表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/14

10

全身に走る鈍い痛みで目を覚ます。

ぼやける視界に、重い体。動くのが辛いと思うほどの状態に大きく深呼吸をすると少しだけ体が楽になったような気がした。

何が起きたのだろう…。少し記憶を遡ってみる。


「(…そうだ。混沌獣に、襲われて…)」


床が脆くなっていたのか、それともあの混沌獣が重かったのか。

床が崩れて下層に落ちてしまったようで、その過程で体を壁に打ち付けて痛みで気絶してしまっていたようだ。

痛みを堪えながら体を起こす。

幸いこの階層もそこまで暗くはないようで景色はハッキリ見えている。

周りを見渡すと近くに大きな黒い塊が転がっていた。一瞬魔物かと思って体が強張ったが、よく見るとフードの冒険者さんだった。どうやらわたしと一緒に落ちてきてしまったようだ。


「だ、大丈夫ですか…!」


まだ立ち上がるまではできなくて這いずって近付く。

軽く肩を揺すると少しだけ身動いだ。息はあるようだ。

安堵すると同時にわたしより酷い怪我をしている彼が心配になる。

腕や背中が特に酷い。対してわたしは打ち身程度の怪我はあるもののそこまで大きな怪我はない。もしかしたら彼がわたしを庇ってくれたのだろうか。

グッと口を引き結んでポーチを漁る。幸いポーチの中のものも無事なようで、止血用の軟膏やガーゼ、包帯を取り出す。


「…し、失礼します…」


手当の為に、彼が常に深く被っていたフードを取る。

中から出てきたのは褐色の肌の端正な顔。パールホワイトの髪の隙間から覗く長く尖った耳。

彼は、ダークエルフ種だ。

ギルドで、ダークエルフ種は他種族との交流を避けて自分達の住処にこもっていることが多い種族だと聞いた。きっと彼も例外ではないのだろうけれど、ならばどうしてあの男性と一緒に居たのだろうか。

疑問だけれど、それは彼が目を覚ました時にでも聞けばいい。

不慣れながらもなんとか応急処置を終えて一息吐く。

周囲に意識を向けても生き物の気配は無い。上層に居る混沌獣の気配に怯えて逃げてしまったのか、もしくは最初からこの階層には居ないのか。もの凄く静かだ。

一つ息を吐いて天井を見上げる。アッシュは大丈夫だろうか。…いや、アッシュのことは心配いらないだろう。『コトナ大森林』支部の中でもトップクラスの強さだと聞いているし、『深淵の森』での任務にも慣れているだろうから混沌獣とも戦い慣れているだろうから。

今問題があるとしたらわたし達の方だ。今周りに魔物が居ないとはいえ、わたしは一切戦えないし、戦えるだろうダークエルフさんはまだ意識が戻らない。それに落下してきてからどれだけの時間が経ったかもわからない。


「(…できるだけ早くアッシュと合流したいけど……)」


隣で落ち着いた呼吸を繰り返すダークエルフさんを見つめる。

あの冒険者の男性は異種族が嫌いなようだったから、きっと何か理由があって彼と一緒に居たのだろう。それに此処に来るまでの道中はなんだかわたしを気遣っているような動きも見れたし、このまま放ったらかしにするのは忍びない。

どうしようかと一つ息を吐くと、突然ゾワリと不快感が背中を撫でた。

直感でわかる。危険な魔物が近くに居る。だが恐らく混沌獣ではない。

大きく深呼吸をして体をできるだけ小さくする。少しずつ近付いてくる足音に心音が少しずつ早くなるのを感じながら、緊張で上がりそうになる呼吸を必死で抑える。


「(どうか、見つかりませんように…!)」


そう願いながら一層近くで聞こえた重々しい足音に強く目を瞑ると、不意に素早い動きで口を抑えられる。

反射的に悲鳴を上げそうになったが、耳元で「しっ!」と落ち着いた男性の声がして慌ててグッと抑える。

ゆっくり手が離れる。その手がわたしを抱き込むように回され落ち着きを促すようにトントンと肩を叩く。お陰で緊張も少し解れ、呼吸も少し落ち着いた。

重々しい足音がゆっくりと遠ざかっていく。うまくやり過ごしたようだ。


「…あの、ありがとうございます…」

「あぁ」


ぶっきらぼうな返事。しかし落ち着いていて柔らかい声色。

元々彼からは敵意や害意は感じたことはないが、今も特に何も感じない。


「意識が戻って、良かったです…。あの、怪我は…大丈夫、ですか…?」

「…。大丈夫だ。これでも冒険者だし、問題ない」


わたしの顔をジッと見つめたかと思えばそっぽを向いてしまった。あの男性冒険者のこともあるし、人間の印象はあまり良くないのかもかもしれない。

まだ痛みも酷いだろうにサッと立ち上がったダークエルフさん。周囲を警戒するように周りを見回して、それからわたしを振り返った。


「何をしてるんだ。他の魔物が来る前に急いであのゴブリンと合流するぞ」

「…!ぁ、はっ、はい…!」


てっきり置いていかれてしまうかと思ったが、彼はちゃんとわたしを待ってくれた。

それどころか手を差し出される。恐る恐るそれを取ると、思っていたよりもしっかり握ってくれた。

手を繋いだまま薄暗い坑道を進んでいく。

生き物の気配は少なく、幸いにも魔物と接近したのは最初だけでその後暫くは何事もなく進めた。


「……色々と、すまなかった」

「…え?」


突然の謝罪に思わず首を傾げる。彼に謝罪されるようなことなんてあっただろうかと思い返してみるが、男性冒険者の印象の方が強くて思い出せない。


「キミを、怖がらせた」

「あ…え、と…大丈夫です。……わたしの、気のせいじゃなければ…お兄さんも、普通じゃなかった、ですよね?」


ジッと彼の目を見つめる。

少し前までなんの感情も見えなかった彼の目には光が戻りしっかりとした彼の意思を持ってわたしを見ているのがわかる。

だから彼の意思ではなかったのかもしれないと思いそう言うと、彼は少し気まずそうに目を逸らし首の後ろを掻いた。


「あぁ。あまり意識がハッキリしていなかったから正確な時間はわからないが、恐らく数年はヤツに洗脳されていたと思う」

「せ、洗脳…!?」

「他人の意識を奪い自分の思い通りに操る魔具がある。意識を奪われたものは自分の意思とは関係なく奴隷のように魔具の使用者の命令を聞くようになるんだ」

「じゃあ、お兄さんの意識が戻ったのは、その魔具の効果が切れたから…?」

「あぁ。アイツが死んだんだ」


淡々と返された答えに喉が震えて声が詰まる。

あまりにも平然と喋るダークエルフさんをジッと見つめるが、その横顔に僅かに怒りが滲んでいるのが見て取れて、この人はあの男性のことを相当憎んでいるようだ。だからきっと、彼はあの男性が死んで清々しているのかもしれない。

その気持を理解することはできる。けれど、わたしは人の死の対して免疫がないし、あんな怖い人でも死んだと聞くとやはり心苦しくなる。


「…どうして、死んだと、わかるんですか…?」

「…。一部の魔具はその効果を使用者に依存する。効果の強弱が使用者の魔力量に左右されたり、今回のように使用者の生死で効果が切れたり、な」


握られている手に力が込められる。強い力に指を軽く潰され少し骨が軋んだような痛みを感じたが、それが彼の怒りを表しいるのだと思うと何も言えなかった。

それから暫く無言が続いた。

わたしの頭の中は不安で埋め尽くされている。きっとあの男性冒険者の死因は恐らくあの混沌獣だろう。

わたしよりも遥かに大きな体に、鋭い足はまるで剣や槍のように鋭かった。あれで攻撃されたなんて想像するだけで恐ろしい。

どうかアッシュと合流するまでに出会いませんように…。


「……?」


ふと、呼ばれた気がして振り返る。

そこには薄暗い洞窟が続いているだけ。人影も生き物の気配も何も無い。


「どうした?」

「あ…いえ……なんでも、ありません…」


不思議だけど、恐怖や不快感は一切感じない。それどころか、怖がって沈んでいた心を温かく励まし支えてくれているような、そんな優しさを感じるような気配だ。


「(…この感じ…昨日の夜の…)」


昨日よりは強く感じる気配。この廃鉱山に何かあるのだろうか。

気にはなるけど、ダークエルフさんに急かされるように手を引かれたので黙ってついて行く。

暫く進むと時折天井にぶら下がるコウモリや壁を這うムカデなどの普通の生き物が姿を見せるようになった。混沌獣が近くに居た時は一匹も見なかったのに…。きっとこの辺に混沌獣の気配がなくなったから、隠れていた生き物達が顔を出し始めたのだろう。


「!近いぞ」


ダークエルフさんの長い耳がピンと跳ねる。

耳を澄ませると坑道の先から微かに声が聞こえる。


「アッシュ…?」


自然と声が溢れる。

聞こえてくる足音が段々と大きくなり薄暗闇の中から見たかった小さな影が勢い良く現れた。


「ヒナ!!」

「…〜〜〜、っあっ…アッシュ…!」


込み上げてくるものに任せて駆け寄り、飛びつくようにアッシュに抱き着く。

小さな身体で、それでもしっかりと抱きとめてくれたアッシュに、安心して自然と涙が溢れてくる。


「よしよし。怪我はなさそうだな。そっちは大丈夫だったか?」

「あぁ。問題ない」


泣いて上手く言葉が出ないわたしの代わりのダークエルフさんが答える。

最初と態度が違うダークエルフさんの一瞬体を揺らしたアッシュだったが、何かを察して特に問い質すようなことはしなかった。


「そっちは…」

「あの馬鹿なら自業自得だ。ただでさえ混沌獣は人間の匂いに敏感だってのに大声で騒ぐわ、あちこち八つ当たりして物音立てるわ。テメェから襲ってくれって言ってるようなもんだっだから放っておいたら案の定な」


荷物から取り出したハンカチのような小さな布でわたしの涙を拭きながらアッシュは苛立ちを顕にした顔で忌々しそうに力強い舌打ちをした。

混沌獣に遭遇したとはいえ、依頼の調査はまだ終わっていない。それに依頼中に冒険者が死亡した場合、生還した他の冒険者に報告義務があるため、アッシュも「面倒事増やしやがって…」とブツブツ文句を言っている。


「調査は続けるのか?」

「当然だ。まだ浅い部分しか見てねぇし、幸い混沌獣はあの馬鹿ヤッて満足したのか一時的に鉱山から離れてる。調査を進めるなら今しかねぇ」


涙も止まったのでアッシュといっしょに立ち上がる。

アッシュが言うには今居るのは入ってきた中層と下層の間ぐらいの位置になるらしい。この廃鉱山は中層より上はそこまで広くなく、下層に向かってどんどん広く深くなっていくらしい。

そうか。だから…。


「あの、アッシュ」

「ん?」

「その…、行きたいところがあるの」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ