後輩ちゃんも一緒に
後輩ちゃんも一緒に
「何やってるんですか!先輩!?」
俺がさっきまで心地よく過ごしていたはずの屋上に高い声が響く。屋上は天井もなければ壁も金網のフェンスなので密閉性などゼロに等しいのだが、声が高いせいかまるで山彦みたいに反響して聞こえる。今の声を発したのは俺の後輩なんだけどさ。
毎度毎度俺に付きまという。いや、それだと言い方が悪いか。正確には俺を探しに来る後輩ちゃんだ。よくサボる俺を見つけてはまるで母親のように叱ってくる。よく言われるのが「そんなんで勉強大丈夫なんですか!」とか「今のうちにサボり癖付けちゃだめですよ!」とかなんとか色々。さてさて、今日は何を言われるのか。
「全く、あなたはいつもそうですよ。嘘ついて授業抜け出して!授業わからなくなってテストで赤点取っても知りませんからね!」
おぉ、今日は珍しく話の話題にテスト出した。いつもは俺の将来を案じているのかどうかは知らないが、会社に行ったら~だの出席が~だの言ってくることが多いのだが、今日は珍しく学業に点を置いて俺に行ってくるようだ。地味にレアだから少し嬉しい。あ、嬉しいといったけど怒られるのが好きなわけじゃないぞ!俺はドMじゃない。
「そうは言うけどな、紗理亜。俺が今までサボっていた授業の赤点取ったことあるか?」
そう、決して自慢できるようなことではないが俺は授業をよくサボるくせして苦手教科含めて赤点を一度も取ったことがない。基本的に俺の勉強方法は教科書やノートに記されているテスト範囲をぱらぱらとアニメでも見ながら見て、重要そうな単語はノートに赤ペンでまとめ、赤い下敷きを使って覚えている。簡単に言えばながら勉強だ。先生にもさんざん言われてきた勉強方法。見てるだけじゃ覚えない、ながら勉強なんて見につかない。ところがどっこい、その勉強方法で俺は当たり前のように80・90を取る。逆になぜ皆出来ないんだ?というか、紹介が遅れたな。俺に今口うるっさく言ってくる後輩ちゃんは「東雲紗理亜」っていって俺の一つ下の学年だ。銀髪の綺麗な髪をしていて瞳は青くて宝石みたいで、容姿もかなり整っている。いわば漫画にでも出てきそうな美少女で、それでいて身長が154㎝と若干小柄なのも美しさや可愛さに拍車をかけてる。さらに俺との会話でわかったと思うけど、かなりのしっかり者で俺の不真面目な行動を叱責することも多い。ぶっちゃけ、冗談抜きでかなり口うるさく言ってくるから本当にめんどくさい。でも、これがなかなかに悩みもの。
今言った通り、紗理亜は銀色の綺麗な髪でその髪は腰あたりまでとかなり長い。それでいて髪質が非常に良好でサラサラ、それに加えて青いサファイアブルーの瞳に整った顔立ち、しっかり者で嫌味な性格を一切していないというマジで創作ものクラスの容姿、内面ともに整っていてさらには誰に対してもよく当たる云わば八方美人。そりゃ、惚れる人も多いわけで。てか、本当に通りすがりの人も惚れさせるくらいで通行人の学生とかみんな紗理亜見るから今までストーカー被害とかも多かった。そんな高根の花みたいな彼女となんで俺が仲いいのかって言ったら今言ったストーカー捕まえて同じ学校のやつだってわかったからかな。出会いは最悪も最悪だったけど、今じゃ俺の生活に組み込まれた一人の女の子だよ。仲良くなって紗理亜のことも結構わかってきたんだけどいまだに嫌だなって思うのは...
「赤点取らなきゃいいとかそういう問題じゃないんです!学業に真面目に取り組まないと学校生活において何かを得られたもできませんよ!」
このしっかり者すぎる冗談通じない性格じゃなければなぁ、もうちょっと俺も付き合いやすいんだけど。てかさ...
「お前ついさっき赤点取っても知らないって赤点に関して言ってんじゃん。なんで学校生活云々とか言い始めるんだよ、話題変えるなって」
「揚げ足取らないでください。ほんっとに!ああ言えばこう言うんですから」
紗理亜が俺を見る目が叱責から呆れに変わった。まぁ、こんな性格のやつと話してれば呆れるのも無理ないわな。てか、俺たちが知り合ったのは高校一年生の時で、その時からこのやり取り毎日のようにやってたのに、2年たった今でも未だに飽きずにこのやり取り繰り返せるよな。諦め悪いところに俺も逆に呆れるよ。
とまぁ、こんな感じで毎日毎日こんなやり取りが続く。しかも俺の行きつけの屋上で9割がた発生する。たださ、怒りでプンプンしてる紗理亜ってなんか虐めたくなるんだよな。なんだろうな、可愛すぎていじりたくなる心理に近いのかもしれない。いじくるとさらにプンプンしてめんどくさくなるから、今日は少しいじくり方を変えてみようかな。いつもは紗理亜の揚げ足を取り巻くって神経を逆なでするガチで人がイラつく方向でやるけど、今回は...
「いや、話の筋が通ってないこと指摘するのは当たり前じゃない?俺に言うなら自分でもわかったほうがいいぞ」
誰が聞いても「確かに!」って思う正論で返す!正論は時に暴論より人を怒らせるけど、紗理亜がそう簡単にヒートアップするような奴じゃないことは俺がよく知っているし、根は素直だから認めるんじゃないかなって思ってたら...
「うぐッ!た、確かにそうですが...だからってあなたの非行が正当化されるわけでは...!」
眉間にしわを寄せて怪訝な顔でたじろぐ紗理亜がそう返してきた。確かにそれも正論だ。だが、俺は屁理屈には定評があるとすら言われる男。ちょっとやそっとの正論なら、逆に俺のほうが正論を言っているかのような状況にするなど造作もないこと、もう少しいじくってみよう。てか、この方法いいかも。
「まぁ、確かにそうだけどさ。それと紗理亜の筋を通す力がないのは別問題じゃん?」
「そ、それは...」
明らかに強気な態度が崩れた紗理亜に対して俺は依然屋上に寝そべって余裕な態度を崩さない。普通こういうやり取りってどういう感じに返ってくるのかとか気になって少しドキドキするんだけど、屋上で冷やされたコンクリートが役に立っている。ひんやりとしたコンクリートが俺の服越しにその冷ややかさが伝わってきて、少々の乱れならば落ち着くことができる。熱を出したときに冷えピタを貼る感覚に近いと思う。
「確かにそうですね、認めましょう。しかし逃がしませんよ。先輩が言ったことは事実でも、それで先輩がサボっているという事実が覆ることはないですからね」
紗理亜はいつも保護者的というか、大人びた雰囲気を纏いながら言ってくることが多いが、今の言動を放った紗理亜はどことなく「言ってやりましたよ!」的な雰囲気を纏っているのを俺は見逃さない。そしてら、俺も紗理亜と同じ方法で返してやろう。紗理亜は頭がよく、全教科ほぼほぼパーフェクトに近いが、その中でも国語力が群を抜いている。だから会話術などを使ってくることが多いがお生憎様、国語が得意なのはこちとて同じさ!
「ま、確かにね。ところでさ、いつもは保護者面してる紗理亜さんが今の発言はどちらかというと私の発言にムキになって言ったように聞こえたのは気のせいですかね?」
あえて一人称と話し方を変えて言う。敬語と私というまるで教授のようなしゃべり方をすることで冷静な対応をしているように感じさせることができる。さらに、最初に自分自身の非を認めることで、自分の叱責を受け入れたと思わせて追撃される可能性を潰す。俺が人を言いくるめるときによく使う方法だ。さらに、相手の予想の斜め上のような話を切り出すことで予想だにしない回答を余儀なくさせ、あらかじめ用意しておいたであろう回答を口に出す機会を無くす。さぁ、どう返してくる?
「ッ!?わ.私がそんな...」
明らかに動揺している。いつも俺のためを思って言っているであろう言葉が実は自分のためでしたなんて俺自身に指摘されたらそりゃ揺らぐわな。言われるとも思っていなかっただろうし。てか、明らかに紗理亜の額に冷や汗が出てきて顔色が悪くなってきたからこれ以上するのはやめておこう。適当に話題そらすか。でも、どう話題そらそうな。
...仕方ないな。てか、気になっていたのは事実だからな。
「なぁ、紗理亜」
「な、なんですか?先輩」
「俺の隣に座ってくれない?」
「...はっ?」
何を言っているんだとでも言いたげな素っ頓狂な声が飛んでくる。まぁ、そりゃ唐突に異性に隣に座れなんて言われたらそういうのも無理ないよな。でも、今はマジで座ってくれ。だって...
「お前いつまでこの体制でいるんだよ。俺は寝そべってて、お前は俺のすぐ隣に立っている。だからお前の顔を見ようとしたときに風が吹いたとき見たくないものが見えるからマジで座ってくれ」
紗理亜は一瞬ポカンとした顔を浮かべるが、数秒立って俺が言った意味が分かったらしい。顔を耳まで赤くしながら慌てた様子で自分のスカートを抑えた。目を見開いて、口をパクパクとさせている。何言ったらいいのかわかんないような顔だな。
しばらく口をパクパクさせていたのかと思えば、今度はすごい勢いでギャーギャーと言葉を綴り始めた。
「せ、先輩のエッチ!なんで早く言ってくれないんですか!?変態!犯罪者!サボり魔!」
「いやだって、すごい真剣な顔して言ってくるから。てか、最後のサボり魔は事実だから置いておくとしてさ、変態と犯罪者はやめてくんね?というか気付けよ。予想はできるだろ」
「う、うるさいです!大体あなたがサボらなければこんなことにはなってないんですッ!」
まぁ、確かにそうだけどな。にしても気づかないものなのかね。時々思うんだが、紗理亜は勉学では本当に完璧なのに、こういった日常生活や対人関係においては変なところで抜けているんだよな。この2年間で軽く紗理亜のおっちょこちょいエピソードを本にまとめられるくらいにはあるぞ。例えば、水筒の中に水と間違えてスポーツドリンク入れてきたり、学校の教室を間違えたり。割と完璧な人間だと思われてるけど実はそうでもないからな。にしても、こんな姿第三者だったら俺にしか見せないだろうな。真っ赤になってキャーキャー騒ぐなんて。そう考えると少し嬉しいな。俺のことを信頼しているんだなって思う。俺が思っているタイミングでカラスが鳴いた。否定の声なのか肯定の声なのか。
「てか、いつまでスカート抑えてるんだよ。早く座れって」
紗理亜はいまだに赤い顔で少しムッとした表情でこちらを睨み付けてくるけど、ぶっちゃけ恐怖というより愛嬌しか伝わってこないからやめてくれ。
「まぁいいです。今回は特別に許します」
フンッ!と顔を俺から逸らして腰を低くし、手でスカートを体に付けながら少し上品な感じで冷たいコンクリートの上にやさしく座った。やーっと煩悩との戦いから解放されたよ。体育座りして膝を抱えてる紗理亜が横目に俺を捉えた。何か言いたげな顔だな。
「先輩、よくこんなところに寝そべっていられますね。お尻冷たいんですけど」
「そうか?ひんやりしてて気持ちいいだろ。お前が寒がりさんなだけだ」
そう、紗理亜は寒がり。家に行ったことはないが、話によるとヒーターとエアコンは必須なんだとか。冬の学校ではブレザーの下に絶対カーディガンとかを着てくるし、ブレザーの上にはコート着てくるしな。
「でも、さッー」
俺は寝そべっている姿勢から勢いよく反動をつけて上体を起こした。さすがに座って等身が低くなって紗理亜と会話するにはこっちも座ったほうがやりやすいからな。紗理亜は突然俺が何か言いかけたと思ったら勢いよく起き上がってきたことにビクッ!と肩を揺らしていた。
「たまにはこういうのもいいんじゃない?」
「...」
いつも同じ風景より、いつもは座らないような場所に座ってみる。視点が変わるだけでも結構いい息抜きになるものだからな。俺はいつも屋上に来るけど、たまに体育館の倉庫の裏とかでサボったりもするしな。
「はぁ...あなたに反論できない自分が情けないです」
再びムッとしたような表情になった紗理亜がため息をつきながらそう言った。どうやら俺の意見には賛成のようだ。言い合いが終われば力関係は大体逆転。俺のほうが気付いたら上のほうにいて、紗理亜は俺に言われる立場になる。だが、2年間一緒にいてそれが嫌だと思ったことはないし、それは紗理亜も同じだと思うけどな。そのことを指摘されたこと一回もないし。
「そっか」
少し素っ気なく返す。紗理亜もそれほど重たい意味を込めたわけじゃないみたいだ。瞑っていた瞼を少し開いてこくんと頷いた。
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しばらく紗理亜と一緒に座っているが、紗理亜があまり話さなくなった。いつもなら「ところで先輩ー」といった風に話を切り出してくることが多いのだが、今回は珍しく長い無言を貫いている。何か考え事をしている可能性もあるから俺から話しかけたりはしないけどな。
ふと、俺の髪にかかる風圧が強くなった。時間が進んで風の強さが変わったんだろうな。ついさっきまでひゅーひゅーと穏やかな息を立てていた風が今やすっかり息を荒くしているからな。体も少し冷えてきたし、そろそろ戻るか?それとも、もう少しここで座っているか?
「先輩」
風に交じって唐突に聞こえてきた紗理亜の声に俺は思わず肩を震わした。というのも、いつもの声とは違って少し言葉には重みがかかっていた。軽薄な調子ではなく真剣な調子、素っ気ない対応はできないな。俺はあしらうような感じではなく、少しドスの聞いた低めの声で
「なんだ?」
と返した。回答はすぐに返ってきた。
「いつも気になっていて聞いてなかったんですけど、先輩は何でいつも屋上でサボるんですか?夏は暑いですし、冬は寒いでしょう」
驚いた。てっきり紗理亜のことだからもっとでかい悩み事みたいな重苦しい話題切り出すのかと思った。何聞かれるかわからないから身構えてしまったが、意外とこんな話題も出すんだな。てか、なんでこんな質問したんだ?俺がサボる場所なんて決めるの自由だろうに。
「何でそんなこと聞くんだ?俺がどこでサボっていようと俺の勝手だろ」
「それはそうなんですけど...なんか今まであなたをほとんどここで見かけたので。だって、私がここを第一に疑うことがわかるなら場所変えればいいじゃないですか」
「...先生に見つかりにくいからだよ」
嘘だ。本当はもうちょっとちゃんとした理由がある。サボっている癖してちゃんとしているってどういうことだよとかなんとか思うかもしれないが、そこはぐっと言葉を飲み込んでほしい。だが、どことなく言いたくない。それは俺の気分だ。そうとしか言いようがないし、俺自身それ以外の言葉が見つからない。
「...嘘ですね。2年も一緒に過ごせばある程度のことはわかります。あなたがどういう人なのか、どういう喜び方をするのか、じゃんけんで最初に出しやすい手は何かとかー」
「嘘をつくときにどういう挙動を取るのかとか」
ッ!?今、俺はとんでもなく目を見開いて驚いているんだろうな。紗理亜の顔に焦点を当てたまま顔を動かせない。今はじめて言われたことだ。まさか俺の挙動まで覚えられているとは思わなかった。
「先輩は嘘をつくときに若干上を向く癖がありますよね」
図星だ。確かに俺は人に嘘をつくときにチラッと上を向く癖がある。癖は自分自身気付かない人も多いが、すくなくとも俺は人並み以上には自己分析はできているつもりだ。バレてしまった以上は話すしかないだろうな。紗理亜はこうなるとなかなか引かない。以前隠し事をしたときは朝から夕方まで聞き出そうとしてきたからな。早めに行っておいたほうがいいだろうな。
「はいはい、紗理亜のいう通り嘘ですよ。本当は落ち着くからだ」
「落ち着く?」
「そ。俺は空を見上げたり森の中にいたりとなんか、こう...自然のものを見ていると落ち着くんだ。今だったら、空の雲が風に乗って流されていく様子とかな。そういうのを見てるとリラックスできるんだ。不安とか恐怖とか、そういったの忘れられる。だからいつも屋上にいるんだよ。どうだ?これで満足だろ」
洗いざらい話したつもりだ。当然偽りはない。
「...そうですか、嘘を言ってはいないようですね。それにしても...ふふっ」
紗理亜は少し目を細めた後に笑った。口に両手で手を当てて、声を抑えている。笑い方も少し上品だな、とかなんとか思ってる場合じゃねぇ。なんで笑ってる!?俺なんか笑われるようなこと言ってたか?言ってないよな!?誰か、そうだと言ってくれ。ここ俺たち二人以外いないけど!
「いえ、いえ、すみません。別に馬鹿にしているわけじゃないんですよ。ただ、あなたでもやっぱり怖かったり不安に思うことがあるんだなって思いまして。私、いつもの飄々としたあなたしかほとんど知りませんでしたから」
笑って目じりに溜まった涙を右手の人差し指で拭いながらそういう紗理亜と目を合わせて、俺も少し微笑んだ。とどのつまり、「あなたは本当に人間らしい」と言いたいのだろう。いつも自由気ままに生きていて、そういった感情もあって、正しく野生動物のそれと近しい。そういうことなんだろうな。まぁ、馬鹿にして言ってるわけじゃないみたいだしな。そう思って横を見てみると、紗理亜は今日一番の笑顔でニコニコしながら頭を揺らしている。まるで音楽のリズムに乗っているみたいだな。紗理亜はいつもこうだ。嬉しいことがあるとふんふんと鼻歌を歌いながら体を揺らす。ちょっと子供っぽくて可愛らしいところもある。いつもそんな調子で話してくれたらなぁ...俺的にはいつもの堅苦しい紗理亜で話されるより、こっちのほうが俺も話しやすいからな。まぁ、人の性格にとやかく言う資格なんて俺にはないから言葉にはしないけど。
「なるほどね。じゃあ、俺も一つ聞いていいか?」
俺の問いかけに、紗理亜は「なんですか?」と首を傾げながら顔をこちらに向けて聞く体制を整えた。
「紗理亜はさ、なんでこんなにサボる俺に毎回毎回付き合ってくれるんだ?普通のやつならとっくに折れてると思うが」
紗理亜はあたかも「あ~、それ聞いちゃいます?」というような苦笑いを浮かべてきた。一瞬聞いちゃまずい質問かとも思ったけど、紗理亜の「まぁ、いいでしょう」というセリフでその考えは一瞬で俺の頭の中から消えた。というより、そうでもないと俺が眠れなくなる。さてさて、どういう理由なんかな。
「私、先輩のこと本当に尊敬していますから。ただ、それだけです」
そういった紗理亜の顔はこの2年間でも滅多に見たことのないまぶしいほどの笑みだった。どうやら本当らしいな。てか、お前が俺のこと尊敬してたなんて初耳なんだが...俺のどこに尊敬される要素が?
「えっと、具体的にどこ尊敬してるんだ?」
「確かに先輩はサボり魔ですし屁理屈もすごいですし一緒にいて疲れる、なんなら胃に穴が開きそうになる時もありますけど...」
うんわかってはいたけどすごい罵詈雑言言ってくるね。まぁ、全部事実だからなんも言えないけど。
「でも、いざというときはしっかりしてくれますし仕事はちゃんとこなしますし。先輩が自覚しているかどうかはわかりませんけど、その時の先輩は手際もよくて本当にキラキラしててカッコいいですよ。それに、すごく優しいですから」
え、ちょっと待って紗理亜俺のことそんな風に思ってたの?マジで初耳なんだけど。俺のことどう思ってるとかそういえば全然聞いたことなかったな。あまり心情に踏み込むような質問はしたことなかったからな。俺と紗理亜はただの先輩後輩の関係で、それ以上でもそれ以下でもないと思っていたからな。でも、意外と俺って慕われてんだな。少なくとも紗理亜からは。そう思うと嬉しくて胸が熱くなってくるな。こんな学校一の変人と自信を持って言えるような俺を...ね。
「なるほどね。紗理亜は俺のことをそんな風に思ってくれてたんだ。すげぇ嬉しいわ!」
俺がそう言うと、紗理亜は少し顔を紅潮させて...
「あ、言っときますけどこれは言葉の綾というか...と、とにかく!いいところもありますけどサボることは許してないですから!っていうかすっかりあなたのペースに飲まれて目的忘れてました、あなたいつまでここにいるんですか!?」
と、手をパタパタさせて何やら言い訳を始めた。まぁ、ツンデレだからな。よくあることだ。というか、やっぱり目的忘れてたのか。
「あ、今頃気付いた?」
本来の目的を忘れるなんて、今日の紗理亜は少し変わってるな。いつもなら俺がいくら言おうと目的は忘れないでずっと戻るように催促するのに。
「てかさ、紗理亜も時間大丈夫?もうすぐ12:40だけど」
この学校は12:40から昼食時間に入り、それから昼休みなんだが...俺が抜け出したのは三限目の数学の時間、つまり俺たちは4限目を丸々サボってここでくっちゃべってたわけだけど、まぁ、紗理亜のことだから俺のペースに飲まれて長引くなんてことは到底想定済みなわけでー
「...あ」
紗理亜はそう言って顔を青ざめてフリーズした。うん、前言撤回。やっぱこいつ変なところでポンコツだわ。
「さ、さすがにまずいです。戻りましょう!」
慌てて屋上の扉を乱暴に開けて階段を駆け下りる紗理亜の後に俺も続く。飯は食わないといけないからな。さてさて、今日はどんなことが起こるかな。あ、自己紹介が遅れたな。俺は「西風隼」ちょっとした秘密を持つ高校3年生。そして今の状況、5限目は紗理亜もろとも怒られるな、こりゃ。