第五話 学園ミステリー編
「ででん! 問題ですっ! 私たちがタイムカプセルを学校の裏山へと埋めに行ったその日その時、学校でとある大事件がありましたっ! それは次のうち、一体どれでしょう?」
私は後ろの席にちょこんと座る聖ちゃんにずばっと振り向いた。そして、授業中、せっせと作っていた、ノートに描いた特製フリップをでーんと広げて見せた。
「事件?」
聖ちゃんは最初なんのことだか思い当たらなかったみたいで、しきりに首を傾げたり、手のひらをほっぺに当てて、ふにっと自分のほっぺを弄んでいたが(かわいい)ようやく思い至ったのか、
「ああ」
とぼやいた。
「やっぱりあれ、何かあったんだ。そうだよね。変だよね。あんなに早く学校終わるわけないもんね」
そう言ってフリップに目を走らせた。
通常、学校の授業というのはだいたい一時間目から六時間目までぎっちりと詰まっているものである。
せいぜい、火曜日が五時間目で終わるくらいで、その後だってすぐに帰れるというわけじゃない。ホームルームなど多少なりとも時間は取られるものだ。
だよね?
けれど、あの日。
私たちが山へと向かったあの日。
学校は、それまで六時間目まで詰まっていた予定を急遽変更。
唐突に昼休みに終了を迎えた。
ホームルームはもちろん無し。お弁当を食べ終えた私たちに理由もなく担任のロリ先は、
「今日はおしまーい。ほい、さっさと帰った帰った!」
などと、慌てた様子で告げたのだった。
「なして?」
と、思ったものの、その後山へと登らなきゃいけない私たちにしてみれば、降って湧いたラッキーだったから特に何も訊かない。
ま、クラスの子たちも質問したけど特に答えてくれてなかったし、そのクラスのみんなも「いぇーい!」「らっきー!」「いーやっほー!」「先生さよーならー!」とか言いながらさっさと帰って行ったんだけど……。
考えてみれば、である。
裏山とはいっても遠いから結構時間掛かったし(約二十分)、その上、たいして舗装されてもいない千二三百メートル級の学校の裏山への登山(約三時間)……もちろん一気に登れるわけじゃない、聖ちゃんの体力だってある、途中休憩も何回か挟んで(約二十分)最後には山のてっぺんで一メートルくらいの穴掘り&缶クッキー消化(約一時間半)。
学校が十三時半に終わって、そこから合計五時間十分。時刻は十八時四〇分。
そりゃ真っ暗にもなる。
山を舐め過ぎていたとかそれ以前に、時間のことなど目の前のことに夢中になり頭にすらなかった私である(反省のポーズ)。
次からは気をつけよう(あってたまるかby心の中の聖ちゃん)。
一、犯行予告があった。念のため、生徒には学校からいなくなってもらった。
二、外部から不審者が侵入した。生徒と鉢合わせないように、早めに帰宅をしてもらった。
三、内部犯による事件が進行中だった。巻き込まれないように、生徒には帰宅してもらった。
四、なんかこう、避難訓練的な?
「なにこの四択」
「なにって?」
「つっこみどころ満載っていうか……」
きょとんと。半眼で私特製のフリップを見やる聖ちゃん。
うん。まあ、分かってるけどね?
「ちなみにつっこみどころって言うのは?」
「四番目の避難訓練的な? ってなに? あれのどこが避難訓練なの? 家にそのまま帰宅する避難訓練がどこにあるの? ふーちゃん、避難訓練ってやったことある? あ、島ではやらなかったりするの? 避難する場所がないからとか言って」
「あるわいっ。そんな狭い島じゃねいやい! アレか? そうなったら海逃げなさいってか? 難破する沈没船かよっていうね! 映画じゃないんだから……いやあね? 正直に言うと思いつかなかったから無理やり入れただけなんだけど。フリップとしても三択だと締まらないでしょ? ミリオネア的なのやりたかったんだよねー。ほら、女子高生ってよく友だち同士で変顔して自撮りするじゃん? 変顔って言ったらミリオネアじゃん?」
「みのもんたに謝れ」
――ていうかそこはタイムショックじゃないのね。
と、聖ちゃんはいつかを思い出して言う。
あれって変顔じゃないのかな。変顔はどっちかって言うとパロディであるマジオネアの方? ミリオネア自体が外国の番組のパロディなんだっけ?
すいません。みのもんたさん。
「んー。ていうか、これ、正解あるの? それにふーちゃんはなんで答え知ってるの?」
聖ちゃんはちらりと周囲を見る。
「クラスの人も知らないみたいだし」
あれからクラスでもその話題は出ていた。「結局、なんだったんだろうねー」「さあ?」みたいな会話は教室で私以外の人と喋らない聖ちゃんの耳にも入っていたのだろう。
「さあ、どうでしょう?」
すっ惚けて、私は渾身の変顔を披露する。
ほんの少しの間を置いた後、そのままガンスルーを決め込むかと思った聖ちゃんは、なんと私に乗っかってきてくれる。変顔聖ちゃん(超絶レア)!
「ぶほおっ!」
「きたなっ」
意外性とタイミングで吹き出してしまった。
聖ちゃんは飛んできた唾に顔を背けて変顔を解く。しかし、それも一瞬のことで、すぐにまた変顔に戻した。その一連の動作がまた面白っくって、私は何故だか負けたような気分になる。くそう。悔しい。
「んっ、んんっ!」
咳込み、なんとかかんとか誤魔化し、自分に課します変顔リピートアフタミー。
……あの番組的に、変顔するタイミングは早すぎた気がするけど……乗っかってきてくれた以上、今更引けない。
負けられない戦いがここにある。
私は変顔したまま言う。
「早く、選んで?」
めっちゃ喋りにくいから。
「う~ん」
腕を組みながら下唇を突き出し、眉間にめいっぱい皺を寄せて悩む聖ちゃん。
「一はニュースでよく見る、爆破予告とか殺害予告とか? あとテロ?」
よくすらすら喋れるね。器用。
「そうそうそんなんそんなん」
流石にテロはないと思うけどね。
「二は、え……、と、ようは危ない、変態さんが学校に入り込んだってことだよね?」
「変態とは限らないけどね」
「三は……そんなことあるかなあ? 生徒や先生が突然暴れだしたってことでしょ……四は無しとして」
今無理やり入れたって言っちゃったしね。
それに避難訓練だったら先生も一緒にやるのが普通だ。先生だけ残るって、訓練になってない。
「わかった。三、三だよ」
しばらく悩んだ後、聖ちゃんは、変顔を保ちながら三の内部犯による事件進行中を指差した。
「ファイナルアンサー?」
「うぃ」
なんでフランス語?
そこは乗っかってきて欲しかった(じゃないか。そろそろ顔を保つのがしんどくなったのか、表情筋がぷるぷるしてる)。
このまま変顔合戦に突入しようかと思ったものの、私も聖ちゃんもお互い顔面の筋肉がそろそろ限界でぴくぴくしてきたもんだから、どちらからともなく普通に変顔を解いてしまう。聖ちゃんも毒気を抜かれたような顔。
「……正解、なの?」
元の可愛い聖ちゃん(変顔も可愛かったけど。あ、写真撮っとけば!)。
その聖ちゃんの問いかけに私はにやりと笑った。
「さあっ! 答えはどれでしょうか!? 果たしてこの中に答えはあるのでしょうか!? 姫野風優プレゼンツッ! 今日の女子高生的イベントォ! それはぁっ! 謎の究明です!」
沈黙。聖ちゃんの顔にしれーっとした空気が滲んだ。
「は?」
「探偵ごっこと言い換えてもいいよ」
「答え……知らないの?」
「知らない。選択肢も授業中全部適当に書いて並べた」
「はあ……え。まって。女子高生的イベントって言った?」
「うん言った」
「謎の究明の……どこが女子高生っぽいの?」
わかってないなー、聖ちゃん。
「未知との遭遇よ? ここで究明しなければ女子高生の名が廃るってもんよ」
「ふーちゃんは女子高生を何だと思っているの?」
「学園ミステリーってあるじゃない?」
「あるけど」
「女子高生が出てくるでしょう?」
「そりゃあ学園だし」
「つまりはそういうこと!」
「え。どういうこと?」
言った後、私のニコニコスマイルを見てふーちゃんは溜息を吐いた。
「ふーちゃんって、なんなんだろうね……」
そんな人を概念みたく言われても。
私ってなんなんだろう。
「わかった。ようするにふーちゃんは、現実だけじゃなくって、お話に出てくるような女子高生が体験しているイベントっていうか――事件――そういうのも、やってみたいんだ」
「話が分かる~早い~」
こいつ~とでも言うように、私は聖ちゃんを小突くも、聖ちゃんは鬱陶しそうに私の手を払い除けて、
「んー。でも面白そう。ちょっと気になる。やってみようか。ふーちゃん」
言って同意を示すようにこくこくと頷いてくれたこくこく聖ちゃんである。
付き合いが良い。
天使ってのはいるもんだな。
そうして本日の女子高生的イベント(?)、学園ミステリー編が始まった。
……始まってしまった。
知らない方がよかったことってあるんだな――と、全ての謎を解き終えた私は思うことになる。学園ミステリーに、スパイスとなるほろ苦さは憑き物。
それを身を以て知ることになる私であった。