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宙に浮く少女と飛び降り

作者: 道ノ瀬カイ

「ち」

 物心ついた頃から、浮いていることが当たり前だった。周りは足を地につけて歩くけれど、私はぷかぷかと浮遊しながら動くことが普通だ。手足を少しばたつかせば、方向転換も簡単。これが当たり前で普通だから、生活する上で困ることはない。でも、周りの視線は良いものではない。


 学校は特に視線が厳しい。当たり前と普通を統一する機関なのかもしれない。私は入学して早々に、劣等生の刻印を押された。普通に授業を受けているのに、浮いてしまうからみんなの視線が集まる。すると授業妨害だとかで、どの教科の先生たちもカンカンに怒り出す。その影響で、クラスの、いや、学校中のみんなは私を「悪」と認識して近づかなくなった。つまり友達0人というわけだ。

 けれど先生たちの様子から「悪」と認識しているだけで、実害のないみんなは私に興味があるらしい。忘れ物をしたら貸してくれるし、授業変更も教えてくれる。おかげで学校生活も滞りなく過ごせている。 今日も今日とて、いつも通りにぷかぷか浮きながら10分休憩を過ごし、いつも通りに次の授業の支度をしていた。いつも通りに来るはずの先生が、いつもと違った汗と息切れを抱えて教室に入ってきた。


「緊急集会を開くから、すぐに体育館へ移動して」


 教室の扉を開くと同時に大声で呼びかけた先生の様子から、いつもと違うことが起きていることは明らかだった。みんなは列もなさずに急いで体育館へ向かった。私は、どうせ劣等生ならこれ以上信用も評価も落ちないだろうと、窓を開けて外へ出てみた。

 校舎の下には救急車もパトカーも止まっていた。たくさんの大人が、校舎の下から屋上を見上げていた。何があるのかと、私も屋上を見た。隣のクラスのあーちゃんが、柵を越えてそこに立って泣いていた。私がいつも通りに過ごしていた中で、こんな出来事が起きていたとはまったく気がつかなかった。緊張感が私を縛り出した。


「おい!何してんだ!体育館へ行きなさい!」


 数学の厳しい厳しい田中が、私に向かってメガホン経由で叫んだ。聞こえないふりをして、ぷかぷかとあーちゃんに近づいてみた。


「あーちゃん、どうしたの?何してるの?」


 なるべく、普段と変わらないテンションを意識的に作って、声をかけた。あーちゃんは泣いたまま何も言わない。

 あーちゃんは去年同じクラスだった。消しゴムを貸してくれたり、シャトルランの記録係ペアにもなった。あーちゃんには私以外にも友達がたくさんいたけれど、私も接点がないわけではない。


「あーちゃん、そこは危ないから、教室に戻らない?」


 あーちゃんは首を横に振った。田中の叫び声がちらちらと耳に入ってきて、気持ち悪かった。


「私はもう、だめなの。死ぬしかないの。お願い、邪魔しないで」


 ヒックヒックと泣きながら、あーちゃんは言った。けれど私はあーちゃんに死んで欲しくない。


「辛いことがあったの?悩みがあるなら話してみてよ。解決するかもよ」


 どうしたらあーちゃんが死ぬ以外の選択肢を掴んでくれるか、必死に考えた。けれどあーちゃんの辛さはあーちゃんにしかわからない。私にできることがあるのだろうか。いや、あってほしいと願いながら、声をかけた。


「うるさい!邪魔しないでって言ってるでしょ!」


 あーちゃんは声を荒げた。こんなに乱れたあーちゃんを初めて見た。ふと視線を下にやると、やや黄色くなった体育用のマットが一面に敷かれていた。もしあーちゃんが飛び降りてしまったら。こんなマットじゃどうしようもない。死を吸収する力をマットは持っていないことを、あーちゃんもきっとわかっていた。だから、踏み出した。足を、地から離した。


 私は何も考えていなかった。けれど体は勝手に動いた。あーちゃんを引っ張るように、咄嗟に腕を持って、私はあーちゃんのランドセルになったみたいに捕まった。重力に逆らうようにして、どうせ落ちるならあーちゃんへの衝撃を最小限にしようと必死だった。ジェットコースターよりは遅く落ちるあーちゃんは、泣きながら「なんでよ。どうして。邪魔しないで」をずっと繰り返した。私は何が正しいのか、わからなくなった。


 その後は、あーちゃんを救った生徒として、学校中からヒーロー扱いされた。先生たちも私を褒めて、授業中の浮遊も怒られなくなった。友達もできた。10分休憩も昼休みも、ひとりじゃなくなった。

 けれどあーちゃんは学校に来なくなった。みんなも先生も、あーちゃんはもとからいなかったかのように、今まで通り、普通に、当たり前に、過ごした。

 私はまた、何が正しくて何が正しくないのか、わからなくなった。

飛び降りは危険

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