーちゃんが先行きなよ」

「やっ、だからあ、私、はじめてって言って、」

「ふーちゃんが先行きなよ」

「だからあっ、ねっ? おねが」

「ふーちゃんが先行きなよ」

「……?」

 壊れたゼンマイ仕掛けみたいに同じ言葉を繰り返すわたし。

 そんな私をじっと見、ふーちゃんは、

「あれれ?」

 と、きょとんした顔で言った後、皮肉気な半笑いを顔に浮かべた。

「へ? あれれれれれ?」

「……」

「ははっ。いや、まさか。あはは。まさかなあ。んなことないよなあ。ねえ」

「……」

「もしかしてアネさん、びびっちゃってます?」

「……」

 一向に応えるつもりのないわたしを見てさらに追撃をくれる。

「え? え? そんなわけないですよね? ほら、なんでしたっけ? なんか舌巻いて調子こいて言ってたじゃないですか? あれ、なんだったんすか? え? ほら、なんとか言ってくださいよ、ねえ? ねえ? ねえ?」

「……なにを言い出すかと思えば」

 わたしはたっぷり溜めて返す(流石に二分も掛かってない)。そんなわたしを無視し、ふーちゃんは頭を抱え出した。

「え? え? えー? ちょっと待ってくださいよ。私にあんだけ? あんだけ調子のいい言葉くれちゃってかーらーにー? 当の本人は? スタバはじめましてであるこの私にぃ? 全部注文任せて敵前逃亡ってわけですかい? ええ? 姐さん?」

 最早、言葉使いがやーさん魂と混じって意味不明になっているふーちゃん。身振り手振りを交えて横でひたすらオーバーアクションをしているのがひたすら鬱陶しい。

 姐さんって誰。

 なんでスタバが敵なんだろうと思いながらも、わたしは、ふっ、と蓮っ葉に笑った。

「……きん、ちょう……する。から……」

「あん?」

「……だからむり。行ってきて」

「はああああああん??? おおおおおおおん???」

 フレアスカート姿でガニ股で中腰になって、下から上へ睨め付けるように、鳴き声を上げ、イキリ散らかす変なTシャツを着たの女、姫野風優。残念なことにわたしの友達である。

「はあ、はあ、はあ。なるほどねえ。なるほどねえ。そうだよねえ、そうだよねえ? 私と違って、聖ちゃん都会っ子だけど、ヒッキーだもんねえ。こういうお店行ったことはあっても、注文は全部ママに任せて、自分はお家でってタイプだもんねえ? びびっちゃうのも仕方ないかあ!」

 なにも言い返せないわたし。下唇をぶうと尖らすことしかできない。

 抵抗するように、呟くように言葉を口にした。

「……そんなことないもん」

「ああああああん!? 聞こえねえなあ!?」

「……そんなことないもん!」

「そんなことあるだろおおー! こっちはキャラメルフラペチーノが飲んでみてえんだよ! ああん!?」

 うるさいな。

 勝手に飲めばいい。


 でも、わたしも飲みたかった。


 キャラメルフラペチーノが飲みたいとかそういうことじゃない。この暑い中、ここまで歩いてきて喉が乾いているからというわけでも決してない。違う。違う。違うんだ。ふーちゃんと一緒に――。ふーちゃんと二人で、一緒に飲んでみたいんだ。さっき見た、女子高生たちと同じように、楽しげに。仲睦まじく。

 そういう青春を、ふーちゃんと一緒に過ごしていきたいのに。お昼のときに、ああ言ってくれたときに夢描いていたのに。

 なんで。

「どうして」

「うん?」

 自然と、喉の奥からこみ上げてきてしまう声。

「どうして、こんなことになっちゃたんだろう……」

「え? 聖ちゃんのせいじゃない?」

「唐突に普通に戻るのやめて」

 わたしの涙混じりの声にも、ふーちゃんは間髪入れずに答えてきた。

 そんなことはと言い掛けるが、思い返してみたらだいたいわたしのせいだった。

「……」

 急に、なにをやっているんだろう、わたしはという気持ちが沸いてくる。

 こんなことでいがみ合っていてもなんにもならない。そうだ。今日はふーちゃんがやりたい女子高生っぽいことをして楽しく過ごす週末じゃなかったのか。

 それなのにどうして今こんなことをやっているんだろう。

 仲良く、

 仲良くしなきゃ。それは分かってる。けれど。

「~~~っ!」

 声にならない声を上げる。今更それを認めるのも恥ずかしい。そんな気持ち故か、我知らず、わたしはその場で地団駄を踏む。

 だんっ!だんっ!だんっ!

「聖ちゃん? どうしたの?」

 心配気なふーちゃんの声。ふざけていても、どんな時でも、ふーちゃんはわたしに優しい。そう。分かってる。意地を張っているのはわたしの方だってことも。

 突き出した下唇は自然と解かれていた。そして、ふーちゃんに向かって大声で叫んでいた。

「色々言っちゃってごめんなさい! 一緒に行こ! ふーちゃん!」

「聖ちゃん……っ!」

「ふーちゃん……っ!」

 ふーちゃんも大声で返してくれる。

 それが、最高にうれしい。

 それまで俯いていたわたしの瞳がふーちゃんへ向いた。見開かれたふーちゃんの瞳が、次第に優しいものへと変わっていく。視線と視線が重なり、お互いの手と手も自然と重なり合う。たったそれだけのことが、とてつもなくわたしたちに充足感を与えてくれる。

 今日一日の記憶が蘇る。

 あからさまなふーちゃんの見栄に芽生えたわたしの悪戯心、続く売り言葉に買い言葉、距離の近さが故に生じた、ちょっとしたボタンの掛け違い――。ここまで発展してしまった今日一日のいがみ合いが、ようやく今、終結を迎えようとしている。

「行こっ!」

「うん!」

 わたしたちは前を向いた。

 そうだ。征かねばならない。

 わたしたちは、わたしとふーちゃんは

 二人で――『キャラメルフラペチーノ』と、店員さんにたった一言告げてやるんだ。

 たった、たったそれだけでいいんだ!

 普通の女子高生のように。

 そのために。そのために、わたしたちは来たんだから。

 わたしとふーちゃんに影が落ちた。ゆっくりと視線をあげていく。

 照明に照らされ鼻から上に若干影が落ちた、さっきカウンターの中にいた鳥の巣みたいな髪型した店長さんが目の前にいる。

「……え」

「出禁ね」

 たった一言、青筋を浮かべながら告げられた。




 そのままお店を追い出され、失意のもと駅前へと舞い戻ったわたしとふーちゃんは、せめてもの想い出にと駅前にあるお土産屋さんでたいして欲しくもない地味ぃなキーホルダーを購入する。

 いくらなんでも、いくらなんでも、このまま電車に乗るには、あまりに――あまりに辛過ぎる。

 そう思い買ったキーホルダー。


 わたしは、何故だか見ているだけで辛くなってしまうのだった。

 まる。


「ウィンドウショッピングしてればよかったね」

「ね」



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