出来損ないの欠陥姫
「おーっほっほ、そうですわぁ、ソファは中央に置いて下さいまし、そうよぉ王族の居室はこのように格式高くないといけませんわぁ」
イザベルはサファイアの部屋の家具を総入れ換えしてしまった。
以前の白を基調としたかわいらしいものから、より高級感のある黒の家具へと改め、その配置を従者に指示して満足いくまで何度もやり直しさせていた。
真授の儀式で観衆の前で溺れるという醜態をさらしてしまったサファイア。乳母のマーサはその失態と、儀式に割り込み神域を汚してしまった自身の責任をとり、すでに職を辞していた。
そして、その後任についたのがこのイザベルだ。
以前から部屋の主であるかのような振る舞いだったイザベルは、より高慢な態度をとるようになり、侍女を総入れ換えにして、管理者としてサファイアをも下に置き、誰も彼女に逆えない状況になっていた。
「嫌ですわぁ、穴蔵のようなこの寝室。汚ならしいゴミも片付けてしまいましょぅ」
「それはマーサの手作りの大事なぬいぐるみですの。イザベルが勝手に扱うのは許しませんわ」
居間を好き放題に作り替えたあと、ずかずかと寝室に足を踏み入れたイザベルは、サファイアが遊び場にしているぬいぐるみの森を容赦なく踏みつけ、ゴミとして捨てるよう従者にいいつけた。
抵抗するサファイアのことも、ぬいぐるみ同様にゴミを見るかのような冷ややかな視線で平然と見下ろしている。
「あらぁ身分の卑しい下級貴族のせいねぇ、礼儀を知らない獣に育ってしまわれたのかしらぁ? 目上の貴人には敬称をつけるものですわよぉ。私のことはファーガソン侯爵夫人、もしくはイザベル様とお呼びくださいましぃ」
「……イザベル、様」
「まぁよくできましたことぉ。サファイア様は巷では欠陥姫と呼ばれてらっしゃいますが、この調子でしたら私の指導で不名誉な呼び名もすぐに撤回できますわねぇ。おほほほ」
__欠陥姫。そう呼ばれても仕方がない。泳げない人魚などいないのだから。サファイアはそう考えてうつ向いてしまった。
マーサが不名誉を負ってお城を追い出されたのも、欠陥姫の自分のせいだ。あの日の失敗を反省して、後悔して、それでも水が怖い意気地無しの自分を責めて、サファイアは深く落ち込むばかりだった。
「まぁま~。クラリッサのフルート聴いてぇ」
「あらぁ私のかわいい小鳥ちゃん。お母様がレッスンを見て差し上げましょぅ。クラリッサは楽器も水泳も得意ですものねぇ。才能あふれていて将来が楽しみですわぁ」
寝室の隣部屋は、すっかりクラリッサのレッスンルームと化していた。
イザベルの取り巻きは上級貴族として礼儀作法を完璧にこなし、それぞれが得意な分野で秀でている高スペックな顔ぶれだ。
クラリッサは、そんな教師陣に囲まれて優雅にレッスンをこなし、サファイアよりよっぽど充実した姫様な日々を過ごしていた。
高笑いするイザベル親子の背後でパタンと閉じる寝室のドア。
__そう、寝室にドアがついたのだ!
暗い寝室が目に入るとクラリッサの集中を欠くという理由で、イザベルは慣習を破って寝室にドアを取り付けた。
このドアを開いてサファイアに話しかける者もあまりいない。おかげでサファイアはひとりぼっちになったと同時に、念願だった自由な時間も手に入れることができた。
サファイアは、この件に関してだけはイザベルに感謝していた。
(ふはぁ……やっとひとりになれたよ)
ベッドの上に転がると天蓋と暗い天井が見える。
この薄暗い部屋でずっと引きこもっているのは、人魚にとっても人間にとっても不健全な生活だとサファイアは思う。
(空が見たいな。また島に行きたい)
甘やかしてくれる味方が居なくなって、もう島にも遊びに行けないんだ。そう考えると急にさみしさが押し寄せてきた。
お友達になれそうな赤毛の子、泣き虫な男の子にももう会えない。
希望が一個ずつ潰されていくようで、涙があふれそうになる。全部、自分のせいなのに。
勢いをつけてベッドから起きあがると、サファイアはぬいぐるみの森を見つめてため息をこぼした。
(後悔したってはじまらない。水恐怖症を克服出来ないなら、道はひとつしかないんだ。落ち込んではいられないわ。もっと強くならなきゃ)
サファイアは両手で頬をパシンと叩いて気合いをいれると、お気に入りのぬいぐるみを選んでアイテムボックスにぽいぽいと収納しはじめた。
(イザベルが片付けてしまう前に、お気に入りを確保しておかなくっちゃだね。あの人なんであんなに好き勝手出来るんだろ? ホント自由すぎるよ)
小さな黒猫のぬいぐるみがタコの家の影にポツンところがっている。サファイアはその黒猫を見つけると嬉しそうに手にとってほおずりをした。
「はこねこ! 大好きだったのこの子。荷物をくわえて運ぶ猫、それを黒いシルエットで作ってって、マーサにリクエストしたんだっけ」
有名企業の例の黒い猫を、マーサにぬいぐるみにしてもらおうと思いついておねだりした。それがどうしてだか、頭が四角い箱になった黒い猫として完成してしまった。
サファイアは「どんだけ大きい荷物をくわえてる設定なんだ」と、内心大ウケしたことを思い出していた。
「んー、はこねこさんは、どのぐらい荷物運べるのかしら? ダンボールでいうと何箱? アイテムボックスの容量ってどのぐらいあるの?」
サファイアはぬいぐるみに何となく問いかけてみた。
「ん?……」
「__えっ?」
サファイアの手の中でぬいぐるみがもぞりと動いた。
「「うわああああああああっ」」
ぬいぐるみの猫がいきなり叫んだ! サファイアも驚いて叫ぶ。
バタン
「なんですの? 姫様。レッスン中ですのよ、お静かに」
バタン。隣室から侍女が顔を出し、室内を見渡して何事もないのを確認すると、開いたドアはすぐに閉じられた。
「うわぁ、びっくりした__しましたわ」
「イヤ、今さら上品ぶるのもどうなんダ?素で話してくレ」
「私、これが素ですのよ。あなたは誰ですの? これは魔法なのでしょうか」
サファイアはちょっと気持ちを落ち着けて、ぬいぐるみに話しかけた。ここは魔法のある世界だ。このぬいぐるみは、たぶん魔法使いのおちゃめなイタズラなのだろう。
「魔法カ。そうなのかも知れないナ。オレはずっとキミの中にいたんだガ」
「ええっ? 私のインナーチャイルドでいらっしゃる?」
「インナー? 理解できない言語ダ、オレはキミの中に仕舞われていたのだヨ」
「もしや、アイテムボックスに収納されていらしたの?」
「そうダ、お菓子やぬいぐるみと一緒にネ」
いつ収納したんだろうとサファイアは小首をかしげた。
「まさカ、出られるとは思わなかったナ。キミが、ぬいぐるみに話しかけたからなのかナ? いつもは知識だけガ取り出されていたんだガ」
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