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作法その2 ドーダー・オブ・セト

 皇太子殿下は私に気があるのでは……。

 でも、もしかしたら、ただ冷やかしただけかも……。


 翌日の放課後。


 なんやかんや考えながら、私はまたいつもの花壇の前へ行きました。

 まぁ、殿下のお言葉に背く訳にもいかないもので。


 そこには約束通り、バルト殿下がおりました。


「おまたせしてしまい、すいません……」

「いや、ぼくも今、きたばかりだよ」


 殿下の言葉は他の方のと違い、柔らかなものでした。


「では……えっと、その……」

「はじめようか」


 殿下は手を上に挙げると指を鳴らしました。

 すると、校舎の影から男が三、四人現れました。


 服装からして、この学校の生徒のようです。

 皆、見てられないぐらいの卑猥な笑みを浮かべています。


「あの、殿下……」


 私は嫌な予感がし、殿下を見ました。

 それで……言葉を失いました。


「……!」

 殿下も男たちと同じような嫌らしい笑みを浮かべていたのです。


「ふふっ、前から君のことが気になっていた」

 殿下と男たちはゆっくりと私に近づいていきます。


「いい顔つき、いい体つき、それに被差別民族出身!」

「で、殿下……。これはどういうことでしょうか?」

「君をどうしようと、誰からも何も言われないし、問題にはならないな」


 そこで確信いたしました。

 殿下は悪人であり、そして、殿下たちの目的は私を辱めることであると。


「ふふっ、ぼくに抱いてもらえるのだぞ。存分に喜ぶがいい!」

「やめてください!」


 私は逃げようとしましたが、男たちに先回りをされ、逃げ道を塞がれてしまいます。

 恐る恐る振り返ると殿下の手は私の目前にまで迫っていました。


「さぁ……さぁッ!」

 私が唾を飲み込み、諦めかけた瞬間。


「きゃう!」

 鳴き声と共に、黒い影が殿下の手に飛びついたのです。


「えっ……」

「きゃうきゃう!」


 それはクロでした。

 なんと、クロが殿下の手に噛みついていたのです。


 どうしてクロが……。


 それには思わず、私も殿下も、その場にいた全員が呆然としました。

 しかし、殿下はすぐに気を取り戻したようで。


「このッ!」と、自分の手ごとクロを地面に叩きつけました。

「きゃう!」

 苦しそうにクロの口が殿下の手から離れます。


「クロッ!」私は叫びました。

「きゃう……」

 クロはか細い返事をしましたが、


「このクソ犬がッ!」という殿下の声にかき消されてしまいました。

 殿下はその足でクロを踏みつけました。


 ぐちゃあと聞きたくないような音が響きます。


 さらに、殿下の足は圧をかけるように、クロに踏み込みました。

「この汚らわしい魔物がッ! ぼくの手を噛みやがって! ぼくの手を汚しやがって!」


 さらに踏み込み、さらに踏み込み……。

 ぐちゃあ、ぐちゃぁ!

 クロは苦しそうに悶え、最後には口から血を吐いて、動かななくなりました。


「ク……クロ……?」

 静寂が場を支配します。

 殿下たちの笑い声も、クロを貶す声も、私の耳には届いていませんでした。


 その時。


 私の中で何か――ずっと抑え込んでいたものが爆発しました。

 滅茶苦茶に、ハチャメチャに……。


「どうして……」

「うん? ぼくに何か言ったかい?」

「どうして……そんなことができるんですかぁ!」


 私の顔は鬼気迫るものだったでしょう。

 ここまで怒りで頭を埋め尽くしたのは、これが初めてだったかもしれません。

 キッと目を尖らせて、殿下に向かいます。

 殿下は一瞬、怯えたような面持ちになりましたが、すぐに表情を戻しました。


「ははっ、何を言っているかわからないな」

「……わかりました」


 私はもう「自分のことなどどうにでもなってしまえ」という気持ちでした。

 今はクロの無念を晴らしたいという一心でした。


「殿下、貴方様は心の底まで魔物……いや、魔物以上に醜いですね」

「ははっ、何を言っているかわかっているのか貴様ァ!」

「……わかりません!」

「貴様ァ、このぼくに向かって……。貴様なんぞ奴隷にして……!」


 そこで、殿下があることに気がついたように口を閉ざしました。

 私もその時、気がつきました。

 不思議なことが起こっていたのです。


 ――なんと、クロの死体が紫にピカピカと光を放っていたのです。


「な、なんだこれは!」殿下が呻ります。


 私もそれが何かはわかりません。

 わかりませんでしたが、それがクロの想いのような気がしてなりませんでした。


 光が魂のようにクロの死体から分離しました。

 クロから丸い火の玉が浮かんでいるようでした。

 唖然としていますと、火の玉はフワフワと浮いて、私の口に入っていきました。

 ゴクンッと喉を通ります。


「貴方様が私を奴隷にしようというのであれば、私は貴方様を殺してあげましょう。奴隷としてこれ以上、主人が悪行を犯さないように!」


 私の体がクロと同じように発光しました。

 同時に、体の奥底から声が響いてきました。


『娘。貴様との時間が我にとって一番愉快だった』


 それは渋い男の声でした。

 一回も聞いたことがなかった声なのですが、何故か聞き馴染みのある声のようにも感じられました。


「もしかして……クロですか?」

『これはお礼だ。貴様にこの我、クロ……いや、破壊神セトの力を授けよう』


 光が強さを増します。

 その度にどんどん、私が私ではなくなっていく感覚に襲われました。

 けれども、怖くはありませんでした。

 なにせ、体の芯からクロを感じられましたから。

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