ドライアイスと魔法
ある夏の誕生日のこと、
僕はドライアイスというものと出会った。
お母さんが買ってきたアイスケーキと一緒に、
それは我が家にやってきたんだ。
ケーキは僕の大好きなキャラクターを模したデザインで、今まで買ってもらった誕生日ケーキの中で1番かっこよかった。
でも、僕は雪のような何かの方が気になってしょうがなかったから、歌を歌ってもらってる時もそれが置いてある方をチラチラ見ていた。
お母さんはそれに気づいたんだろう。
折角だから、魔法をかけてあげようって
白い結晶をボウルに入れて持ってきてくれた。
怪しげに煙がもれ出てて、魔女にもらう宝石みたいだ。
今から何が始まるんだろう。知りたい。
僕の鼓動はどんどん早くなって、思わず手を伸ばした。
あともう少しで届く、と思った矢先に手を叩き落された。
「見習いが触ると危ないからね〜」
「ちぇー」
「後で教えるよ〜」
お母さんはそう言って、
いつもお茶を入れているポットを持ってきた。
そして、ここからお母さん自慢のマジックショーが始まる。
「さーて、ご覧下さい!こちらはいつもお茶が入っているポット。何の変哲もございませんが、実は、中身が違うんです。」
ポットの蓋を開けて、中身を見せてくれる。
たしかに、色が薄茶色ではなく透明だ。
「この水は先程私が呪文をかけました、魔法の水です。そしてこの水をこの魔法の結晶にかければ〜……」
魔法の水が入った瞬間、結晶はさらに煙をたちこめ、ボウルの外に溢れ出た。
それがとても不思議で、結晶がどうなっているか目を見開いて確認しようとした。しかし、白い煙のせいで中身は何も見えない。
「お母さん!これやりたい!」
僕がそう言うと、お母さんは誇らしげに返した。
「もちろんですとも。魔法使い見習い君には、1人前になってもらわないとだからね!」
お母さんはポットに水道水を入れて持ってきた。
「さっきの水はなくなっちゃったから、一緒に魔法かけよっか。」
僕は勢いよく首を縦に振った後、水に向き合った。
「じゃあ、呪文を伝えるね。
1回しか言わないからちゃんと覚えてね。
『ドライアイスを溶かす水』〜。」
呪文は、魔法をかけるものに作用させるものと何が起きるかを覚えさせるために唱えるらしい。だからこの時、この結晶がドライアイスという名前なのを知った。
そして呪文を唱えたあと、水を入れてみると……
「わあ、モクモクした!」
さっきよりたくさん煙があがって、とても嬉しかった。
お母さんも、私よりも上手いと言って拍手してくれた。
「これでまた一つ習得できたね!すごいよ〜。」
「えへへ」
「魔法って間違って使うと大変な目にあうけど、人を幸せにできるんだよ〜。それで、2人でみんなを幸せにするの!どうかな?」
「すっごくいいと思う!」
「ふふ、ありがとう。改めて、誕生日おめでとう。」
お母さんの撫でる感触がとても心地よくて、
お母さんの子どもで良かったって、また思えた。
その次の日、もっとすごい魔法を使えれば喜んでくれると思い、お母さんにこっそり内緒で大きな煙を作る練習をしようと思った。
ちょうど新しいアイスを買ってきてくれてたから、ドライアイスも一緒にある。
お母さんが洗濯に行ってる間に大きなボウルに入れて、お風呂に持っていった。
バレちゃったらダメだから早くしよう。
全部持ってきて、扉を閉めて、ホッとする。
お母さんにはバレてない。よし、始めよう。
とりあえず、桶にいっぱい水を入れて呪文を唱える。
「『ドライアイスを溶かす水』!」
これでいいはず。
ドライアイスに少し水を入れた。
そしたら、少ししか煙が出ない。
もうちょっと入れてみた。
さっきよりは増えた気がする。
もしかしたら、水を入れたら入れるだけ
煙って増えるのかな?
そう思って、残りの水をバシャッて入れた。
すると、昨日よりももっと多くの煙がでてきた。
「やった!お母さんに褒めてもらえる!」
僕がはしゃいでいると、お風呂の外から
「あれ、どこいるの〜?」
お母さんの声が聞こえる。
やばい、隠さなきゃ。
慌ててボウルを持とうとしたけど、
なぜか震えて掴めない。
すると頭がズキっと痛くなって
だんだん息が苦しくなって
怖い、怖い。
そう思うのも束の間、目の前が暗くなった。
目が覚めたら、何か、よく分からないものがたくさん置いてあるところだった。そばにお母さんがいる。
「目が覚めたの?!」
すぐにお母さんは気づいて、僕の方に顔を近づけた。
「言ったでしょ!魔法は間違って使うと大変だって!
……ちゃんと、説明すればよかった。ごめんね……
……生きててよかった……」
お母さんは、何かが崩壊したように
僕を抱きしめて泣き出した。
それにつられて、僕も涙が止まらなくなった。
怖かった、ごめんね、とずっと叫んだ。
その後、お医者さんに見てもらって、入院することになったけど、翌日、帰る許可をもらうことができた。
その帰り道。
「お母さん。」
「どうしたの?」
「ごめんなさい。」
「……ふふ、怒ってないよ。それよりも、あなたが生きてくれて、安心した。またあなたが怖い思いをすることがなくて、ホッとした。」
お母さんはニコッと笑って、僕をまた抱きしめてくれた。
「それに、今回は私も悪い!危ない〜って言ったのに、何が危ないのか教えてなかったし。ね?」
そう言うお母さんの手はとても震えていて、
またすぐにでも泣きそうな顔になっていた。
「お母さん、また魔法教えて。今度はちゃんと危ないことが何かも覚える。」
「……ありがとう。私も1からやり直さなきゃ。」
そうして、僕とお母さんは手を繋ぎながら帰った。
一緒にみんなを幸せにするんだもん。
それには、お母さんも入ってるから。
大切な手が、離れないように、気をつけるんだ。
そうしたら、誰かが泣くこともないと思うから。
【完】
【後日談】
私は息子のために魔法……もとい面白い現象の起こるものを買ってくるのが趣味になっているシングルマザーだ。
今日はその趣味のための買い物なのだが、
1週間前に息子が風呂場で一酸化炭素中毒になっていた事件があったため、かなり神経質になっている。
しばらくはやめた方がいいとも思ったのだが、息子にせがまれてしまったのでしょうがない。
できるだけ危険性の少ないものにしよう……
と、買ってきたはいいものの
「ぎゃああああああああああ」
メントスコーラを買ってきてやるや否や
息子が泣き叫んでしまった。
あれ?こういうのって子供は好きじゃなかったか?
「ど、どうしたの〜?大丈夫〜?」
「息できなくなるうううう」
「そんなことないよ〜安心して〜」
「ドライアイスみたいな溢れ方!怪しい!」
あ、ドライアイスと同じ類だと思っているのか。
……やっぱり1からやり直さなきゃダメだな。
子供心って難しい。
【完】