円卓会議
⬛︎宰相 マルツ侯爵視点
◇◇◇◇◇
例の夜会から一週間後の王宮にて。
「この度の騒動、陛下におかれてはどう考えておられるのかな!!??」
静まり返っていた室内に、シェーンハイト辺境伯の大声が響いた。
楕円形の卓に座るのは、この国の有力な貴族たちだ。
国王から向かって左側に宰相が座り、その横には派閥の貴族が並んで座る。
右側には顔色の悪い貴族たちが居心地悪そうに座っている。
そして卓を挟んで、北の辺境伯領シェーンハイトと南の辺境伯領ザウアーラントのムキムキの両当主がギッチギチに並んでいる。
両家はこうした会議の際は欠席することが多かったため、普段はこうして二人が揃うことは少なかった。だから、スペースを考慮していなかった。
「……第一王女が騒ぎを起こしたことは、事実として認めよう」
どこかぐったりとした様子の国王が、掠れた声を出す。
「""熊女""でしたかな、我が愛娘に対して王女殿下が言われた言葉は!? だがあれは嬉しそうにしておったであろう! がははは」
「その件については……その……まあ子供の言葉遊びのようなもので……」
国王がちらりと味方の派閥に目をやるが、彼らは一斉に目を逸らす。彼らが絶対に成功させると言っていた企みであるのに、その態度だ。
国王は冷や汗をかきながら言葉を濁す。
「本日の議題でもありますが……陛下」
ひんやりとした空気の会議室に、宰相の穏やかな声が落ちる。
銀縁の眼鏡のツルを一度撫で、それから鋭い眼差しを国王に向けた。
「第一王女殿下は、先般の財務局での横領事件について宰相であるこの私が先導したと言っていたようですね。そしてその諸々の咎を含め、ジルヴェスターを断罪し婚約破棄したと」
あやうく罪を擦り付けられる所だったが、本気になった息子ジルヴェスターの行動は早かった。
あっという間に冤罪の証拠を見つけだし、真犯人を追及した。
円卓の一席が空席になっているのもその人物が現在取り調べを受けているからだ。
「それは……」
「王命だと仰ったと聞いています。私は知りませんでしたが。さらにシェーンハイト辺境伯への婿入りも命じられたそうで。クラウディア嬢をひどく嘲っておられたとか」
「……」
宰相の追及に国王は黙り込んだ。ぎょろぎょろと忙しなく動く青い瞳は、ここをどう切り抜けようかとそれだけを思案しているように思う。
「それは、アデーレが勝手に言ったことだ」
しばらくの沈黙の後、国王はそう言い放った。いつものことだ。その場しのぎの発言の尻拭いをどれだけしてきたことか。
分が悪いと分かっているのか、いつもは姦しい保守派の貴族たちも静かにしている。圧倒的な存在感を放っている両辺境伯に睨まれて気圧されているとも言えるが。
「その話が事実であれば、我がザウアーラントはアデーレ王女殿下の王太子としての資質を認めかねますな」
海の男、ザウアーラント辺境伯の言葉に会議室がビリビリとした緊張感に包まれる。
なぜ上着の肩口がビリビリに破れて、筋骨隆々の上腕二頭筋がのぞいているのかは甚だ謎である。
「我がシェーンハイトとしても、存在を軽んじられたことには落とし前をつけてもらわねばなりませんなあ!!!」
「ひっっ」
胸元に金色の熊バッジを十連にした大男がそう言えば、中央の軟弱な貴族たちが縮み上がることも自然の摂理と言えるだろう。
そもそもシェーンハイト辺境伯領までは往復でひと月ほどかかる行程のはずなのに、ほんの一週間でこうして王都に馳せ参じていること自体が異次元だ。
(我が息子とシェーンハイトの縁。アデーレ殿下には申し訳ないが、ありがたい申し出でしたね)
宰相がそう心の中で考えていると、国王がゆっくりと口を開いた。
「――この度のことは、アデーレの独断である。我は何も知らぬ」
「我がマルツ侯爵家としては、この婚約破棄についてはそのまま受理したいと考えております。そして、シェーンハイト家との婚約を正式に認めていただきたい」
ジルヴェスターが素早く行動したのも、全てこの為だ。王女の発した言葉を国王に有耶無耶にされてしまわないよう、真相解明に尽力した。
身辺整理を済ませ、出立の準備も万全だ。
「うむ! 宰相殿の意見に賛成する!」
「私も」
シェーンハイトとザウアーラントの両当主が畳み掛けるようにそう言えば、たじろぐ保守派は蛇に睨まれた蛙のようだ。
「……認めよう」
「では、今後 王女殿下をどうなされるおつもりですか」
「廃太子とする」
国王はあっさりと娘を切り捨てた。すでに心を決めたのか、顔色も変えずに淡々と答える。
天秤に掛けた結果、自身の王位が脅かされるよりも王女を廃することの方が有益だと思い至ったのだろう。
「加えて、王都から出て西方の離宮にて過ごすよう命じよう。あの商人は叙爵など以ての外、王都から追放せよ」
「承知しました」
国王の言葉を受けた宰相が周囲を見遣ると、流石に保守派の貴族たちも目を丸くしていた。それもそうだ、溺愛していたはずの王女なのに。
彼女が失敗をしても、王が庇ってくれるとタカを括っていたのだがそうはならなかった。
(アデーレ王女の他に、正統な王女はひとり。これまで見向きもしなかった第二王女のみだ)
例の夜会の後に、宰相も急いで兵を走らせたが、離宮に第二王女の姿は無かった。代わりに離宮周辺を彷徨いていた怪しい騎士たちを捕縛した。
尋問によれば、騎士たちは保守派の貴族から命を受け、第二王女を連れ去りに行ったのだという。
彼女を丸め込み、第一王女に何かあった時の保険として自分たちの派閥から適当な子息と婚約させ、王配に充てようとしていたのだろう。
「話は変わりますが」
そう切り出したのは鮫の牙がジャラジャラとついた首飾りをつけたザウアーラント辺境伯だ。
南の海には鮫が出没する。それを倒してこそ本物の""海の漢""なのだとか。
「実は先日、偶然 第二王女ビアンカ殿下が何者かに襲われているところを我が領民が発見しましてな。現在私の方で保護しております」
腕組みをしていたザウアーラント辺境伯の言葉に、保守派貴族たちは顔を見合わせた。
「なんだと?」
その内の一人、ユーザイン伯爵が訝しげな声を上げる。騎士たちが吐いた首謀者の名でもある。
「なにやら離宮に粗暴な騎士が現れたようで。全く、警護体制はどうなっているのか……殿下の身の安全のため、しばらくは我が家にて静養させたい」
「か、勝手なのではないか!?」
「我がザウアーラントはビアンカ殿下の後見に立つことにしたのでな。主の保護は当然のことだ。ろくな使用人もいないあんな場所に閉じ込めてはおけぬ」
(なるほど。ビアンカ殿下を保護したのはザウアーラント卿だったか)
円卓が俄にざわつく。
どうやらこれから、まだ一波乱も二波乱もありそうだ。
「議案外なのですが」
宰相は挙手をして、改めて発言をする。
「息子の婚約が整いましたので、私は宰相の座を辞そうと思います。これまで私が肩代わりしておりました執務について、陛下にお返しします」
「な、待て」
「散々私のことは不要だと仰っていたではありませんか。お望みどおりに」
宰相が告げると、これまで彼を毛嫌いしていたはずの国王が縋ってくる。
息子が王配とならないのであれば、もうこれ以上我慢する必要などない。
「であれば、マルツ卿と奥方も、婿殿と共にシェーンハイトに来てはいかがかな!? 色々と教えを請いたい!!」
「ああ、いいですねぇ」
「うちの領地で捕れるとびきり美味い鮭をご馳走しよう!! がははは!!」
シェーンハイト辺境伯の誘いに、宰相は自然と頬がゆるんだのだった。
お読みいただきありがとうございます。
もしよろしければ広告下の☆☆☆☆☆を★★★★★で評価できますのでよろしくお願いします(´・(エ)・`)
★女性の場合の「王太子」「廃太子」の表記について
こちら掲載する前にも調べたのですが、便宜上「王太女」とする場合もあるとの事でしたが、性別問わず「王太子」説を採用したいと思います。よろしくお願いします