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第三話 お泊り2

 てりやきバーガーをはむはむと食べる。ふーちゃんはポンデリングの抹茶味をお茶で流し込み、次のエンゼルリングに手を付け始めた。

 ケンタはお兄さんに全部取っておくらしい。

 わたしはリュックサックの奥底からタッパーを取り出すと、ふーちゃんの目の前に置いた。

「これは?」

「お母様から。大豆サラダ。わかめ増量バージョン」

「ほほう」

 ふーちゃんはわたしの食生活の心配をしてくれているようだが、正直わたしは、自分の食生活にそこそこ満足している。たまに――結構な頻度で変な物が出てくるけれど、ちゃんと美味しいし、健康に気を使っているからこそ、ああいうメニューになるのだろう。お母様はお母様なりにわたしの食生活を真剣に考えてくれているんだ。

 ふーちゃんの方がよっぽど心配。

 何かにハマったら、細かいことを気にせずそのまま直進して行く子だし、元が辺境育ちの蛮族だから、都会的な刺激にはめっぽう弱いと見える。

 この先の経過観察においても、十分に注意し、与えるべきは与え、時にはふーちゃんが買った物でも、奪い去ってわたしが食べちゃうくらいの気概を見せていかなければ。ふんすっ。

「ところで聖ちゃん」

「なあに、ふーちゃん」

 エンゼルリングからはみ出たクリームがふーちゃんの頬に付いた。ふーちゃんはそれを綺麗に舌で舐め取ると喜びを噛みしめるようにして震えた。

 小笠原には砂糖が存在しないのだろうか。

 冗談でこばかにしてたけど、ふーちゃん自身が風評の原因なような……。

 わたしはそそそそと、ミスドの箱を自分の前に持っていく。これは全てわたしのものだ。

 豆でも食ってればいい。

「次なる女子高生的イベントは聖ちゃんが考えるって言ってたけどさ」

「言ってたね」

 タイムカプセルキャンピングを思い出す。


 大騒ぎだった。それはもう大変な目にあった。……ふーちゃんはどう思っているんだか知らないけど。

 大勢の警察官に追われて、びびったわたしたちは、そのまま山の中を逃げまくった。

 二人して彷徨っていると、野生の鹿の集団に遭遇、同じく野生の猿の親子が出現(なんでかふーちゃんは最初から猿と仲良くなっていた。思考レベルが同じなのかな?)、途中、ふーちゃんが非常食(?)の板チョコを猿の前で食べ始めると、猿の親子が突如興奮し始める。全速力で逃げたわたしたちは、足を滑らせて、川に落ち、山狩りしていた警官から救助され、リアルに肝を冷やすことになった。


 過ぎ去ってみれば楽しいって思えるけど……。

 もう一回やりたいかと言われれば断じてノー。

 今後もふーちゃんに任せていたら、どんな酷い目に合うかわからない。

「私もよく知らないんだけどね?」

「ふんふん」

 ゴールデンチョコレートを一口。粉がちゃぶ台にぼろぼろ落ちた。おいちい。

 ふーちゃんは器用にお箸で豆食ってる。

「女子高生的イベントで、友達の家にお泊りって、段階で言うと割と高めじゃない? 私が言うのもなんだけどさ」

「本当になんだね」

 いきなりディズニーとか言ってたのに。

「聖ちゃんが言ってた、友達として踏むべき手順――段階で言うなら、私的には十段中、六七段くらいだと思うんだけど。お友達の家にお泊りって。そこんとこどう?」

「そんなことないよ」

 粉をぼろぼろ落としながら言った。

「お友達のお家にお泊りなんて、こんなのお友達初段だよ初段」

「段ってそっちの段だったんだ……私、てっきり」

「てっきり?」

「聖ちゃんがしたかっただけかと」

 ぎくうっ。疑うような眼差しを向けてきた。わたしは取り繕うように、リュックサックの中からごそごそとトランプやジェンガや人生ゲームを取り出す。

「そ……、そんなわけないよ。ほら、こういうのとか、それからそれから……パジャマパーティーとか、朝までお話とか……お友達っぽいこといっぱいできるよ?」

「わー懐かしー。アナログ~。ていうかこれもそれも、女子高生っぽいことかなあ。小学生でやることじゃない?」

「どの口が」

「でもちょっとやりたい自分がいる~」

「でしょでしょ!?」

 そう言って身を乗り出すわたしに、それまであぐらをかいていたふーちゃんは片膝を立ててにやりと笑った。

「聖さあん。本当のところ、言っちゃいましょうや」

 ぽぽぽ。そう言われ頬が熱くなった。

 わたしは上目遣いで、時折瞳を伏せ、ふーちゃんを見る。そんなわたしを、ふーちゃんは取り調べ室で刑事が犯人に自供を促すみたいな感じで追い詰める。ふざけていると分かっていても、わたしはもしかしたらふーちゃんが求める女子高生像、女子高生的イベントから外れてしまったのではないかと、内心怖くなってしまう。

 これを用意しているとき、お母様に、ふーちゃんの為に何か作って上げられないかと頼んだとき、それを聞いたお母様が、今までこもりっきりだったわたしが、小中共にずっとお友達のできなかったわたしが、お友達のために、何かをしてあげたい、しかもお泊りしたいだなんて言い出したとき、お母様とパパは本当に喜んでいた。

 ……タイムカプセルキャンピングでは付き合うお友達は選びなさいって言われたけれど……。

 それは置いといて。

 ……正直、泊まりに行く相手が、この前のコレだと言うことは伏せているけれど……。

 それも置いといて。

 ……だからって豆渡してくるうちの親もどうかと思うけれど……。

 それも置いといて。

「ふううう」

「聖ちゃん? 大丈夫?」

 わたしはちょっと泣きそうになりながら自供した。

「……本当は、お泊りしてこういう、お友だちっぽいことしたかったの……ごめんなさい」

 僅かの沈黙の後。

「きゃ、きゃわい~っ!! んもうっ! んもうっ! 聖ちゃんったらっ。なんで謝るのっ! んもうっ! んもうっ! そういうことなら! 今日はいっぱいお友だちっぽいことしちゃいましょっ!」

 刑事から一転、ふーちゃんはオカマっぽい口調。ちゃぶ台越しに肩をばんばん叩かれる。痛い。いたっ、いてっ、……やめろ。

「えへへ」

 痛かったけど、なんでだかわたしは笑ってた。




 その後記述することは特にこれと言ってない。

 というか書きたくないんだけど、これでお泊り終わりっていうのはあまりにもあんまりだから、仕方なし書く。

 うん。

 二人でやる大富豪は、大富豪(五戦中五回ふーちゃん)と大貧民(五戦中五回わたし)しかいなかったけど、ずっとクラスの端で友だち同士がやっているのを眺めているしかなかったわたしからすれば、とても楽しかった。

 神経衰弱では、あほでばかっぽいふーちゃんの予想外の記憶力の高さに驚かされた。

 ジェンガは流石に分が悪かった。持ってくるゲーム間違えた。こういう感覚が試されるゲームで、ふーちゃんにわたしが敵うわけなかった。

 出会って間もないけどわかる。ふーちゃん、運動神経すごい。蛮族だのなんだの、ほんとは対等でなきゃいけない友達が、ぜんぜん、自分よりもすごいんだ、対等じゃないんだっていうの認めるのいやで貶めたりばかにしているのはあると思う。

 そんな自分がいやになる。

 運ゲーである人生ゲームではどうなのかと言えば、結果は見ての通りだった。

 だからしょうがないのだ。

 わたしはわたしを貶める。

「聖ちゃん、肩揉んでくれる?」

「うっ、うん。揉むっ。揉むよ」

「ケーイゴー! なってねーなー! おい!」

「は、はいっ! ごめっ、すいません! 揉ませてください!」

「あー。ジュースなくなちゃったあ。冷蔵庫にコーラあるから汲んできてくれる?」

「は、はい。わ、わかりました。氷は入れますか? 入れてもよろしいでしょうか?」

「聖ちゃあん。私、ちょっと疲れちゃったあ。膝貸してくれるう? 子守唄プリーズ」

「ね、ねーむれー。ねーむれー♪」

「へったくそな歌だなあ、おい」

「す、すいませっ」

「おほー! こっからだと乳山がよう見えよるわい! ほれほれ! もっとちこうよれ。良い乳してんなあ。おお? おおおお?」

「あ、ありがとっ、ございまっ、あ、あのっ、か、勝手に、さ、さわらないでっ」

「よおし! 次は野球拳でもするかあっ!」

「やってられるかあ!」

「あいだっ!」

 びたんっ! と、わたしの膝で今にもすやあ、と逝きそうな(そのまま逝けばよかったのに)、ふーちゃんの頭を平手でひっぱたいた。

「もー。なにすんのさ。聖ちゃん」

 おでこを擦りながら起き上がるふーちゃん。

「ちょ、調子に乗りすぎ……です」

「いや、もう良いって敬語。ていうか罰ゲーム有りでって言い出したの聖ちゃんの方じゃん」

「だって、やってみたかったんだもん」

 同級生は度々こういうことやっていた。とっても楽しそうだと思った。

 実際やってみたら屈辱の四時間半だった。

 二度とやりたくない。

「聖ちゃん、すんごいクソザコなんだもん。表情出やすいし、トロいし」

「うっ、うっ、うっ。うっ。クソザコじゃないもん。トロくないもん」

「はいはい。もう泣かない泣かない。はあい。お母さんの膝においでー」

 そう言って今度はふーちゃんが、己の膝を差し出す。

 わたしはそれを見てぽつりと言った。

「知ってる。これ、百合ってやつだ」

「……ネットとか見ない癖に、どこで得たのその知識」

「学校の男子たちが話してるの横で聞いてた」

「ふーん。う~ん、でも違うかなあ。これはどっちかと言うと」

「なに?」

「哀れみ――おふうっ!」

 思いっきり横転して、ふーちゃんのふとももに頭からつっこんでやった。




「ふう……」

 湯船に首まで浸かってから、さらに沈んで、顔の表面だけお湯の外へ出して息をする。そのまま十五秒ほど、ぼうっとしたところで、一度顔まで沈んでから、ざばっと肩を出し、ぐっと伸びを――したところで外から声を掛けられた。

「呼んだ?」

「呼んでない」

 一通り遊び終えたわたしたちは、お夕飯の前にお風呂に入ろうということになった。少し早い気がしないでもなかったが、ふーちゃんはいつも早めにお風呂に入るらしい。お泊りではじめて分かる、お互いの生活習慣の違い。それもまたお泊りの醍醐味。

 わたしはむふふう、と、湯船で一人ほくそ笑む。

「楽しかった……」

「あ、そう? よかった。来て? 背中、流してあげるから」

「……なんで当然のように入ってくるの?」

 スライド式の扉をそーっと開けてふーちゃんが入ってきていた。

 いや、気づくよ。なんでわざわざ気付かれないようにそーっと入ってくるの。当たり前のようにするのやめて。

「大丈夫だよ? 私も裸だし」

 小首を傾げるふーちゃん。自分で言う通り、脱いでいた。日に焼けた肌を上から下まで曝け出している。まるで隠していない。真っ白なわたしとは対照的な体。尻がでかい。

「なにが? 恥ずかしいから出てって」

「そう……」

 そう言って、唇を尖らせながらも、大人しく引っ込む。

「……」

 ちょっと悪いことしたかな。お友達だし、一緒に入るくらいはしてもいいのかもしれない。よくわかんないけど。でも、やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしいよ。

 と、また扉が開く。

「なにその格好」

 何故かスクール水着を着用していた。

「こうすれば恥ずかしくないでしょう?」

「一緒に入りた過ぎて、引く」

 そういえば、お友だち同士、お風呂に入り、裸を見ちゃってキャッキャウフフとか言ってた気がする。あれは温泉だったっけ。この狭いお風呂でそれを再現するのもどうなんだろう。よくわかんないけど、なんかいかがわしい感じがする。やっちゃいけないような。

「それ、恥ずかしがってる方がやるやつだよ?」

「あ、言われてみればたしかに。じゃあ、聖ちゃん、私の着たの着る?」

「お風呂の意味がなくなる……それもそれで嫌だし……いいよ、もう。一緒に入ろう? それ脱げば?」

「わっほーい」

 ふーちゃんはその場で水着をするすると脱ぎ始める。

 見てて、なんだか、その……。もう一度頭まで浸かった。


 体を洗いっこしたいというふーちゃんからの熱い要望は流石に拒むことができたけど、湯船には一緒に浸かりましたとさ。まる。


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