お昼ご飯でティータイム
これもこれで日常茶飯事
タンタンタンと一定のリズムで廊下に俺たちの足音が鳴り響いていく。最初は静かだった。俺の学校は四階建てだが、屋上によって行く奴なんて俺か俺を探しに来た紗理亜くらいだからな。でも、それが下の階となれば話は別。昼飯時だということもあって廊下は友達とわいわい話しながら「飯行こうぜ」と言ってる仲のよさげな奴らもいるし、「今日一緒に飯食ってくれない?」みたいな感じで勧誘してるツレション文化圏の奴らもいる。俺?そもそも一緒に食ってくれる奴がほぼいないから関係ないよ。悲しくなんかねぇ!寂しくなんかねぇ!...いや嘘、ちょっと悲しいかも。
まぁでも、そんな俺の気持ちは紗理亜には関係ないからな。紗理亜は相変わらず血相変えて階段駆け下りてるし。てか、いつもはあっという間はこの時間も少し長くなった気がする。中学生や高校に入ってからは毎日毎日勉強やら部活やらで時間があっという間に過ぎてしまっていくような気がしてた。なんだろうな、1時間がまるで数分しか経っていないように感じたりするんだよな。大人になったら時間なんてすぐ過ぎていくなんて言うけど、俺は若干中学生でそれ思った。...俺年寄りじゃないからな。当時俺14だからな。でも、なんか高校に入って紗理亜と出会ってそうするとなんか楽しい気がして時間も長く感じるんだよな。不思議。
「ちょっと先輩、急いでください!早くご飯食べないとこの後の授業に支障が出ます!」
おっとそうだった。さすがに3限連続欠席はやばい。マジで急がないとな。
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階段を超急ぎ足で一回まで駆け下りて、階段の突き当りを俺たちから見て右に曲がってそこにある生徒会室に入った。言ってなかったが俺は生徒会長。「何か自分を変えるものでもないかな」と思ってどうせ落ちるだろという感じで生徒会初期に立候補したら当選してそっから2年で副会長、三年で会長に就任した。マジであの時なんで当選したんだろうな。ちなみに一緒に生徒会室に行ってる時点でみんな察してると思うけど紗理亜も生徒会。ちなみに俺と同じく2年の身でありながら副会長だ。先生の話では、ほとんどは3年が会長も副会長も務めるらしいけど、それでなんで俺たちは2年で副会長やらされてるんだ?てこと聞いたら「お前らが優秀すぎたから」て言われた。いや、紗理亜はともかく俺は違くね?俺なんてちょっと人が寄ってきて、ちょっと人の話をまとめるのが上手くて、ちょっとコミュニケーション能力があるだけのただのモブみたいなもんだぞ。そこに褒められる要素なんてないと思うけどな。
「はぁ...はぁ...」
生徒会室の扉を乱暴に開けて、膝に手をついて肩で息をする紗理亜とそれほど息も切らしていない俺が今サボりから帰還した。昼飯時終わったら多分、授業中に先生に怒られるんだろうな。まぁ、そんな先のことを気にしていても仕方がないので、今は飯だ飯。俺も紗理亜も毎日毎日生徒会室で飯食ってるし、今日も自分の弁当は生徒会室に置いてきた。現在の時刻は12:45、全然間に合う時間だな。俺は机の上に置いてある暗い紺色と明るい水色の弁当箱のうち、自分のものである紺色のほうを置いてある椅子に座ってその弁当箱を広げた。それと同時に、生徒会室の戸棚の中に入っているティーポットとティープレスを取り出した。これは俺の私物だ。それと同時にガスコンロも取り出す。これも家から持ってきたものだけど、持ってきたものを先生の前で堂々と使ったら「危ないもの持ってきてるんじゃない!」てキレられたから今はこっそりと使っている。ちなみにコンロは使うたびに持って帰っているからあれ以来バレてない。もしバレたら更なる大目玉食らうことは目に見えてるからな。そしたら冗談抜きで学校生活に終焉が訪れるから気を付けないと。
そしたらまず、コンロの上に俺があらかじめこの部屋に置いていたティーポットを置いて中にに300㏄の天然水を注いで火をつける。どうせ水道水だろうと天然水だろうと沸騰させるからどのみち変わらないけど、なんとなく天然水を使ったほうがいろんな成分が含まれてるから美味しい気がする。まぁ、完全に俺の好みだな。そしたら沸騰させている間にこれも家から持参した紅茶の茶葉を取り出す。海外の結構高い奴で結構頑張ってバイト代貯めた。スプーンとかその他もろもろを用意している間にティーポットの注ぎ口から湯気が出始めたから、ハンカチを使って取っ手を掴んでカップとティープレスに入れて温める。そしたらカップとティープレスに注いで温める。温め終わったら容器のお湯は持ってきた空のペットボトルに捨てる。さすがに学校に捨てるわけにはいかないからな。
続いて茶葉をティープレスに入れるんだが、これは茶葉の大きさによって分量が変わる。茶葉が大きければスプーンに大盛りになるようにすくうんだが、茶葉が細かければ大体中盛り、スプーンの底が見えなくなるくらいにすくって二杯入れる。そしたら、温め続けていた残り湯を高めの位置から注いで蓋を閉めて2~4分ほど蒸らす。この時、蒸らす時間が長いと渋みが強くなるので、俺はいつも少々短めにしている。ちなみに俺の紅茶は苦みや渋みがあまりないものを選んでいるが、ゼロではないので多く湯に溶けさせることは避けている。そうでないと、これからの工程にも支障が出るからな。
「ー輩、先輩!」
先輩?誰か他の奴でも来たのか?
「あなたのことですよ!隼先輩!」
ありゃびっくり、俺のことだったのね。紅茶とか淹れてると自然と自分の世界に閉じこもっちゃって外界からの声が聞こえなくなるんだよな。
「あ~、悪い。俺に言ってたのか」
「そうですよ。全く、お茶を淹れるのは1年前から変わっていませんね」
そう、俺は紗理亜と出会った1年前から生徒会室で毎回お茶を淹れる。ちなみに他の生徒会メンバーからは先輩後輩関係なく引かれたけど、紗理亜は何故か"惹かれた"らしく毎日のように俺と生徒会室で食事をするようになった。普通引かないか?
「変わるつもりもないからな。それに、お前も嫌じゃないから1年間毎日昼時にここに来てるんだろ?」
「まぁ、そうですけど...」
お、そうこうしているうちに蒸し終わったみたいだな。俺のかけたスマホの2分のタイマーが時を告げてるな。そしたらあらかじめお湯で温めておいた二人分のカップに注いで完成。ちなみにお湯はプレスのお湯と一緒にペットボトルに捨てた。注いだ瞬間から紅茶の芳しい香りが鼻腔を刺激してきた。この香りが好きなんだよな。もう一つのは紗理亜の分だ。淹れて湯立っている紅茶を紗理亜のほうへとそっと差し出す。零れないように優しく、ゆっくりとな。
「ほら、紗理亜の」
「...ありがとうございます」
紗理亜は俺が淹れたお茶を、いつもはしゃいでいる時とは違う穏やかで優し気な笑みを浮かべながら受け取ってくれる。本気で嬉しいと思ってくれているんだと思うと、こっちまで嬉しくなってくる。実をいうと、今日の今日までお茶を飽きずに淹れてこれたのは紗理亜の笑顔の影響もあるんだよな。なんかこう...やりがいがあるというかなんというか。ちなみに、俺のお茶はもう少し工程を踏むことになる。
「何入れる?」
「いつものでお願いします」
いつもので、こういう言葉はあって間もない相手にならば通じないが、伊達に俺も紗理亜と1年間もこの部屋で相席してるわけではない。紗理亜が頼むのは決まって...
「はいはい、ハチミツとレモンな」
はちみつレモンだ。本人曰く、あのさっぱりとしていてそれでいて口に残らないようなすっきりした甘さが好きらしい。紗理亜が甘い物好きなのは知っているがこういうお茶はスイーツとはまた別らしいな。かくいう俺も毎回毎回はちみつレモンだしな。後味のすっきりとした甘味とレモンの香りが鼻に抜けていく感じが大好きなんだよな。女性の人はさっぱりとした甘さが好きらしいが、俺は味覚が女性よりなのか、結構味において紗理亜と気が合う。
注文を受けた俺は、朝のうちにここに持ってきておいたタッパーと魔法瓶からレモンとハチミツを取り出した。レモンはあらかじめ薄く切っておいたので、そのまま入れる。ハチミツはスプーン一杯ほど。今は季節が春なので、ミツバチたちが集めてくる蜜はすっきりとしている。ハチミツは蜂が集めてくる花の種類によって色や味が異なるが、春に咲いている花の中ではヤブツバキや梅の花なんかで蜜を集めてると思う。色も薄い琥珀色で綺麗だし、やっぱハチミツの旬って春だと思うんだよな。ちなみに男性は口に残るような濃い甘味になる秋のハチミツのほうが好きらしい。俺全く逆だけど。
「ほい、いつものな」
「ありがとうございます」
紗理亜は感謝の言葉を一言いうと、カップの持ち手を優しく持ってゆっくりと持ち上げた。湯立っている表面から香る紅茶の癒されるような風味をすんすんと堪能する姿は正しく良家のご令嬢に見間違うレベルだ。紗理亜は別に財閥や社長のご令嬢じゃないのに、妙にこういう仕草は上品なんだよな。特に食事や飲み物を堪能するときはそれがよく現れる。しばらく嗅いで満足したのか、カップをゆっくりと口に向けて傾けて紅の茶を口に含んだ。ふんわりした感じで首を後ろに傾けると長い銀髪がふわりと後頭部に滴っていく。さらに窓を開けているので不定期に入ってくる風にサラサラな髪が靡いている姿は見惚れるほどに綺麗なんだ。どうも俺はその間瞬きすら忘れているようでハッ!と我に返るときには目が乾いているなんてこともある。ただ、この事象は俺が現在の学年、3年生に上がった時からなんだよな。2年の時はこんなことなかったのに...なんでだろうな。まぁ、考えてもわからないからどうでもいいんだけど。
「...なんですか、私のほうをジーッと見て」
おっと、自分でも気づかないくらいに見てしまっていたらしいな。
「悪い悪い。お前が飲んでる姿がご令嬢のごとく優雅だったから、つい見ちまってたわ」
嘘はついていない。事実俺はそうなっていたからな。ただ、何も包み隠さず行っただけなのに紗理亜が目を見開いて頬を赤くして俯いているのは何でだろうな。
まぁ、それはそれとして。早く弁当に手を付けないとな。紗理亜がご飯を食べ終わっている段階で俺は手付かずだから、早く食べないと昼休みも終わる。今日は少し急ぎ目で食べよう。
ちなみに、基本的に俺の家は親が二人ともいないから、弁当は自分で作っている。基本的に入れるのは晩御飯のあまりとか、冷凍食品だとかだな。あまり栄養が偏らないようになるべく野菜や肉などをバランスよく入れている。実際、俺の今日の中身もお米に梅干をのっけて、仕切りを挟んできんぴらごぼうの上にトマトをのっけて、卵焼きとおかずのから揚げといった感じだからな。ちなみに、それは紗理亜も同じらしい。以前に弁当は誰が作っているのかと聞いたときに自分だと言っていたからな。どうも紗理亜の家は親が共働きで忙しいらしく、少しでも親の負担を減らしたいという思いから自分で作るようになったそうだ。紗理亜はかなり健康面にも気を遣う性格だから、俺と同じくバランスよく入れているんだろうな。実際におかず以外にも野菜が結構入っている。米はすでに食べてしまっているけど、種があるから多分梅干しのっけて来たんだろうな。梅干って殺菌効果もあるからこれから暖かくなってくる時期には最適なんだよな。ただ、当の本人は好きっちゃ好きらしいが得意でも無いみたいで、口に入れるたびに目を少し強めに瞑るんだけどな。俺は好きなんだけどな。
あ、どうでもいいけど俺の弁当に入っている梅干は自家製だ。小さいころおばあちゃんが漬けてくれたものを真似して作ってる。酸っぱいうえに塩気が効いた梅干しばっか食べてきたせいか、市販の梅干しがどうも物足りなくなってしまった。実際俺が作ったこれもかなり酸味が効いているからな。並の人間だったら顔をしかめるだろうけど。ちなみに、俺が梅干を入れている理由は殺菌効果があるということ以外にもある。単純に好きだからだ。嫌いな人も多いけど。
「先輩は何でそんなことを平然と言うんですか...」
ボソッと微かだがそんな紗理亜の愚痴が聞こえた気がする。あいにく俺はスルーするなんてことはなく気になったら質問したくなるタチなんだよな。
「俺がなんか変なこと言ったか?言ってたなら謝るけど」
「そ、そういうことではないのですが...」
いつになく様子がおかしいな。いつもならハキハキと言いたいことは言ってくるのに、今はどことなくモジモジしている感じだな。なんだろう、トイレを我慢している子供みたいな...さすがに失礼だな。てか、今見てみれば、俺と会話をしていた辺りから全然箸が進んでいないみたいだな。事実、野菜やおかずの方面に手がついていない。
「その、優雅とか。そういう褒める言葉を真正面からあなたに言われると恥ずかしいというか...」
そういうことか。確かに、俺が紗理亜を素直に褒めることは珍しかった。慣れてないんだろうな。それにしても、恥ずかしがっている紗理亜を見るのは地味に初めてかもな。結構可愛い反応するじゃん。
「なるほどね。ま、俺も褒めるときは褒めるからな」
「そう...ですね」
納得してくれたようで、紗理亜はまた箸でおかずをつまんで口に運んだ。それに併発されるように俺もおかずのから揚げを口に運んだ。毎度毎度よく俺と食ってて飽きないな。
そういえば、俺もそろそろ淹れたお茶を飲まないと冷めきっちゃうな。幸いまだ湯気は立っているから暖かいとは思うけどな。持ち手を持って口元へと運んで香りを嗜む。紅茶に上乗せされたレモンの柑橘系のさわやかな香りが広がる。さっと口に含んでやるとハチミツのさわやかな甘みとレモンの酸味が口に広がった。いつも飲んでる俺のお気に入りの味だ。飲むたびに和やかな気分になる。暖かいものを飲んだ影響なのかも。でも、なんか暖かいものって飲むと気持ちが落ち着くよな。ホットミルクとかもそうだけど。ただ、やっぱり弁当を食べながら飲むよりも、食後に飲んだほうが変に味が混ざらないからいいかもな。残りはお楽しみとして取っておくとしようか。
気づけば現在は1:10。昼休みに入った時間帯だ。みんなこの時間帯はクラスメイトや友達と話したりしているけど、俺たちは生徒会室で紅茶を飲みながら雑談を交わすだけだ。でも、この時間が結構楽しかったりする。俺たちは学年が違うため、授業ではまず交わらないからな。だから俺は下級生との繋がりがないからどういう雰囲気なのかもわからないし、それは反対に紗理亜も同じだ。こう見えて紗理亜には同級生の友達があまりいない。もともと紗理亜はクールな雰囲気だし、学業の成績もいいから嫌われて避けられているというよりかはみんな憧れて近寄りがたいんだろうな。事実、紗理亜の悪い噂は一切聞かないし、たまーに後輩の横を通りすがるときに男女問わず紗理亜の話をしていることがあるから、男性からも女性からも人気があるんだろうな。ただ、本人はあまり孤独が好きなわけじゃないみたいだけどな。どちらかと言ったら少し寂しがり屋なほうだな。甘えられる相手ができたらかまってちゃんになりそうな気がする。ちなみに弁当は互いにあと少しだ。4限目に入るのは1:20からなので、それまでに戻れば問題ない。まぁ、授業が始める前にひと悶着起こりそうだけどな。
「ごちそうさまでした」
紗理亜が手をそっと合わせてそう言ってお辞儀をする。どうやら食べ終わったみたいだな。ちなみに俺はあとから揚げ1個。俺は好きなものは最後に食べる奴だ。そんな俺もその最後の一つを頬ばってお終い。飲み込んだら俺も「ごちそうさまでした」と言って互いに手際よく弁当箱の蓋を閉めて包みで梱包する。そしたら少々ぬるくなった残りのお茶をすっと飲み干して終了。終わったら、お互いに生徒会室を出て飲み干したカップはすぐ目の前の水道で軽く洗う。中を軽く流して飲み口の手で簡易的にこする。終わったらよく水を切った後にハンカチで拭いて各自持参した袋に入れる。そして各自の家に持って帰って洗う。それがほぼルーティーンのようになっている。確かに手間だが、学校で洗剤を使って私用のカップを洗うわけにもいかないし、何ならバレたら紗理亜まで怒られるかもしれないから手間っちゃ手間だが仕方ない。ちなみにこの時にティーポットとティープレスも一緒に洗っている。
洗った時間も含めて現在は1:15を少し過ぎたくらい。そろそろ向かわないといけないな。名残惜しいが、時間は待ってくれないからな。
「それでは私は自分のクラスに向かいますので、先輩も。くれぐれも5限目はサボらないでくださいよ」
「わかってるって。それに紗理亜も先生への言い訳考えとけよ」
そう、忘れてはならないのは紗理亜も4限目を俺と一緒にサボったことだ。まぁ、俺が原因なんだけどさ。
「うっ、わかってます...というか元はといえばあなたのせいですからね!では、また放課後にお会いしましょう」
紗理亜はそう言って背中を向けて俺よりも一足先に階段のほうへと向かっていった。俺は紗理亜に向かって手を振ってこう言った。
「あぁ!また放課後な」
紗理亜はこっちを見ることこそしなかったが、そっと後ろ向きに手を挙げて俺の言葉に反応した。なんか素っ気ないな。まぁ、いいや。
「さて、俺も行こうか」
俺も紗理亜の後を追って階段を駆け上がる。1階、2階と過ぎて、俺の授業をやる教室のある3階に到着した。俺の高校は7クラスあって、俺は2組だ。放課後担任に呼び出し食らいそうだなとは思いつつも、ひとまずはそのことを考えないことにした。考えてたらやってらんないし。と、いうわけで5限目。俺の大好きな理科の授業の始まりだ!