第三話 お泊り3
「てれれれて、てれれ、てれれて、てれれ、てれれててれれれ、てんてんてんっ」
「へったくそな歌だなあ、おい」
「ああん?」
「あひいっ!」
あひいて。
得意げに歌っているところを秒で煽られたので思わず凄んでしまった。いかんいかん。
蹲って丸まっている聖ちゃんに上から優しく語り掛ける。
「ごめんね、聖ちゃん。今のは聖ちゃんの報復みたいな煽り方が癇に障ったとかじゃなくて、単純に、私の触れてはいけない領域に土足で足を踏み入れたからであって……」
「弁解すればするほどおっかないんだけど……うん。わかった。ごめん」
さっきまでの流れも考慮すれば、ここからさらに煽られまくって喧嘩にでも発展しそうな雰囲気があったんだけれど、雰囲気を察してか、珍しくそこで引いてくれる聖ちゃん。
「今の歌、ヴィヴァルディの春? それか、間違ってたらごめんなさいだけど……もしかして……キューピーちゃんの三分であれするやつ?」
どうしてだろう。
涙がこぼれそう。
今の状況見れば、どう考えても後者だろうに。
音痴と言われ続けて幾億年。私ってそんなに歌ヘタなのかな。まさかキューピーちゃんの歌を、クラシックの定番曲と聞き間違えられるなんて(キューピーちゃんも元を辿ればクラシックらしいけど)。
「三分であれするやつで合ってるよ。流石に三分じゃ済まないだろうけど」
そう言って私は玉ねぎに包丁を入れた。
風呂入った後に、じゃあ次は料理を作ろうってことになったのだった。
聖ちゃんは当然のように「むり。できない」と言い、私が担当することに。
ミスド? マック? おやつだよ、あんなん。
「ふーちゃんってお料理できるの?」
「カレーとおしるこだったら作れるよ」
「なにその二択」
「そこに餅があったから?」
「……ふうん。なんで夏に餅?」
「おしるこ、いる?」
「いる」
よく喰うな、この娘は。
まあ、二択じゃなくて両方でも私は一向に構わない。キッチンに一人立つ私の後ろでちょろちょろ行ったり来たり暇そうに眺めている聖ちゃん。手伝う気は全く無さそう。
たぶん家でもこんな感じなんだろうな。
かわいい。犬みたいで。
そんなわんこ聖ちゃんの服装は、先ほどまで着ていた比較的まともな私服から大幅にチェンジしている。来たときに言ってたパジャマである。
パジャマって言っても、あのお子様がよく着る感じのしまむらに売ってそうなパステルカラーのペラペラなやつじゃなくて……、ネグリジェなんだよね。膝丈くらいの。うっすいピンク色で若干肌着が透けているやつ。
自分の格好を見る。何故にこれを二人して……OKサインだったりするのだろうか。
風呂上がり。私がそのまま寝間着のTシャツ短パンに着替えようとすると、「パジャマパーティーって言ったでしょ。はいこれ」って手渡されて、似たようなうっすい黄色い色したネグリジェ着させられたんだけど、ねえこれ私の知ってるパジャマパーティーと違うよ?
パジャマパーティーってこんなえっちな感じだったっけ? 小笠原と違って本州は進んでるなあ。
冷蔵庫から取り出した豚肉を適当に鍋で炒めながら、横目で聖ちゃんを見やる。
私の周りをうろちょろするのに飽きたのか、今はでーんと畳の上で大の字になっている。うーむ。だらしない聖ちゃんは普段と違ってちょいとエロい。
かと思えば、匍匐前進で這っていってテレビの電源ボタンを入れる。そして、勝手にスーファミの電源を入れ出した。自由な子やなあ。べつにいいけど。私のデータそのソフトにないし。
しばらく無言で私が料理をしている音と、聖ちゃんがゲームをしている音が響く。
聖ちゃんはまめにセーブをする慎重屋さんらしかった。
寝る間際。
私は布団に包まれながら、聖ちゃんも持参してきた布団に包まれながら、暗い部屋で天井を見上げている。
料理は上手いことできた。
聖ちゃんも大満足といった風で、おしるこ三杯目行こうとしているのを、直前に食べた量を考慮して止めておいた。
不満げだった聖ちゃんも、その後やったゲームで機嫌が良くなり(アナログじゃないやつ。テレビゲームは普通より若干下手レベルで出来るらしい)、ある程度遊んだところでの今である。
寝ようということになった。午後十一時過ぎ。良い頃合いだ。
明日も遊ぶもんね?
「ねえ」
そんな中、暗闇の中、聖ちゃんに語りかけてみる。
「……なあに?」
ぼんやりとした、今にも寝入りそうな声が遅れて返ってきた。
「聖ちゃんってさ。ずっと友だちいないの?」
訊き辛いこと。踏み込み難いこと。
敢えて問いかけてみた。
そのくらいの間柄にはなったんじゃないかなって。
しばらく待っても答えが返ってこない。寝ちゃったかな? それとも――って思ったところで、ぽつりぽつりと言葉が返ってきた。
「……ふーちゃんは、向こうにお友だちいる? まあいるよね。ふーちゃんだったら」
向こうってのは小笠原のことかな。
聖ちゃんの口調はどこか自嘲混じりでなんだかなあと言った感じ。
「いるよ」
「わたしも昔……向こうには……いたんだけど……こっちでは……はじめ……うまく……できなくて……」
「?」
よく聞き取れなかった。
向こうってなんじゃらほい。
「いけない。外しておかなきゃ」
「?」
何か言って聖ちゃんが突然立ち上がった。カーテンの隙間から差し込む月明かりと、聖ちゃんの顔が、立ち上がった瞬間、不意に重なった。
白い頬。黒目がちな瞳――いや、その奥に、なにか――……。
きらきらと輝くエクステがゆらゆら揺れている。でも、すぐに全てが漆黒の髪に覆われて見えなくなった。
私はそれを残念に思う。
今、一瞬、瞳の奥にすごく綺麗な輝きが見えた気がしたのに。まるでエメラルドに輝く宝石。揺蕩う穏やかな波。それはなんだろう。どこか懐かしい。小笠原の海。
――仮面を被ってるみたい。
「おやすみ。ふーちゃん」
「ん。おやすみ」
そうして翌朝、いつもと変わらない聖ちゃんの姿がそこにはあった。
聖ちゃんは朝の早い私よりも早起きで、私が起きた時には既に洗顔歯磨き等を終えていた。
聖ちゃんはぱちくりと瞬きし、寝ぼけ眼を擦りながら欠伸をかいている私に言う。
「おはよう、ふーちゃん」
「おはよう、聖ちゃん」