第五話 学園ミステリー編2
「ちなみに聖ちゃん。さっきはなんで三だと思ったの?」
二時間目は体育だ。女子は体育館二階にある普段卓球部が活用しているちょっと広めのスペースで交代ばんこで卓球をしていた(男子は下でバレー)。
卓球台は三つしかないため、初っ端に終えた私と聖ちゃんの番はしばらく回って来ない。それを良いことに朝の続きを話すことに。
「先生たち。理由をわたしたちに話さなかったでしょ」
「うん」
「一の犯行予告だったら、生徒に犯行予告があったことを伝えた方がいいんじゃないかなって。二の外部から不審者が侵入したっていうのもそうだけど」
聖ちゃんは体育座りで膝を抱えている。対して私は、壁に背中を預けあぐら姿勢。
……ふむ。意外とまとも。てっきり当てずっぽうで言ったのかと思った。
「生徒をパニックに陥らせないためって線は? 下手に騒がられると面倒だと判断したんじゃないの?」
「考えられるけど……でもやっぱり一と二は違うんじゃないかな」
下でボールを追いかけ回している男子たちを、ぼんやりと眺めながら聖ちゃんは言った。
「その心は?」
「犯行予告にしても、不審者侵入にしても、両方とも警察が普通対応するんじゃないのかなって思う。今日まで警察がいた――なんて話は聞かないし。職員室とか、まあ、学校に出入りするぐらいするでしょ。ふーちゃんは?」
その質問は、『警察の人間が出入りしてるかどうか、今日までに聞いたことはあるか』で、合ってるかな?
「ないよ。私の知ってる限り」
聖ちゃんより交友関係は多いつもりだ。
普段出入りしていない人間がいたなんて話は聞かない。
警察の制服って目立つからなあ。ああ、いや、こういった事件はスーツ着た刑事が対応するのか? 万が一ってことがあるし、もしも一だったらおおごとだもんね。やってましたよってポーズは世間に示さないといけない? のだろうか?
なんにせよ、知らん大人がいたら目立つよね。
「まあでも、さっきの四……三択の中に正解があるとも言えないけど……ふーちゃんが適当に作った三択だもんね」
「失礼な。あれでも結構考えたんだよ? ていうか、あれ以外無くない?」
内部犯、外部犯、犯行予告。避難訓練は無しにしても……後はなに? 先生たちからの突然の半ドンプレゼント? そんなわけあるか?
聖ちゃんは言う。
「面白くもない、ふーちゃんが期待してるようなものでもない、何かよくあるトラブルじゃないの?」
「トラブルって?」
「水道管破裂、下水が詰まった、食中毒、えーっと、あとはそう先生に何かあったとか」
「何か?」
いろいろ突っ込む前に聞く。
「家族が危篤?」
「その先生だけ帰るだろ」
水道管破裂にしても下水管破裂にしても、生徒を一斉に帰すほどじゃないだろう。注意喚起と何人かの先生がトラブルの対応に追われるだけだ。食中毒に関してはみんな昼お弁当だしね。購買ならあるかもしれんが、うちのクラスの購買利用者は皆元気だった。第一、帰宅を促されたのはお昼休み。んな早く食中毒の症状って出るもんなのか? 出たとして、そんなやばい症状出てたら救急車来てるよ。ピーポーピーポー鳴ってればさすがに分かる。
そんなことはなかった。
それに、やっぱりそうなってたらなってたで、私らはフツーに授業を受けてたはずだ。
全員が帰宅を促されるっていうのがね。
何かあったとしか思えないのよ。
よくあるトラブルじゃない何かが。
「わかった。わかったよ」
やっとこ私のフリップの選択肢に納得してくれたらしい。
「えーと。進路変更? 違う。閑話休題? 違う。軌道修正? で、合ってるかな?」
言いたいことは分かるよ。
「内部犯……この学校の生徒が何か起こしたんだったら、先生が理由を隠すのも分かるかなって思うの」
聖ちゃんは唇を尖らせた。
「その、生徒のためを想ってってこと?」
「そう」
「でも、それだって何かを起こしたんだったら、警察が来ててもおかしくなーい?」
「起こす前なら?」
「……前?」
「うん。それこそふーちゃんが言った犯行予告を生徒がしちゃった、みたいな。後々生徒が犯人だったって判明して、生徒の気持ちとか将来、そういうのを考えて、学校も隠して警察には言わなかったっていう」
聖ちゃんの意見を聞きながら、犯行予告って具体的にどういうんだろうと思う。よくニュースで見る『今日の十五時、○○を爆破する』『○○○○を殺す』とかそういうんだろうか。伝達手段としては、学校には電話もしくは手紙で投函。理由はイジメ部活の鬱憤憂さ晴らしに悪ふざけ。その辺りが適当か。
「うーん。でもそれだと、私たちに帰宅をさせる前に、通報してなきゃ変じゃない?」
「あ。そっか」
その流れだったら、これだけの生徒がいる学校、必ず警察の一人や二人、普段見慣れない大人は見るだろう。再三言った通り、そんな話は聞かない。
仮に生徒の悪戯であると警察に通報した後判明したとして、その後の聴取やら手続きとか、結構時間は掛かると思うのだ。
あそこまでの大事になっていた以上、学校側も割と大きな問題だと捉えてたっぽいし、悪戯だとしてもかなり悪質な悪戯とか犯行声明の部類に入るんじゃないのかなー? 通報せずに内々で処理するにしたって、生徒を帰すまでしたってのもなーんか引っ掛かるのだよ。
なんかしらの差し迫った危険はあのときにあったと見るべき?
……うん?
いや、待てよ。
そういえば――。
「ねえ、聖ちゃん」
「なあに。ふーちゃん」
「この学校って小中高エスカレーター式の一貫校だったよね」
「うん」
うちの島みたいな、生徒数の少なさ故、小学生も中学生も混じって同じ学校に通っているとかそういうんじゃなしに、この学校は同じ敷地内に小学校と中学校と高校が並んで建設されているマンモス校だ。全部で何人いるのやら。
「……あのとき、小学校と中学校はどうだった?」
「あー、どうだったっけ。訊いてくれば?」
きょときょとと。膝に顎を埋めたまま、おっかなびっくり言う。自分は行きたくないから私が訊いてこいってか。いいですともさ、おう友よ。
ちょいんと。私は立ち上がる。
「ねえねえ。訊きたいことがあるんだけどさー」
しばらく弟妹がいる同級生たちに聞いて回った。
結果、分かったことと言えば――。
「高校だけだって。帰されたの。小中はそのまま授業続けてたみたい」
「ふうん」
うちの学校はちょうど『品』の字のように校舎が並んでいる。
一番上の口、私たちが登った裏山を背にした北側が高校校舎、左側の口、東にあるのが中学校校舎、右側の口、西側にあるのが小学校校舎である。
その各口の外側にグラウンドやプールが併設されている。
「じゃあ、やっぱり高校の生徒が何か起こしたんじゃないの? 犯行予告じゃなくて、もう既に事件は進行中だった。だから危険を考えて生徒を帰したの。小中とは一応グラウンド挟んでるし、金網で分けられてるから。それに、ちょこっとだけ距離もあるし」
数百メートルだけどね。
うーん。でも、そうなると、ますます警察に通報してないのはなんでだ? 自分たちで処理できるって判断したくらいの規模の事件で、私らだけ危険を考えて帰すくらいの規模の事件。なんだそれは。
あべこべじゃないか?
私は想像する。生徒がナイフを持って先生たちを脅すところを。脅し文句は「馬鹿にしやがって!」とかそんなんだ。いやいや。生徒が生徒に手を出したって線は? 手を出したじゃなくても同じようにナイフ持って脅したとかさ。……それはないか。そんなことが起きていたのに、今日まで隠し通してきたってのはちょっと無理がある。すぐに広まるだろう。脅された方だって黙っちゃいない。……先生が起こした? 聖ちゃんの言う通り、とりあえず黙っている、隠し通すことにしたっていう線。
「先生が起こした傷害事件?」
「んー」
聖ちゃんはないんじゃないかなあ……って顔をしている。一応聞く。
「あの後、休んでた先生っていた? もしくはどっか怪我してた先生とか。手に包帯巻いていたり、その先生? かは、わかんないけど誰かを止めようとしてっていう」
「いないよ」
私の記憶でもいない。
無論、普段絡んでない先生や、目に見えない場所を怪我されてたら分かんないが。
「未遂で終わった……?」
「全校生徒帰すほどかなあ」
「刃物持ち出した」
「やっぱり噂になるよ」
「そうだね」
暗礁に乗り上げた感。
生徒を危険に合わせないために帰したってんなら理解できるんだ。でも、それだと小中学生だって帰すべきだろう。いくらなんでもだ。離れてたって危ないもんは危ない。この辺りもよくわからない原因。
「あ。……あ! ちょっと待ってふーちゃん!」
もうそろそろ私たち出番だ。
私はすっと立ち上がった。膝に手を当て、屈伸――しようとしたところで聖ちゃんが何かに気付いたように大声を上げた。学校でなんて珍しい。クラスの子たちも珍しいものを見るように聖ちゃんに目を向けている。当の本人はそんな同級生たちの視線には気付いていないようだけど。
「どしたの?」
「いた。いたよ! 怪我してた人!」
「マジで? 誰?」
「用務員のおじいちゃん」