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人魚の国

 キラキラ光る小魚たちの群れ。色鮮やかな珊瑚の花たち。

 暖かな日差しがふりそそぐ海の底には、不思議な泡に包まれた美しい街並みと、輝く尖塔をもった水晶のお城があった。


 ここは人魚たちの国《パールティネ王国》


 クスクス笑いの人魚たちは真珠や貝、紅珊瑚のアクセサリー、そしてレースで華やかにその身を飾っている。普段なら泳ぎの邪魔になるけど今日は特別。アクアティア女王様の戴冠式の日なのだから、めいっぱいおしゃれしなきゃね!



 水晶のお城の一室には小さな赤ちゃん姫様が、侍女たちの揺らすゆりかごのなかでスヤスヤと寝息をたてていた。

 そのふんわりした銀色の髪は淡い海の色彩をまとい、閉じた瞳にはアクアマリンの輝きを宿している。


 本日、戴冠式を迎えた人魚の女王アクアティアはこの夏20歳になったばかり。神秘的な深海色の髪に、美の女神も嫉妬する艶めく美貌を誇っていた。赤ちゃん姫様はその美貌を受け継ぎ、顔立ちは生後半年ながらも繊細に整い、透明感のある頬と唇は薔薇色に輝いていた。


「サフィア姫様、ダンゴウオはお好きかしら」

「海ガメさんと遊びましょう」

「姫様、かわいらしいペンギンさんですよ~」


 侍女たちはゆりかごの上に水球を浮かべると、それを器用に変形させて愛らしい小魚や動物たちを次々と作り出した。水魔法のちょっとした手遊びだ。

 小さな姫様を楽しませようと、侍女たちは競うように手のひらから水球を放つ。ぷかぷか浮かぶ大きなクラゲ、海ガメ、テッポウウオ、水で作ったお人形さん。


 人魚の子供たちには、この透明な水のペットはウケがいい。子供たちはきゃっきゃうふふとはしゃぎながら、大人たちの真似っこの手遊びを楽しみ、試行錯誤して少しずつ魔法操作を覚えていくのだ。

 赤ちゃんをご機嫌にさせる鉄板の芸。大人たちは皆、その認識でいた。



 けれど、小さな姫様は眠たげなまぶたをうっすら開けると――硬直した。


(ぴゃああああ!? み、み、水が顔面にせまってくるぅ! 無理、無理、無理、死んじゃう、死んじゃう)


 ぎゅっと目を閉じ顔を真っ赤にして手足をバタつかせるサフィア。まだ言葉のしゃべれない赤ちゃんだから、この恐怖を誰にも伝えられない。



 サフィア姫こと悠里(ゆうり)は、前世の記憶を持ってこの異世界に転生した。


 現代日本で生まれ育った悠里は15歳の中学最後の春休み、両親との旅行先で水の事故で亡くなった。車でダム湖を観光していた3人は、落石を避けようと対向車線に飛び出した大型バスに追突され、車ごとダム湖に沈んだのだった。 

 暗い水の押し寄せる車内の記憶は、悠里の心に深い傷を残している。


 そんな水への恐怖心MAXのまま人魚に転生した悠里にとって、空気がたっぷりあるエアドームの中とはいえ海の底での暮らしは毎日が拷問でしかなく、赤ん坊のぷにっとしたお顔に苦悶の眉間ジワを刻む日々だった。



「なにコイツ、タコじゃん。ぶさいく~」


 侍女たちに混じってゆりかごをのぞきこんでいた男の子は、歯抜けの大口をあけてぎゃははと笑う。この鼻たれたやせぎすの子供は、宰相を務めるファーガソン公爵の嫡男、ギスタン4歳だ。


 退屈な式典にあきて城の探検にいそしんでいたギスタンは、おもしろいおもちゃを見つけたとばかりにゆりかごの上に身を乗り出し、サフィア姫をつかもうと手を伸ばした。


「こら! いたずらしちゃだめ」

「いやだわ、どこから来たの!? この子」

「狼藉者ッ! 姫から離れなさいッ!」


 姫様のピンチに侍女たちはあわててギスタンを押さえつける。


「離せぇ! 無礼だぞ! 母上にいいつけるからなっ!」


 侯爵家の一粒種として甘やかされて育ったギスタンには大人に力で制止された経験などない。かしずいて当然の侍女に罵倒されるとは、まさに驚天動地の出来事だった。


 離せと叫んでも離さない。

 ギスタンはわからずやの大人にかんしゃくをおこして、身体をむちゃくちゃに動かし足を蹴り上げ手を払いのけた。


 そうして振り上げた手が海ガメに触れ、もろい水魔法を壊してしまった。

 浮力を失って落下する元海ガメはバケツ一杯ほどの水のかたまりだ。


(ぴょおおおお!! み、み、水がっ! 苦しいッ~おぼれるぅ)


 いきなり顔面に水をぶっかけられたサフィアは、水圧の衝撃と恐怖に白目をむいて気絶した。




「あなたたち何を遊んでいるの? 女王陛下がお待ちですよ。さあさあ早く、姫様をお連れして」


 正装のドレス姿の侍女長は控えの間に顔を出すと、日常とかわりなくキビキビと侍女たちに指図する。

 そして水でびしょびしょのサフィアを抱きあげ顔を布で軽くぬぐうと、染み染みグッショリなベビードレスの上に豪華な手刺繍のオーガンジーコートを着せた。さらにそのままベビーバスケットに押し込むと、侍女の一人にポイッと預ける。

 ――人魚たちにとって多少の水ぬれは、理由、現状ともに気にならないささいなことのようだ。

 この水分に関する人魚の雑な感性が、幼少期のサフィアを心情的に追い詰めていく。

 


 水晶のお城のバルコニーには戴冠式を終えたばかりのパールティネ王国の新しい主、アクアティア女王の姿があった。

 新しい女王の誕生を祝う人々はお城の前庭の広場に集まり、美しい女王が優雅に手をふる姿に喝采し歓喜した。陽気な人魚たちは女王を称えて歌い踊る。その群衆のどの顔も希望と喜びに満ち輝いていた。


 そして、侍女からベビーバスケットを受け取った宰相がバルコニーに登場すると、広場の歓声もひときわ大きくなった。

 今日は新しい女王の第一子、サフィア王太女殿下のお披露目の日でもあるのだった。


 女王はクッテリ眠る我が子を愛おしげに見つめ、銀色のふんわりした髪の小さな頭にプリンセスの証であるアクアマリンのティアラをそっと乗せる。

 新女王が世継ぎの姫を優しく胸に抱き満面の笑みで掲げると、お城の広場はなお一層のはじけるような歓声であふれた。


 祝砲の鳴り響くこの幸福な日、ひとり悪夢にうなされるサフィアの眉間のシワはますます深く刻まれるのだった。


 





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