第五話 学園ミステリー編3
用務員のおじいちゃんこと宇田川さんは、この学校に古くから務めている、云わば雑用業務全般を承る人の良いおじいちゃんなんだとか。
掃除、見回りメインに、小中高の校舎を全て一人で見ており、その業務の内容としては、本当に簡単なものが多い。掃除と言っても、落ち葉拾いゴミ拾い等の掃き掃除。それと一緒に校舎の見回りをしているらしい。
「じゃあ、おじいちゃん捕まえて聞き出せば正解分かっちゃうね」
ぱく、と。
ママさんの新しい健康法なのか、鶏肉&鶏肉&鶏肉みたいなお弁当を機嫌良さそうに突っつきながら聖ちゃんは言った。
今回のお弁当は当たりなようだ。
肉が入っていればどうやらOKらしい。
分かりやすい娘よ。
「うん。でもどうせならもっと固めてから行きたいよね。放課後までそのじっちゃんっている?」
「いるよ。部活している子とか暇そうに眺めてるよ」
暇そうて。
見守ってるとかそう言いなさいね。
「どうするの?」
「あの日、変わったことがなかったか聞き込みしよう。食べ終わったら適当に。高校の中だけで十分でしょ」
聖ちゃんは嫌そうな顔をした。半目。
「いいって、いいって。聖ちゃんは私の後ろ引っ付いてるだけでいいんだからさ」
安心したのかほっと一息吐く(甘やかしすぎか?)。
「どうしてそんなじっちゃん雇ってるの?」
「どうしてって――なんか、どこの学校でもいない? 一人くらい。そういうよくわかんないおじいちゃん」
そういうもんなの?
でっかい学校だと大変だなあ。
まあ、なんかあった時に、そういう人一人雇ってるってだけで、対外的にいーんかな? うちは安全のために見回りの警備員さんも雇ってますよーっていう保護者さん方へのアピールにもなるしね。
べつにそれがどこにでもいるおじいちゃんでも。いないよりはいいって親御さんたちは安心出来るのかもしれない。この御時世だし。
「ちなみにこの辺、治安はどうなの?」
「普通」
「普通って?」
ちなみに今日の私のお弁当は、ロールキャベツ、かいわれ大根のサラダ、きんぴらごぼうといい感じにバランスが取れたラインナップ。聖ちゃんがじーっとお弁当に視線をくれていたので、私はすっとお弁当を差し出してみる。
すると、何も言わずに首を傾げてみせた。私がこくりと頷くと、迷わずロールキャベツを取っていきやがった。こいつ……。
もぐもぐと咀嚼しながら。
「もぐもぐごっくん。そうだね……振り込み詐欺があったから気をつけましょう、あと、変質者が現れたから気をつけましょうってのは聞くよ。地域の放送とか、回覧板とか、担任の先生から」
「ふむ」
治安は良いとまでは云わないけど悪くはなさげ。地域の放送は分からんけど、島内放送みたいなもんでしょ。
振り込み詐欺に変質者、ね。両方とも警察の出番ですわ。前者はうちの生徒が関わっていたらもっと大事になっていそうだし、後者は、あの日、私たちに注意を呼びかけなかったのはやっぱり意味が分からない。どっちもしっくり来ない。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした」
聖ちゃんがぴったり手を合わせ、食後は必ずそれを言うもんだからすっかり私も習慣化してしまった。忘れがちな日本人の習慣。生きとし生けるものへの感謝の念を口で呟きながら、私は、そういえばまだ現場(?)の特定がまだだったなと考えている。
「そういや、あの日、職員側の廊下のシャッターが閉じてたんだよ。なんだったんだろうな、あれ。悪戯?」
「私、次の大会近いから帰るの嫌だったのね。だからこっそり残って練習しようと思ってたんだけど、結局見つかって追い出されちゃってさ。でもなんか先生たちが慌てて走り回ってるのは見たかも。……ところで風優ちゃん。陸上部入らない?」
「ボドゲ部もそんな感じ。ロリ先生に見つかって帰されたわー」
「たぶん俺らが最後だよな? そん時も校門前で岸辺の野郎が突っ立ってたし。なんだかぴりぴり……じゃねえな。そわそわしてたわ。うん? あー、しきりに校舎の方を気にしてた。貧乏ゆすりしててさ。こっちじゃなくてあっち行きてー……みたいな?」
「私、次の日、日直で職員室に用あったんだけどさ。なんかめっちゃ荒れてたかも。んーん。汚いっていうより、色々物が散乱してる感じ」
「あーしも図書室に本帰してから帰ろーって思ってたんけどさー。なんかーシャッター閉じててー、そこにー、先生たちが突っ立ってて行けなかったんだー。えー? 借りたやつー? 宮部みゆきの火車と、貴志祐介の青の炎と、ジョンディクスン・カーの火刑法廷」
なんだか、熱心な勧誘受けたり、変な部があったり、見た目に似合わない文学少女がいたりと、随分個性的な生徒がいる学校だなーと思ったもんだけど、まあ、これ以外は特に目新しい情報はなかった。
終始後ろに引っ付いて私の制服の裾を掴んでいる聖ちゃんが可愛かったくらいだ。
男子が言ってた岸辺っていうのは、生徒指導の先生のことだ。生徒指導って言うと、いかめしい顔つきのおっさんなんかを私は想像するけど――、岸辺先生は若くて若者文化にも理解のある……っていうかモロ世代の……ソシャゲ&SNSとか大好きな、よく言えば若者文化に理解のある先生、悪く言えば、その辺の男子生徒とあんまり変わらん先生。何故こんな先生が生徒指導を担当しているのかは謎である(この謎はどうでもいい)。
よくソシャゲのガチャで生徒と盛り上がっているのを見かける。
職員側の廊下のシャッターってのは、職員室近くの一階の廊下にあるシャッターのことだろう。そして、図書室前のシャッターってのは、その職員室の上、二階に位置している。
ようするに――あの日、一階と二階で、職員室へと向かう道は完全に閉ざされていたわけだ。
完全に……じゃないか。窓は分かんない。けど、流石に窓にまで気を配っている生徒はいなかった。
私はちらり、と教室の壁に掛かった時計を確認する。残り八分で授業は始まる。次の授業は理科。実験を行うため、理科室へ向かわねば。もう既に教室を出て行く生徒もいる。私たちもそろそろ準備をしなければならない。
「わかんないね」
行こっか、ふーちゃん――と、自身の机から教科書類を用意している聖ちゃんに私は笑った。
そして、キメ顔で言ってやった。
「謎は全て解けたわ。聖ちゃん」
「――すごいっ……!? ほんとうっ!?」
聖ちゃんは、用意する手を止め、きらきらした笑顔で両手を胸の前で組む。そんな聖ちゃんを見て、私はさらりと髪をかきあげた。
「ええ。あとは放課後、宇田川さんの元へと向かい、答え合わせをするだけよ」
「なんか、口調変わってない? それ探偵のつもり? ばかっぽいからやめた方がいいよ? それでそれで? 真相は?」
肩を竦める。
ばかはするー。
「火事よ。それも小さな。小火と言い換えてもいいかしら」
「ぼや?」
「ええそう。偶然にもあのギャルの――三珠さんだったかしら――の、借りていた小説がヒントになったわ。これ見よがしだったものね。ほら? 三珠さんが借りていた小説は全て火事を題材にしたものでしょう?」
「ちがうよ」
ん?
「火が作品の重大なモチーフに」
「なってないよ。ちがうって言ってるじゃん。ふーちゃんって小説読むの? どれも結構有名だよ?」
「んっ、んんっ。ごほんっ!」
咳払いをし、聖ちゃんの言葉は無視。
ふう。よし。落ち着いて。
「つまりね? あの日、生徒が昼休み中に強制的に帰らされたあの日、火事があったのよ」
「無視された……それだと消防が来てなきゃおかしいよ?」
「出火場所が職員室だったのよ。だから教師たちは隠蔽に走ったの」
「いんぺいっ!?」
およそ私たちの日常に出てこないワードに聖ちゃんの瞳は見開かれる。心なし鼻息も荒くなっている。
ふっ。無理もない。私だって興奮している。これから教師たちの犯した罪を暴こうというのだから……アハ。アハハハハハ! 恐れ慄け教師ども! 震えて眠れ!
「ええ。幸いにも小火だったから、消火活動は教師たちだけで済んだ。消防を呼ぶまでもなかったのよ。シャッターって、ようは防火シャッターのことでしょう? 廊下や階段近くに設置されている。生徒に危険が及ばないように――って、向きもあったのでしょうけれど、同時に生徒に見つからないようにという理由もあったんでしょうね……全く」
腰に手当て、私は深々と溜息を吐いた。
生徒の規範たる教師がなにをやっているんだか……。
「あっ! だから、見張りに岸辺先生を立たせたんだ!」
流石、私の相棒。察しが早くて助かるわ。
「そういうこと。下手に小火が大きくなって生徒が怪我でもしたらマズい。だからロリ先生や教師たちは見回りして、さっさと残っている生徒を帰したのよ。そして、念には念を入れて見張りも立たせた。走り回っていたのは、消火活動の一貫じゃないかしら? 職員室が荒れてたっていうのも、たぶん――」
「でも、どうしてそうまでして隠したかったんだろう?」
聖ちゃんはまだ納得ができないようだ。私は言葉を付け加える。恐らく、これは推測になってしまうが。
「人に言えない理由があったんじゃないかしら。恐らく、煙草の不始末とか」
「え? でも、校内禁煙だよ?」
「そう。だからこそ、隠蔽に走った、と見るべきでしょうね。普段から生徒に隠れて職員室で喫煙していた教師がいたのよ。小中学生だけ帰さなかったのにもこれで理由が付く。下手におおごとにするとバレる危険があった。はん! このご時世に何をやっているのかしら」
聖ちゃんは何かに気付いたように手を口元に当てた。
「そういえば、たばこ吸ってる先生たちっていつも」
「校内禁煙なんでしょう?」
確か数年前に生徒の受動喫煙を防止するため、国が法律で定めたはずだ。破った場合には罰則まで設けられた。昨今の情勢を照らし合わせれば、当然の措置だと言える。
「だからわざわざ駐車場まで行って、自分の車で吸ってるんだよ。休み時間になると、駐車場まで歩いて行く先生たちよく見るもん」
「校舎から駐車場って、まーた随分遠いね」
呆れて素に戻ってしまった。
少なく見積もっても百メートル以上は歩くんじゃないか。ならば、あの日、わざわざ駐車場まで行くのを面倒臭がった先生が、職員室付近で喫煙に及び、そこから小火に繋がったと考えるべきか。
「間違いなさそうね。これは」
「じゃあ、用務員のおじいちゃんが手に包帯巻いてたのは……」
ぽつり、と。
聖ちゃんのそれまでの興奮が、急に風船みたいに萎んだ。
「ええ。恐らくそうよ。消化活動の一貫で怪我をしてしまったのよ。きっと包帯を解いたら火傷痕があるはず」
「口止め……されてるのかな……」
痛むように。
辛そうに。聖ちゃんは言った。
私はそんな聖ちゃんの肩に両の手を置いて、安心させるように応える。
「例え、口止めされていたとしても、それも今日でお終い。私たちが謎を暴いて教師たちを糾弾してやるの。そして、公表し、生徒にあの日あったことを全て話し、謝罪するよう要求しましょう? 生徒の規範たる先生たちがそんなことでいいんですか、許されるんですか、生徒や親御さんたちにどう顔向けするんですかって、強く言ってやるのよ。そうすれば――そうすれば、宇田川のおじいさんも、きっと喜んでくれるわ」
「……うんっ!」
図らずしも、クイズの答えは「四」の避難訓練にニアミスしてたってわけだ。いや、それよりも聖ちゃんが選んだ内部犯説こそが正解だったと見るべきか。
まあいい。
放課後に全てが暴かれるのだから。
正義はここにある。