湯上りタイム
この異世界での魔力は循環によって得られるものとされている。
人間も動植物も等しく、生き物は大気を巡る魔素を呼吸や食物から取り込み、日頃から体内を循環させている。そして生き物たちの細胞は魔素を魔力に変換し、魔法を行使するものの意識と練り合わせて外部に放出する。それが定説だ。
(元の世界とこの世界の住人は細胞の造りから違うのかな? ミトコンドリアさんはエネルギーを作る以外にもコンビニ店員みたいにいろんな業務をこなすけど、異世界ではもっとたくさんのお仕事をこなす働き者なのかな? がんばれ、がんばれ、ミトコンドリアさん)
ミトコンドリアに声援を送りつつ、サフィアは、体内を魔素が循環して右腕あたりで魔力にかわり、指先からガスのように吹き出て着火する様をイメージした。
サフィアのちょこんと立てた指先に、ほどなくしてイメージ通りの中火の炎が灯った。
「わあ~すごいじゃない! さっすがサフィア! やっぱ、火魔法の才能もあるんだ」
「えぇっ!? なぜですの? 水魔法の属性しかありませんのに、炎が!?」
ローズは火魔法の一発成功にはしゃいで、バスタブの中でピョンピョンしている。なぜか使えてしまった火魔法にサフィアは動揺するばかりだ。
お風呂からあがった二人は、洗った洗濯物を協力してねじってしぼり、身体を拭いてベッドに腰かけた。
「服貸してあげるよ。ちょっとデカイけど、ちゃんとドレスだよ」
「__大丈夫ですわ。ドライの水魔法は得意ですのよ。お洗濯物もすぐに乾かせますわ」
サフィアは言葉の通りに洗った洗濯物をふわりと乾かし、ついでにお互いの濡れた髪も乾かした。
「すっごお! 魔法で髪乾かすのはじめて! あんた何でもできんだね」
ローズにドライの魔法を絶賛されて、照れたサフィアは裸の両腿をすりあわせてもじもじした。
それからしばらくはベッドの上に全裸でだらしなく寝そべって、ローズの故郷のプロクス帝国や船旅の話を聞いたり、お城の、特に食べ物の話をしたり、楽しくおしゃべりして過ごした。
ローズは赤ん坊の頃から父親と船で各国を渡り歩いていたらしく、驚くような体験を重ねてきたとのことだが、そんな冒険ネタを差し置いて、外国の珍しい果物の話を瞳をキラキラさせて熱心に語るのだった。
そして荷物をごそごそして、ローズはいくつかの小袋を取りだすと、ベッドの上に放り投げた。
「これ! 干したマンゴー。こっちはパイン、んで、ナツメヤシ」
「ドライフルーツですわね。どれも美味しそうですわ」
ドライフルーツを口にいれるととっても甘い。幸せの味がした。
甘味の少ないこの世界ではドライフルーツは貴重な甘味だ。日本の女の子がスィーツに夢中なように、ローズもドライフルーツに夢中だった。
もちろん果物は最高のスィーツだけれど、どちらかというと野菜ポジションだったりする。
サフィアの毎日の食事も果物、煮豆、魚が基本で野菜はあまり出てこない。
海底生活では新鮮な葉もの野菜は手に入りにくい。野菜といえば保存のきく瓜系が多くて、収穫から完熟まで数ヶ月かかる柑橘系の果物や、未熟、完熟両方使えるバナナは野菜代わりに重宝されていた。
(いろんな果物を魔法でドライにしたら売れるかな? 需要はあるよね。あとはアレかな)
「ローズのお父様は貿易商人でしたわね。ご商売で、乾燥させたお魚は扱ってらっしゃるの?」
「もちろん! 干物、乾燥肉は船に山と積まれてるわ」
「そうではないの。干物ではなくて、出汁をとるお魚ですわ」
異世界では〈出汁〉という概念がないとサフィアは感じていた。王国での料理は魚介類をふんだんに使っているので出汁の旨味たっぷりだけれど、魚介を使わない料理に出汁は入っていなかった。これは商売のチャンスかもしれない。
「出汁? それって食べ物じゃないよね、誰が買うのさ」
「ふぇっ。出汁はスープですのよ。(ち、違う)昆布ですとか、鳥もありますの」
鰹節がうまく説明できないサフィアだった。
「そうなの? 美味しいスープは好きよ。今度ごちそうしてよ」
「わ、わかりましたわ。ローズに出汁の良さをわかっていただけるよう頑張りますわ」
湯上がりの身体も冷めてきて肌寒くなった二人は、もぞもぞと服を着こみだした。きちんと服装を整えると、お別れ感がただよってきてサフィアは少しさみしくなる。
「そうですわ! 私、家出してきたんですの。ローズさんの船に乗せて頂けないかしら。できれば大陸に行きたいんですの」
「あんた家出してきたの!? なんで? 王女様でしょ。いい暮らししてんのになんでよ!」
「陸の生活をしたいからですわ。海の暮らしはもう嫌なのですわ」
「サフィアは年寄りの船乗りみたいなこというんだね__」
サフィアの「じつは家出です」告白に驚いたローズだったが、目線を落として少し考えてから、ニカッとした笑顔をみせた。
「いいよ。協力したげるよ。でも今は止めきな。すぐ捕まっちまうよ。陸で暮らすんなら金だって必要だしさ。仕事すんなら十歳にはなってねえと厳しいよ」
「……十歳、あと六年と半分ですわね。……先は長いのですわ」
四歳に満たない子供が一人で生きることは難しい。サフィアにもそれはよくわかっていた。日本でなら十歳だってダメだろう。あと数年も海底生活かと思うと、牢獄に捕らえられた囚人のように自由が失われたと感じてしまう。
楽しい気持ちはすっかり消えて、サフィアは鉛を飲み込んだような気分になった。
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