第六話 お誕生日パーティ改3
相変わらず早いな。
続いてパパさんが手にしていたのは先ほどとは打って変わって小さな小皿。乗せられているのは何の変哲もない、程よく表面が焼き上がった一枚のトーストだった。
ご丁寧に最初からマーガリンをたっぷりと塗ってある。
「これが郷土料理?」
見たとこ普通にただのトーストだ。どこにでもあるやーつ。
「ううん。これ塗ってみて」
手渡されたのは小さな茶色の瓶だった。横のラベルにはMARMITEと書いてある。蓋にあるラベルは剥がしてあった。原産国でも載っていたんだろうか。
うーん、横のラベルの絵を見るにハチミツの類かな? でも、ハチミツって日本は元より、世界各国で生産されているだろうから、これ一個で国を当てるってのは相当難しいと思うんだけど。
不思議に思って、瓶の蓋を開けてみる。
「うっ……!」
強烈な刺激臭が鼻をつく。
「はい、スプーン」
手渡されても。これ、塗らなきゃダメ?
「美味しいよ? ね? パパ」
「ああ、もちろんだとも」
本当かよ。さっきブレーキとか言ってなかったか? いや、しかし、こうしてスプーンで掬ってみる限りは、だいぶん色の濃いハチミツか、いっそチョコレートにも見えた。
香りとしては、お酒に近いのかな? だとしたら、ハチミツは近い香りに感じなくもないし、チョコとかだってお酒混じってるのあるし……と、何故か自分に通じない言い訳をしながらも、とりあえず塗ってみるだけ塗ってみる。
たっぷりと。
が、尚口に運ぶのは躊躇ってしまう強烈な匂いだった。マーガリンで全然緩和できてねえ。
「ほら。早く食え」
「うう……」
「はあ~。最後は揚げピザよりももっとすごいんだけどなあ。はあ~あ~」
「食べゆー!」
これまたざくっといってみた。
「………………?」
一瞬分からなかった。
なんだろーこれーって感じ。
噛んでると、少しずつ、塩っ気の多いちょっと変わった味だ、珍味だ珍味って感想が頭に浮かんできて、それからこの塩っ気もマーガリンと混ざり合うことでいい感じの塩梅にな……と思いきや、遅れて臭い同様、強烈な刺激が舌を駆け巡る。
「しょっぱぁ!?」
「ahahahahaha!!」
「ahahahahaha!!」
しょっぱ過ぎる!
二人とも腹抱えて笑ってるし。ちくしょう。これ、もしかしなくとも向こうでもゲテモノの類じゃねーの? あからさまに私の反応見て楽しんでるよね……二人とも。
ああ、うわあ、ああああ、しょっぱい。しょっぱいよお。マズいとも言えない。もうしょっぱいとしか言い様のない味……強いて言えば、変な塊に塩たっぷり混ぜ込みましたみたいな味がする……。マジでなにこれ。気付け薬じゃないの。
「ビールを製造するときに出てきた絞りかすだよ」
「なに食わせてんだよ」
ようは酒粕じゃん。マジで発酵食品じゃん。いやでも納豆でももうちょい食べやすいよ? これはほんとなんだろう。醤油を固形にしてアルコールと塩混ぜたらこれになりそう。
言いたかないけど言うしかない。
「聖ちゃん。ごめん。ギブ。激マズ」
「はいよ~」
聖ちゃんは私の前から食べかけのトーストをひょいっと手に取ると、文句も言わずにサクサクと食べ進めていく。慣れてるなあ。よく食べれるなあ。
「う、うう……。聖ちゃん。一口食べただけなのに、なんかこの子、いつまでも胃に居座ってるんだけど……。み、水くれないかな」
「ふひ。ちょっとわかる」
わかんのかよ。そして、ちょっとしかわかんねえのかよ。
麻痺って恐ろしいな。
お腹を擦りながら言うと、聖ちゃんがグラスを手渡してくる。私は禄に見もせずそれを口へと運び――
「甘ァ!」
吐き出した。
びっくりして手にしたグラスをまじまじと見やる。
蛍光オレンジの炭酸飲料がグラスを満たしている。なんちゅう色の液体飲ましてやがるなんだこれ。
「我々国民の命の水とも言われているソフトドリンクだよ。なんと、あのコカコーラよりも売上が上!」
すごい。何の参考にもならない。
その情報を日本で知ってる人がどれだけいるんだろう。
しかし――
「んぐっ、んぐっ」
「あれれ? ふーちゃん。止まらないねえ」
そう。止まらないのだ。
「うん。癖になる味っていうか。いや、ぶっちゃけこれ、あんまり飲まない方が良いってのは分かるんだけど。いくらなんでも激甘だし」
この日本にはない独特のケミカルっぽい味が癖になるってのもある。しかし原因は直前に食したMARMITEのせいだろう。緩和っていうより、調和? え? あれと?
食い合わせの問題?
ファンタに角砂糖十個ぐらいぶっこんだ感じ。
胃を洗い流すどころか、正に胃の底に沈殿した酒粕の上から、その上にさらに、砂糖に塗れた液体を上塗りしているようで、果たして私の体は、今大丈夫なんだろうか? と、心配になってくる。が、うへへ、へへへへ、へへ、へへへへ、でもでもぉ、これを過ぎたらピザ揚げ以上のご褒美が待っているんだぞぉと思えばぁ、ヤメラレナイよぉ。
「IrnBruって言うんだよ。かのアメリカ大統領が、自分の所有するゴルフリゾートで、カーペットの染みになって落ちないから飲むの禁止って言って我々の国とちょっとした国際問題にまでなったんだよ。スコッツマンって新聞にまで載ったんだ!」
……そんなお醤油みたいな液体飲んでるんだ、私。
なんでちょっと自慢げなの。
急に冷静になってグラスを口元から離してみたけれど、中にはもう僅かの液体しか残ってなかった。あれ、いつの間に……。
「おっと。もう試合の時間だった。聖、あとはもうキッチンに用意してあるから、自分で温めて持って行ってあげなさい」
「はーい」
元気よく聖ちゃんが手を上げた。家では本当に人が変わる。