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壊れた家事ロボットと忘れられた日常

 未来の住宅街は、いつも整然としていて静かだ。車は自動運転で、ロボットが家の外でも内でも、効率的にすべてをこなしている。人々は快適な生活を謳歌していた。


 タケシとユミコの家も例外ではない。彼らは30代の共働き夫婦。家事は家事代行ロボット「ポルカ」にすべて任せていた。ポルカは完璧なロボットだった。家の掃除、洗濯、料理、果ては育児まで、あらゆるタスクを文句ひとつ言わずにこなしてくれる。娘のアヤカも、ロボットに「おかえりなさい」と言われるのが当たり前になっていた。


「昔はこんな便利なものなかったんだってさ。」アヤカがふと思い出したように言ったのは、ある日の夕食中だった。ユミコは一瞬目を上げたが、タブレットの画面から目を離さない。「そうね。でも今はロボットがいるから、そんなこと考える必要もないでしょ?」


 タケシはポルカが完璧にセッティングしたテーブルを見渡しながらうなずいた。「その通り。家事の心配なんて無縁だよな。」


 そんな彼らにとって、あの日はまさに「予期せぬ日」だった。翌朝、いつも通り仕事に向かう準備をしながら、ポルカが洗濯機に洗濯物を投入しているところに、突然の異変が起こった。


「ガチャン!ガガガ…」


 ポルカの動きが止まり、洗濯機も途中で停止した。洗濯物を抱えたまま、ポルカはピクリとも動かなくなったのだ。


「え…?」ユミコが立ちすくむ。タケシも仕事に行く前の忙しさの中で、その異常に気づいた。「ポルカ、どうした?」


 何度話しかけても反応がない。アヤカがポルカのそばに駆け寄る。「壊れちゃったの?」


「多分ね…」ユミコはスマートフォンをいじりながら答える。「修理業者に連絡してみるけど、すぐには無理かも。」


 数分後、業者からの返事が届いた。「修理には最低1週間かかるだって。」


「1週間も!?」アヤカが驚きの声を上げた。「その間、家事はどうするの?」


 静寂が家中に広がった。家事代行ロボットがいなければ、誰が家事をやるのか――それは、誰も考えたことがない問題だった。ポルカが家に来て以来、家族全員が家事の手間を完全に忘れていたのだ。


「とりあえず、できることをやってみよう。」タケシが意を決して言った。「昔の人たちだって家事をやってたんだし、なんとかなるさ。」


 しかし、その楽観的な予想はすぐに打ち砕かれることになる。まず、洗濯物をどうやって洗濯機に入れるのかすら分からない。「これって、どうするんだっけ…?」タケシが洗濯物を手に持ちながら、途方に暮れる。


「え?洗濯機の使い方知らないの?」アヤカが冷ややかに父を見た。


「いや…使い方を忘れちゃってさ…」タケシは苦笑いしながら、洗濯機の蓋をいじるが、思った通りには動かない。「ポルカがいつもやってたから…」


 次は掃除だ。ユミコが昔使っていた掃除機を引っ張り出してきた。「こんなのまだあったのね…」彼女は懐かしそうに掃除機を眺めるが、実際に使うとなると話は別だった。掃除機はあちこちにぶつかり、家具を揺らしながら家の中をゴリゴリと進んでいく。


「ちょっと、これ全然うまく動かないわ!」


「やっぱりポルカがいないとダメなんだ…」アヤカも、片付けをしようとしたが、自分の部屋が散らかっていることすら気づいていなかった。「今まで全部ポルカがやってくれてたんだね…」


 一方、タケシは台所で料理を試みたが、包丁を握る手はぎこちなく、まるで初めて料理をするようだった。野菜を切っていると、突然、指を切ってしまい、悲鳴をあげる。「うわっ!いてぇ!」


「ちょっと、何してるの!」ユミコが駆け寄り、絆創膏を取り出してくれたが、台所はすでに混乱状態だった。「なんでこんなことに…」


 家事は一筋縄ではいかない。ロボットに依存していた家族は、次々とその不便さに直面していった。1週間が過ぎる頃には、家族全員がぐったりしていた。ポルカがいないだけで、こんなにも大変だったとは。


 ついにポルカが修理から戻り、動き出した瞬間、家中に静かな安心が広がった。「これでまた楽になる!」タケシは満面の笑みを浮かべた。


 だが、その静けさの中で、何かが失われたような気がした。ポルカが無言で家事をこなす姿を見つめながら、ユミコはぼんやりとつぶやいた。「私たち、家事をしないと、何も感じなくなるのかしら…」


 アヤカも少し考え込むように言った。「昔の人たちは、これが普通だったんだよね?」


「そうだな…」タケシが答える。「でも、今の俺たちは、それすらできなくなっちゃった。」


 その日以来、家事を通じて家族のコミュニケーションが増えたような気がしたが、結局はポルカに任せきりの日常に戻っていった。そして彼らは、便利な生活の中で何か大切なものを見失い続けていることに、気づかないままだった。

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