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第一話 机をくっつけお昼ごはん

「え、と。つまり? ふーちゃんは何がしたいの?」


 昼休みの教室。

 机をくっつけてお互いお弁当を広げるという行為に、私は涙を流しつつ答える。

「は? 聞いてなかったの? もう一回始めから言おうか? まず私が聖ちゃんっていうイカした子と友達になったでしょ?」

「それはさっき聞いた……イカれたって言ってなかった?」

「ゆってない」

「そうだっけ……ところで、何でふーちゃんは泣いてるの?」

「同年代の子の友達と、こうして机をくっつけて、お昼を共にするという行為の尊さをあなたは知らない」

 ふ。島民数五百人は伊達じゃあねーぜ。

 小中一貫校で生徒は私含めて五人だったからな。先生はもち一人よ。元気でやってるかな、あいつら。

「はあ。辺境民族って大変」

「なんだと。私の故郷馬鹿にするなんて。例え聖ちゃんでも許さないよ? 島に入った瞬間、槍でぶっ殺す」

「北センチネル島のご出身なの?」

 安心して。たぶん行かないから――、なんて寂しいことを言って聖ちゃんはお弁当の蓋を開けた。おうふ。あのおばさんが作りそうなお弁当だ。

「おばさん、今度は何にハマってるの?」

「大豆健康法だって」

 お弁当の面積の半分ほどを占める白いご飯の横には、大豆と昆布とワカメのサラダ、黄色く着色された(カレー粉?)大豆、揚げた大豆、炒った豆が群雄割拠している。見た目、色の違うでっかいご飯粒を一緒に並べてみましたみたいな感じで、若干キモい。ちゃんと分けてないものだから、大豆の黄色と茶色がご飯に付いちゃってる。

「お母さんの健康法に巻き込まれる娘ってどんな気持ち?」

「ひもくじって知ってる?」

 ふむ。つまり、当たりハズレがあるってことだろう。やったことないけど。数あるくじの中で何故ひもくじに例えたのかは謎である。当たり率に関係しているのかな。

 ちなみに私はやったことない。

 聖ちゃんの表情を見る限り、どうやら今回のメニューはハズレに該当するようだった。私は自身のお弁当の蓋を開け、聖ちゃんの前にすっと差し出した。曇っていた聖ちゃんの表情がパッと華やぐ。ふふ。やっぱりそうでないと。

 聖ちゃんにそんな表情させるわけにはいかねーぜ。

「これは?」

 期待を込めて聖ちゃんが訊いてくる。

「定番……定番……これこそ女子高生の定番……」

「やだ。怖い」

 せっかく華やいだ聖ちゃんの表情が、様子のおかしい私のせいで、恐怖に染まった。クールに見えて意外と感情が面に出やすい子なのだ。聖ちゃん百面相。いかん。こんなつもりではなかった。気を取り直して私は叫ぶ。

 えー。ごほん。んんっ。

「お弁当のおかずの交換っこがしたーい!」

「そんな大声で言わなくても聞こえてる……」

 何事かと教室中の人間たちが私たちの方へと視線を寄越した。私はピースで返しとく。聖ちゃんが恥ずかしそうに俯く。がしかし、その視線の先にあるのはやはり私のお弁当。

「お主も好きよのお。ふふ。あ? これか? これがええのんか?」

「ふーちゃん。パパみたいでキモい」

 どんなパパさんだよ。そっちのがキモいわ。

「これが良い……」

 そう言ってぴっと差し示したのは、唐揚げだった。ううむ。動作一つ一つが可愛らしい。はにかみ聖ちゃん。そして、迷わずメインどころである唐揚げを選択する辺り、可愛い顔して、とんだ畜生である。

「おふふふふふ。聖ちゃんにだんだんと私のジャンキー精神が伝染されておるわい」

「唐揚げってジャンクフードなの?」

「さあ?」

 適当な会話だった。

「ところで」

「はい?」

 聖ちゃんのお弁当から適当に炒った大豆を摘む。うーむ。十代少女のメインのおかずにするには、なんとも言えない味。む。この揚げたやつは美味し。カレーも案外イケるね。さて。お次はサラダ――。

「ねえ、食べ過ぎじゃない?」

「唐揚げもう一個食べていいよ」

「ほんとうにっ!?」

 信じられない者を見るような目をされた。

「や、べつにいーよ? 聖ちゃんのその笑顔が私のなによりのおかずになりやすんで。でへへへへ、へへっ!」

「ふーちゃん、パパみたいでキモい……」

 だからどんなパパさんだよ。

 ふう。聖ちゃんのパパ。このアーティスティックなダウナーな子のパパだからな。なんとなくいつかのデヴィッド・ボウイみたいな奇抜な格好をした長身の細身の男が浮かぶんだが。どうだろう。

 聖ちゃんの食生活が心配になった。与えねば与えねば……。

「なんか怖い顔してる……話、進まない……。ねえ、だからさっきの話なんだけど、ふーちゃんは一体何がしたいの? わざわざ辺境の島からお兄さんのとこに越して来てまでしたかったことってなに?」

 辺境は余計だ。

「ふ」

 私は自嘲するように笑う。

 そして正面を見つめ、声を大にして叫、

「あ。叫ばなくていいから」

 ぼうとしたところで、聖ちゃんから無慈悲な待ったを掛けられたので、仕方なく私は聖ちゃんに顔を寄せて、小声で言う。


「女子高生っぽいことがしたいの」


 少し頬が赤くなっているだろう私の顔を聖ちゃんはまじまじと見て、小首を傾げた。

「女子高生っぽいこと?」

 こくりこくりと頷く。

「パパ活?」

「違うわ!」

「違ったか……」

 本気で当てにいってたらしい。私への印象を問い詰めたい。

「てっきりえっちな表情してたからそっち系かと思った」

 私はてっきりえっちな表情をしていたらしかった。マジか。これからはおちおち赤面もしてられないぜ。

「女子高生っぽいこと?」

 もう一度尋ね返されたので、再度頷く。

「え――」

「あ。天丼は入らないから」

「っとお……」

 ボケを潰された恥ずかしさからか、今度は聖ちゃんが赤面する番だった。まあ、ぶっちゃけ言ってもそんな面白くなかったろうし、潰しといて正解か。最早、どっちが話の腰を折ってるんだか分からない状態だ。聖ちゃんは、頬を掻き掻き、そっぽを向いている。

 しばらくしてみても聖ちゃんは結局思いつかなかったのか、三度尋ね返した。

「つまり、なにがしたいの?」

「知りたい?」

「あんまり……」

「つまりね、」

 豆をつっつき始めた聖ちゃんを横目に私は語る。

「私の島はね。それはそれは美しい場所だった。うん。そこは分かってる。理解してる。青い海、色とりどりのサンゴ礁、緑溢れる森に、たぶんこっちだとあんまり見ない鳥とか動物とか虫その他。気候も暖かくて、人も穏やかで、シーズンになれば、観光にやって来る人たちだっていた。恵まれた環境だったって自分でも思う。

 けれどね、なんにも無いの。こっちと違って、コンビニだって無かったし、ツタヤだって無かったし、ケンタだって無かったし、マックだって無かったし、ミスドだって無かったし、バーガーキングだって無かったし、ゲーセンだって無かったし、ディズニーだって無かった――」

「ディズニーは千葉にしか無いよ? ツタヤだって最近見ないし」

 バーガーキングはあるというのだろうか。流れで言ってしまったけれど、まあ、バーガーキングだし、どうでも良いかと思い直す。

「放課後、仲の良い友達同士、自転車で二人乗り!」

「道交法違反だよ」

「ファミレス、ドリンクバーでいつまでも駄弁り続ける!」

「お店に迷惑だよ」

「タピオカドリンク売ってるお店へ趣き、二人で頬をくっつけて、自撮りでパシャリ! いぇ~い! なんて、ちょっとかわいくスノーでデコってインスタに投稿!」

「何年前の話? タピオカ流行ったのなんてわたしが小学生の頃だよ? 駅前にあるお店も閉店しちゃったし」

「屋上で気になる男の子を話し合う!」

「おく……じょう? この学校、そんなの無いよ? というかどこも無いと思うよ?」

「女の子同士水入らず! 同年代の女子たちが集まり、温泉へ行き、そこでお互いの裸を見ちゃったり! おっきーい! あ、あなたの方が……! きゃ、きゃあっ、さ、触らないでよ! なんて、押し合いへし合いキャッキャウフフ!」

「それ、ファンタジーだよ?」

「つまりはそういうことなの!」

「え。どういうことなの?」

 ダンッ! と、机を叩いてもみたが、聖ちゃんにはまるで伝わらなかったようだ。

 ふふ。仕方ない。友達はいないと聞いていた。こういう行為もして来なかったんだろう。

 例を持ち出して、なるべく聖ちゃんの青春コンプレックス精神が刺激されるように、分かりやすく、且つ丁寧に解いてみたつもりだったが、却って分かりにくかったようだ。

 ならば、明確に言わなければ。

 これから、私は、聖ちゃんといっぱいそういう行為をしていきたいのだから。

 でしょ? 聖ちゃん?

「こういう青春、いっぱいやりたくない? 一緒にさ」

 私史上、最高の市場価値を付けられそうな微笑みで言ってやる(私可愛い)。

 反応を待つこと暫し。

 聖ちゃんは、お豆を咀嚼しながら、大変難しい顔をした。

 あららら(凹みん)。

 あんまり興味を示して頂けなかったか――……。と、思いきや。

「したい……」

 はにかみ聖ちゃんがそこにいた。

 ぽっと頬を赤く染めて、応えるとすぐに俯き、自身のその反応を恥ずかしがるように再びお豆に手を伸ばす。

 私はそれを見て――。

「きゃ、きゃわい~っ! もーっ! 聖ちゃんっ! 二人でいっぱい青春しちゃおうねっ!」

 と、嬉しそうに笑うのだった。

 ガハハ。

 ああ、可愛い。

 聖ちゃんとお友達になって本当によかった。


 これからたくさん遊ぼう。

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