ザウアーラント諜報部隊
⬛︎ ザウアーラント辺境伯子息・アルバン視点
アルバンはザウアーラント辺境伯の第二子としてこの世に生を受けた。
ちなみに兄弟は六人いるため、とても賑やかな毎日だった。
『アルバン。王都に用務があるが、今回はお前がついてくるか』
十歳の頃。父にそう問いかけられ、アルバンは即座に首を縦に振る。
『行きたい! いいの!? 父上』
『頭領と呼べ』
ザウアーラント辺境伯領は、海に面した温暖多雨な地域である。港町としての機能も果たしつつ、領民たちは漁業や貿易で生計を立てている。
……のは仮の姿で、ザウアーラントは情報収集を主とする隠密集団である。
険しい山脈と寒冷な気候により周囲と隔たりがある北のシェーンハイトと異なり、国境に面し、海を隔てて諸国とも交流があるこの領地は戦火にいの一番に巻き込まれる。
そのため、そうならないための情報を集めることは領地を守るために最重要事項ともいえた。
『おれ、アルバン! 君の名前は?』
『わ、わたし、ビアンカ……』
もしかしたらこの時、アルバンが王都の寂れた離宮で第二王女ビアンカに出会ったのは、偶然などではなかったのかもしれない。
父の智略には遠く及ばない。
たとえそれが練られた策だとしても、アルバンは確かにビアンカが好きで、ずっと救い出したいと思っていた。
◇◇◇◇◇◇
「……お前、何してんの」
鎧を脱いだアルバンが王都の隠れ家に戻ると、リビングでは見覚えのある人物が寛いでいた。
「あ、アルバン、おかえりなさい」
「……ただいま」
困ったように眉を下げながら出迎えてくれたビアンカに心臓のあたりをギュッと鷲掴みされたような感覚を覚えながら、アルバンは険しい表情を崩さない。
ちょっと新婚さんぽかったなとか邪念が生まれたが、首を振ってその考えを今は追いやる。
問題は、ビアンカの前にいる別の人物にあるのだから。
「アルバンってば、いま『新婚さんっぽいな』とか思っただろ? 全くお前は昔っから下手くそだよなぁ~」
アルバンよりいくつか歳上の褐色肌の美青年は、アルバンに向けてそう言うとカラカラと笑う。
(だめだ、怒ったらコイツのペースに呑まれる)
そう思うものの、隠れ家にいるビアンカと勝手に会って、お茶まで振る舞われていることに怒りがフツフツと湧いてくる。
「ア、アルバン?」
声を出さないようにと心がけていたら、無意識にビアンカに近付いてギュッと抱きしめていた。俺のだ。
「そんな威嚇しなくてもいいのに」
カラカラと陽気に笑うこの男は、自らが置かれた状況を分かっているのだろうか。
派手に立ち回り過ぎたせいで、王都から追放される羽目になっている。
「ダニエル、お前こんなところで何してる」
第一王女の情夫と噂される、商人ダニエルがまさにアルバンの目の前にいた。
アルバンの問いに、ダニエルはにっこりと微笑んで見せた。
辺境領で兄弟のように育った彼は、とても優秀な諜報員である。
色々と未熟なアルバンに反して、ダニエルの諜報員としての技術は高かった。
今回も商人という肩書きを自ら手にし、保守派の貴族たちをお得意さまとして成り上がった。
皮肉なことに、そのせいで王女と親しくなり、お気に入りになってしまった訳だが。
「最後に、アルバンの顔でも見ておこうかと思ってさ。あと、こっちの姫さんも」
「……行くのか」
「ああ。追放の身だし~?」
ぐぐっと伸びをした男は、軽やかに立ち上がるとその辺の床に置いてあった荷物を肩にかける。
「……どこまで計画してたんだよ」
何も知らないアルバンは、そう問いかける他ない。ビアンカのことを大切にしていて、それを頭領には黙認されていた。
『王女殿下に危険があればお守りしろ』とだけ言われていたから、ビアンカに関係しそうな情報収集は欠かさなかった訳だが。
「ああ、あの夜会?」
アルバンの問いに、ダニエルは口を開く。
「夜会の時はびっくりしたけどな。婚約破棄で終わりかと思ったら、飛び入りのシェーンハイトのご令嬢が……くくっ、本当に跳んできたよな? あれはビビった」
「……じゃああれは、仕込みじゃないのか」
あの会場の片隅で情報収集をしていたアルバンも、天から降ってきた令嬢を見た。
二階の欄干からくるりと一回転して、あの場に現れたのだ。
(シェーンハイトの令嬢の出現は偶然だったのか)
てっきりアレも父親の計画のうちかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
「あの夜会の目的は""マルツ侯爵子息を辱める""ことにあったようだし、あの子が出てきて総崩れだったな、くく」
「それであの合図をしたのか」
「うん。アルバンがいたのは知ってたからなぁ。アデーレがダメなら、次はビアンカってなるだろ、アホな大人は」
立ち去る直前、アデーレ王女の後を追う素振りを見せたダニエルは、一度アルバンの方をきつく睨んだ。
位置的にジルヴェスターを睨んだかのように見えたかもしれないが、あれは背後のアルバンに向けたものだ。
(あの合図を受けて、俺はいそいでビアンカのところに向かったんだよな)
危機一髪だった。まさかあんなに早く保守派も動くなんて。
「――んじゃそろそろ間に合わなさそうだから、行くな」
「間に合う? 何に?」
アルバンが尋ねるとダニエルはどこかほの暗い笑みを浮かべた。
「アデーレが出立するだろ? 途中でもらってこうと思って」
「え……」
「頭領には内緒な。まあ知ってるかもだけど」
「えええ」
「商人上がりのオレが爵位もらって無理やり王配になるより、向こうに王の座から堕ちてもらう方が確実だろ。こんな急になるとは思ってなかったけど、最後にお前に会えて良かった。じゃな~」
ひらひらと手を振ったかと思えば、ダニエルは部屋の窓を開けてサッと飛び降り、いなくなってしまった。
(え? ダニエルはアデーレ王女が本気で好きだったわけ? それになんかやばいこと言ってたよな)
アデーレ王女は西方に向けて発つ。
その道すがら、彼女は行方不明になってしまうのだろう。
(どこからどこまでが策なのか、俺にはわかんないな)
アルバンはそこで考えるのをやめた。
「えっと……大丈夫? なんだか嵐のような人ね。あの人がお姉さまの恋人なのね」
「うん……」
首を傾げているこの儚げな銀髪の王女だけがアルバンの全てだ。もう、それでいい。
なんだかアデーレに同情したいような気持ちにもなるが、それはそれとして、彼女はずっとこのビアンカを虐げていたのだ。許せるはずもない。
アルバンとビアンカは、開けっぱなしになった窓を見つめて呆然とした。
――そしてその後。西方の離宮に向かったアデーレ王女殿下を乗せた馬車が事故に遭い、馬車は大河に呑まれたという報せが王都に舞い込んだ。
加えて、王女の安否は不明だという。
「うわ……本当にやってるし」
新聞を見つめるアルバンは、某商人の笑顔を脳裏にチラつかせながらそう呟いたのだった。
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(´・(エ)・`)(ヤンデレ監禁エンドくま…)