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04

従業員用のメイド服に着替えてホールに降りていくと、いつの間にかドレッドさんの居るカウンターには沢山の魔物達でごった返していた。

驚いて固まるわたしを他所に、ソフィアさんは階段を降りてその人混みへと近付いていく。


「お着替え終わりましたよぉ〜!」


ソフィアさんの声に全員が一斉にわたしを振り返る。突然集まった沢山の視線に緊張しながらもゆっくりと階段を降りていくと、人混みの中からアッシュが顔を出す。それだけでホッとした。


「…え、と……。どう、ですか…?」

「……か、」


『可愛いぃ〜〜〜!!!』


野太い声がホールに響き渡る。

ギアさんやゼアさん以外のリザードマンや、オークに、オーガ、ドワーフに獣人など種族は本当に様々だ。

そんな彼らは軒並みわたしより体が大きい。だからか話し声一つとっても大きくて、矢継ぎ早に降ってくる称賛の声がビリビリと体の心まで震わせる。


「うるせえぞお前ら!ヒナがビビってるだろうが!」


体の大きい種族の人達を掻き分けて前に出てきたアッシュ。何人かは彼に文句を言っていたが、殆どの人はアッシュのことをよく知っているからかニヤニヤと茶化すように笑っている。


「なんだぁ?アッシュ〜。いつから嬢ちゃんのナイトになったんだぁ?」

「あぁ?オレが保護したんだから面倒見てやんのは当然だろうが」

「…流石アッシュだわ…」

「この精神見習いてぇなぁ…」


腕を組んでふんぞり返るアッシュは本当にそれが当たり前だと思っているようだ。


「…邪魔に、ならない……?」

「はぁ?お前一人どうってことねぇよ。気にし過ぎだ。オレ相手にくらいもっと気楽に構えてろ。な?」


拳を突き出して笑うアッシュ。それだけで本当に心強い。

わたしも小さく笑いながらアッシュの拳に自分のを軽くぶつける。そうすれば、アッシュは満足げに笑った。


「まっ!アッシュに任せておけば大丈夫だよな!」

「そうそう!ヒナちゃんも安心しな!アッシュはオレらの中で一番強いからよぉ!」

「そう、なんですか?」

「あぁ。アッシュはAランクの冒険者だからな」


冒険者はEからSランクまでの等級があるそうだ。それは冒険者の実力を図るための指標であるため、冒険者ランクが高ければその分実力ある冒険者だという信頼も得られる。

依頼もこのランクを基準に受注することができるのだそう。


「受付業務もお願いするかもだから、覚えておいてねぇ」

「は、はい…!」


人間の冒険者も魔物の冒険者も例外なくこのランク制度は適応される。しかし人間の冒険者の中には高位のランクに魔物の冒険者が居ることをよく思わない人も居るようで、アッシュの他にも、Bランク以上の冒険者達の風当たりはそれなりに強いようだ。


「わざわざ嫌味を言いに此処まで顔を出しに来る人間達も居るくらいさ」

「ヒナちゃんも気を付けてな?」

「はい…」


人の悪意の恐ろしさはよく知っている。

刃物のように鋭利なそれは言葉や暴力となって振ってくる。体だけでなく心にも傷を残すそれは、わたしのような小心者には耐え難い恐怖となる。


「…アッシュは、大丈夫…?」

「心配すんな。オレはそんなにヤワじゃねえよ!寧ろ返り討ちにしてやるさ!」


自信満々に答えるアッシュに安堵する。

彼はわたしより強いし大丈夫だろう。それでも不安が胸に滲むのは、その恐怖が体に染み付いてしまっているからだろうか。

周りの他の冒険者さん達も口々に「大丈夫だ」と慰めてくれるし、大きな手で優しく頭を撫でられたら少しは不安も和らいだ。


「さぁお前ら!!いつまでもヒナに構ってねぇで仕事しろぉ!!」

『うい〜〜〜っす!!』

「ヒナちゃんはわたしに着いてきてねぇ」

「はい…!よろしくお願いします!」


ドレッドさんの一声で散り散りになる冒険者さんの背中を見送り、人混みが捌けたところでソフィアさんに声を掛けられてついて行く。

酒場のような広間を横切り、沢山の紙が貼られた大きな掲示板の前を通って、その脇の扉からスタッフルームに入る。受付カウンターの脇に設けられた個室はスタッフの休憩所も兼ねているようで、カウンターに出ていない他のスタッフさんが各々自由に過ごしていた。


「皆さぁん!今日から入る新人ちゃんですよぅ!」

「は、はじめまして!よろしくお願いします…!」


中に居たスタッフさんもみんな魔物のようだった。

単眼の大きな目が特徴の長身の女性に、狼の獣人で灰銀のふわふわとした体毛が綺麗な女性、長耳が特徴の金髪碧眼のエルフの女性、などなど…。

冒険者の人達もそうだったけど、スタッフさんも多様な種族の人達が居るようだ。

テーブルに座っていた、植物の髪を持った女性と目が合う。緊張しながらも会釈をすると、わたしの反応が意外だったのか驚いたように目を見開き、しかしすぐにニッコリと綺麗に微笑んだ。


「ふふっ!良い子ね!人間って大抵わたし達のこと見下してくるから、こんな反応はなんだか新鮮だわ!」


優しい手付きで頭を撫でられる。

冒険者さん達だけでなくスタッフさん達まで風当たりが強いなんて…。


「此処に居る間だけでも仲良くしてくれる?」

「…!も、勿論です!」


自分でも驚く程大きな声が出て咄嗟に両手で口を覆う。そばで見ていたソフィアさんも頭を撫でてくれた女性も目を瞬かせていたが、すぐに嬉しそうに笑ってくれた。


「ふふっ!よろしくね!わたしはニコ。困ったことがあれば遠慮なく聞いてね!」

「は、はい…!改めまして、ヒナです!よろしくお願いします…!」


ニコさんはまだ休憩中らしいので会釈をして別れる。

休憩室から受付カウンターの中へと続く扉を潜って中に入ると、インクと少し古びた紙の匂いが鼻を掠めた。


「(…図書室みたい……)」


ぼんやりとそんな感想を浮かべながら先導してくれるソフィアさんに続いて奥へと入っていくと文机に積まれた書類の山が目に入る。


「ヒナちゃん、文字は読めるぅ?」

「は、はい!大丈夫です!」


先程の水盆の文字は問題なかった。書類の文字も同じものなら大丈夫のはずだ。


「良かったぁ!じゃあ初日だしぃ、今日は書類を分ける作業をお願いしようかなぁ」

「分ける…ですか?」

「うん!各地の依頼はぁ、冒険者ギルド同士で共有されるんだけどぉ、毎日のようにいろんな所から依頼書が来るから処理が追いついてなくてぇ…」


ソフィアさんがそう言った矢先、文机の奥の壁に描かれた魔法陣が光り、中から丸められ紐で止められた紙がポトリと落ちてきた。

あの魔法陣は転移の魔法効果のある魔法陣らしく、陣の大きさによって運べる許容量が変わるのだとか。

目の前にある魔法陣は人の頭程の大きさ。依頼書などの小さなモノを転移させる程度のものだそうだ。


「基本的にウチではぁ『深淵の森』関係の依頼を処理しているんだけどぉ、偶に他のギルドで処理し切れなかった依頼もくるんだぁ」

「そうなんですね…」

「なのでぇ!まずは『深淵の森』の依頼書とその他の依頼書に分けてぇ、その後『深淵の森』の依頼書を冒険者ランク毎に整理してほしいのぉ!」


ビシッ!とソフィアさんが指差した先は無造作に積み上げられた依頼書の山。

魔法陣のすぐ下に置かれた籠にも収まりきらず床にまで転がっているそれらは、ソフィアさん曰く3日分程だそうだ。


「(……パッと見でも数十枚はあるのに…?)」


それだけ各地でいろんな理由で困って依頼を出した人が居るということだ。

ぐっと唇を強く結んで気を引き締める。

簡単な仕事。でも、大事な仕事だ。


「わかりました…!頑張ります…!」

「ありがとぉ!整理できた依頼書はカウンターの中に居る人なら誰に渡しても大丈夫だからねぇ!焦らず、ゆっくりでいいよぉ!」


手を振って仕事に戻っていくソフィアさんを見送って、依頼書の山に向き直る。

空いている手近な文机に、幾つかの依頼書を抱えて座る。紐を解いて中身を確認して問題なく文字が読めることを確認してから『深淵の森』とそれ以外の場所の依頼書を分けていく。

主な依頼内容は魔物討伐や素材採集だ。中には魔物の体の一部を採取する依頼などもある。

冒険者ランクの他にも依頼の危険度がAからEに分類されているようだ。ソフィアさんはこれについては触れていなかったけど、これも危険度順に整理しておいたほうが見易いだろう。

『深淵の森』以外の依頼書は殆ど同じ場所が書かれている。この集落の周辺の土地だろうか。時間ができたら誰かに聞いてみよう。


「(…アッシュに聞きたいけど、忙しいよね……)」


彼に聞くのが一番安心なのだけれど、彼はここで一番強いのだからきっと一番忙しいだろう。

次に安心できそうなのはドレッドさんやソフィアさんだけど、きっと彼らも忙しいだろう。


「(休憩中のスタッフさんとか、他の冒険者さんとか……)」


臆病なだけでなく人見知りもする自分が、知らない人に声を掛けるなんてことができるだろうか…。

間違いなくハードルの高そうな案に悶々としながら黙々と依頼書の整理を進めた。

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