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08

支部内がある程度落ち着いた頃、ソフィアさんやドレッドさんが万が一の時のためにと用意してくれていた冒険に必要な道具の入ったポーチを手渡される。

中には止血用の軟膏やロープ、折り畳みナイフなどの小道具が入っていた。


「いつか必要になるんじゃねえかと思って備えておいたが、まさかこんなに早く必要になるとは思わなかったな…」

「…ありがとうございます」

「いいのよ〜。わたし達はこのくらいしかできないから、寧ろ申し訳ないわぁ」


依頼は明日の朝早くに支部を出発して調査に向かうことになった。

目的の廃鉱山は『深淵の森』の中にある山脈の中にあるそうだ。広大な『深淵の森』のエリアの中には他にも巨大な湖や、地底に続くと噂されるクレバスなども存在するという。

廃鉱山は『深淵の森』に混沌獣が現れる前…、まだ比較的安全だった頃に栄えていた鉄鉱山だったらしい。近隣の町から希望者が鉱夫となって派遣され、『深淵の森』に接している領地の領主達が共同で管理していたそうだ。


「道中は混沌獣だけじゃなく普通の魔物も出てくるだろうが、アッシュが安全な道を知ってる。なにがあってもアイツの言う通りにしておけば大丈夫だ」

「わかりました」


この半月、何度かあの水盆を使って鑑定してもらったが一つとして攻撃系のスキルは習得できなかった。

戦闘になれば間違い無く一番の足手纏いはわたしだ。あの男性がその状況を悪用しようとするのは目に見えている。

ポーチを胸に強く抱き締める。

最近“隠密”のスキルから派生した“気配遮断”というスキルも手に入ったし、隠れていればきっと危ない魔物もやり過ごせるはずだ。

とはいえ、万が一ということもある。アッシュの言うことをちゃんと聞いて万全を尽くそう。


「ヒナ」

「!アッシュ!どこ行ってたの?」

「コイツを取りに部屋にな」


あの男性が支部の宿舎に移ってからアッシュの姿が見えなくて少し不安だったが、戻ってきたアッシュの手には少し大きめのローブが握られていた。


「…それは?」

「“守護者のローブ”っつー魔具だ。防御系のスキル効果が幾つか付いてる便利なモンだから、任務中は着とけ」


魔具はダンジョンの中でしか見つけられない上に、絶対に見つかる訳ではないと聞いた。

その上複数のスキル効果を持つ物は魔具の中でも“遺物”と云われる古代の遺産で、研究者などの特定の職業の者が持つ特殊な“鑑定”のスキルでしか識別することができないそうだ。

複数の効果を持つならこのローブは間違い無く“遺物”である。そんな貴重な物を自分が貰ってもいいのか…。

躊躇っていると、わたしの心中を察したのかアッシュが一つ溜息をついてローブを押し付けてきた。


「アイツが何をしでかすかわからない以上、万が一のことも考えておかないといけねぇ。…俺がお前のそばを離れるようなことが起きちまった時、それでもお前を守れるように、持っとけ」


手の中にあるローブの感触は高級な毛布のようにふんわりとしていてとても柔らかい。


「……。アッシュは、なんでこんなに優しくしてくれるの…?」


いつだかハンクさんがアッシュにも事情があると言っていたけれど、だとしてもこんな貴重な物をくれるなんてやり過ぎな気がする。

不安と罪悪感と、ほんの一握りの願望。

そんな気持ちで聞いてみると、アッシュは腕を組んだ格好でわたしをジッと見つめた後ゆっくりと目を閉じて、一つ息を吐くと開いた目で真っ直ぐにわたしを見つめた。


「……純粋な善意じゃねぇのは確かだが、それでもお前を放っておけねぇのは本心だ」

「……」

「罪滅ぼし…まではいかねぇが、下心有りきなのは確かだよ。…幻滅したか?」


わたしは少し考えた後に、首を振った。


「ううん。皆の話から、アッシュにも何か事情があるのはわかってたし…。…それに、今の話を聞いてもわたし全然悲しくないの」


こんな風に優しくしてもらえるだけでも嬉しい。それが純粋なものかどうかなんて関係ない。

気に掛けて、そばに居てくれて、他愛無い会話を当然のようにしてくれる。それだけで、心が救われているから。


「…ねぇ、アッシュ。わたし、まだ一人でいるのは怖いから……、もう少しだけ、甘えてていい?」

「……当たり前だろ」


どこか安堵したような、憑き物でも取れたかのような顔で微笑むアッシュにわたしも頬が緩む。

そばで見守ってくれていたドレッドさんとソフィアさんもお互いに顔を見合わせて笑っていた。


「…よしっ!話は纏まったな!今日はもう遅いし明日に備えて早めに寝とけ!」

「ヒナちゃん、明日心配なら起こしてあげましょうかぁ?」

「いい。俺が起こす」

「ふふっ…!じゃあお願いします」


ドレッドさんには「早速甘やかしてやがる」って半ば呆れられてたけど、その顔はいつも通り優しかった。

みんなと別れて部屋に戻る。

賑やかだったホールとは違って宿舎の部屋はシン…と静まり返っていた。

気を紛らわすように両手を擦り合わせる。

その世界に来てから静寂が苦手になってしまった。支部のみんなが賑やかなのもあるだろうけれど、顔を見るとみんな優しくて声を掛けてくれるから常に誰かがそばにいてくれる。

そんな日々が半月も毎日続けば流石に慣れてしまった。

元の世界では静寂の方が平気だったのに…。そんな変化になんだか笑みがこぼれる。

ささっとお風呂に入って濡れた髪を拭きながら部屋に戻る。自然と目に入ったのはテーブルに置かれたポーチと畳んだローブ。

アッシュは甘えていいと言ってくれたけど、いつまでも甘えられるわけじゃないし、甘えたままもいけない気がする。


「(……せめてもう少し、何かの役に立つスキルを覚えられたらなぁ……)」


戦闘に役立つスキルは見事に一つも習得できていない。どのスキルも身を隠すことに特化していて、わたし一人を守れても周りまでは守れない。

みんなは『ヒナちゃんらしいスキル構成だね』なんて笑ってくれていたけど、本当はもっとみんなの役に立てるようなスキルが欲しかった。

せめて、そばにいてくれる大事な人ぐらいは守れるようになりたい…。


“………”


「……?」


ふと、誰かに声を掛けられたような気がして顔を上げる。

部屋の中には勿論誰もいない。外にはまだ冒険者の人達が行き交っているからその声が聞こえたのかもしれないと思い、窓を開けて外を眺める。

自然と目に入るのは周囲を囲む鬱蒼とした大森林。

窓の下に視線を落とすけど思っていたより人影は無く時折笑い声が聞こえるくらいで昼間よりずっと静かだ。

気のせいだったのかもしれない。きっと明日のことを気にし過ぎて緊張していたんだろう。

窓を閉めて、部屋の明かりを落としてベッドに潜り込む。

気疲れでもしていたのか、羽毛の枕に顔をゆっくりと沈めるとすんなりと眠ることができた。





「ヒナ。起きろ」


ノックの音と共に聞こえたアッシュの声に目が覚める。寝起きの声で絞り出すように返事をすると、扉が開いてアッシュが入ってきた。


「おはよう。早くから悪いな」

「んー…ん。大丈夫……」


少し重い体を起こして窓の外を見る。外はまだ朝日が昇っていなくて薄暗い。

この感じだと出発は日の出と同じくらいの時間になりそうだ。


「急いで準備するね」

「余裕はあるから焦らなくていいぜ」

「うん。ありがとう」


着替えを持って洗面所へ向かう。

今日の服は、この世界に着てきた制服でも、いつものメイド服でもない。冒険用にとソフィアさんが用意してくれたワイシャツとショートパンツだ。

一見ラフな服装だが、魔物の素材を加工して作ったもので普通の服より丈夫で軽い。一緒に用意してくれた手袋やブーツも同じ様に魔物の素材から作られているらしく、鏡に映る自分の姿はいつもとは全く違う雰囲気になっていた。

顔を洗ったり髪を纏めたりして身嗜みを整える。最後に鏡を確認してから部屋に戻ると、ソファに座って待っていたアッシュはテーブルの上に出しっぱなしになっていたスマートフォンを不思議そうに眺めていた。


「おまたせ」

「おう。おっ、よく似合ってるじゃねぇか!」

「えへへ…。ありがとう」


腰にポーチを付ければよりそれらしい格好になる。

アッシュを付いて部屋を出てホールに向かうと、まだ朝日も昇っていない時間なのに沢山の冒険者さん達が出迎えてくれた。


「ヒナちゃん気を付けてな!」

「無理すんなよ。なにかあったらアッシュを頼れよ」

「怪我しないでね!」


次々に掛けられる温かい声に涙が出そうになるのをグっと堪えて笑顔を浮かべる。


「…っはい!頑張ります!」


不安が無いわけではい。でもきっと大丈夫だという気持ちの方が強い。

外に出ると、広場の『深淵の森』に続く出入り口には既にあの二人の姿があった。

近付くわたし達に気付いた男性は変わらずニヤニヤと意地の悪そうな笑みを向けてくる。


「なんだ、素直に来たのか。逃げたしたかと思ったのによぉ」

「テメェみてぇなクズに任せるわけねぇだろ」


フンと鼻を鳴らしたアッシュに男性は青筋を浮かべ強く歯を食いしばる。

きっと依頼の間はずっとこんな調子だろう。できるだけ男性の気を逆撫でしないよう気を付けないと。


「……?」


視線を感じて顔を上げる。隣に居たローブの人が真っ直ぐこちらを見下ろしている。


「……」

「……」

「……え、と…よろしくお願いします……」


会釈をすると無言で会釈を返された。

昨日もそうだったが、一言も喋らないのはそういう性格の人だからなのか。それともあの男性の前なのか。


「(……あれ?)」


ふと、彼の首元に目が行く。


「(……首輪…?)」


昨日は気付かなかったが、彼の首に確かに付けられているそれは血の様に赤くて見つめているとなんだが嫌な感じがする。

よく見ると彼の目も、わたしを見ているようでどこか虚ろに宙を眺めているようにも見える。

なんだか心配になって声を掛けようと口を開いたら背中に怒号が飛んできた。


「ダラダラしてんじゃねぇぞ!!さっさとついて来い!!」


苛立ちを隠そうとしない男性に反射的に隣の人のローブを掴む。

アッシュも呆れた様に肩を竦め、無言でついて来るように指を動かした。それに従ってアッシュに駆け寄りその後ろをついて行く。

不穏な空気の中、わたしはまた『深淵の森』に足を踏み入れた。

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