第二話 登山タイムカプセルピクニックキャンプ肝試し2
しれーっとした顔で言った。
その言葉を聞いて、私は心の中でうっと、呻く。
「うーん、やっぱり? いやあ、私もさあ。薄々途中から外したなーって気づいてたんだけどさー。なんかもう掘り始めちゃったし? 今更引き返すのもアレかなあって思って、とりあえずこのまんま進めとこうかなーって」
分かっちゃいたけど、指摘されると辛いもんがある。
やや滑り。
てれてれ言う私の手元から聖ちゃんはクッキーを一枚手に取った。
なんだかんだ優しいのである。さらにもう一枚。おういくね。いくね。
「そもそもふーちゃん、順番がおかしいよ」
ぽりぽりとクッキーを齧る。
「順番?」
「これ、たぶん、せめて高校卒業間近とか、最後の方にやるやつじゃないかな? 今だとわたしたち、大して思い出ないよ」
最もだ。
「あーでもね? 考えも無いではないよ? 夏、放課後、学校の裏山、タイムカプセル……わかんない?」
「SF?」
「そしてボーイ・ミーツ・ガール!」
「女子高生っぽいかなあ……。設定的には中学生っぽいような。ボーイでもないし。まあ、少年少女の内だけの体験って言われれば分かんないでもないけどね」
「でしょ? そんな雰囲気、分かるでしょ? ついでにほら! ロケーション的には、肝試しやキャンプもできるよ? あ、一応ね? それ専用に懐中電灯と道具一式も持ってきたんだ」
私は背負ってきたリュックサックのジッパーを開け中を見せた。中には万が一の為に備え、キャンプ道具一式――まあ、ここ最近多発している災害に合わせてお兄ちゃんが用意していたただの非常用防災セットが大半だったりするのだが――が、入っていた。
聖ちゃんは呆れが入り混じった半目でそれを見、
「欲張りセット過ぎる……だから登る時、あんなにがちゃがちゃ音鳴ってたんだ」
そして呟き尋ねる。
「ねえ、ふーちゃん。ちょっと確認したいんだけど、次の女子高生っぽいイベントってなに考えてるの?」
「え……?」
おずおずってか、恐る恐るみたいな感じで訊かれた。
私はぽっと頬を赤らめ(えっちな表情して)答える。
「二人でディズニーランド?」
「へたくそか」
「シーのがよかった?」
「初めてのデートで張り切っちゃった童貞みたいな発想」
聖ちゃんはちょっぴりえっちな事を言って頭を抱えた。
そんな変なこと言ったかな……童貞?
「うん。あのね? ミラコスタのホテルからライトアップされた噴水とエレクトリカルパレードを見るのが夢なんだ……夜景が絶景なんだって。あ、安心して? ホテル代はぜーんぶ、私が出しておくから。聖ちゃんは、なーんにも心配しなくていいんだよ? それとそれとぉ、私、処女だから。もうっ、聖ちゃんってば、童貞だって! うふふ」
「こっわ……」
ガタガタと震える聖ちゃん。ガタガタ聖ちゃん。
「あ、私の財源のこと? 優しいね。ありがとう。でも安心して? 溜めていたお年玉とお小遣いじゃちょっと足りなさそうだから、身の回りの私財を売ってこれから確保に走ろうと思うんだ。お兄ちゃんも協力してくれるって」
「やめて?」
なんで?
「わたしの貞操が危うい……ねえ、ふーちゃん」
「なあに。ひーちゃん?」
私は初めての共同作業をしてちょっぴり距離が近くなったはずの聖ちゃんをあだ名で呼んでみた。無論、はじめてである。
あだ名イベント。女子高生ならではなイベントではないけど、同年代女子同士のこういうのは、なんかいいよね。
ね?
しかし、ひーちゃんの顔が心底嫌そうっていうか、露骨に引いていたので、そのあだ名になんかトラウマでもあったのかな? って思って私は控えることにした。私ってば偉い。
「ふーちゃん。こういうのはね。段階っていうのが大事なんだよ。踏むべき手順があるの。分かる?」
「私たちの仲ってそんなに進んでなかった?」
「ないかな」
「しゅん」
「はあ。よく知らないけど。ふーちゃんがやってるのはね? これから登山を初めようって人が、いきなり八ヶ岳を目指しちゃうくらいに無謀なことなんだよ」
どのくらいの難易度なのかさっぱり伝わってこなかった。なんで八ヶ岳?
エベレストとは云わずともせめて富士山とかの方がそれっぽいのでは。
長野ってことで八ヶ岳を持ち出してきたっぽいが。こう見えて意外とアウトドア派? って、そんなわけないよね。この程度の山と穴掘り作業でひいひい言ってるんだし。大方適当に知ってる山の名前を出しただけだろう。それに、八ヶ岳ってくらいだから色んな高さと難易度の山があるのでは?
――そう遠くない将来、私たち二人は理由あって、その八ヶ岳を登ることになるのだが、それは全く別のお話。
と、いう伏線を心の中で張ってみる。実行されるかどうかは知らないし、特に意味はない。
「つまり?」
残る缶クッキーをまとめてばりばり齧って問い返した。聖ちゃんが一瞬物足り気な顔をしたが、時既に遅し。
尚も続く、聖ちゃんによる八ヶ岳サイクロペディアを、これ以上聞くのがめんどかったわけでは決してないのだ。
「うん。次の女子高生っぽいイベントはわたしが考えるね。ていうかさせてね?」
「あ、はい」
ずいと顔を近づけられたので、思わず頷いてしまった。
そんなに山登り大変だった?
「さて」
気を取り直す。休憩も終わった。缶クッキーも消化し終わった。
「埋めますか」
「うん」
聖ちゃんもなんだかんだ言ってちょっと顔がほころんでいる。
うんうん。今どきやらないってことは、つまり、あんまり日常的にそうそうやることでもないってことだよね。非日常ってのは何時の時代もわくわくするものだ。
「で? 聖ちゃん、なに持ってきた? 私はこれー」
そう言ってリュックサックから取り出したのは、わざわざこの為にプリントアウトしてきた聖ちゃんの写真だった。もちろん、私も一緒に写っているやつもある。
「思ったより普通だね」
「うん。まあ」
体験にこそ意味がある感はあるよね。缶だけに。
正直、聖ちゃんが言った通りあんまり思い出ないし。
それに。
「大事なもん埋めるのも嫌だしね」
「おい」
まあ、データとして残っているのに、紙の写真が今の時代、どれだけ価値があるのかって問われたら微妙なとこだけど、データって何かの弾みでうっかり消しちゃったりするからね。だったら埋めとくのもアリだって思うのよ、私は。
「例え思い出して掘り返しても、経年劣化で何映ってるかわからなくなってそう」
現実的な指摘はやめろ。そのためのジップロックだ。もちろん缶は防水テープでがんじがらめにする。
「で? 聖ちゃんは?」
「これ」
そう言って聖ちゃんの通学鞄から出された物を見て私は呻く。
「うわあ」
まさしくうわあ。迫真のうわあ。
それは私たちにとってある意味、数少ない思い出の品だった。
「封印しておこうって思って」
思い出は封印されるらしかった。
うん。そうだね。これは封印しておこう。あんまり触れないでいきたい。ていうか、できれば思い返したくない。苦い想い出であり、冷静に考えれば、あの時の私たちはどうかしていた。
嫌な物には蓋をするってやつか。
そうして思い至る。ああ、なるほど。こうして永遠に掘り返されないタイムカプセルが全国の穴という穴に放置されていくんだろう。
「さてと」
「うん」
じゃ、埋めますかってことで埋め始めた。掘るのは大変だが、埋めるのは結構簡単だった。ものの数分で終わってしまう。
「掘り返すのっていつ?」
「さあ。三十年後くらい?」
聖ちゃんの問いに適当に返す。そこんとこは真剣に考えていない。私がやりたくてやっただけだし。
聖ちゃんが遊んでたせいでべっこんべっこんになったクッキーの缶。それが再び私たちの前に現れるのは一体いつのことなのだろう。
「わたしたちって三十年後も一緒にいるの?」
「…………」
ふと。何気なく聖ちゃんは訊いた。その問いに私は答えられない。
何故なら――……って、雰囲気出したけど、ぶっちゃけそこに深い意味は無い。
ただ、単純に。
「あー、ごめん聖ちゃん。スマホの電池切れちゃった」
「は?」
辺りはもう真っ暗になっていた。
蝉も声を潜める時間帯。ミンミンゼミがツクツクボウシに代わり、それもとっくに終わって、今はどこかから蛙の大合唱と、様々な虫の鳴き声が聞こえていた。ああ、やっぱり私んとこの山とは大分違うなあと、ぼんやりと思う。決して現実逃避じゃない。
「どうやって帰るの?」
んなこと言われてもね。
「道覚えてないや」
こっち来て一ヶ月だよ、私。道どころか地名さえ曖昧だ。
聖ちゃんは――まあ、聖ちゃんだしなあ。外とか全然出歩かなそうだし。ていうか聖ちゃんもわかんないから訊いてきてるんだろう。いくら近所でも、山なんて普通入る機会ないよね。
それに、どこに埋めるかで結構あっちゃこっちゃ歩き回っちゃったし。その間、スマホのナビは全然役に立たなかった。
私たちの間に沈黙が落ちる。
「聖ちゃん……スマホは?」
「使ってないからいつも家に置いてきてるって前に言わなかったっけ?」
「携帯しろって前に言わなかったっけ?」
そうして――……、奇しくも、私と聖ちゃんによる本格的な肝試し&キャンプ編が始まるのだった。
つづく。
嘘。つづかないよん。
この後、帰ってこない聖ちゃんを心配したおばさんが、学校に連絡してちょっとした騒ぎになったらしく、聖ちゃんと一緒にゆるキャンしているところを警察に発見されて、おばさんとお兄ちゃんからめえっちゃ怒られて、深夜十二時を過ぎた頃にようやく私と聖ちゃんは解放されて、私と聖ちゃんのひと夏の大冒険は終わりを迎えたのだった。
標高千二百メートル。
小笠原と違って、長野の山って高いし深いなと実感した夏。