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生徒指導室

生徒指導室


 さて、あれから正しく大っ嫌い(地獄のよう)な英語の時間が終わった。今回は英会話が入った。あのさ、俺は紙上で理解することはできなくもないんだけどそれが言葉になった瞬間に一気に理解が追い付かなくなる人間だから筆記テストはいいんだよ。会話はやめてくれ。I Don't speak English.俺日本人。英語ワカラナイ。


 さてと、帰りのホームルームが始まるまでまだ少し時間があるし、今のうちに荷物を整えてしまおう。こういう行動は早めがいい。先生が話している途中でガサゴソ音立てて何かしら言われるよりも今のうちにしてしまったほうが時間を効率的に使える。人生、時間は有限だからな。大事に使わないと。俺は...特にな。教科書は置いて行っても問題ない奴はロッカーに綺麗に仕舞ってノートの類は例外なく持って帰る。理由は単純で、テスト期間になると困るからだ。


 そもそも俺の独自の勉強方法はノートやそれに張り付けたプリント類がないと成り立たない。授業という限られた中で板書しないといけないからできるだけ見やすくするし、前にも言ったと思うが、後々勉強しやすいように重要な単語は赤ペンで書いて赤い下敷きで隠して後は数十分アニメでも見ながらながら勉強するだけ。そんな俺の勉強の要とも言えるノートがテスト期間の時に学校においていってしまうようなものなら俺はそもそも勉強自体ができなくなる。だからノートだけはいつも持ち帰って、学校において行かないように習慣づけているというわけだ。しかも、俺は毎日毎日必要な分のノートしか持ってこないから不必要に持ち出して無くす、なんていう可能性も極力無くしている。


 教科書をロッカーに仕舞って、筆記用具とノートは鞄に仕舞う。そしたら俺の変える準備は完了。後は学校帰りにバイト先でしばらく働いたら俺の今日の一日は終了だ。高校生たるもの、さすがにバイトの一つや二つくらいに励む奴もいるだろ。まぁ、俺は掛け持ちとかはしてないけど。一時期、掛け持ちも考えたが実際にやっている奴がすごく大変だと言って萎えていたのでやめた。さすがに自分のために働いているのにそのための労働で自分自身が終わるなんていうことになるのは御免だな。


 ちなみに、他の奴らは片付けつつ友達と話したりしているがこういう時、俺と紅日はあまり話さない。理由としては俺も紅日も物静かなほうだということと、単純に束の間の一人でいる時間が欲しいからだ。なんかこう、他人と話していると他人に対して不愉快な気持ちにさせないために気を使ったりするだろ。それやってると結構疲れるんだよな。あんまりそういう時に家での自分みたいな"素"を出す人ってほとんどいないと思うんだけど、自分自身を制御するって本当に疲れる。だからたまにこうやって一人にでいる時間を互いに作ってリフレッシュするってわけ。それははたから見たらあんまり仲がいいように思えないかもしれないけど、「自分のそういうところがある」だとか「一人でいる時間がちょっと欲しい」だとか、相当仲が良くないといえない間柄だと俺は思ってる。


 他の奴の一切話さないで席について教師の到着を待つ。もうそろそろ担任が来る時間だ。でも妙だな、何か忘れているような気がしてならない。何 か...


 「ほーらお前ら、席に着け」


教室の扉が開かれて担任が席に着くことを促しながら入ってきた。俺のもやもやは後回しでいいや。


 「あ、そうだ」


うん?


 「隼、お前後で生徒指導室に来い」


あ...3.4限目連続でサボったの忘れてた。絶対にそれだな間違いない。自業自得だから甘んじて受け入れるしかないけど。


 「ま、ドンマイ。言っとくけど待たないからな」


紅日、こいつ後で殴るわ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 あれから帰りのホームルームが終わった後、掃除当番でもないのに強制的に掃除やらされた。教室掃除を手伝わされた。教室掃除って絶対箒の争奪戦になるから伝えられた瞬間に箒一本確保しておいた。みんな絶対に雑巾やりたがらないからな。で、掃除が終わって、今は生徒指導室に来いと言われた時間まで待っている感じだ。

 

 でも、俺が生徒指導室に呼び出されるのはこの学校に入ってから数えきれないくらいだけど、ここまで足が重いのはなんでだろ。すごく気分が乗らない。今までは話も全部聞き流したりしてたから今回も同じ事すればいいだけなのにな。うーむ...自分でもわからん。てか、そんなこと言ってる間にもうすぐ言われた時間だ。別に遅刻したところでどうってことないけど、遅刻した分の話で帰る時間が長引くのは勘弁だ。おとなしく律義に時間を守ることにしよう。


 俺は(おもむろ)に椅子から立ち上がって、教室のドアをゆっくりと優しく開いてから閉めた。まだ3月なのもあって、4時あたりには夕日が立ち込めていた。空から降り注ぐ茜色の雨が窓を貫いて入ってきては床を橙色に染め上げていく。この感じだと、終わるころには空は黒くなってそうだな。それでこれから先生の説教だろ?気が狂いそうになるわ。


 心の中で文句を垂れながら俺以外に誰もいなくなった廊下をトボトボと寂しく歩いていく。今日は教員たちが忙しいので掃除だけして部活もなしにほぼ全員の生徒が下校したせいで学校には活気がない。人の気配を感じても大体はこの世を去ったやつか教師だろ。学校は噂話が絶えないし、そういう類の奴らがいてもおかしくはないだろ。ちなみに俺は幽霊が見えないのに幽霊の存在は信じている。だっていなかったら心霊スポットなんて言われないでしょ。てか、そう考えると少し怖くなってきたな。夕方だからまだ日の光は入ってきてるけど、生徒がほとんど下校したせいで廊下の電気が消されてるから弱まった光では廊下を照らすには足りない。だから自分よりも数メートル先の景色は自分の周りよりも数段暗く見える。その時、俺以外の気配を感じるのと同時に足音がした。俺以外生徒はいないはずだろ。3年生は全員帰ー...いやここは2階だから2年のフロアだし、2年生になら残っている奴がいてもおかしくないのか?生徒指導室は1階で俺は今2階の踊り場にいるから、来ているとしたら廊下側なんだろう。


 でも、俺以外にこんな時間まで残る必要のあるやつ後輩にいたか?俺は後輩との関係は紗理亜以外にほとんどないからわからないんだけど。どんな部活にどんな奴がいるのかとかも全く知らないからな。...そう考えると俺、縦も横も繋がり狭いな。まぁ、そういうやつだから仕方ないとしか言えないんだけどさ。


 そんなことを考えているうちに足音がどんどん近くなり、最終的には俺の耳元辺りから聞こえるような感じになった。恐らく後距離としては数mくらいだろうな。てか、マジで誰?俺以外にこんな時間まで残るっていることは俺と同じく生徒指導に呼ばれた生徒くらいしか...あれ?そんな奴確かいたようなー


 「ひゃあ!?」


階段の踊り場に姿を現した音の正体は何やら甲高くて可愛らしい悲鳴を上げて尻餅をついた。声質的には恐らく女子だな。どべッ!という鈍い音が静寂を破った。受け身を取れなかったんだろうな。痛そうに呻く声が聞こえる。ただ、聞き覚えのある上に俺が今考えていた通りの人物で俺はどちらかと言えば安心していた。薄暗くてもわかる鮮やかな銀髪はこの黄昏時の空間でもよく目立つ。紗理亜だ。突き当りを曲がって踊り場に出ようとしたあたりに俺がいたからびっくりしたんだろうな。薄暗いし俺だと認識できなかったんだろう。お化けとでも勘違いしたのか?今までこいつとあんまりプライベートで出かけたことはなかったからこいつが怖がりなのかどうかも知らなかったけど、もしかしたら結構怖がりさんなのかもな。実際、紗理亜から「ひゃあ!?」なんて声を聴いたのは今が始めてだ。


 「いてて...って、先輩!?」


あ、ようやくこっちに気付いた。手で腰をさすりながらゆっくりと立ち上がる。


 「びっくりしたじゃないですか!なんでそんなところにいたんです!?」


出会い頭に文句とは、いい性格してるわホントに。


 「お前が一番よくわかってんじゃない?」


多分、紗理亜がこの時間まで残っていたのは俺と同じ理由だろうな。紗理亜は基本的に真面目だから生徒指導室には呼ばれないけど、今回は第一回目だということもあって呼ばれるハードルは紗理亜は低かったんだろうな。珍しくサボったものだから学校にも一目置かれている立場としては経緯を知っておきたいところだろうし。


 「...そうですね。すみません、少しびっくりしたものですから。取り乱してしまいました」


手を体の前に合わせてしゅんとしてお辞儀する紗理亜。そんなに落ち込まなくても俺が怒る立場じゃないのに。本当、律儀な奴だ。


 「んで、あれか。お前も呼び出し食らったんだろ?」


 「そうですよ、あなたのせいで。この学校どころか中学でも呼び出されたことなかったのに...」


紗理亜の生真面目な性格からなんとなくわかってたけど、この学校でも中学含めてもこういう形での呼び出しは初めてか。ま、紗理亜のいう通り十中八九俺のせいだな。でもさ...


 「そんなこと言うなら最初から俺を呼び戻さなければよかったのに」


 「それは駄目です。あなたをきちんと見張って授業にも出すことが私の仕事ですから」


お前ホントに高校2年生か?なんだよ俺をきちんと授業に出すことが仕事って。社会人かよ。

 

 「俺の母親かよお前は」


 「先輩の母親...」


おい待て、なんで黙る?なんで俯いたまま口を閉じる?え、まんざらでもないとか思ってるの?嘘だよね?俺結構口うるさい奴は親だろうと嫌なんだけど。てか気まず!どうすんのこの空気。


 「とりあえず行こうか...」


 「...はい」


小さく頷いた紗理亜と残りの階段を下りて一回の廊下を少し速足で進む。ただ、俺と紗理亜で歩幅は違うためそこは紗理亜に合わせる。生徒指導室は職員室のすぐ隣で生徒会室とは少し離れている。階段を抜けて果然薄暗い廊下を歩き切って生徒指導室の前についた。この前は入った途端に教師に説教食らって数十分入り口でボロカスに言われてたから今回はちゃんと中で話してくれるといいんだけど。


 そう思って生徒指導室の扉に手を掛けた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 さて、現在の状況を説明しよう。俺は何故か紗理亜と共に3人の教師に囲まれている。生徒指導室の扉を開けた段階で何故だか教師が3人も座っておりその時に教師と机を挟んで面と向かって椅子に座らされた。それはまだいい。今まで教師二人掛かりで説教されたこともあったからな。三人に囲まれても不思議じゃない。だが一番の謎は...


 「(おい!なんでお前のお母さん居るんだよ!)」


 「(知りませんよ!私だってびっくりしたんですから!)」


そう、何故だか紗理亜のお母さんが来ているのだ。俺たちをそっちのけで教師と話している。おかしいな、俺はともかく一回授業に出なかっただけで親に連絡はおろか、生徒指導室に呼ばれるなんて言うのも妙だった。まず真面目な紗理亜がいないとなれば俺みたいにサボりじゃなくて何か体調が悪かったり、何か良からぬことに巻き込まれたりしているのではと疑うのが普通だろう。それなのに呼び出しを食らったっていうことは親に連絡をされたってことか。いや、そもそもその程度で学校から親に連絡がいくとも考えにくい。もしかして...


 「(お前、運が悪かったんじゃないか?)」


 「(え?どういうことですか?)」


 「(多分、俺の予想なんだが運悪く今回俺のサボりに巻き込まれた段階でお前の母さんから連絡が来たんだろうな。ほら、今日って教師が保護者と話す日だろ?タイミング悪く巻き込まれて一緒にサボったことが伝わっちまったんじゃないかって)」


俺の今の話は完全な予測に過ぎないが、ありえない話ではない。もとより紗理亜の母親はかなり娘に対してのマナーに厳しいということは聞いていたし、そんな母親が紗理亜のサボりを見過ごすはずもない。その原因と仲良しともなれば尚のことだろうな。ん?結局俺のせいじゃねぇか!これはさすがに俺も庇ってやらないと。


 さて、そうこうやり取りしているうちに話し合いは終わったらしい。ここからはちょっと波乱があるかな。


 「さて、本題なのだけど...」


まず最初に口を開いたのは紗理亜のお母さんだ。まぁ、当然か。だが、口を開く順番などは二の次三の次にも入らない。最も意識すべきことはこれから何を言われるかだ。


 「西風隼くん。だったわよね?」


 「あ、はい。そうですけど...」


正直今、俺の心は押しつぶされそうだ。親子での会話でなく俺を交える。さらに最初に語り掛けられたのは俺のほうだ。いや、交際禁止とか言い渡されないだろうなー


 「単刀直入に言うわ。紗理亜と関わるのをやめてもらえないかしら?」


俺の甘い考えは今壊された。やばい、恐れていたことが起きてしまった。しかも新学期が始まってすぐに。


 「あの...それはー」


 「嫌!」


それはいくら何でも。と俺が言おうとした瞬間、その言葉を叫んだのは意外にも紗理亜だった。こいつがここまで必死になるなんて。本当に嫌なんだな。俺と一緒にいたいのか?それはちょっと嬉しいな。でも、傷つけたくはないな。俺とどれだけ一緒にいたくても、最後には...


 「紗理亜、今お母さんは隼君と話しているの」


 「わかってるけど、それは嫌!」


二人の親子会話で俺はハッと意識を戻した。


 「紗理亜、私はあなたに幸せになってほしいの。学業をおろそかにすれば就職活動にも影響が出るの。先生から聞いたわ。今日この先輩と一緒に4限目に出なかったって。お母さんはね、そんな人とは関わってほしくないの」


なるほどな。休日に紗理亜が俺はおろか人とも遊びに行かない理由が今わかったわ。相手次第では親と関わるのをやめさせられるからか。だから俺とは絶対に遊びに行きたくなかったんだな。何時ぞやに紗理亜に言われた。友達が少ないって。そんな中、やっとできた先輩だって。1年間同じ生徒会で動いて、帰り道を共にしたのに紗理亜がそんなに俺のことを思ってくれていたということを今はじめて知った。情けないな...ならば、俺はもう紗理亜と関わらないほうがいいだろうな。後輩の思いに気付けない先輩なんて先輩以前に紗理亜の一人の友達として失格だ。ならば、やることは一つだな。


 「わかりました、もう娘さんとは関わりません」


そう発言するのに迷いはなかった。それが紗理亜のためならば、俺はそれで構わないからな。紗理亜はビクッと肩を震わせて血色悪く俺の顔に目をやった。


 「そう、わかってくれるのね。聞き分けの悪い人だったらどうしようと思ってたわ」


 「仮にも友達ですから。私のせいで紗理亜の人生に支障をきたすというのならば甘んじて受け入れましょう」


紗理亜は納得いかないといったような表情だけど、致し方ないだろうな。さて、今日から俺の友達が一人消えるけどまぁ、1年前に戻るようなものだと思えばー


 「ーです」


ん?今、紗理亜が小声で何か呟いたような気が...


 「嫌です!」


紗理亜が今度は小声ではなくはっきりと、いや、聞き取りやすすぎる声でそう叫んだ。こんな大声も出せたんだな。


 「紗理亜?」


これには紗理亜の母さんもたじろいでいるようだな。まぁ、聞き分けがいいから、これだけ強く反抗されるとは思ってなかったんだろうな。


 「わかって頂戴。これはー」


 「私のために言ってくれているのはわかってます。えぇわかっていますとも。でも、それでも嫌なんです。これだけは私の我儘を貫かせてください。私は先輩と一緒がいいんです」


...母さんの話を遮ってまでそう言ってくれるのは嬉しいけど、でも、それはお前のためにはならないと思う。だったら、言うとおりにするしか...


 「確かに先輩はサボり魔ですし、ちょくちょく私のことを揶揄ってきますし、腹が立つこともあります。そのくせテストの成績はいいので案外憎まれたりしないところが少し憎たらしいですが」


あの~紗理亜さん?さすがに俺も傷ついちゃうんだけど。


 「でも、本当はすごく優しいんです。優しくて、気の利く人なんです!帰り道はいつも私に歩幅を合わせてくれますし、暑いときは飲み物を買ってきてくれる時もあって...私はそんな先輩がー」


 「そう...」


紗理亜の母さんが気の抜けたような返事を零した。てか、遮られてわからなかったけど、紗理亜は俺になんて言おうとしてたんだろうな。でも、わからないけど...


 「紗理亜...あの、やっぱりさっきの言葉、撤回させていただけないでしょうか」


ダメもとで喉から引っ張り出した。俺と一緒にることが、紗理亜の望みなら、俺はその意思を尊重してやりたい。こんな俺を、先輩として、一人の友達として認めてくれるなら、俺はー


 「ご本人たちもこう言ってることですし、少し考えてやってはくれませんか?」


俺はその言葉を聞いて目を見開いた。横を見ると俺だけじゃない。紗理亜も目を丸くして驚いている。当然だ、何せその言葉を発したのは俺でも紗理亜でもない。発したのは俺の担任の教師、俺と紗理亜の仲を取り持ってくれたのだ。いつもやたら礼儀に厳しいだけの口うるさい奴だと思っていたけど、案外そういった情に熱い部分もあるのかもしれない。見てくれで人を判断してはいけないとよく言われるが、今回それを身をもって実感した気がする。なんだろう、今日1日で滅茶苦茶いろんなことが起こりすぎているけど、一番驚いたかもしれない。実際、頭ではわかっているけど体がまだ驚いているせいか思考だけが動いて体が動かない。それは紗理亜も同じみたいだな。


 「し、しかし...」


 「お母さん、確かに学業は重要ですし彼女の人生を形作るものの一つです。彼女は成績もいいですし、仕事に関する能力も高いです。ところどころ抜けている部分はあるものの、きっといい進路を歩むでしょう。そのために不真面目なことを控えてほしいという気持ちは痛いほどわかります」


俺は今、生まれて初めて教師のいうことに共感したかもしれない。自分のことを言われているわけでもないのに、不思議なもんだ。


 「しかし、それ以上に大事なことは本人がどうしたいかです。彼女の人生は彼女のものですから。それに、確かに隼は超が付くほど不真面目な奴です。我々学校も手を焼いています。事実、授業を抜け出すなんていうのはザラですからね」


 「ッ!?だったら...」


 「しかしですね、彼女の言うとおりあいつは授業態度こそ悪いですが、優しい奴だということも事実です。他人の痛みをわかることのできる奴なんです。確かに、今回のようにあいつの自由奔放ぶりが悪い方向に働くこともあるでしょう。しかし、それ以上に彼女に与えるいい影響のほうがはるかに大きいはずですよ」


今まで体だけが動かなかったのに、今の教師の言葉を聞いて俺は頭の動きも止まってしまった。あれだけ口うるさく俺のことをがなり立ててくる教師が、実は一番俺たちのことをわかっているという事実が受け入れがたかった。だって、俺はそんな人に褒められるような優しい奴じゃ...


 「隼!」


 「ひゃい!?」


やばい、いきなり大声で名前を呼ばれたからびっくりして素っ頓狂な声出しちまった。やべぇ、後で紗理亜にいじられる。


 「お前の授業の不真面目さは褒められることじゃない。だがな、お前は自分自身で気付いていない優しさを自覚しろ。俺は去年からお前の担任だが、クラスの負担を減らすために他の奴の作業を請け負ったり、肩代わりしてやれるなんてそう簡単にできることじゃない。そこは誇るべきだ」


...ここに入ってから何度驚いただろう。いや、まだ驚き足りないくらいだ。こんなこと言われるなんて。みんな俺の悪い評判しか言わないから褒められ慣れていないんだろうな。もっと自覚しろ...か。


 「お母さん、どうかわかってやってくれないでしょうか?」


 「お願い!」


 「俺からも、お願いします」


3人そろってお辞儀、俺は3人の中でも特に深々と頭を下げた。それでも、断られるかもしれない。けど、俺にできることはこれしかない。頼む...!


 「...そうですね。嘘ではないで様ですし二人と先生からの頼みです。その気持ちに免じて今回のことは不問といたします。しかし、あまり悪い影響ばかりだとしたらまたこうして話し合いの場を設けさせていただきます。よろしいですね?」


条件こそ付けられたが、それはすなわち俺たちが一緒にいることを許可してくれたということだ。神なんて信じていない奴だったのにこの瞬間、俺は初めて神に感謝した。おかしいよな。


 「ありがとうございます」


 「ありがとう、お母さん!」


 「ありがとう...ございます」


俺たちはもう一度、深々と頭を下げた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 あれから教師3人と話を付けた紗理亜の母さんは帰っていった。マジで終始心臓が潰れそうだったわ。空気が重いし下手したらとんでもないことになるしで。いつもは結構気軽に口を開く俺もあの時ばかりは開こうにも開けなかった。もし開いて紗理亜と関わることができないようなことになったら嫌だし、俺のせいで紗理亜の評判が悪くなるのは耐えられなかった。


 そのあとはいつも通り、俺の態度における説教。でも、あんな重たい空気から説教受けても、ぶっちゃけ空気の濃度の差が激しすぎて何も思わなくなっちまった。


 そんなこんなで30分余り、時刻はすっかり5時を回ってしまった。紗理亜の母さんと1時間くらい話してたからすごい疲れたのに、そこから30分説教が追加されたときの俺の絶望した顔は何とも言えなかったと思う。俺自身、今俺がやばい顔をしているんだってわかったくらいだし。でも、話は煮詰まってきてるし、もうそろそろこの地獄も終わるんじゃないかな。


 「気を付けるんだぞ。お前も進路がかかってるんだからな」


 「はい」


 「今度は呼ばれるなよ。このやり取りも飽きてきたくらいだぞ」


 「ははは、奇遇ですね。俺もです」


 「ならサボるな。ったく、気を付けろよ」


やっと終わったよ。極力姿勢もよくしろって言われるから背中を伸ばしっぱなしにしていたせいで痛い。凝り固まった体を伸ばすと全身が軋んだ。やばい音聞こえた気がするけど、大丈夫だよな?なんか関節が砕けるような音だったけど。


 「んじゃ、俺は帰ります。さようなら」


 「待て、隼」


呼び止められた。なんだ?早く帰りたいんだが。


 「ん?」


 「あの子の気持ち、いい加減気付いてやったら?」


気持ち?あの子は多分紗理亜のことだと思うけど、気持ちってなんだ?紗理亜が俺に何か特別な気持ちを向けているっていうのは会話からなんとなくわかるけど、それが具体的にどういった気持ちなのかは全然わかんない。わからなくてもいいのか、それともわからなきゃダメなのかもわからない。なんだろうな、このモヤモヤ。本人に聞くのが一番早いか。


 「んー、俺にはそういったのよくわかんないです。本人に聞いてみますね」


 「あっおい!」


なんか俺を呼び止めようとする声が聞こえたけど、俺はガン無視決め込んで昇降口のほうへとダッシュした。まだ若干明るさが残っているけど、もう街灯が必要なくらいだし、ここでさらに立ち話をしていたら帰るころには暗黒世界が広がっていそうだからな。さすがに真っ暗な中を行くのは気が引けるし、このくらいで帰っておきたい。何なら土日挟んで来週話せばいいし。


 すっかり橙色が消えうせて、LEDの白い人工的な明かりが目立つようになった校舎内を駆け足で通り抜け、下駄箱の扉を乱暴に開けた。金属と金属が衝突した音が鳴り響いた。うるさいけど、俺が急いでるのが悪いからさすがにこの静寂に文句は言わない。上履きを少々ざっぱに脱ぎ捨てて仕舞い、外履きを取り出して扉を閉めると、段差の下に勢いよく広げた。手早く履き替えると、手もつかわずに体重をかけて靴に足を押し込んで、そのまま昇降口を出ようとした。


 でも、俺の足は昇降口を出た瞬間に止まった。いや、止まらざるを得なかったって言うべきだな。俺は自慢じゃないが目はいい。視野も広いから俺はそれに気付いた。外のひんやりとした外気に靡かされる銀色に。


 「紗理亜!?」


そう、そこには紗理亜が佇んでいた。俺の声に反応したらしい。びっくりして反射的に声を張ったからか、少し小早く俺のほうに顔を向けてきた。くすんだ銀色は毒にやられたんだろうな。でも、青い瞳は輝きを失っていない。ただ見られてるだけなのに、俺にはその瞳がすごくまぶしいように思えた。太陽というか、明るい月というか...


 「あ~、ようやく来ましたか。待ちくたびれましたよ」


え?待ってたの?あれから!?5時あたりに話が終わって、紗理亜は親と一緒に出ていったから、てっきりもう帰ってたと思ってたんだけど。てか、5時あたりにはもう結構暗くなってきてたから寒かったんじゃないか?今は互いにブレザーだけど、ブレザー越しにもひんやりとした冷気を感じ取れるくらいには寒いぞ。体感的には10度以下か。この気温の中、寒がりなのに待ってたのか。だいぶつらかったんじゃないか?


 「待ちくたびれたってお前なぁ、俺の話が終わるまでずっと待ってたのかよ」


 「えぇ、そうですよ。ちなみに、お母さんからはきちんと許可をもらっています」


いやそんなことはいいんだよ。


 「何で待ってたんだ?全然帰って良かったんだぞ?お前が俺を待たなきゃいけないなんてことはないんだから」


俺がそう言うと、紗理亜は少し俯いた。あれ?あまり聞かないでほしかった質問だったりする?


 「あ、ごめん。答えたくないなら答えないでいいんだー」


 「ーたかったんです...」


 「え?今なんて言った?」


 「先輩と一緒に帰りたかったんです!恥ずかしいので何度も言わせないでください...」


紗理亜は叫んだ後にそう俯きながら呟いた。今までさんざん驚いたけど、これが一番驚いたかな。いつもたまたま帰るタイミングが同じだから帰ってくれていると思っていたんだけど。


 「もしかして、今までもそうだったりする?」


サラッと聞いてみた。


 「そうに決まってるじゃ...あっ」


「そうに決まってるじゃないですか」とでも言おうとしたのかな?


 「こ、これは違くて!そ、その、言葉の綾です!今日はそういう気分だっただけで...」


 「もう遅い。そうかそうか、お前は俺と帰りたくて一緒に帰ってくれてたんだな!」


滅茶苦茶嬉しい。しぶしぶじゃないってわかって。


 「ッ~~~~~~~!」


紗理亜は言葉にならないような悲鳴を上げながらリンゴみたいに赤くした顔を両手で覆ってその場にへたり込んでしまった。ツンデレだな~




 

 

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