第二話 登山タイムカプセルピクニックキャンプ肝試し
「それで、ふーちゃん、なんで、私たちは、放課後、学校の裏山で、穴を掘ってるの?」
つかれた……交代して……――と、情けないことを言い、聖ちゃんは私にシャベルを放り投げた。
「あぶなっ」
シャベルの刃先が槍みたいに飛んできて慌てて回避する。シャベルは勢いそのままザクッと後方の地面にぶっ刺さりピーンと屹立。
おおう……真逆、私の方が槍で退治されそうになるなんて。何気ない日常の会話から、すげえどうでもいい伏線回収。
私の声など無視して聖ちゃんはその辺にあったでっかい岩に腰掛けた。
「なっさけないなー! これくらいでへばるなんてー!」
私はシャベルを引き抜いて、試合に敗れたジョーみたいになってる聖ちゃんに声を掛ける。
「都会人たる私を……、田舎の辺境民族と一緒にしないで……」
「よし埋めよう」
長野が都会なのか大いに疑問だが、島育ちの私からしてみればだいぶん都会である。
「だから……なんで……穴……」
「これ、食べる?」
「……いらない」
応えず、ぜえぜえ息を吐く聖ちゃんに(そんな疲れた?)缶クッキーを差し出した。あのでかい弁当箱みたいなサイズの缶に、色んなタイプのクッキーが入ってるアレである。何故かよくホームセンターで売っている子供ながらに大変テンション上がるクッキー。
聖ちゃんは一、二秒缶クッキーを眺めた後に目を逸らした。お気に召さなかったらしい。
私は背負ってきたリュックサックから水筒を取り出すと、こぽこぽと蓋に液体を注いで聖ちゃんに差し出した。中身は私特製粉ポカリ。
手にとってごくごくと喉を鳴らす。今度はお気に召したようだ。
私はすっと再び缶クッキーを差し出す。
「け」
東北人っぽく言う。
聖ちゃんは心底嫌そうに一枚のクッキーを手に取った。うん。水分があればバタークッキーだって流し込めるだろう。私たちでこの缶の中身を空っぽにせねばならないからな。一人の乙女にこの量のクッキーは酷だ。二人ならばまあなんとかって量だ。巻き込まれ聖ちゃん。
「ピクニックみたいでたのしーねっ!」
小首を傾げてにっこりと満面の笑みで言ってみた。
対する聖ちゃんは何言ってんだこいつみたいな顔。
私の見ている前で聖ちゃんの頬に一筋――いや、三筋――汗が垂れた。
「……死ぬほどあっついよ?」
七月中旬。
夏真っ盛りであり、且つ、山中とあって、虫刺されや枝葉等を心配して、聖ちゃんは長袖長ズボンを着用していた。そりゃあ暑いだろう。いつものイカれた制服姿とは違って、きちんとした学校指定の運動着である。
ちなみに私は制服だ。
今日何をするのかは聖ちゃんに心から楽しんで欲しかったため、内緒にしてあった。
「知ってるけど、それがどうかした?」
全く似合ってない運動着姿を見て言った(運動着を改造する技量と発想はどうやら持ち合わせていなかったらしい)。
「ピクニックって普通、春に行くものじゃないの?」
「こっちの常識を――」
「たぶん一般常識だよ?」
一般常識かどうかは置いておいて、まあ、世間一般の常識に照らし合わせればそうだろう。だいたい四月から五月くらいの暖かくなってきた時期にやるイメージだ。この時期だとなんかもうキャンプって感じ。
「しかも夕方だし」
夏とはいえ、放課後、十七時も過ぎれば、日も傾き始める。まだまだ明るいが、もう少し時間が経てばこの森の中だと、少々危険かもしれない。
思えば、山を登るのに少々時間を喰い過ぎた。流石の私も個人の敷地の山に入って行って、勝手に穴掘りするほど非常識でもないから、ロリ先生に「学校が所有してる山って無いっすかねー?」って駄目元で訊いてみたのだ。したらあった。びっくり。「あるよ~? 穴~? ちゃんと戻すんならいいよ~?」だって。そんなこと知ってることといい、即許可出してくれたことといい、ロリ先生って、意外と偉いのかな?
んでもって年いってる?(本人には決して言わないよ!)
だがしかし。裏なら近いかと思いきや、この山結構遠いのだ。行程もちょっとした遠足気分。なんだってこんな山持ってるのかって言えば、うちの学校小中高一貫だから、昔、小学生のハイキング用に当時のイカれた校長が購入したらしい。今は使わず放置放置で荒れ放題。放置期間は十年やそこらじゃきかないらしい。とんだ無駄金である。
私はこれで行くの二度目だったけど、土地慣れしていないのもあって、ナビもこの暑い中バンバン使っちゃったもんだからスマホのバッテリーが後僅かしかない。
私は、「うしっ!」と、気合を入れ直す。
聖ちゃんが掘ってくれた固い地面にシャベルの刃を突き立てた。えんやーこーらーどっこいしょー……げ。粘土みたくなってる。かってー。
「それにピクニックって、女子高生っぽいかなあ? どちらかと言うと、家族連れの親子とか小学生のイメージ」
ぽりぽりとまるでハムスターみたいにクッキーを齧る聖ちゃん。一口でいけ一口で。残りこんだけあるんだから。
「お夕飯食べられなくなっちゃう」
「かわいいかよ……非常食あるよ?」
「何故……お母様に怒られちゃう」
「あ、そりゃマズい。私が食べるよ」
あのおばさんがマズいとかじゃなく、ただ単に食う気力が無いから全部私に押し付けただけの気がしないでもないが――けどま、しゃあなし。残りは全部私が食べるか。
「ていうか、ピクニックとその穴とこのクッキーに何の繋がりがあるの?」
「うふふのふっ! さーて! なんでしょうかっ! このミッシングリンクを君は解き明かせるかな? 制限時間は一分間! ターイムショック! チチチチチ」
「そんなあからさまなヒント出してくれなくても分かるよ。何でもいいから宝物一つ持って来てって言われれば」
小芝居し始めた私に聖ちゃんは溜息を吐いた。
分かり切ったことをそんな風にやられてもってな顔だ。
「タイムカプセルって……今どき小学生でもやらなさそう……」
手に持った缶の蓋をべこんべこんいわせて弄んでいる。おうやめろ。蓋閉められなくなっちゃったらどうするつもりだ。
「思うに私、小学生の頃、学校の授業とかでタイムカプセルやらされた子っていっぱいいると思うんだけど、その中の内、一体何割が、大人になった時、実際にタイムカプセルを掘り返したんだろうね?」
「なに突然……うーん? 授業でやるかは置いといて。一割もいかないんじゃないかなあ。友達同士でやったってたぶん忘れるよ。例え大人になって思い出しても、じゃあ掘り返そうかっていう風にはならないんじゃない?」
答える聖ちゃんに、私はわざとらしく髪をかきあげた。
「ほら。そんなのって悲しいじゃない? 私と聖ちゃんはそんなんじゃないんだぞって。大人になった時、こんなこともあったねって二人で笑い合いたいじゃない?」
「……私たちってそんなに時を積み重ねてたかな。出会ってかなり間もないんじゃ。ていうか、ふーちゃん?」
「なあに? 聖ちゃん」
一メートルくらいの細穴を見て満足する。ふう。こんくらいあれば大丈夫だろう。さて、持ってきたウェッティで手を拭ってさっさとクッキー平らげなくちゃ。そろそろ辺りも暗くなってきたし。
「やっぱり女子高生っぽくないよ、これ」