水ギライのお風呂事情
__季節は移り、サフィアは二歳になっていた。
「姫様、入浴のご用意が整いました」
「今日はコンテ先生と魔法のお勉強するのよ。お時間ございませんの」
チュールドレスの上にお出かけ用ケープをリボンで結び、頭にアクアマリンのティアラをちょこんとのせた可愛らしいお姫様、サフィアはおしゃまな口調で専属メイドのハンナにこれからの予定をしっかり伝える。
「魔法学の授業は十時からですわ。お時間はたっぷりございます。お湯で身を清めてから参りましょう」
「わたくしもう身支度してしまいましたの。……そうね、お時間まで予習するのだわ」
輝くアクアマリンの瞳で上目づかいに小首をかしげるサフィアはまるで妖精のよう。爺婆であればいくらでも貢いでしまいそうなその魅了スキルをハンナはあっさりと弾いてみせた。
「ではハンナが水魔法のお手本をお見せ致しますわ、頭からざぶっと豪快にいきましょう」
「……清めは、いつもの温タオルで充分でしてよ」
「ほんの五分ほどで良いのです。湯船に浸かっていただきます」
「お風呂なんて入ったら死んじゃう! ハンナのばかあ」
「そんな死因聞いたことございません。おとなしく洗われて下さい」
サフィアの水恐怖症はますますひどくなっていた。
お風呂どころか洗面器の水も避けるありさまで、洗いたいメイドと洗われたくないサフィアの攻防戦は毎朝の恒例になっていた。
初めて使った魔法で、サフィアは本人の思惑とは全く関係なく大量の水を呼び出してしまった。
サフィアの威圧といきなり放たれた水魔法の勢いに大人たちは驚き圧倒されたが、全身びしょ濡れになって多少体勢を崩しはしたものの、さすがに人魚なのでけろっとしていた。
なんなら新調したばかりのドレスでも躊躇なく海に飛び込むし、水塊をぶつけられるのも水に流されるのも愉快なことで、急流に揉まれたら「たーのしー」となる。たとえ仲間が海の渦に引きずり込まれ命を落としても「ばっかだなー」と笑うのが人魚クオリティだ。
なぜなら自分もやらかす可能性はいつでもあると覚悟のうえで、危険でも水遊びはやめられないからだ。もし水に臆するとしたらそれは人魚族ではないし大変に不名誉なことだ。
この一件で大ダメージを受けたのは水恐怖症のサフィアただ一人。
自分が放った水魔法であっても水は水、視界を埋める水の渦に心臓は止まりそうなほど冷えて固まり、放水を浴びたイザベルたちの驚愕顔に忘れたい悲惨な体験がよみがえってトラウマが深くえぐられてしまった。
そのうえ悪いことは重なって、水の勢いに足をとられたマーサが転倒したものだから、サフィアは投げ出されて頭っから水に突っ込み肺に水を入れてしまった。溺れはしないものの盛大にむせて喘息発作をおこした。
その黒歴史でしかない初魔法のやらかしは、貴族たちの
には別方向でちょっとした話題になった。
一歳未満児の魔法の発動自体は珍しくはないが、放出された魔力が幼児にはありえないほど膨大だったからだ。
人魚族は産まれた時から水魔法を使えるというのは本当のことで、王都の庶民の多くは伝統的な水中出産をするが、出産直後の赤ん坊のなかには鱗粧で水かきを作って泳ぐものまでいる。
そんな魔法の才能にあふれる人魚の子供たちでも、海神に帰依する三歳の儀式を受けるまでは、水魔法で作れる水球のサイズはせいぜいサッカーボール大だ。
サフィアが水魔法で放った水の量は、その場にいた大人数名と椅子やサイドテーブルを押し流し部屋を半水没させるほどで、魔力量は成人男性に匹敵すると称された。
「素晴らしい! サフィア様は建国以来の偉大な水魔法師になられるでしょう。必ずや歴史に名を残されましょうぞ」
「いやいや、水魔法はもとより全属性の可能性も期待できますぞ」
「大魔法師様が次代の王位を継承なさるなんて王国の未来は安泰ですわね」
沸き立つ王宮の貴族たちはサフィアの将来を嘱望し、その才を称賛した。
そんなこんなの浮き足だった騒ぎはサフィアの耳にはまったく届いていなかった。初魔法の後サフィアは高熱を出し、一月も寝込んでいたからだ。
この時、心配した周囲がサフィアを甘やかして、水を遠ざける配慮を長期間続けたのがそもそもの失敗だった。その甘やかしに免罪符を得たとばかりに、水ギライを周知の事実としてサフィアも居直ったものだから状況の悪化は当然だろう。
「助けてマーサ! ハンナがいじめるの」
サフィアの最後の砦はマーサだ。
いつも優しい笑顔で見守っていてくれる乳母。マーサの大きなマシュマロ胸に飛び込むと、ふわふわ優しく抱きしめられる。
「仕方ありませんね。入浴は中止です。パウダールームを使いましょう」
「ありがとうマーサ! 好きっ大好き。結婚したい」
そのあとサフィアはマシュマロ胸に拘束され、パウダールームに連行されておもいっきり洗われた。
マッサージベッドに寝かされたあと桶でお湯をかけられ、びっくりして硬直してる間にゴシゴシされて髪も洗われ、ついでに香油も塗り込まれてピカピカに磨かれた。
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