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第三話 お泊り

 ゴゴゴゴゴゴ……!


 心の中で渦巻くセルフ擬音。

「ふ……! ふ……!」

 ぴんぽんを押そうとしては指を離し、押そうとしては指を離しという動作の繰り返し。

 こういう時、スマホを持っていれば、ライン(?)で「着いた。開けて」で、済ませられるんだろうなと思ってようやくわたしはスマホの存在意義に気がつく。

 今は持ってなかった。

 じゃない。

 いつも持ってない。これからもたぶん持たないだろう。

 スマホはダメ。

 ゲーム、ユーチューブ、その他色々、現代の、脳みそ腐らす最大要素てんこ盛りデバイスだから(散々お母様はそう言っていたのに、何故か高校に上がる時、危ないから持ってなさいって言って買ってくれた。いらないのだが)。


 生まれてこの方、他人の家のぴんぽんなんて押したことが無いわたし。他人の家のぴんぽんを押したことが無いということは、自分の家のぴんぽんだって押さないわけで、ともすればぴんぽん押す機会自体ないということで。

 初めての経験は誰だって緊張するよ。そうだよ。

「帰ろう」

 わたしが踵を返そうとしたところで、そんなわたしの行動を見ていたかのように扉が開いた。

「や。帰っちゃダメでしょ」

 そう言って現れたのは、お、おと、お友達の姫野風優。

 ふーちゃん。

 南国育ち故の浅黒い肌に、日に焼けて少し茶色くなったストレートミディアムヘア。ピンクのタンクトップに黒のショートパンツという肌色成分が多めの格好をしている。ブラジャーの紐が見えてて、なんだかえっち。胸はそこそこわたし以下。お尻の方が大きい。南国育ちはお尻が大きくなるという話は本当なのかな。肌を見せたがるのは痴女の気があると、お母様は言ってたけれど、それも本当なのかしらとぼうと考える。

「なんだか失礼なこと考えてない?」

「考えてない。……聞こえてたの?」

 心の声のことを言っているんじゃない。

 帰ろうとしたところを、ツッコんで来たからだ。

 ふーちゃんは「いやあ」と頭をかきながらにへらっと笑った。

「壁も薄いしね。それに、玄関前であんな変な唸り声上げてれば誰だって気づくって。面白かったからのぞき穴から見てたー」

 どうやらわたしのゴゴゴゴは口に出ていたらしい。

 恥ずかちい。

 ぽっと頬に手をやる。

「ていうかさ」

「なあに」

「なに。その背中の大荷物。家出でもしてきたの?」

 ふーちゃんがわたしの背中のリュックサックを指差した。わたしはよいしょと抱え直す。

「違うよ。お泊りだもん。ふーちゃんは知らないかもだけど、これくらい普通」

「ふうん。そうなんだ」

 そう。本日、学校は土曜日で、お休みである。そして、明日は日曜日で、もちろん明日も学校はお休みである。


 今日、わたしは初めてお友達のお家にお泊りする。




「昭和にタイムスリップしたのかと思った」

「んなわけあるか。聖ちゃんって、時々……常時失礼だよね」

 二階建ての小さなアパート。

 ふーちゃんは、元々こっちに住んでいるお兄さんを頼って高校三年間だけ越してきたと言っていた。

 ……そんなに同年代の友達に飢えていたのだろうか。

 ――三年間。

 ぶんぶんと首を振る。


 さておいて、見た目は普通のどこにでもあるアパートだったから、中も普通かと思いきや、通された居間は畳にこげ茶の丸いちゃぶ台、一昔前のバンドのポスターが壁に飾られ、テレビは今どき珍しいブラウン管&チューナー。繋がってるゲーム機はたぶん三四世代は前のやつ。わたしの部屋とは正反対。

 貧乏なのかな。

「貧乏だ」

「聖ちゃん。思ってても言っちゃいけないことってあるんだよ? 心の中の声の方が表現が柔らかったのはどういうわけだい?」

「だから何で聞こえてるの」

「読唇術」

 うそつけ。

 くちびる動かしてないし。

 ふーちゃんは、

「お兄ちゃんの趣味なんだ」

 と、肩を竦めた。

 こればっかりは理解できないといった表情。まあ、新しいもの好きっぽいもんね、ふーちゃん。お兄さんは妹とは逆で昭和趣味ということか。

「それで? そのお兄さんはどこ?」

 緊張しながら訊いた。

 お兄さんと二人暮らしと言うから、もう少し広い部屋を想像していた。来てみたら真逆の1DK。

 つまり、同じ部屋で一緒に生活をしているということ。考えなしだったわたしも悪いけれど、言わなかったふーちゃんの方が悪い。緊張してきた。お腹痛い。帰りたい。

「ああ、お兄ちゃんなら今日帰って来ないから大丈夫だよ」

「そう」

 よかった。

「漫画喫茶で寝てって言ってあるから大丈夫だよ」

「……それはなにが大丈夫なの?」

 わたしは今ここにいて大丈夫なんだろうか、という疑問がわいてきた。

「すごいよね。あんなんどんなホテルよりすごいよ。私もお兄ちゃんに一回だけ連れてってもらったんだけどさあ。え。ちょっと待って! なにこれって感じ。もうヤバい。住めちゃう。住める。私、一生ここにいるって思ったもん」

「あー……」

「料理も出てくるし、ソフトドリンクも飲み放題! え? え? アイスクリームが出てくるんだけど! どゆことー? 今度また一緒に行くんだ~」

「一晩明かそうと思えば明かせるけど、そんな良い場所でもないよ……」

 漫画喫茶をあまり経験していないが故に、プラスの側面しか見えていないんだろうな。こっちに来る前から漫画喫茶に夢を見過ぎて、妙なフィルターが掛かっていそう。

 実際何度か足を運ぶと、寝るにはだいぶ不便な場所だと分かってくるんだけど。

 ……まあ、いないならいっか。

 お兄さんには悪いけど。

 部屋の片隅にまとめられている布団を見て尋ねた。

「お布団一組しかないけど……ふーちゃんとお兄さんいつもどうやって寝てるの?」

「え? 半分こ」

「……へえ」

 なんだかこれ以上つっついちゃいけない気がしてきた。

 ふーちゃんのお兄さんに対する扱いが謎だ。

 闇は闇のままにしておこう。ふーちゃん変人だし、そのふーちゃんのお兄さんも変人なんだろう。

「なんだか失礼なこと考えてない?」

「考えてない」

 よいしょっと、抱えていたリュックサックを床に下ろす。適当に勧められた座布団に腰を下ろした。ぺったぺただ。目の前の奴の胸みたい。

「そこそこあるっちゅうに」

 もうツッコもない。


 ふーちゃんも向かいに座って、わたしは改めて言う。

「臭い」

「めっちゃはっきり言うやん」

「話には聞いてたけど……」

 玄関を開けた時から匂ってはいた。ふーちゃんの言った通り、匂いじゃなくて臭い、と変換してもいいくらいの芳しいかおり。ケンタとマックとミスドが混ざったようなスメル。油と砂糖のオンパレード。嫌いじゃないし、むしろ好きだけど、混ぜちゃいけないものってあると思う。こんなところに住めるなんてふーちゃんは絶対おかしい。

「や。元々おかしかったか」

 聞こえないようにボソッと呟いた。

「なんか言った?」

「ゆってない。でも、いくら裏にショッピングパークがあるからって、この臭いはおかしいよ。この部屋の通気の問題? どっか穴でもあいてるんじゃないの?」

 ふーちゃんのアパートはショッピングパークの裏にあった。ちょうどマックの真裏。

 ショッピングパーク――スーパーとケンタとマックとミスドと百均とゲーセンと雑貨屋とマツキヨのテナントが大きな駐車場を挟んで並んでいる、この辺の人が集まる大型商業区画。

 一個の建物に複数入る形式じゃなくって、各テナントが割と大きめな店舗を構えて並ぶ。広い敷地面積があるからこそ可能なパーク。

 ふーちゃんの島みたいなとこにはたぶんないだろうけど。

 流石にこんな臭いを日頃から発していたら、近隣住民から苦情が来るんじゃないかな。

 他の一般的なお家だって、見渡せばここに来るまでたくさんあったよ。

 そんなわたしの言葉を聞いて、ふーちゃんは「アハハー」とあほっぽく笑いながら、ちゃぶ台の下から何かを取り出した。

「ででん!」

 な、ななんと! ケンタの箱とマックの紙袋とミスドの箱がわたしの目の前に現れた!

「この部屋が臭いの発生源だったか……」

「お昼まだだろうって思って。お兄ちゃんが出て行く前に買ってきてくれたんだ」

 ふーちゃんはやっぱり脳みそまでジャンクに侵されているんだろうな。

 小笠原諸島がどんなところか知らないけれど、ふーちゃんの嗅覚は、常人より優れているに違いない。アフリカに住むマサイ族は異常に視力が優れているっていうし、ふーちゃんもきっとそれに当たるんだろう。狩猟民族故の嗅覚異常発達。きっとそう。

 窓を開けて、何の匂いもしない、外の新鮮な空気を部屋に運び入れながら息を吐く。

 ふーちゃんが、

「ああっ! お外から焼き肉の香ばしい薫りがっ!」

 とか、嬉しそうに喚いていた。


 どうかしてる。


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