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地下へ地下へと降りていくにつれてハッキリと聞こえるようになってくる。
それは声のような音だけど、でも耳で聞いているわけではなく、頭…というか、心に染み入るように優しく話しかけてくる。
アッシュと合流した時点から魔物を避けつつ数十分程掛けて辿り着いたのは大きな空間。坑道に似つかわしくないそこは沢山の鍾乳石が垂れ下がっている、まさに自然の洞窟そのもののような雰囲気の場所だった。
「こんな場所があったなんてな…」
感心したように呟くアッシュ。キョロキョロと興味深そうに周りを見渡す様子は見慣れたアッシュの様子とは違ってなんだか新鮮だ。
「っ、おい!あれ…!」
ダークエルフさんが指し示したのは空間の奥。まるで祭殿のように整えられた場所に鎮座する、大きな白い盾。
声は、あの盾から聞こえる…。
「まさか…アーティファクトか…!?」
「みてぇだな。だが、こんな強い気配のアーティファクトは初めて見る…」
祭殿に続く短い階段を登ると盾はわたしをスッポリと隠してしまいそうな程の大きさがあった。
台座に固定された大盾からは絶えず何かを語りかけられているもののその声はこの近距離でもハッキリとは聞こえない。ただ、大盾が何かをわたしに求めている。わかるのはそれだだけだ。
「…今回の依頼。もしかして目的はコレか…?」
「魔術師協会の奴らが何かしらでコレを感知したのか?」
「わからん。奴らはあんま部外者に手の内見せないからな。とはいえ、他に怪しいモンもねぇし…」
声に合わせて淡い光を明滅させる大盾をジッと見つめる。
アッシュが触ろうと近付くと、まるで『お前じゃない』とでも言うかのように大盾が一際強い光を放つ。
突然のことで目がチカチカして微かに痛むが、それは明らかな拒絶だった。
「……。ヒナ、頼む」
「えっ!?…う、うん……」
自信は無いけど、状況を見てアッシュがそう判断したのなら今は従うべきだろう。
緊張で早くなる鼓動を少しでも抑えるように深呼吸をして大盾に手を伸ばす。
しかし、わたしの手が大盾に触れる直前、耳を劈くような爆発音がして唯一の入り口が土煙に覆われる。
「クソが…!戻って来やがった…!」
アッシュが忌々しそうに吐き捨てながら腰のポーチに手を掛ける。
次第に晴れていく土煙から現れたのは、興奮したように赤い複数の目を明滅させている、あの蜘蛛の混沌獣だった。
「ヒナはそこを動くな!テメェは死に物狂いでヒナを守れ!!」
「っ、わかった!」
そう叫ぶとアッシュは腰のポーチからキーホルダーのような小さな金属を取り出した。
アッシュがそれを握り込むと彼の手の中から光が溢れて、一瞬でその手に見覚えのある大鎌が現れた。
大鎌を構えて素早く混沌獣に切りかかっていったアッシュ。混沌獣もアッシュを敵と認識したのか、金切り声のような警戒音を発して前足を振り上げアッシュを迎え撃った。
「アレもアーティファクトじゃないか…。魔物とはいえ流石はAランクと言うべきか…?」
ダークエルフさんがマントの下からタクトのような杖を取り出して構えながら呟く。
状況を上手く呑み込めないまま混沌獣と戦うアッシュを見つめる。
出会った時、あんな簡単そうに混沌獣の首を切り落とした大鎌は、蜘蛛の前足とぶつかる度に高い金属音を響かせる。その度に周囲には衝撃波のようなものが広がって強風を起こす。
「…っ、『プロテクション』…!」
ダークエルフさんが杖を前に突き出すと、杖の先端から光が溢れてわたし達の周囲に青白い光の膜を作る。
エルフ種やダークエルフ種は魔法が得意だと聞いていたが、これもその一種なのだろう。
凄い…。そう思うが、衝撃波が襲ってくる度にギシギシと音を立てる膜や、力に負けそうになってフラつくダークエルフさんを見ると胸に不安が過る。
今、この状況で自分にできることは何もない。だが、混沌獣はアッシュと戦いながらも明らかにわたしを狙っている。
「(…せめて、自分の身ぐらい守れる力があればいいのに…)」
そう思うけど、わたしには耐性スキルや身を隠すスキルはあっても防御スキルは無い。
「(アッシュに迷惑掛けたくないのに……)」
不安を抑えるように服を掴んでいた手に自然と力が入る。
わたしだけ逃げる…?駄目だ。そんなことしたって足の遅いわたしじゃ簡単に混沌獣に追いつかれる。
どうしよう…。どうするのが、今、最善なのだろうか…。
――― 手を ―――
突然聞こえた声に下がっていた顔を上げる。
それは今まで音にしか聞こえなかったもの。声と認識できていたのに声には聞こえなかったもの。
「……貴方は…?」
淡い光を放つ大盾の隣に、同じ光で人が形作られている。
それは2メートル近い長身で、ぼんやりとした大柄な輪郭は鎧のようなものを着ているようにも見える。
――― 守る 力を ―――
大きな手が差し出される。光で形作られているそれはハッキリと顔も見えないのに何故か微笑んでいるように見えて、わたしはそっとその手に自分の手を重ねた。
――― “純潔の白” 継承者 ―――
その声が頭に響くと同時に大盾から強い光が溢れ出す。
眩しくて反射的に目を瞑ると、どこからか生温い風が吹き抜けて勢い良く全身を撫でていった。そして、その風に乗って錆びた鉄の臭いが鼻を掠め、遠くから鉄のぶつかり合う音や喧騒が押し寄せてくる。
目を開く。目の前に広がるのは先程まで居た洞窟の無骨な岩肌などではなく、折れた武器や引き裂かれた旗、血を流し地面に倒れ臥す無数の死体…。―――ここは、戦場だ。
「ひっ…!」
目の前に転がってきた死体と目があったような気がして自然と漏れた声に自分で驚いて咄嗟に両手で口を覆う。
何が起きたのだろう。目の前に広がる景色は現実のように互角で感じることができるのに、どこか現実離れしたように浮ついた感覚が全身を包んでいる。
遠くから雄叫びが聞こえる。
体が上手く動かなくて顔だけをそちらに向けると鎧を着込んだ兵士が此方に向かって剣を振り下ろしていた。
目の前に剣が迫る。それなのに音が遠い。世界が遠い。
呼吸をすると喉がヒュンと音を立てた。体が動かない。
振り下ろされる剣をただ見つめていると突然白く大きな影が飛び込んできた。
それは純白の鎧。背中に靡くマントは目が眩む程鮮やかな青色に金色の獅子が描かれている。
金属がぶつかる音が遠くで響く。わたしを守るように前に出た大きな背中は、その手に持っていた純白の大盾を振り上げると白銀の短髪を風に揺らしながら咆哮のような勇ましい声を上げた。
『これ以上、仲間は傷付けさせない!!ここからはこの私、“純潔の白”セイヴァートが相手だ!!』
彼が掲げた大盾が光を受けて輝く。それは洞窟の台座にあったあの大盾だった。
これは夢なのか。それとも…。
目の前の大きな背中をジッと見つめていると、僅かに振り返った男性がわたしを見て優しく微笑んだ。
「―――ヒナ!!!」
大きな声に呼ばれてハッとする。
そこは戦場ではなく、薄暗い洞窟の中だった。
何が起きたのかわからない。先程の声に振り返るとダークエルフさんが心配そうにわたしを見下ろしている。わたし達を守る『プロテクション』の膜はあちこちにヒビが走っていた。
「大丈夫か!?」
「ぁ…は、はい…。大丈夫、」
返事をした瞬間、大きな衝撃音がして洞窟全体が大きく揺れた。
顔を上げるとアッシュと混沌獣の戦闘が激化していた。前足を振り回しながら激しく動き回る混沌獣に対し、アッシュは小柄な体を利用して素早く混沌獣の攻撃を避けたり受け流したりして距離を保ちながら戦っている。
「!アッシュ…!」
「混沌獣の外殻が硬くて上手く攻撃が通らないんだ…!あまり踏み込むと攻撃を弾かれたところにカウンターを食らうから上手く攻め込めないでいる…!」
「そんな…!手助けは、できないんですか…!?」
「無理だ…!あんな強力な攻撃、俺の『プロテクション』じゃ一瞬だって保たない!隙を作るにしても、もっとまともな防御手段じゃないと…!」
言いながらダークエルフさんの視線が大盾に向かう。
この盾が使えたら…。きっとそう考えてるのだろう。わたしもそう思う。だけど…。
「(本当に、わたしが使えるの…?)」
先程見たあの大きな背中が脳裏に焼き付いている。
彼のように、仲間を守るために勇ましく敵に立ち向かうことが、わたしにできるのだろうか。
いじめられたって反抗も反論もできず、ただ俯いて耐えることしたできなかったわたしに…。「ごめんな…」と項垂れた父の姿を今だってハッキリと思い出せる。父にあんなことを言わせてしまった弱虫なわたしに、できるわけが……。
――― 大丈夫だ ―――
そっと温かいものが背中に触れる。
頭の中に響いたのは低く、しかしどこまでも穏やかで優しい声だ。
――― 必要なのは ほんの一握りの勇気と 大切な人を守りたいという気持ち ―――
背後から伸びてきた人の腕を象った光がアッシュを指差す。
――― キミならできる ―――
ポン、と背中を押される感触がする。
…そうだ。わたしはアッシュの役に立ちたい。アッシュがどんな理由でわたしを気に掛けてくれるのかわからない。けれど、彼のそばに居られる間だけでも、少しでもなにか彼の力になれるようなことをできるようになりたい。…したい。
「…わたしも、アッシュの力になりたい…」
守ってくれると言ってくれた。最初はそれでいいと思ったけど、ギルドで色んな冒険者さん達を見ていて、いつかわたしもアッシュの役に立ちたいと思うようになった。
「守られてるばかりじゃなくて…」
戦うことは怖い。だけど、元の世界にいた頃と何も変わらず怯えてばかりで過ごすのも、もう…嫌だ。
変わりたい。今、それを心から強く願う。
「わたしも、守りたい…!」
決意を言葉にすると大盾から強い光が溢れ出す。わたしの全身を優しく温かく包むと光はあの純白の鎧へと姿を変えた。




