第一王女アデーレ
⬛︎第一王女 アデーレ
◇◇◇◇◇◇◇
「――なんですって……!?」
第一王女アデーレは、目の前の伝令係の文官が発した言葉に顔を歪めた。
あの夜会以来、一週間以上自室からの外出を禁じられている。
これまで何も制限されたことのないアデーレにとって、それだけでかなりのストレスだ。自慢の金髪にも艶がなくなり、心無しか肌も荒れた。
ただでさえ、あの夜会でとんでもない飛び入り参加があり、王女としての面目が丸潰れしたというのに。
「……はっ! ではもう一度述べます」
姿勢を正した文官は、手に持っている書簡に視線を落とすと再びハキハキと話し始めた。
「先日の夜会での冤罪による断罪及びマルツ侯爵家とシェーンハイト辺境伯家に対する侮辱罪並びに虚偽の王命の発令……この度の騒動の責を重く受け止め、第一王女アデーレ殿下を廃太子とする。ついては、西方テンブルクの離宮に移動を命ずる。これは王命である」
高らかに話し終えた文官は、書簡を閉じた。
西方テンブルクはかなり寂れた地域だと聞いている。離宮とは名ばかりの、粗末な建物があるだけだ。
「……そよ」
「はい?」
「うそよウソよ嘘よ!!! お父様がそんなこと仰るはずがないじゃない!! お母様だって! お前、よくもそんなデタラメが言えたわね!!」
「ひっ」
鬼のような形相になったアデーレが、文官に掴みかかろうとする。それを後ろに控えていた騎士が制した。
「この手を離しなさい、無礼者!」
「……」
その騎士は何も答えない。鎧で完全武装した上に兜まで被っていて、うす気味が悪い。
唇を噛み締めたアデーレは、髪を振り乱し叫んだ。
「ちょっと、おかしいでしょう! どうしてわたくしが……っ! そうだわ、ジルヴェスターを呼びなさい、詳しく説明させるから!」
普段から、こういうややこしい事に対処するのはあの優男の役割だった。
お小言を言いながらも最後は公務をきっちりこなしていたし、きっと今回の事も判りやすく説明してくれるはずだ。
アデーレが声を張り上げると、文官は困ったように眉を下げる
「ええっと……? ジルヴェスター様は、あれ以来登城しておりません。すでにシェーンハイトに発ったと聞いていますが」
「はあ!? どうしてよ!」
そう怒鳴られて、困惑するのは文官の方だ。だが王女はいたって真剣にそう尋ねているように思える。
「ジルヴェスターとの婚約破棄が問題だというのならば、それを取りやめたらいいのね。それだったら問題ないでしょう! そういうことならダニエルもきっと分かってくれるわ」
制止する騎士の腕を掴みながら、アデーレは文官にそんな提案をした。
明らかに支離滅裂なのだが、当の本人は気付いていないらしい。
事の発端は、あの夜会での王女の振る舞いが原因だというのに、まるで話が通じない事に混乱する。
文官はその異常な様子に圧倒されながらも、口を開いた。
「そ、それはなりません。ジルヴェスター様と王女殿下との婚約破棄は成立しておりますし、シェーンハイト家のご令嬢とのご婚約も正式に受理されております。アデーレ王女殿下が王命だとそう仰ったので……」
しどろもどろになりながら、文官はしっかりと受け答えをした。まあその王命は嘘だったのだが。
宰相が財務局の横領事件に関わっていた――という話も根も葉もないデタラメで、調べれば直ぐに分かることだった。
横領をしていたのは財務大臣であり、その人物はあの夜会の場にいて醜悪な笑いを浮かべていたはずだ。
あの日集められていたのは、その派閥の貴族たちだったのだから。
「お父様に会わせなさい!」
「……陛下は、殿下には会わないと仰せです。早急に出立せよとのお達しです」
「なんですって……!?」
国王はこれまで溺愛していたはずの娘をあっさりと見限った。おかしい。これまで愛されていたはずなのに、誰も助けてくれない。
追い詰められたアデーレの頭に浮かんだのは、褐色肌のあの愛しい商人だ。一緒になる約束をした。
「そうだわ、ダニエルはどうしているの?」
あの夜会の夜、追いかけてきたダニエルは優しく笑っていた。『また会いましょう』と別れの挨拶を交わしたのだ。
「それは、私には分かりかねます」
文官は眼鏡のツルに触れると、それだけ答えた。
この伝令で今日の業務は終わりだ。
「なんで……どうして? お父様……お母様、ダニエル……」
「失礼いたします」
先ほどまで興奮していたはずの目の前の王女が、ふらふらと後ずさる様子を最後に見届けて、文官たちは部屋を出た。
カツカツと廊下を進んだあと、分かれ道で足を止める。
ここから左に行けば、文官の仕事部屋だ。
「騎士様、どうもありがとうございました。私はまだ仕事が残っていますので、ここで」
「……」
がしゃ、と金属がぶつかる音をさせながら甲冑騎士は軽く頭を下げる。
それから肩の荷が降りて身も心も軽くなったであろう文官が消えるのを見届けた。
「……頭領が予想したとおり、見事なまでのトカゲの尻尾切りだなぁ~。王命の偽装ねぇ」
誰もいなくなった廊下で、先程まで無言だった甲冑騎士はそんなことをぼやく。
「ビアンカのことをあそこまで虐げて、溺愛していた方の娘もあっさり見限る……本気でやばいな、あのたぬき親父。まじ許さねえ、絶対に近い内に引きずり下ろしてやる」
兜の隙間から、鋭い赤い瞳が覗く。愛しい婚約者(仮)を想うその瞳は、激しい怒りに燃えていた。
ちなみに(仮)なのは、先日の問答でなんだかふわっとした感じで会話が終わってしまったからである。
(´・(エ)・`)




