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「ふう……」


2時間程経っただろうか。時計が無いようなので正確な時間はわからないけれど、体感的にそのくらいの時間で一通りの依頼書の整理が終わった。

纏め終わった『深淵の森』の依頼書を持ってソフィアさんに言われた通り受付の方へ向かうと、受付業務をしている人達の他に机で何かの作業をしていたり他のスタッフさんと何か会話をしているスタッフさんもいて、みんな忙しそうで声を掛けようか迷ってしまう。


「(邪魔にならないかな…)」


キョロキョロと見回して、ロップイヤーの兎の獣人さんが近くに来たので、勇気を振り絞って声を掛ける。


「あ、あの…!ソフィアさんに頼まれて、依頼書の整理をしたんですけど……!」

「あぁ!聞いてるわ!ありがとう!…もしかしてずっと作業してたの?」

「…あ、す…すみません…」

「謝ること無いわ。大丈夫?疲れてない?」


反射的に謝ってしまったけれど、どうやら長時間の座り作業は疲れるから休憩しながらやっていいそうだ。

集中していて作業中の疲労感はあまり気にならなかったけど、意識すると確かに脊中や腰に微かに痛みがある。

そういえばここまで長時間椅子に座って作業をしたのは初めてかもしれない。


「…大丈夫です。お仕事、楽しかったので…」

「…そっか。なら良かったわ!じゃあ少し休憩してから次の仕事しましょうね!」

「はい…!」


優しく頭を撫でられるのは心地が良い。

休憩するときは先程の休憩室を使えば良いそうなので、お言葉に甘えて少し休ませてもらうことにした。

兎の獣人さんと別れて休憩室に向かうと、同じように休憩中のスタッフさんが二人居た。


「あら、ヒナさん。お疲れ様です」

「お疲れ様。依頼書の整理、大変だったでしょ?」

「お、お疲れ様です…!」


誘われた椅子に腰を下ろす。

上品な仕草や言葉遣いの女性は、爬虫類のような鱗模様の浮かぶ色白な肌に瞳孔の細い瞳が目を引く蛇の獣人。もう一人の女性は、穏やかで物静かな雰囲気のエルフ。

大人の女性らしい色っぽくて艷やかな雰囲気に自然とドキドキしてしまう。


「緊張しているの?可愛いわね」

「大丈夫ですわ。わたくし達も貴女と仲良くしたいんですの」

「はっ、はい…!」


緊張してどうしても目が泳いでしまう。

そんなわたしにを見てクスクスと笑う二人はどこまでも楽しそうだ。


「…それにしても意外ですわよね。アッシュが他人を助けるなんて」

「そ、そうなんですか…?」

「えぇ。彼は一匹狼であまり他人と一緒に行動しないのよ。実力があるっていうのは確かだから一人で依頼をこなしてしまえるし、わからなくはないんだけれど…」


顔を見合せる二人にわたしは首を傾げる。

わたしが見てきたアッシュは人を寄せ付けないような言動は一度もしていない。それどころか終始わたしを気遣ってくれていた。とても優しい人。そんな印象しかない。

そんなわたしの考えが顔に出ていたのか、二人はお互いに顔を合わせてから楽しそうにニッコリと笑ってわたしを振り返った。


「フフッ!ヒナさんと私達とでは随分とアッシュの印象が違うようですわね!」

「アッシュにとって貴女は特別なのかしら?」

「そ…、そんなことは…!」

「「あらあら!」」


顔に熱が集まるのがわかる。見なくてもわかるくらい、今のわたしは真っ赤になっているはずだ。


「フフフッ!…なんにせよ、貴女がアッシュにとって何かしらの意味で特別なのは確かだわ。だから、意地っ張りで一人ぼっちな子鬼ちゃんと仲良くしてあげてね?」

「……はい…!」


話が終わると共に休憩が終わったらしい二人が仕事に戻っていく。その背中を見送って一つ息を吐くと全身から一気に力が抜けてしまった。

テーブルに突っ伏して先程のやり取りを思い返す。

アッシュに出会ってから、彼は凄く優しくしてくれた。きっとわたしを不憫に思ってのことだろうけれど、家族以外であんなふうに優しくしてくれたのはアッシュが初めてだったから余計に嬉しかった。でもそれは今までのアッシュを見てきた冒険者ギルドの人達からしてみたらとても珍しいことだったようだ。


「(…面倒見が良くて、ぶっきらぼうだけど優しくて…。でも、それはわたしにだけ……)」


改めて意識するとまた顔が熱くなる。

きっとアッシュには他意なんて無いだろうけれど、あんなふうに言われてしまうとどうしても意識してしまう。


「ヒナちゃん!」

「ぅひゃう!!」


突然の声に飛び起きる。上ずった変な声が出てしまい口元を抑えながら振り向くと、少し驚いたような顔のソフィアさんと目が合った。


「ビックリさせちゃったねぇ。ごめんねぇ〜?」

「だっ、大丈夫です!か、考え事してて…!」


赤くなっていそうな顔を落ち着かせようと深呼吸をして頬を軽く叩く。

変に意識するとまた顔が赤くなってしまいそうなので、今は仕事に集中することにしよう。


「そう?体調が悪かったら遠慮せずに言ってねぇ」

「はい…!」


気を使ってくれたソフィアさんに感謝して次の仕事への案内を受ける。

向かったのは受付カウンターの脇にあるスペース。先程のように仕分けされた依頼書が文机の上に山積みになっている。

わたしの背丈より高い…。


「今度は仕分けした依頼書を掲示板に張り出す作業だよ〜。そこにある脚立は使っていいから、掲示板の空いてるスペースにどんどん貼っちゃってぇ」

「掲示板のどのスペースにどのランクのものを貼るとかは、決まってないんですか?」

「そうだねぇ。探しにくいって苦情が来てるから改善しなきゃいけないんだけどぉ、急ぎじゃないから滞ってて〜…」

「あ…じゃ、じゃあ…!整理整頓、得意なので…ついでに、やりましょうか…?」


言いながら途中で出過ぎた真似かと思い声が尻すぼみになってしまったが獣人の耳にはしっかり聞こえていたようで、ソフィアさんは嬉しそうに「えぇ〜!いいのぉ!?」と目を輝かせた。


「助かるよぉ〜!ヒナちゃん本当に良い子〜!ありがとぉ〜!」


ギュウっと抱きしめられて頭を撫でられる。

家族以外にこんなことされたことないので少し恥ずかしいけれど、全身で嬉しさを表現してくれるソフィアさんがなんだか可愛らしくて控えめに抱きしめ返す。

一頻り撫でられた後、手を降って仕事に戻っていったソフィアさんを見送り、依頼書が山積みになった文机に向き直る。

冒険者のランクや依頼の場所によって仕分けされているとはいえ、幾つもできた紙の山は最早圧巻だ。

さて、どうやって脚立と依頼書を運ぼうか。わたしの筋力では同時に運ぶのは難しいだろうけれど、人の集まる掲示板の近くの脚立を置いておくのは冒険者の人達の邪魔になるかもしれない。


「(…でも他のスタッフさん達は忙しいだろうし……)」


暫く悩んで、グッと唇を強く結ぶ。

以前街で見かけた作業員さんがやっていた脚立の運び方を試して見ようと思う。

脚立の足場を肩に掛ける。硬い感触が肩に重くのしかかるのを感じながらもなんとか持ち上げられたことに安堵して、バランスを取るように体を傾ける。不安定ながらもなんとか空いた両手に適当な束を持って転ばないようにゆっくりと歩き出す。

脚立の重みに引っ張られてフラフラと覚束ない足取りのままホールに出る。

ギルドの受付と食堂が併設されている1階は広々としているものの、椅子やテーブルなどの家具は勿論、常に冒険達が行き交っている為実質余っているスペースは少ない。

できるだけ邪魔にならないように壁際をゆっくり歩いていると眼の前が薄暗くなる。顔を上げると3人の冒険者がわたしを取り囲んで見下ろしていた。


「…っ!?」

「おっと。驚かせちまったな。悪い悪い」

「ヒナたん、そんな重そうなの一人で運んでたら危ないよ?僕達が手伝って上げる!」

「えっ!?で、でも…!」

「気にすんなって。お前さんのちっこい体で運ぶのは大変だろう?こういう時は周りを頼っていいんだよ」


それでもなんだか申し訳ない、と思っているうちにあっさりと脚立を奪われてしまう。

彼らはパーティーで行動している冒険者らしい。パーティーを組んでいる冒険者は全員お揃いの物を身に着ける決まりになっているらしい。彼らもエンブレムが刺繍されたバンダナを着けていた。

オークと狐の獣人とドワーフのパーティー。ここでは彼らのように他種族同士でパーティーを組むことは珍しいことではないらしい。

2メートルはありそうな巨体で軽々と脚立を運んでくれたのはオーク族の斧使い・ハンクさん。終始ごきげんに尻尾や耳を揺らしながらわたしを「ヒナたん」と呼ぶのは狐獣人の術師・アキさん。ドレッドさんとはまた違う立派な髭が目を引くドワーフ族の戦士・シャガさん。

彼らは“夕夜の牙”というB ランク冒険者パーティーで活動しているそうだ。


「仕事もまだ初日だろ?あんま無理せずゆっくりやれよ?」

「はい。でも、お世話になる以上は役に立ちたいので…」

「頑張り屋さんなんだねヒナたん!いい子いい子〜!」

「…お前、それアッシュの前でやったらぶん殴られるぞ…」


優しい手つきでアキさんに頭を撫でられる。

ハンクさん曰く、アキさんは可愛いものが好きらしい。小動物とか花とかアクセサリーとか服とか…。とにかく彼の“可愛い”の基準に入るものは何でも愛でるそうだ。


「それだよね!アッシュって今まで他人に興味なんて示さなかったじゃん。ヒナたんにだけあんなに過保護だもん。みんな不思議がって当然だよ」

「まぁなぁ…」

「ヒナ。なんか理由として思い当たることないか?」

「え、っと……」


改めて考えると『深淵の森』でアッシュと一緒にいた時間はあまり多くはない。それなのにあんなに気を遣ってくれるのはきっと、わたしが学校で虐められていた話をしたことや混沌獣に襲われたからだろうか。思い当たることなんてそのぐらいしかない。

それをハンクさん達に伝えると、彼らは顔を見合わせた後、何かに納得したように頷いた。


「なるほどなぁ。そういうことならアイツが過保護になるのもわからなくはないな」

「そう、なんですか?」

「まぁ。アイツにも事情があるってことさ」


ハンクさんの大きな手で頭を撫でられる。

アッシュの事情ってなんだろう…。知りたいけど、出会ってまだそんなに時間も経ってないのに聞くのは失礼だろう。

薄っすら胸の内に湧いてきた好奇心を押し殺して、仕事に集中するために軽く頭を振った。

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