第六話 お誕生日パーティ改5
そう言って再度部屋を出て行った。
しばらくパパさんと一緒にサッカーの試合を眺めていると聖ちゃんが戻ってくる。
小皿が続いていたが、今度のお皿はやけに大きいな。
なんだろう。下から見上げると、上の方にでっかい塊があるのが見えた。形状的にチキンだろうか?
「ひぇっ」
しかし、チキンとは色が似ても似つかない。
らしくもなく悲鳴を上げてしまった。それだけとんでもない色合いだったのだ。
お皿の上には、楕円を描いたハンドボールぐらいの大きさの物体が横たわっている。色としてはそう、たけのこに青カビが生えた感じ? 虫のお腹? 王蟲?
まあ、兎に角、クリーム色で斑模様。
周りが薄い皮に覆われている。楕円の薄皮が真ん中で真っ二つに切られていて、中身が溢れだしている。気味の悪い色合いの原因はこの中身だろう。
これが薄皮を伝って見えている……ハンバーグの種を色薄くしたみたいなこれは――。
私は素直に感想を述べた。
「キモい。キモイキモイキモイキモイ。ムリ。私ムリだからね」
食べる前からムリだった。
見た目、でっかい虫の腹のじゃん。
「ハギスだよ」
名前を聞いてもなんなのかさっぱり想像つかない。
「羊の胃袋に羊の心臓と肝臓と腎臓と肺をぐちゃぐちゃにして詰めた物体だよ」
「聞かなきゃよかった……」
ええ? どういう経緯でこれを作ろうと思ったの?
それぞれの臓器を別々に食べるんならまだしも理解できそうなのに。
まあ、ウインナーだって製造工程よくよく考えたら大概だけどさ。でもね? 色合いってもんがあんじゃん。人の食すものには。
食わせる色してないよ。コレ。
「かつてフランスの大統領が『ハギスのようなひどい料理を食べる連中は信用ならない』って言って、国際問題になったんだよ」
「その手の逸話多すぎじゃない?」
フランス大統領ももうちょいオブラートに包もうぜ。
向こう風のジョークなのだろうか……。いや、私も外交の場とかでコレ出されたら帰るかもだけど。
フランスではない、と。
「まあ、うちの国も『ごもっともです』って返しちゃったんだけどね」
認めちゃうんだ。
ほんと、どこの国だよ。
聖ちゃんのいらん解説を聞きながらも、添えられたスプーンで、その溢れ出したそぼろみたいな中身を掬い取り口へと運ぶ。覚悟を決めてそっと一口もぐもぐ。
「ごめん、聖ちゃん、これ私無理」
臭い。とにかく獣臭い。レバーとかが苦手な人はダメだろう。ましてや羊である。羊は非常に癖が強く人を選ぶ。その羊の臓物ミックス……さっきと違って肉は肉なのだが。さらに種々雑多な臓物を混ぜ合わせたことによる複雑怪奇な食感も人を選ぶ。
たぶん、年重ねて舌の肥えた大人だったらイケるんじゃないかなってお味だった。
素直に言おう。
「不味い」
「残念」
その聖ちゃんのリアクションに、私は凹みながらこぼした。
「……はあ。これで、ピザ揚げよりももっとすごいのはお預けかあ」
「あ、もういいよ。飽きてきたから。あげる」
飽きたて。やっぱ私にゲテモノ食わせて遊んでたんじゃん!
でもやった! またジャンクにありつけるぜ!
「はい。これ。さっき一緒に作ってきた」
今度はピザと違って四角かった。お皿じゃなくて、紙包みで包まれていたため、そのまま聖ちゃんから手渡された。
油の匂いはする。が、他に匂いがしない。さてさて。何を包んでいるのやら。
さくっといっちゃうよ!
「むっ!」
こ、これは――……!
「揚げマーズバーって言うの。マーズバーは……こっちだとスニッカーズかな? 食べてみたら分かるだろうけど、マーズバーはスニッカーズをさらに甘くした感じね。それを衣で包んで油で揚げたお料理だよ」
発想が狂ってる。
「学生が冗談で、『このマーズバー揚げてくれよ!』って頼んで、お店の人が本当に揚げちゃったのが始まりって言われているんだよ」
エピソードも大概おかしい。
が、食の始まりなんてだいたいそんなもんかって思いながらさらに一口かじる。
さくっとした衣を歯で破ると、中からチョコレートバー(!)が顔を出し、そして、そのチョコレートバーを破ると、これまた中から水飴みたいな熱いキャラメルがでろっと飛び出してくる。
甘い。甘い。激烈に甘い。
激甘。これまで食べたどんな食べ物よりも甘い。チョコやケーキの比じゃない。
そこに揚げ衣のカロリーを上乗せするという狂気の沙汰。
素直に言おう。
「脳がバグりそう」
「おめでとう。これでふーちゃんも我々の仲間入りだよ」
そんな、ヤバめなお薬に手を出しているグループの入団テストみたいに言われても。
しかし、舌と脳みそがおかしくなりそうなのは事実だった。
衝撃ジャンキーと猛烈にしょっぱいのと激烈に甘いのと血生臭いのと獣臭いのに続く、この尋常ではない甘さでマジで私の舌と脳がヤバい。
ヤバい以外の感想が浮かんで来ないくらいになんかもう頭がアレ。
大丈夫なの? 私?
うへ、うへへ。でもでもぉ、あまぁ~い。あまぁ~いんだも~ん。しかたないよぉ~。これにはさからえないよぉ~。これにさからえるひとなんているのぉ~? ざく、ぱく、でろ、でろろん、えへ、えへへ、あま。あまいよぉ。あまぁ~い。うふふふ。ふふ。
おいち~い!
はあ。幸せ。昇天しそう。
「これ一個で二千キロカロリーは固い」
「死ぬわ」
夢から覚めるのは早かった。
2000て。
成人女性の一日の摂取カロリーがだいたいそんくらいなんだけど。
さっきまで私が食ってた分と合わせて何千キロカロリーいくんだよ。殺す気か。
……今更だけど、聖ちゃんの食事が健康的、というよりは若干質素だったのって、ちゃんと理由があったんだな。
たぶん、お母さんがカロリーコントロールしてたんだろう。私はてっきり、お母さんのよく分からん健康法に巻き込まれてるんだとばかり思ってたけど……。さっきからそこでサッカーに夢中になってるパパさんも原因っぽいな。
「止めた方がいいって警告すればするほど、広まる謎のメニューとしても有名なの」
「現代に蘇った都市伝説?」
「六十まで生きてられればマシな国」
「今すぐ禁止にしてしまえ」
いつの間にか失くなっていた揚げマーズバー。手には包み紙だけが残されている。舌と脳はまだまだこれを欲しているが、私はぶるぶると頭を振って――今この動きをすると禁断症状に見えるかもしれないが――改めて言った。
「これで終わり?」
「うん」
こくりと頷く聖ちゃん。
「聖ちゃんの出身国ね」
「分かった?」
「いいの? 答え言っちゃって?」
「へ?」
聖ちゃんが驚いた顔をした。




