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はじめての魔法

海神(ネプト)の恵みに感謝致します。イザベル様ご機嫌麗しゅう」

「我が家のシェフ自慢の一品ですのよ。イザベル様どうぞお召し上がりくださいませ」

「ハープを弾かせていただきますわ。もちろんイザベル様のために」


 ゆったりとしたソファーに深く腰かけ優雅に微笑むイザベルは、取り巻きの貴族に囲まれて今日もご満悦だ。

 イザベルは自慢の金髪を高く結い上げ、耳元を飾る鱗粧(レピクス)のヒレ飾りを華やかにみせている。ドレスのスカートも腰から下は鱗粧(レピクス)のヒレ飾りで、その上から薄布をまとい長い裾を後ろに流すのが王都の最新流行のデザインらしい。

 花を飾ったテーブルにスィーツと軽食を並べ貢ぎ物も積み上げる。麗しい弾き手の奏でる楽の音と楽しいおしゃべりは止むことなく続いていく。



「何なんですかあの人たち、私もう我慢できないんですけど」


 メイドのハンナは憤慨していた。

 怒りにわなわなと震えるハンナを侍女たちは困り顔でなだめる。王女付きとはいえメイドごときが貴族に逆らえばただではすまない。

 とはいえ侍女たちの心情はハンナ寄りだ。我が物顔のイザベルだが、この場所は侯爵家より上位の王族、サフィアの居室なのだから。



 イザベルはリフォームした居間兼応接室兼レッスンルームがお気に召したらしく毎日のようにいりびたり、今ではまるで自分のサロンのように振舞っていた。


「部屋の主が子供だからって、不敬にもほどがあります」

「こうも連日だと私たちもキツイのよね」


 メイド控室のすみっこでボソボソと愚痴るだけのハンナたちの立場はここでは最底辺。イザベル付きのメイドにもあごで使われ奴隷扱いされる始末だ。


 この大迷惑な押しかけ勢は常時十名を超えていて、ひどいときには二十数名にもなる。イザベルと彼女の二人の子供とその乳母、側近の侍女と取り巻き貴族婦人に護衛騎士、時には道化も連れてくる。


 そ団体客の世話をサフィア専属の侍女とメイドが当然のように押しつけられ、連日の接待に追われて侍女たちは疲労困憊だった。

 おかげでサフィアの世話はほとんどマーサ一人の担当といった有り様だ。


 体力自慢のマーサだがそれにも限界はある。家電がなくて広いお部屋のたくさんの灯りを一つ一つ手で灯すこの世界。王族に相応しいレベルで主の衣装と調度品を整え、二十四時間保育に勤しみ休日なし、自らも品位のある容貌を保つ、これはさすがに厳しかった。


 ぬいぐるみの森で一人遊びするサフィアを前に、椅子の上でうとうとと居眠りをはじめるマーサ。寝室の隣部屋のイザベルたちの騒がしさも耳に慣れて、まるで子守歌のようにマーサの眠りを誘う。


(マーサはお疲れね。そっとしてあげなくっちゃ。迷惑なお客様だよ。私だって一人の時間がほしい。魔法の練習したいのに)


 光の球の一件以降、サフィアは一人の時間を見つけることができずにいた。


 あれが何だったのか本当にマナなのか、検証したくても寝室にもちょいちょい邪魔者が押しかけるし、おかげで侍女たちの警戒心は強くなるしで、いつも以上に逃亡のチャンスがない。夜間も子守役がそばに控えていて、マナを集めて光ったりしたら昼間以上に目立ちそうで断念するしかなかった。


 現状にモヤッとしつつ、ハイハイ筋トレで汗を流すサフィアがタコの家まであと少しといった所で手元の床に影がかかった。


 見上げるとにやにやと不適な笑みのイザベル。その後ろには同じような笑顔の取り巻き連中がこちらを見ていた。


「ふふん。居眠りなんて、だらしのない乳母ですわねぇ。サフィア様、お一人ではお寂しいでしょぉ? こちらへいらっしゃいませんかぁ、美味しい果物がございますのよぉ、貴重なシルワナ産の白桃ですのよぉ」


 イザベルは相変わらずのねっとりした口調でサフィアを隣室へと誘う。しかし思春期メンタルのサフィアにとって、ハイハイスタイルは最高に恥ずかしい楽屋裏。無神経にもそれを見おろすイザベルの無礼にサフィアの拳は震えた。


「ヤッ! 行かにヤッ! キヤイ!」


(どうよ! きっぱり拒否してやったわ! もう言葉で意志を伝えられるのよ。発音がむずかしくって単語でも舌がもつれちゃうけど!)


 サフィアが幼児ながらも毅然とした態度で拒絶すると、なんとイザベルは恐ろしい行動にでた。


「私はサフィア姫様が心配ですのよぉ。窓のあるお部屋が苦手なのは存じておりますわぁ。ですがぁ、いつもお一人ではいけませんわぁ、クラリッサも姫様と遊びたいとすねておりますのよぉ。ほらぁクラリッサ、恥ずかしがっていないで姫様とお遊なさぁい」


 クラリッサはイザベルの娘でハイハイを覚えたての幼女だ。握力がすごくてなんでも鷲掴みする。サフィアの髪をひっぱるのが大好きで噛みつき攻撃も得意といったとても狂暴な獣だ。

 すかさずクラリッサを抱えてやってくるイザベルの侍女。お遊びという名の虐待プレイだ。加害者が幼女でも立派なDVだと思う。


(やめてぇ~! クラリッサは苦手なの! ほんっとに怪獣なんだから! 助けてマーサ)


 高速ハイハイでマーサにしがみついてゆさゆさ揺らすと、マーサは驚いて立ち上がり足元をみて急いで膝をつき、その腕にサフィアをしっかり収めた。


(助かったぁマーサのマシュマロ胸はほんと天国。サンクチュリアだよ)


 だが、少し遅かった。

 マーサの胸に埋まるサフィアの後頭部をクラリッサがガシッと鷲掴む。


「痛あ! ヤッ! ヤッ! クらひッひゃ!」

「あうあう~ひ~ひ~」

「おやめくださいませ! クラリッサお嬢様」


 マーサは距離をとろうと試みるが、クラリッサはサフィアの髪から手を離そうとはせず、ぶんぶんと乱暴に引っ張られる頭皮が猛烈に痛くてサフィアは泣きそうだ。


 そんな修羅場を、なぜか満面の笑顔で見ているばかりのイザベルと、王女への暴行を諌めもしない侍女たち。

 隣の部屋からはサフィアの昼寝の時だって遠慮なく奏でる楽器の音と、団体さんの楽しそうな笑い声が聞こえる。



(こんなのヤダッ! もう許さないんだから!)


 サフィアのなかで芽生えた怒りが熱を持ち、身体中の細胞が覚醒したかのように呼応しはじめ、小さな身体の手足の先まで怒りの熱が行き渡った。身体の内側で点滅する何かの流れが生まれ、沸騰しそうな頭を胸をぐるぐるとまわりだす。


「下がれッ!」


 発したこともないような強い声でその場を威圧するサフィア。


 イザベル、クラリッサ、大人たち、全員をその青に光る瞳でにらみつけると、彼らに向けて突き出したサフィア小さな手のひらから勢いよく大量の水が吹き出して、驚愕の表情の彼らと調度品をまとめて一気に押し流した。


 サフィアの生まれて初めての魔法はこうして発動した。

 



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