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トカゲ娘の憂鬱  作者: 西野朔太郎
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2、小さな反抗

 ペッパの日常は、過酷であった。毎日毎日こき使われる。誰にかというと、雌トカゲにである。雌のトカゲは、トカゲというより、もはや物語の「竜」のようなもので、まず雄とは、大きさからして違う。雌は体長は10mを超えており、雄の5倍以上の大きさがある。また、雄の地味な肌色と対称的に、雌は美しい赤や白や青や黒い鱗をきらめかせており、性格はというと、何かあるとチョロチョロと逃げ回る雄に比べ、雌は好戦的で凶暴で、プライドが高かった。

 ペッパが働いてるのは、エニグマという黒い雌竜が主人として君臨する生活コミュニティである。この国では、強い雌がそれぞれ「シナゴーグ」と呼ばれるコミュニティを持っている。そこで、自分より弱い雄や雌を奉仕させ、彼らに上納させ、主として君臨していた。エニグマは真黒の太った(ペッパから見れば)醜い雌で、この国の将軍の一人である。彼女は大食漢であり、毎日、大量の哺乳類を食べたがった。

 「グルルルルルル…ギャアオオーーーーー」

 ペッパが用事を終えて館に戻ると、またあの咆哮とも、叫び声ともつかないうなり声が聞こえる。

 「うわわああああああああああ」

 今度は、叫び声が聞こえた。きっと新しいエニグマの給仕担当だろう。もう今年に入って何人食われたのか。ペッパは耳をふさぎたくなった。給仕担当者が、自ら食われるなんて、何かの冗談のようだった。

 「もっと人間を持ってこい!」

 どうやらエニグマがまた広間で大暴れしているようだ。また何人の同僚が食われるのだろうか。エニグマという雌は、雄を殺すことに全く躊躇しない。この国では、大抵の雌が似たり寄ったりであったが、彼女の場合、それが特にひどかった。

 「ぎゃーーーーーーーーーー」

 また同僚の恐怖の絶叫が聞こえた。


 ペッパは館の隅の方に隠れて、手で耳を塞いで時間が過ぎるのを待った。

 「ペッパ!早く来い!」

 同僚のソルトが、ペッパを呼びに来た。

 「行ってどうなる!僕は行かぬ。」

 ペッパは耳をふさぎ、目を閉じ、現実から逃避した。

 「主人の機嫌を慰めるのも、我々の仕事だろうが!」

 ソルトは、ペッパの腕を取った。女主人の機嫌の悪いときは、誰かが犠牲になる必要があったが、その対象は多い方がいい。死ぬ確率も下がるだろう。

 (いっそのこと)

 ペッパは思った。

 (死んでしまおうか)

 ペッパは、腕をつかんでいるソルトの手を払うと、食卓のある大広間に向かった。


 大広間に着くと、女主人エニグマがもうすでに暴れ終わった後で、仲間の雄トカゲ数匹の死体が散らばっていた。その残骸を同僚たちが片づけている。ペッパとソルトはコソコソと部屋に入り、片付けに加わった。

 エニグマはひとまず落ち着いたのか、太り気味の黒い体を、巨大な椅子に持たせかけて、粗く呼吸をしていた。彼女ら雌竜も、基本2本足で歩くが、翼を持つもの、巨大な尻尾を持つ者などがおり、エニグマは翼は持たない代わりに、巨大な尻尾をもっていた。その尻尾をぶんぶん振り回している。まだ気が収まっていないのだろうか。

 エニグマは、薄く目を開けて後から来たペッパとソルトを見た。

「おい、そこの二匹…。お前らはなぜ遅れてきた。」

 エニグマは、怒りで黒い息を吐いている。まずい。さっきの暴力で、怒りが収まった訳ではなかったのだ。まだ彼女は暴れ足りなかったのだ。濁った黄色い目が二人をとらえた。呪力のような、巨大な怒りの感情が、二匹を締め付け、体が硬直した。気の弱いソルトは、泡を口の端から吹いており気死しかかっている。

 「お前らこっち来い…」

 エニグマが二匹を呼んだ。いたぶって楽しもうとでも言うのか。ソルトは恐怖で体が硬直しているようだった。仕方なく、ペッパはソルトの肩をかかえ、女主人の前にひれ伏した。

 「もう一度聞く。お前ら、なぜ遅れてきた。」

 ソルトは白目をむき泡を吹いている。仕方なくペッパが答えた。

 「…げているから…」

 ペッパは心が氷のように冷えきっている自分を感じた。ただ、声帯や体の筋肉が萎縮し、声が出ない。

 エニグマにとって、これは遊びのようなものだった。情けない同族の雄たち。いくらでも替えだけはいる無価値なものたち。何の能もなく、ただ生殖と奉仕のためだけに存在する存在。虐め遊び殺すしか価値がないではないか。

 「なんだと、はっきり言ってみろ、殺しはせんから…」

 エニグマは声を和らげて見せた。少し女主人の気迫の呪縛が緩くなった気がした。

 「馬鹿げているからです!」

 ペッパは、突然大声を張り上げた。

 エニグマは珍獣でも発見したかのように、目を見開いた。

 成り行きを見守っている周りの雄たちが、見てはならないものを見たように目を伏せた。ペッパもソルトも、もう死が確定した。自分たちもまた巻き添えを食うかもしれない。

 「お前は、主人が苦しんでいるのを馬鹿げていると申したか?」

 エニグマが面白そうに、ペッパに太った醜い首を近づけた。するすると巨体が、ペッパの周りを取り囲んだ。黒い大きな壁に囲まれているようだ。ペッパは気迫をふり絞った。

 「全てが馬鹿げています!同僚たちも、あなたも、この世界も!」

 黒い壁に囲まれて、上を見上げると、エニグマの目が光っていた。その目が、ペッパを凝視している。

 「…」

 (殺すなら、殺せ)

 ペッパは、死を覚悟していた。

 「お前、名前は。」

 エニグマは、二つの目を光らせて言った。

 「ペッパです。主人よ、早く私を殺してください。」

 ペッパは目を閉じて言った。

 「つまらん…」

 エニグマは急に囲いを解いた。光が広がり、周りの情景が見える。周りの雄どもが目を見開いてペッパを見ている。

 「ペッパとやら、もう下がれ。興覚めしたわ。」

 エニグマは、どすどすと奥の寝室に戻っていった。ペッパは足元がくずれるように、膝を床に落とした。周りの雄たちが、ペッパを取り囲み、はやし立て、握手を求めた。中には泣いている雄トカゲもいた。

 「ペッパ!なんて度胸だ!」

 「ご主人様に盾ついて生き残った奴を初めて見た!」

 「ペッパ、ありがとう!」

 ペッパは、そんな彼らの騒ぎを適当にあしらいつつも、心中は冷え冷えとしていた。なんで死ねなかったのか。それが残念で仕方なかったのだ。

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