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09

『コトナ大森林』から『深淵の森』に繋がる吊橋を渡り切ると一瞬で周囲を静寂が包んだ。

この世界に来たあの日はこの静寂から始まったから最初は気付かなかったけど、こうして逆に踏み入れるとその異質さが際立つようだ。

ズンズンと先頭を進んでいく男性冒険者に無言で続くローブの冒険者。その後ろに続くようにわたしとアッシュが黙々と森を進んでいく。

道らしい道を進んではいるが、この道は長年冒険者達が切り開き踏み固めてきたものらしく、お世辞にも整備されているとは言えないほど凸凹していて時折足を取られて躓きそうになる。

風があるのに木々の葉は揺れていない。これだけ木々が生い茂っているのに草花の匂いが一切しない。地面を踏みしめているはずなのに、何も無いガラス板の上でも歩かされているような感覚がする。

まるで空間と五感が切り離されているような場所…これが『深淵の森』。


「ちっ…!気味の悪い場所だぜ…。さっさと終わらせて帰ってやる…!」


苛立ちを隠そうともせずに足元の小石を蹴飛ばしたり腰に下げている剣で手近な草木を切り倒していく男性の舌打ちや突然の荒々しい動きにどうしても体がビクついてしまう。

それ以外はとても静かな道程が続く。

混沌獣どころか図鑑で見るような普通の魔物も出てこない。アッシュが何かをしているのかと肩を軽く叩いてみるが、視線を合わせたアッシュも首を振った。どうやらこの状況はアッシュも想定外のようだ。

張り詰めた空気の中進んでいくと、急に視界が開けて突然目の前に巨大な山が姿を表した。

先程まで木々の上には空しか見えていなかったのに…。こんな不思議な現象も『深淵の森』だからだろうか。


「森の奥に進むにつれてエリア毎に色んな魔法効果がかかっている。この辺は空間湾曲と幻覚の効果がかかってるせいでこんなふうに突然目の前に山が現れたように見えるんだ」


アッシュが言うには、他にも幻聴が聞こえるエリアや方向感覚を奪うエリアなどがあったりするそうだ。

そういった危険の多い『深淵の森』奥地は本来ならアッシュのようなAランクの冒険者や耐性スキルを持った人しか立ち入りを許可されないエリアなのだそうだ。

なので今回のような状況は特例と言えるだろう。


「御託はいい。…それより、此処が目的地の廃鉱山で間違いないのか?」

「あぁ。麓と中腹に入口がある。魔物が少ないのは中腹の方だ。外から登れる道がある」


アッシュが指さした先には、まるでスロープのようななだらかな坂道が山の外壁に沿うように伸びていた。それを登った先にもう一つの入口があるらしい。


「麓の入口からは入れないの?」

「入れるが、人が入り易いように魔物も入り易いからな。下層の方は魔物が溢れかえってて危険なんだ。中腹のほうがまだ魔物も少ない」

「そうなんだ…」


山を見上げて、ふと思い出す。

依頼内容は確か『コトナ大森林』の廃鉱山調査のはずだ。アッシュが依頼内容を間違えるとは思えない。

念の為に持ってきた依頼書を取り出す。そこには確かに『コトナ大森林』と明記されている。


「アッシュ。此処は『深淵の森』の中だよね?依頼書は『コトナ大森林』だけど…」

「場所はあってる。依頼者の情報が古いんだよ。『深淵の森』は周囲を飲み込み少しずつ広がってく“侵食地”なんだ。日毎にじわじわとその範囲が広がっていくから、過去に普通の土地であった場所も今は『深淵の森』の中にある場所も多い」

「この廃鉱山もその一つってことだね」


ギルドでもこの廃鉱山は『コトナ大森林』の奥…『深淵の森』に近い場所にあると聞いた。

“浸食地”は長い時間をかけてゆっくりと周囲を飲み込んでいく為、その周辺地域に住んでいる人達でなければ変化がわかり辛いのだそうだ。

『深淵の森』の変化も、周辺の町村の人達は勿論、『コトナ大森林』のギルド支部の冒険者達でも足を運ばないと変化に気付けないことが多いらしい。


「…おい!ダラダラ喋ってねぇでサッサとついて来い!!」


どうやらわたし達が話している間足を止めていたらしい男性が額に青筋を浮かべて怒鳴る。

大きな声に怯えながらも、そんなに怒るなら先に行けばいいのにと思うが、ここが『深淵の森』の内部なら混沌獣の危険がある。きっとそれに怯えて必要以上にアッシュから離れないようにと考えて進まなかったのだろう。


「……いいかヒナ。ダンジョン内やこういう魔物の危険がある場所で大きな音を出すのは危険行為だ。常に敵が周囲に居ると考えて慎重に行動しろ。できるな?」

「…うん」


男性に対する嫌味も含んでいるであろう警告にしっかりと頷く。

アッシュが歩き出したのを確認してから歩き出した男性が再び先頭を行く。その後をアッシュが続き、その後ろをわたしと、何故か隣に並んだフードの人が続く。

チラリと視線を向けるとこちらをジッと見ていたフードの人と目が合う。何か用があるのかと首を傾げてみるが、無言で見つめられるだけだ何かを喋るような様子はなく、見つめ続けるのもなんだか気まずくなってしまったのでそっと視線を逸らした。

そのまま全員が無言で山道を進んでいくと、少し広めの場所に出た。何かの広場のようなその場所には、経年劣化で朽ちたであろう木箱やつるはしの残骸のようなものがチラホラと転がっている。入口のような大きな穴は坑道の出入り口のようだ。


「ちっ…!陰気な場所だぜ…」


坑道の中からひんやりとした空気が這い出てくる。その冷気に乗って、微かに生臭い臭いが漂ってきた。


「…嫌な匂いだ。気を付けろ」


ズカズカと中に入っていく男性を追いかけるような形でわたし達も中に入る。

中は長いこと放置されていたこともあって蜘蛛の巣がそこら中に貼っている。ただの蜘蛛の巣ならそこまで気にしなかっただろうけれど、明らかに普通の蜘蛛の巣より大きいそれは魔物のものだと一目でわかる。

図鑑では、こういった坑道や地下など薄暗い岩場に住み着きやすい魔物というものいるらしく、主な種類は蜘蛛などの昆虫型の魔物や、コウモリなど暗いところを好む魔物が多く生息しているそうだ。

この坑道にもそういった魔物が住み着いているのだろう。蜘蛛の巣以外にも抜け落ちたような虫の羽のようなものが落ちていたり、地面を掘り起こしたような跡があったり、鋭利なもので付けたような傷があったり…。そこら中に魔物の痕跡が残っていた。


「昆虫系の魔物は動きが素早い奴が多い。だから見つかる前にできるだけ死角から先手を打つのが定石だ」

「…わたし、あんまり足早くないよ…?」

「ならスキル駆使してしっかり隠れてやり過ごせ。昆虫系の魔物は外殻が硬い奴も多いから生半可な攻撃じゃあ通らない。だが知能が低いからやり過ごすこと自体は簡単だ」

「わかった…!」


坑道内は薄暗く、当時明かりとして使われていたであろう壁のランタンは朽ち果てていて使えそうにない。

先頭を行く男性も壁に手を付きながら慎重に奥へと進んでいる。アッシュも忙しなく耳や鼻を動かして周囲を警戒しながら進んでいるようだ。フードの男性はいつの間にかわたしのローブの裾を掴んでいた。


「…あ、分かれ道…」


数分程、何も無い道を進むと道が分かれていた。

どちらにも同じくらいの魔物の痕跡があるが、よく見ると片方の道は緩やかに下り坂になっているようだった。恐らくそちらは下層に繋がる道なのだろう。


「…ヒナ、お前…よく見えるな…」

「そう?暗いとこ、慣れてるからかな?」


薄暗いとは思うけど確かに全く見えないわけではないし、街灯の少ない夜道とかよりはハッキリ見えているとは思う。

首を傾げるわたしにアッシュは一瞬渋い顔をしたけれど何も言わずに溜息を吐いた。


「こっちに行くぞ。着いて来い」


先頭を進んでいた男性が指さしたのは下り坂の方の道。

魔物を避けてわざわざ中腹から入ったのに、危険を犯してまで下層に降りる必要はないはずだ。

アッシュもそう思っているのか苛立ちを隠さず顔に出して男性を睨み付けている。だがやはりというか、男性はそれが気に入らなかった男性が腰の剣を抜いてその切っ先をアッシュに向ける。


「…本当に癪に障る野郎だ…。魔物畜生は黙って人間様の言う事聞いてればいいんだよ…!」


彼の剣を握る手が、声が、怒りで震えている。


「此処は滅多に人が来る場所じゃねぇ…。テメェ等が此処で死んだって誰も気にしねぇ。“冒険者には危険が付きもの”だからなぁ…!」

「……クズ野郎…!」

「テメェが黙って俺様の言う事聞いてりゃあこんな面倒なことせずに済んだんだよ!」


男性が剣を振り上げる。

鈍く光る刃。その奥で、赤く怪しい光が揺らめいた。


「―――アッシュ!!」


薄暗い坑道の奥から現れたのは闇のように深い黒を全身に待っとった巨大な蜘蛛の魔物。

ギルドで教えてもらった混沌獣の特徴。それは瞳の色以外は全身が闇のような深く濃い黒であること。…つまりこの蜘蛛の魔物は…。


「混沌獣…!」


鋭い槍のような前足が勢いよく振り下ろされ男性の剣を弾き飛ばす。飛んでいった剣はわたしの足元に深く突き刺さりその衝撃で刀身に亀裂が入った。

混沌獣は人間を狙って襲う。アッシュ以外全員が人間のこの状況で誰が狙われるのか。そんなことはわかりきっている。

一番弱い―――わたしだ。


「逃げろヒナ!!」


弾かれるようにして走り出す。それと同時に背後からガリガリと地面や壁を削るような音を立てて混沌獣が追いかけてくる。

隣にフードの人が並んで走る。腕を捕まれ引っ張られるように走ることになったが、当然彼の方が脚が速いので足がもつれそうになるが、今はそれでもありがたい。

後ろで微かにあの男性の悲鳴が聞こえた気がしたが振り返る余裕はない。

頭上でガリガリと音がする。視線を向けると天井を這って凄い速度で移動してきた蜘蛛の混沌獣がドスン、と重々しい音を立ててわたし達の行く手を遮った。


「……っ!」

「ヒナ!!!」


反射的に後ろに下がろうとして、しかし足がもつれて転んでしまう。

わたしの腕を掴んでいたフードの人も引っ張られる形で転んでしまい、立ち上がる前に目の前で混沌獣の前足が振り上げられる。

殺される…!

死を覚悟して強く目を瞑った瞬間、痛みではなく浮遊感が全身を包んだ。

大きな音を立てて足元が崩れる。一瞬見えたのは先の見えない暗闇だった。


「ヒナ!!」


アッシュが駆け寄ってきて手を伸ばす。わたしも思い切り手を伸ばしたが、お互いの手は空を切った。

あっという間に景色が遠ざかる。視界は一瞬で暗闇が埋め尽くしてしまった。

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