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騎士の誘惑

 薬局塔の研究室は薄暗く、魔灯の灯りがチラチラ揺れて、天井から吊るした薬草や乾物に怪しげな陰影を作っている。

 それは、魔法学の授業という不思議体験のわくわくを、不可侵の世界へと足を踏み入れるような謎めいた緊張感にすり替えていた。


 コンテ先生に手をあずけたサフィアは、マナを感じようと力の流れに意識を集中させる。


 重なった先生の手の皮膚がふいに液化したように感じられる。そして、サフィアの皮膚にじんわり浸透する熱があり、触れあった箇所が細胞レベルでしっかりと接続された気がした。


 サフィアはマナの流れとそれに干渉する力に覚えがあった。理解はしていなかったけれど何度も経験している身近なもの。


(病気のときにお医者様がやるアレかあ。病気を直す魔法なんだと、なんとなく受け入れちゃってたよ)


 コンテ先生の診察は受けたことがないけど治癒の技術は確かそうだ。ちょっと不気味な風貌に目をつむれば、丁寧で優しいし感じる魔力もとても暖かく安心してまかせられる。


「くっくっ、ゆ~っくり、入っていきます。どう、です、か? 感じますか」


(入って来るというより、外からの熱に、血の流れを掌握された感じだ。あ! マナの主導権をにぎられた?)


 他人に身体のコントロールを奪われたかのような感覚。改めて意識すると抵抗感あるなとサフィアが考えているとマナの干渉が急に弱まった。


「くっく、サフィア姫様は健気、と~っても健気ですねぇ、〈マナ欠乏症〉それ、が、私の見立てです。身体の内のマナがぁ、とても薄ぅい。驚きました。よぉく動けていらっしゃる。健気、頑張り屋さんですねぇ」


 コンテ先生は突然、意外な指摘をしてきた。


「私、マナが薄いのですか?」


 通常は体内のマナ濃度が濃ければ濃いほど強力な魔法が使えるといわれ、一歳で成人レベルの魔法を発動させたサフィアはマナ濃度が桁違いに濃いと思われていた。


「く~くっく、海月の影のごとき、儚げな風情、です」


 海月の影とは薄さの限界値のような表現だ。いきなり診察がはじまるという意外な展開とその内容に、入口に控えていたハンナとコンテ先生の三人の弟子たちは息をのんで身構える。

 どうやら魔法の実技を学ぶ以前の話で、サフィアはマナ欠乏症の体調不良と診断されたらしい。


「くっく、深海の貝ほど真珠は大きい、と、申します。よく眠りぃよく食べて、まずはぁ身体を、作り、ましょう。マナはぁいつでも姫様のおそばに。あせらずぅゆ~っくり、学んで、よいのです」


(私のマナは薄い。そうなんだ……。それじゃコンテ先生のマナは? 濃いのかしら?)


 サフィアは、いまだ接続された様子の互いの手のひらを通して、興味本位でコンテ先生のマナをほんの少し振動させてみた。


(あっ! きもっ! これってエコー検査みたいなもの? コンテ先生の内臓きもっ! マナ解析鮮明すぎっ)


 他者のマナの流れを感じるどころか、マナの振動による情報は音情報よりも立体的で鮮烈で、リアルな人体解剖模型のイメージをいきなり脳に投射されサフィアは吐きそうになった。


「くっ……く~っく、……サフィア姫!?」


 動揺のあまり、サフィアは振動させていたマナを勢いよく引き抜き、コンテ先生の手を離した。


「く、くぅっ~くぅ……くっ、苦しぃ」


 顔面を蒼白にしたコンテ先生は、その場に崩れるようにして倒れた。


「「「先生ッ」」」


 戒めを破り声を発した三人の弟子は、慌てて師のもとへ駆け寄った。

 弟子に半身を支えられて、しばらくは力なく身体を揺らしていたコンテ先生は「くっく」と、上機嫌そうに笑ったあと何事もなかったかのように立ち上がった。


 疲れから来るただの立ち眩みだとコンテ先生は苦笑いして、その後の授業を滞りなく進行し終了させた。


 そして、サフィアたちが帰ったあと、コンテ先生は三人の弟子に箝口令を敷いた。授業内容、特に王族に関することはしゃべるな間違っても外部に流出させるなと。

 おずおずと理由を聞いた弟子にコンテ先生は「口を開いた貝は死んだ貝」とだけ答えた。



 サフィアは全身で床の冷たさを味わっていた。侍女たちがおろおろとしても、ハンナが強引に床からはがそうとしても無駄だった。

 衝撃が強すぎて臥せるしかなかった。このまま床と同化したかった。


「まさかご存知でないとは。余裕がおありだとばかり」


 薬局塔の授業から戻ったばかりのサフィアに、死刑宣告を告げたマーサがため息がちに言葉をもらした。


 パールティネ王国ではすべての国民が三歳を迎えると受けなくてはならない儀式がある。

 海神に帰依し守護を得る〈真授(アルガリタ)〉の儀式だ。

 この儀式では海神の守護が得られると同時に、魔法属性の告知と強化が行われるので、自分の属性を早く知りたいサフィアは儀式をとても楽しみにしていた。


 しかし、真授(アルガリタ)の儀式は海底神殿で行われ、そこまで自力で泳いでたどり着かなくてはならないという。


(まさか神殿が水没してるなんて!? 私の脳内図書館仕事しろ! なんでそんな大事な情報が欠けてるの!?)


「今日から、いえ、今日はゆっくりお休みください。明日から水泳の練習をはじめましょう」


 失意のサフィアにマーサはとても優しく、けれど厳しい未来図を手渡すのを忘れはしなかった。

 

(神殿まで泳ぐ!? 泳ぎは得意だよ! 水さえなければいくらでも!)


 前世のサフィアは、皮肉なことに人魚のように泳ぐと言われていた。明日からはじまるのは、泳ぎ以前の水に慣れる訓練だろう。


「姫様いじめうな! そこへなおれ! 皮はいでサメのエサだ!」


 姫君のピンチに駆けつけた騎士マルマは、母マーサの前に仁王立ちで立ちふさがる。


「乱暴な言葉は教えるなとあれほど言ったのに……。はい、母は倒されました。マルマにサフィア様の護衛を任せるよ。頼りにしてるよ護衛騎士マルマ」


 マーサの口調は少し砕けて自宅モードになった。マルマの世話は引退軍人の祖父にまかせているが勇ましく育ちすぎるのはいたしかたないことか。

 言葉の粗雑さが玉にキズのマルマだけれど、クラリッサと違って乱暴者ではないのでサフィアの学友・遊び相手として白羽の矢が立った。


 さっきまでおもちゃの森に目をキラキラさせていたマルマ。しかし、すでに玩具など眼中になく、打ちひしがれるサフィアを守る壁となり鼻息を荒くしている。


「絶体絶命のピンチ。……ここから逃げ出したい」

「姫様! 私と逃げましょお! 地獄の果てまで、お供いたしましゅうぞ!」


 明日を想うと心の重いサフィアが悲嘆に暮れていると、膝をついたマルマに駆け落ち? を申し込まれる。


「無理だよアルマ、お城は海の中だもん。はっ! マルマに替え玉になってもらえば。……ダメだ。ふっくらしすぎだよ」

「__姫様?」


 体型ネタは女児にも失礼な発言だったようでマルマが軽く目をすがめた。


 すがめた目のままマルマはズイッと顔を近づけてくる。おでこをぺちんとぐらいはされそうとサフィアが謝罪の姿勢で待ち構えていると、マルマはサフィアの耳元に小声でささやいた。


「__島に逃げう道がありましゅ。お部屋の廊下のしゅぐのとこ」



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