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歯の妖精さんビジネス

作者: 村崎羯諦

「歯の妖精って知ってるか? ヨーロッパなんかで言い伝えられてる伝承でな、子供の抜けた乳歯を枕の下に置いてたら、妖精さんがコインと交換してくれるってやつなんだ。社長はその伝承をヒントに、このビジネスを考えついたらしい。今俺たちがやってるような、子供の抜けた乳歯を各家庭から買い取るってビジネスをな」


 買い取り先に向かっている道中。助手席に座る職場の先輩、徳橋さんがそう教えてくれる。へえ、そうなんですか。俺は新人らしく丁寧に相槌を打ち、会話のキャッチボールを行う。カーナビがピロリと効果音を鳴らし、次の交差点を左折するようにと指示を出す。


「面接で仕事の内容は聞いた時は冗談だと思ってたんですけどね。まさか、本当にこういうビジネスがあるなんて驚きですよ。というか、買い取った歯ってどうしてるんですか? 買取専門の部署の俺が気にする話じゃないですけど」


 先輩が胸ポケットから電子タバコを取り出し、口にくわえる。


「半分は、歯科大学や歯科医院に実習や乳児用入れ歯に流してる」

「残り半分は?」

「残り半分は、そういうのが好きなマニアに高値で売ってる」

「子どもの乳歯なんて需要あるんですか?」

「お前は若いから知らないかもしれないけど、世の中には子供の乳歯でしか興奮できないような変態が結構多いんだぞ」


 太客の一人なんかは、乳歯を子供と同じ背丈の人形の口に埋め込み、その人形と口の中を毎日舐めまわしているらしいぜ、と徳橋さんが裏話を教えてくれた。そういう変態の方がこっちの言い値で買い取ってくれるから美味しいんだ、と徳橋さんが品の悪い笑い声をあげる。へーと俺は気のない返事を返した。


 それから俺と徳橋さんは雑談をしながら、乳歯の買取先、すなわち小さな子どものいる一般家庭を訪問していった。相場は基本的に一本一万円。状態によってはそこから買取価格を上げたり下げたりする。一般家庭の方から買取依頼が来ることもあれば、裏ルートを通じて、小さな子どもいる家庭を調べ上げ、こちらから営業をかけることもある。家のチャイムを鳴らし、玄関先で抜けたばかりの子供の乳歯を受け取る。受け取りを確認した後で、その場で現金で渡す。これの繰り返し。思ったよりは楽ですねと軽口を叩いた俺に、基本はな、と徳橋さんがにやりと不敵な笑みを浮かべる。


「色々と面倒な相手もいるんだよ。例えば、次の訪問先のやつとかな」


 俺は都心から少し離れた住宅街に建つある一軒家の前に車を止める。徳橋さんがシートベルトを外しながら、勉強のためにもよく見とけよと言ってくる。徳橋さんを先頭に、手入れのされてない庭を抜け、錆びついた玄関のチャイムをならす。徳橋さんが「トゥースフェアリーの徳橋です」とチャイム越しに伝えると、すぐさま中からどたどたと足音が聞こえてきた。


 玄関が開き、家の中から気の弱そうな痩せた中年男性が姿を現す。お邪魔します、と徳橋さんは了解も得ずに家の中に上がり込む。俺は少しだけ迷ったあとで続いて中に入り、玄関の扉を閉める。


「すいません……徳橋さん。まだうちの息子の歯はまだ抜けないようでして……」


 おずおずとそう説明する男に、徳橋さんがおおげさにため息をはき、肩をすくめる。


「困るんでよねー、新城さん。こっちは新城さんのお子さんの歯が今日までに少なくとも五本の乳歯が抜けてるっていう前提で、例外的にお金を前払いさせてもらったんですよ。本当は認められていないのを私が上司を無理やり説得したんです。私の顔に泥を塗るおつもりですか?」

「いえ、そんなつもりは……。ただ、子供の歯ですからいつ抜けるのかはわからないんです。ですが、いずれは抜けますので、それまで待ってくだされば……。歯もぐらぐらしてますし、もう少しで抜けそうなんです。あと一ヶ月ほど待っていただけたら、きっと準備できると思います」

「へえ、あと一ヶ月は待ってくれと。じゃあ、聞きますけどね、どうして代金の前払いを私たちに頼んだんですか。私は待てないと新城さんが言うから代金を前払いしたんです。それなのに、私たちが待てないというのは、勘弁してくれ。都合が良すぎるんとちゃいまっか?」

「そ、それは……」


 新城さんの額からじわりと汗が吹き出していくのがわかる。徳橋さんは追撃の手を緩めず、どんどん彼を追いつめていく。


「もう話になりませんわ。私はまだ優しい人間やからこれで済んでますけどな、これは立派な契約不履行でっせ。この買い取りのお話はもうご破算ということで、先払いした20万円、そのうち、すでに買い取った三本の乳歯分を除いた、十七万円。この場で返してもらいましょっか」

「そ、そんな……この場でなんて無理です」

「無理ですで話が済むと思ってんのか!! 四の五の言わずに、前払いした代金か乳歯を耳揃えて出さんかい!! ボケ!!」


 徳橋さんが突然大声をあげる。新城さんが身体をびくりと震わせた。どうしたらいいでしょうか。新城さんが今にも泣きそうな表情で聞いてくる。徳橋さんは鋭い目で睨みつけながら、こう説明する。自分たちは今日引き取る予定の乳歯五本を受け取るまで帰らない。しかし、こちらとしては乳歯を用意してくれたら何の文句もないし、その用意の仕方については何の口も挟まない、と。わかるよな。徳橋さんは新城さんにそう念を押す。新城さんがおずおずとうなづく。そして、わかりましたと震える声で返事を返し、ふらふらとした足取りで部屋の奥へと歩いていった。


「ぎゃーーーーーーー」


 しばらくして、家の奥から子供の叫び声が聞こえてくる。そして、洗い場で水が流れる音がして、ようやく新城さんが玄関に姿を表す。彼の右手には、水で綺麗に洗われた五本の乳歯が握られていた。徳橋さんは一本ずつきちんと本物かどうか確かめてから袋に入れ、確かに受け取りましたと受け取り書を切る。


「それではまた一ヶ月後、よろしくお願いしまっせ」


 徳橋さんがそう言い、俺と一緒に車へと戻る。運転席に座り、シートベルトをかける。助手席に徳橋さんが同じように乗り込み、シートベルトをかけた。そして、俺は先ほどからずっと胸に抱えていたもやもやを徳橋さんにぶつけた。


「どうして途中から関西弁だったんですか?」


 徳橋さんが答える。


「いや、その方が雰囲気がでるやん」


****


 その後も俺が勤める会社はこのビジネスを軸に業績を伸ばし続けていたが、結局悪徳金融まがいの行為が日本ユニセフ協会などから問題視され、子供の乳歯を買い上げるビジネスは禁止、結果として会社も解散となってしまった。


「何か他にお金になりそうなビジネスってありませんかね?」


 無職になった俺は、同じ境遇の徳橋さんに問いかける。そうだなぁ。腕を組み、考えを巡らせ、それから徳橋さんはこう答えた。


「生意気なガキを懲らしめて聞き分けの良い子どもにするビジネス、なまはげビジネスなんてのはどうだ?」

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