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オブスベリーの島

(洗面器が拷問具に変わるなんて知らなかった)

(あふれるほどの水を洗面器に入れられて、ひとりで洗顔させられた。ひどい虐待だった)


 真授(アルガリタ)の儀式に向けサフィアにとっては拷問の、亀の歩みのような先の長い特訓が始まった。


(はぁ、この胸が押しつぶされそうな恐怖。わかってもらえないかな。儀式の間だけでも逃げられたらいいのに)


 マルマの教えてくれた島に渡る通路はすぐに見つかった。

 特別な秘密の通路といったわけでもなくて、泳ぎの苦手な人種用の災害時の避難通路らしい。


(もし脱出に成功したとしても、二歳児がひとりで生きていける? 生活の手段をみつけないと。でも島には一度偵察に行ってみたいな。どんな島なのかしら?)


 サフィアが思案に暮れていると、くすんだ背中にマルマがすすっと寄ってきて耳打ちをした。


「姫様、逃亡の手配、整いましたでござりましゅう」

「えっ? 本当なのマルマ? まだ一日しかたってないのに」


 意外な報告がもたらされた。もしやマルマってすごく優秀な切れ者なの? と、サフィアは内容よりもマルマの行動力に驚いてしまった。


「とーぜんでしゅ。世の(ことわり)でございましゅでしゅ」

「世の理?」

「はい! 頑張ったらごほうびがもらえるのでございましゅ」


 切れ者マーサとかみあわない謎の問答をしていると、とてもいい匂いを漂わせたマーサがやって来た。


「サフィア様はとっても頑張りましたものね。もちろんごほうびはございますよ。あと三日、朝晩の洗顔ができましたら、オブスベリーの島へお連れ致しましょう」

「うそっ本当に!? ありがとうマーサ! マルマも! うれしい。私、空が見たかったの」


 どうやらマルマは、頑張ったらごほうびがもらえる。という世の理を使ってマーサと交渉してくれたらしい。

 逃亡の下見でもあるけど、島に行けたら空が見られる。サフィアはそれがうれしかった。二年以上ずっと空を見られずにいて、本来活発なサフィアにはストレスだった。パールティネ王国では見上げる空は水なのだ。


 そして、もうひとつうれしいごほうびがあった。


「今日の昼食はお米のお料理に致しました。サフィア様の以前からのご要望でしたものね。領地から取り寄せて、久しぶりに腕をふるいましたよ」

「やった! お米うれしい! マーサ、好き! 結婚したい」


 サフィアは大喜びでぴょんぴょんしまくったが、運ばれてきた食事はなんとも微妙なものだった。


「これは……お米料理!?」


 目の前にはホカホカと湯気をたてる美味しそうなスープがあった。透き通ったスープに大きな海老と白い手打ち麺、この麺が米でできた米麺〈フォー〉だ。


「ふぉおおおおおお!」


 マーサの地元の米料理は麺料理、生春巻き、サラダ、甘いスープという想定外のラインナップだった。


「ん~これはこれで、すごく美味しいわ! さわやかな酸味があって、ハーブとスパイスの効いたスープの複雑な風味! 海老も香ばしく焼き目がついて最高ですわ! マーサはお料理の天才なのね」


 期待したものと違ったけれど、美味しい料理に大感激したサフィアは子供には大盛りにあたる量を夢中でがつがつと食べ、スープも飲み干しあっという間に完食した。

 サフィアは前世でもこんなにあっさりとして旨味たっぷりな麺料理は食べたことがなかった。きっと港区でお店開けるレベル! マーサの料理に大絶賛の三ツ星を捧げた。



 その三日後、サフィアは見事に苦行に耐えて、オブスベリーの島に来ていた。


「そっらぁーーーっ!」


 天頂いっぱいに広がる青、くるくる回っても全部が空、青空の広がる世界にサフィアは感動の涙が止まらない。


 お城からオブスベリーの島までは約七キロ、海底からトンネルを通って上陸するのでちょっとした登山の急斜面コースになっていた。

 この島は無人島らしく、大きさはぐるっと一周しても一時間ほどで、避難用の簡素な建物と、お城の庭師が時々世話してるという畑があった。


(踏みしめる足元には土! 横には木! 草! 虫! どうってことのないものが素晴らしく貴重で輝いて見える! 幸せ♪)



「サフィア様ぁ~! 浜辺にお茶のご用意がございます、ご休憩くださ~い」


 ハンナが遠くで手をぶんぶん振っている。

 振り返って目をやると、ドーン! ハンナの背後に大海原が広がっていた。


「ちょっと気分が……」


 鉛を飲み込むってこんな感じかと思うほど、肺に吸い込む空気が重くなるサフィア。視界に入れなければ大丈夫、茂みの方を見ていれば大丈夫と、しゃがんで呼吸を落ち着かせる。


「海め! 姫様いじめたな! 成敗してくれうわ!」


 サフィアをかばうように前へ出て、海に戦いを挑むマルマ。無謀でかわいいその姿にサフィアはほんの少し癒された。


 浜辺ではハンナたちがお茶の支度をして待っている。天幕を建てて椅子やテーブルを置いて茶器などの小物もきちんと揃えて、無人島の海遊びにしてはなかなかに優雅だった。

 サフィアとマーサたちはトンネルルートを使ったけれど、他の皆は海を泳いで先に到着していたようだ。



「海を眺めてのお茶会でひとつ、海辺の砂遊びにひとつ、海に足をつけてふたつの、ごほうびがございますよ」


 マーサがディリーボーナスのようなことを言ってきた! どうやら島に来ることはごほうびではなく試練だったようだ。


「今日は初日ですので、島の探検をしてみたいわ、いいでしょマーサ」


 もちろん日帰りで来てはいるけれど、暗に次もあると匂わせる。その場しのぎの言い訳ではない。何度も島を訪問して、脱出に向けての拠点作りをするための作戦だ。


「それでは、建物のなかをご案内致しましょう」

「お供いたちましゅぞ姫様」


 島にある唯一の建物のなかはガランとしていて、簡単な家具がいくつか置かれているのと、避難所というだけあって毛布や食料といった救援物資が積まれていた。


 よっしゃ! と、拳を握るサフィア。いきなり食料発見とは幸先がいい。海ダメージから早々に立ち直る。


 建物のあとは畑の見学もさせてもらう。お城から距離があるせいで半分放置されたヤル気のない畑は草ぼうぼうだった。


「これは人参かしら? 里芋は元気ね」


 水魔法で畑の水やりをはじめだしたマーサたち。草ぼうぼうでも収穫の可能性はあるようだ。



「姫様、こっち、こっち」


 さっきまで建物のなかを勇者スタイルで家捜ししていたマルマが、雑木林に何か面白いものを見つけたようだ。

 マルマに手を引かれて行くと、そこには美味しそうに熟したブラックベリーのような低木の果実がたわわに実っていた。


「姫様、これ絶対おいしいやちゅ。姫様にお捧げ致しましゅ」

「わあ美味しそうね。食べられるのかしら? 少し採ってマーサに見てもらいましょう」


「ちょっとあんたたち! 勝手に盗ったらダメだからね!」 


 サフィアとマルマがベリーをもごうと木に近づくと、強い制止の声が飛んできた。

 声の主は、真っ赤な髪が印象的なよく日に焼けた女の子だった。

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