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星方陣撃剣録  作者: 白雪
第一部 紅い玲瓏 第十七章 浮かび上がる陰
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浮かび上がる陰第四章「光輪(こうりん)の雫(しずく)」

登場人物

双剣士であり陰陽師でもある、「土気」を司る麒麟きりん神に認められし者・赤ノ宮の名字を改めた九字紫苑くじ・しおん。強大な力を秘める瞳、星晶睛せいしょうせいの持ち主で、「水気」を司る玄武げんぶ神に認められし者、紫苑と結婚している露雩ろう

紫苑の炎の式神で、霄瀾の父親になった、「火気」を司る朱雀すざく神に認められし者・精霊王・出雲いずも。神器の竪琴・水鏡すいきょうの調べを持つ、出雲の子供にしてもらった、竪琴弾きの子供・霄瀾しょうらん。帝の一人娘で、神器の鏡・海月かいげつと、神器の聖弓・六薙ろくなぎまたの名を弦楽器の神器・聖紋弦せいもんげんの使い手・空竜くりゅう姫。聖水「閼伽あか」を出せる、「魔族王」であり格闘家の青年で、はちまきの神器・淵泉えんせんうつわの持ち主の、「金気」を司る白虎びゃっこ神に認められし者・閼嵐あらん。輪の神器・楽宝円がくほうえんを持ち、「木気」を司る青龍せいりゅう神に認められた、忍の者・霧府麻沚芭きりふ・ましば。人形師の下与芯かよしんによって人喪志国ひともしこくの開奈姫に似せて作られた、槍使いの人形機械・氷雨ひさめ

病弱なため帝になれなかった、帝の兄・日宮ひのみや。日宮の息子で、空竜の婚約者・当滴あってき。空竜の元女官・定菜枝てなえ

 朱い仮面の神の二人の祝女はふりめ晴魔はるま雨魔うま

 剣姫の血を欲する竜・浜金ひきん




第四章  光輪こうりんしずく



 地面に、百メートル四方の立方体の形の穴が開いていた。各辺から十メートルの内側に、高さが地面と同じ直方体が存在していた。その上に、一辺が八十メートルの立方体の建物が載っていた。

 紫苑が近づくと、光の橋がかかった。迷わず進む後に、露雩、出雲、閼嵐、麻沚芭が続く。

「えっ? みんな、なんで空中を歩いてるのよお?」

 空竜と霄瀾と氷雨が、驚いた様子でその場に立ち尽くしていた。

「光の橋があるだろ」

 振り返る出雲に、空竜が口を尖らせた。

「そんなもの、ないわよお!」

 紫苑は驚いたが、この四人が必要だから光の橋が見えたのだとわかった。

「三人は、そこで待っていて。……気長に」

 中がどうなっているかわからないので、紫苑はそう言うしかなかった。

「なによお、これえ……」

 男四人を引き連れて建物の中に入る紫苑を見て、空竜が腰に両手を当てた。

 建物の中は、夜のように暗かった。上方は星のような光がちりばめてあって、土の地面をほのかに照らしている。

 その星々から、歌が降ってきた。

『知恵は、堅くて骨のよう。知恵を持たない者は、土の塊のようにすぐ崩れる。ようこそ、知恵が支配する大地へ。ここに足を踏み入れた人は、自分の知恵に応じて盾が与えられるよ、知恵があればあるほど耐久度が高いよ』

 紫苑ら五人の右手に、丸い盾が現れた。

『最高の知恵を手に入れられるのは、誰かな?』

 地面の土が、さああ……と、ひいた。人間や魔物のぼろぼろの塊になったものが、そこら中に転がっていた。「土の塊のようにすぐ崩れ」たあとだ。

 露雩たちは、紫苑から一歩下がった。

「光輪の雫の試練は、紫苑に任せた。オレたちは見守るよ」

 すると、星の歌が降ってきた。

『神様は特等席へどうぞ!』

 四人は四方に飛ばされた。玄武げんぶの露雩が正方形の北の一面、青龍せいりゅうの麻沚芭が東の一面、朱雀すざくの出雲が南の一面、白虎びゃっこの閼嵐が西の一面を背に、中央に向かって立っていた。

『神器に神気を入れてね!』

 光っていて何もわからない中央に向けて、四人の盾は四人の神の神気を送り始めた。

「この盾は、何に使うの?」

 紫苑は上空の星に向かって尋ねた。答えの代わりに、地面から紫苑の背丈の半分の長さのダンゴムシが、土を盛り上がらせながら這い出てきた。ざっと十匹はいるだろうか。そして、紫苑を見つけると、飛びかかってきた。

「えっ!? 何が目的なの!?」

 紫苑は盾で虫を払った。虫は軽く、存在がないかと思われるほどだ。しかし、虫は起き上がると、怒って口から汁を振りまいた。足元の塊にかかると、塊はさらにぼろぼろの土と化していった。

「あの毒汁にかかってはいけない。挑戦者はみんなあれでやられたんだわ。それなら、ほのお月命陣げつめいじん!」

 三日月形の炎が、ダンゴムシを三匹燃やした。しかし、その焼け焦げて崩れたいくつもの塊が再生して、その数の分だけ、新しいダンゴムシになった。三匹が十八匹に増え、わらわらと歩きだす。

「炎でも消せない、増殖する敵!?」

 神の力は今、借りられない。

 自分の知る技の中で最適なものを選ばなければ、この八十メートル四方の建物が大量に分裂したダンゴムシで埋まり、死を受ける。

「無駄な攻撃はできない……か」

 紫苑の知恵が問われているのだ。盾を持つ右手が汗ばんだ。


「ここ、どこなんだろうね」

 百メートル四方の周りを見回しながら、霄瀾が膝を曲げずに、一歩一歩とーんとーんと、のんびりと歩いた。

 氷雨は一行の周りを囲む急峻きゅうしゅんな岩肌の山々に何の草木もなく、鳥一羽いないのを見て、答えた。

「まだ竜の国かもしれないな」

 空竜は山々を注意深く見渡した。

「そうねえ……こういう等高線は私の記憶にはないわあ。人間はすべての地形を知っているわけじゃないものお。ここは隠された地の一つなんだわあ」

「神の前には何も隠し通すことはできぬぞ。空竜姫」

 突然、空竜たちから百メートル離れた山の中腹に、日宮が現れた。そして、その下にあっという間に鬼人が次々と現れ、山の斜面を埋め尽くした。その数、五百体。彼らが形作る三角形の頂点、一番高い場所からこちらを見下ろしている日宮に、空竜は真っ青になった。

「なぜここがわかったの!? 定菜枝てなえは!?」

 日宮が呆れたように笑った。

「いつの情報を言っているのだ? あの裏切り者など、とっくに殺してある。ここの情報は、我が偉大なる神のお力で探し当てたものだ。晴魔はるま雨魔うま一目曾遊陣ひとめそうゆうじんで空竜姫のもとへ来たわけだ。血を失って二人は休んでいるがな。四神のいない今、姫をさらうのはわけのないこと! 神器を得て出て来た剣姫も、その他四人も、血を奪ってやる!」

「定菜枝が、死んだ……!!」

 空竜の目に、幼い頃に見た定菜枝の顔が浮かんだ。晴魔と雨魔の呪いに対抗するため光輪こうりんしずくが必要だった。空竜は間に合わなかったのだ。

「私のために生きられる人を、守れなかった……!!」

 定菜枝が忍であったことを知らない空竜は、唇を強く内側に入れた。

 日宮が高みから見下ろした。

「さて、四神もいない。残っているのは一行のおまけの三人だ。お前たち、さっさと終わらせろ!」

 それを合図に、鬼人きじんたちが山から雪崩なだれのように押し寄せてきた。

「(試練を受けている中の五人を守り、三人で生き残るためには、私が指揮をとるしかない!)」

 空竜は叫んだ。

「霄瀾は三人の防御! 私は術攻撃を中心に防ぐ! 氷雨は日宮を目指して突撃! 行けっ!!」

 氷雨が、鬼人の群れの中に突進していった。

 霄瀾は、竪琴の神器・水鏡すいきょうの調べで聖曲「幻魔の調べ」を奏で、三人の幻を数多く出して、鬼人の攻撃を分散させる。

 空竜も聖弓・六薙ろくなぎを放ち、近づいてきた鬼人を一度に六体貫いて、遠くへ放る。

 日宮は余裕でその様子を眺めていた。鬼人の耐久力が高く、空竜と氷雨の一度や二度の攻撃では倒れなかったからである。しかし、だからこそ、すぐに結果を出せない鬼人にいらった。足元の術者の鬼人に、唾を飛ばした。

「あの幻を、打ち消せ!」

 術者は、相手を眠らせる術を、霄瀾のすべての幻に放った。

 灰色のもやが飛んできたとき、六薙ろくなぎの矢でも消滅させられないと見るや、空竜は霄瀾の前に出た。

「空竜姫か。連れ出すとき暴れなくて好都合だ」

 日宮の見ている中、空竜は服の下から、平たくて満月のように丸い鏡を取り出した。灰色のもやは完全に跳ね返され、日宮のそばの術者を襲い、眠らせた。

「!! 神器・海月かいげつの完全反射!! これが……これか!!」

 日宮の顔が、青黒い目の周り以外、紅潮しだした。

「おい!! あの空竜姫に術を放て!! 多少傷ついても構わん!! やれ!! やれー!!」

 木火土金水のそれぞれの術者の鬼人が、もやが跳ね返った地点へ次々と術を放つ。

「くっ! くっ!」

 空竜が海月の鏡で術を跳ね返すたび、日宮の体が、鼻息で浮き上がらんばかりに跳ねる。

「もっと見たい、もっと見たい!!」

 跳ね返されて鬼人が術に巻きこまれても、目に入らない。これが息子のものになると思うと、笑いが止まらない。その息子を意のままに操るのは、自分だからだ。

「この力で、私は地上の王になるのだー!!」

 日宮の高笑いが、山々を伝って上空へ響きあがる。


 ダンゴムシは、百匹に増えていた。失敗して分裂しないよう、紫苑は注意深く五行それぞれの術を試したつもりだったが、どれも不正解であった。

 毒汁と突進を盾で払いのけながら、紫苑は考えた。この空間では、盾しか与えられなかった。紫苑は、剣を持たせなかったということは、自分で倒す武器を見つけることが、ここで求められた「知恵」なのだと思っていた。だが、もしかしたら違うのかもしれない。

 剣を持たない、つまり「攻撃をしない」ということが、知恵の極意ということなのではないか?

 紫苑は攻撃方法を思考するのをやめ、盾の構えを解いてみた。だが、虫の突進と毒汁はやまなかった。

「こちらが攻撃をやめても意味がないか……。話し合いも無理、こちらの事情にも無関心。……! そうか、まるで聞く耳を持たない相手には……!」

 紫苑は盾に意識を集中してみた。丸い盾の表面が、鏡のように磨かれていった。

「やっぱり、私の知恵で変化すると思ったわ。空竜の神器・海月を、私がここで出せるとはね!」

 ダンゴムシは自分の姿が鏡に映っているとは思っていない。敵だと思って毒汁を吹いた。今この神器・海月は、紫苑の想像力で、術だけでなくすべての攻撃を跳ね返すように作られている。毒汁はダンゴムシに完全に返り、ダンゴムシはぼろぼろの土と化していった。自分の毒は、自分の中で最強であるがゆえに、防げないのだ。相手にしか放たない武器から身を守る必要など、なかったからである。

 ダンゴムシたちは一瞬、起きたことを理解できなかった。突進してみると、海月の盾に触れたとたん、自分と同じ勢いで衝突を受け、弾き飛ばされた。

 紫苑は、盾を振ってもいない。ただ当てただけである。

 ダンゴムシたちは、混乱して、わけもわからず走り回り始めた。

「誰も倒せず、相手に傷を与えるほど増えるなら、その存在を殺せるのはその存在しかない。自滅してもらうわよ! 虫ども!!」

 ダンゴムシたちは状況を変えようと襲いかかってきては、自分の攻撃で消耗し、消滅していった。紫苑はただ鏡の盾を構えているだけである。

「むやみに攻撃して敵を作るのは、知恵のある行いではない。現に『敵は分裂し、増えた』。だが向こうから刃向かってきて、道理が通じない相手には、完全なる事実と証拠で防御を固め、その反動で相手を自滅させればいいんだ」

 ダンゴムシは、自分の攻撃ですべてぼろぼろの土になった。

「お見事。知恵ある人」

 建物の中心に、直径十メートルの月色の球体が浮かんでいた。そこから月色の漏斗ろうとの中に一滴、また一滴と、月色のしずくが落ちている。それを守るように赤目の白蛇が囲っている。

「ここはこの世で唯一、月の雫がしたたり落ちる地。よくここまでたどり着きましたね。ここに神器がありますよ。ところで、あなたは敵を自滅させると、たくさんの命を救えますよ。どういうことだか、わかりますか?」

 白蛇に問われて、近づこうとした紫苑は立ち止まって考えた。

「ダンゴムシたちが死んで、救われる命……?」

 誰も倒せない相手に、踏みにじられる人はいるだろう。しかも攻撃すると、敵は「分裂し、増えた」。自分の思想を吹きこんで、仲間を増やしたのだ。おそらく、何の思想も思考も持たない、何も考えたことのない人間を中心に、洗脳して。

 紫苑は返答した。

「自分の意見を持たない人間は、世界に関わる資格がなく、善であろうと悪であろうと、強く主張する人間に言いくるめられ、操り人形の一体にされてしまう。敵を攻撃して殺すより、敵の理論を殺せば、操り人形の中で気づいた者は、この自分が人生を預けている相手とその一派は、自分たちの理論が負けたのに反論もできずにいるから、自分の一生を支えられるだけの強さを持っていない、と、離れられる。

 一度しかない人生を、世界の敗者の道理で消費させられることほどの『殺人』はない。

 社会を混乱させる意図で主張される嘘、一部の者の利益のために真実を曲げた偽り、それを言う仕事をしている者の人生も世界に何も成さないために死んでいるが、洗脳されて同調する者も、共に殺されている。人の可能性ある人生を潰し殺すことほど、悪の殺人はない。この敵の理論が自滅で死ねば、誰も反論を出しようがない。だから最も多く、人生を殺された操り人形が目を覚ます。そういうことでしょうか」

 白蛇は満足げに動いた。

「さすが、ここまで来るからには自分の答えがありますね。私に答えを聞かないのが正解ですよ。神器を前にして、普通は気が緩んで、私に尋ねて甘えるものです。しかし、重要な問いはいつもどこにあるかわからない。それをお忘れなく」

 紫苑は剣姫として戦うときから、それがわかっていた。命のやり取りは、どんな一秒も気を抜かないものだ。それが人生においても同じだったということだ。

 白蛇が漏斗ろうとから離れると、雫が落ちる場所に、赤い水晶球が存在していた。

「この赤い水晶球を、漏斗の上に載せてください」

 紫苑がその通りにすると、浮かんでいる月が平たくなり始め、薄い円盤になり、それから円周を残して中が三日月へと欠けだした。そして下がって赤い水晶球を円の中心に浮かばせると、円周に沿って同じ大きさのひし形の光線を十個出した。漏斗が伸び、紫苑の身長より少し長い杖になった。

「さあ、手に取りなさい、知恵ある人! これこそが神器・光輪こうりんしずくです!」

 白蛇が紫苑に向かって伸びあがった。

「既に四神の気が納まっている……祝女はふりめの神器!」

 紫苑は光輪の雫を手に取った。


 空竜の神器・六薙ろくなぎのもう一つの姿、楽器の聖紋弦せいもんげんの聖曲で傷を回復させ続けながら、氷雨は日宮のもとへ一直線に駆けていく。兵力の少ない方は、敵将を討ち取るしか、早く勝利する方法がない。大量破壊攻撃法があれば別だが、術もなく四神もいない今、取れる戦法は敵将日宮を速やかに殺し、将軍・伝令を軒並のきなみ殺し、組織の命令系統の伝達の方法を断つことである。指示を受けていない軍など、いくらでもほふれる。特に、正常な思考を剝奪された戦闘生命体にあっては、欲望のままにばらばらに戦って、何の戦略も思いつかないであろう。

 氷雨の前に、日宮を守る象ほどの巨体の鬼人軍が立ちはだかった。その間に、日宮は場所を変えるために逃げていく。

「チッ!」

 氷雨の槍と鬼人の大剣が交わった。

 両者一歩も退かない。別の鬼人が大剣を振り下ろした。氷雨は横走りで上体をそらしてよけると、槍を払った。浅い切り傷しか与えられなかった。

「(力では負けないが、おそろしく頑丈だ。素早く日宮を仕留めなければならないのに……!)」

 焦る氷雨の背中に、水気の術が炸裂した。

 しかし、氷雨は無傷だった。術者の鬼人たちに、動揺が広がる。

「(私は下与芯かよしん様によって、五行の魔石で作られた。だから、五行の術はかない。教えてやることもないが)」

 氷雨は術者を無視して、巨体鬼人と再び戦い始めた。そのとき、空竜の悲鳴が聞こえた。

 幻の中から、偶然本物の空竜に行き当たり、鬼人が片手で空竜の頭をつかみあげていた。

「いいぞ! こちらへ連れて来い!」

 日宮の目は海月から離れない。

「空竜っ!!」

 戻ろうとする氷雨を、巨体鬼人たちが囲み、球遊びのように殴り飛ばしあう。

「氷雨えっ!!」

 霄瀾は一瞬で決断した。

絶起音ぜっきおん!!」

 自分を包み、空を飛んで、五人の入った建物へ急ぐ。試練で死ぬかもしれないことなど、どうでもいい。ここで自分ががんばらなかったら、空竜と氷雨が大変なことになる。

「おじいちゃん、おとうさん、みんな……! ボクに力を!」

 突入しようとしたとき、目の前に三日月が飛びこんできた。

 紫苑と、露雩、出雲、閼嵐、麻沚芭が、試練を終えて出て来たのだ。

 霄瀾の泣き出しそうな顔と周囲の殺気で、五人は瞬時に、戦争状態を理解した。

 紫苑は光輪の雫を頭上に掲げた。

ほのお月命陣げつめいじん!!」

 三日月・上弦の月・満月・下弦の月の形の炎が、雨あられと鬼人軍団に襲いかかる。炎はついに月の命に従い、力を発揮するに至ったのだ。

 空竜を運んでいた鬼人も、氷雨を殴りあっていた巨体鬼人も、燃えあがった。

 霄瀾が、焼け焦げて動かないたくさんの鬼人たちに目を丸くした。

「すごい! これがあの炎の術なの!? 前は三日月の炎一つだけだったじゃない!!」

 紫苑もその光景に驚いていた。

「この神器は、私の術の威力を何倍にも高めてくれるようなの。でも、不思議なものね。私の最も弱かった術が、月の神器の力を得ることで、火気最強の術になったわ。どんな状態のものでも、大切にしていればいつか花開くときがあるのね。そのときに気づいてあげられるかどうかは、私の責任なんだわ」

 空竜が、氷雨におんぶされて戻ってきた。

「それが光輪の雫なの! きれいな光ね!」

「もう一発やれ! 晴魔も雨魔もいないから、今が日宮を倒す好機だ!!」

 氷雨に言われて紫苑が目を走らせると、鬼人を盾にして炎を逃れた日宮が、こちらを睨みつけていた。

「ますます殺さずにはおかぬ!!」

 鬼人軍の半数が倒されたのを見て、歯ぎしりしていた。

 紫苑がゆっくりと歩いて光の橋を渡った。

「日宮。なぜ軍を率いて都へ攻め上らなかった。なぜ私たちを追って来た。お前……」

 剣姫の目になっていた。

星方陣せいほうじん剣姫わたしの世界になると困るのか……?」

 日宮はぐっと睨んだまま無言だった。権力者は、剣姫を拒み、弾圧する。なぜなら、権力者は権力を手に入れるまでに悪を行っていて、「剣姫の作る世界に生き残れない」からだ。人権? 愛? 誰も殺すな? 違う。愛を語って必死に世界を「許す世界」に誘導しなければ、権力者は新しい世界で殺されてしまうのだ。だから「全員を愛そう」と繰り返すのだ。自分が虐げた者の権利ではなく、ただただ虐げた自分が助かるために。日宮は剣姫を許さない。剣姫の世界ではその罪によって死んでいるからだ。剣姫の星方陣を何が何でも阻止しなければ、帝位も何もないのだ。

 日宮が呪った。

「人間は汚いことなしには生きられないのだ! 精一杯生きている我々を救わないというなら、お前を殺す!!」

 剣姫が怒鳴って呪いの言霊を砕き散らした。

「わからんか!! お前たちがいるから私が生まれたのだ!! お前たちの汚さで人生を潰された者たちの怨みを清算することなしに、お前たちが生き延びる資格などはない!!」

 はっきりと拒絶されて、日宮が怒り狂った。

「人の世をわからぬ、わからずやめえー!!」

 剣姫は心を変えなかった。

「このふるき人の世を変えるために私がいるのだ!! いつまでも無知なる者を踏み台にして上に立つ世界が続くと思うなよ!!」

 剣姫が、鬼人を斬りながら日宮に向かって駆けだした。

「殺せ、殺せ、殺せえー!!」

 悲鳴を上げるというより、もはや命の限り絶叫する日宮の前に、鬼人が次々と走って剣姫と対する。しかし、三撃ともたず、斬り裂かれていく。

「竜の酒のずるがなければ、お前たちなど私の敵ではないっ!!」

 剣姫が神砂かみすなも放っているのを見て、日宮は、剣姫が麒麟を封じた呪いも解いたことがわかった。日宮が真都しんと跳移陣ちょういじんの札で逃げ帰ろうとしたとき、その札を剣姫の剣圧が手からもぎ離した。

「ひっ……!!」

 逃げる手立てを失って、日宮の顔が引きつった。剣姫がゆっくりと近づいてくる。剣姫は口を開いた。

「知っている。強すぎる人間は、『この力に何の意味があるのか』と疑問に思う。自分の力に自分の言葉で解説を与えるために、つまり自分が自分を理解しようとするために、他者を『うまく使い』、支配してみたくなるのだ。人は自分を隅々まで知りたいから、他者を知り、他者と関わり、他者との違いを求める。そして人と違う力を天の使命だと思ったり、他人に勝つことに使ったりする。

 人は無目的に生きることに耐えられないからだ。『人間の理想』の愛と平和の世界では、本当は生きられないのだ。強すぎる人間は力をもてあまし、結局暴発し、『人間の理想』郷を何度も破壊するだろう。今がその世界だ」

 日宮は死の恐怖に心臓が震えるのを悟らせないように、鼻息を吹いた。

「フン、お前は一人では悪人を殺して善の世界にできないではないか、見ろ! この世界で勝っているのは我々の論理ではないか! お前など、『理想の自滅』でもしてろ!! 実現不可能なことでこの世界の勝者の論理に刃向かうな!!」

「だからこの世界には神がる」

 剣姫は静かに告げた。

「どんな善人も、悪を為せば何をしても天罰を免れることはできないという真実を世界が知れば、人は愛と平和の世界を作れる、なぜなら常に神に見られているという緊張を保つからだ。何の悩みも苦しみもない世界など、ありえない。どこかで規律がなければならない。

 そのために神が要る。善行にはい報いが、悪行には悪の報いが来る。人々の行動は緊張感を伴う。それこそがあるべき世界だ。完全な喜び、完全な自由の世界など、あってはならない。必ず力をもてあました悪人が台頭する」

 日宮が激しく首を振って目をいた。

「一秒も心が休まらず、自由のない監獄だ!! 気が狂いそうだ!! 悪魔の世界だ!!」

「完全に自由な世界を一度でも味わえば、神の『規律』のある世界がどれだけ人間を救うか、神がどれだけありがたい存在か、わかるであろう」

 日宮は受け入れられず、目を閉じて歯を剝き出した。

「監視世界など到底受け入れられぬ!! 全人類を代表して、お前の世界など未然に防いでやる!!」

 剣姫は憐れみをこめた目で日宮を見つめた。

「孤独になったとき、報われたとき、『ずっと見ていてくれた』と思える存在が、どれだけ人の心を救うか、そのときの来なかったお前には、わからないのだ」

 日宮は言葉を吐き捨てた。

「私は帝になるはずだった男だ、病気を私になすりつけた神など、とうにてたわ! 信じられるのは私だけ、私を嘲笑も哀れみもしない私だけが、民を意のままに操り、命さえ生死自由に兵にすることができる! 軍を動かす者として最強の心だ! 魔族を倒すには、全滅を覚悟しなければならないが、これだけ非情になれるのは、私だけだ!」

 剣姫は指摘した。

「神は、罪なき者の命を奪うことを赦されない。人は、弱ったとき己の本性が現れるもの。神は、お前を試していたと思わないか。弱い動植物の進化した魔族を見て、その気持ちを、病で弱ったお前がおもんぱかるか、魔族のように力をつけて他人に復讐しようと思うか、見なかったことにして日々の享楽で現実逃避するかと。

 どの自分にもなれる道の中から、お前の選んだ道は、帝になる資格を得られない道だった。

 一秒先はいつもすべての道に通じる可能性がありながら、誰の助言も聞かず、怒りの復讐という欲をかなえ続けてここまで来たというわけだ。

 神に反逆して楽しかったか? お前は名君になる機会をくれた神の問いに唾したのだ。答えがわからなかったからだ。他人への怒りと憎しみで、答えを見つける努力をしようとする心も、埋もれたのだろう。答えを見つけようと努力しないお前と、同じく答えがわからないけれども見つけようと努力する星宮、神はどちらを選ぶか? 星宮に決まっている。月宮もそうだったが、お前たち兄弟は王を誤解している。

 王は、すべてを思い通りにできる存在ではない。王は、天のことわりに従って民を導くものだ。良いことが起こる道理に導き、悪いことが起こる道理から遠ざけるよう導くものだ。社会に『完全な自由』など、あってはならない。王がいない国は、破綻する。王の責任は、重大なのだ。民と天を結ぶ、柱なのだ。生半可な欲でなれると思っているとは、おこがましいわ!!」

 日宮が血走った歯茎から血を飛ばさんばかりに叫んだ。

「長子でありながら帝になれない屈辱が、お前にわかってたまるかー!!」

 鬼人たちを再び剣姫にぶつけようとしたとき、日宮のもとに、一目曾遊陣ひとめそうゆうじんを使った伝令が現れた。

「日宮様!! 浜金ひきんが裏切りました!! 竜族軍を率いて真都を破壊しています!!」

「なにい!? 浜金……あの老いぼれ竜めがあ!! 返り討ちにしてくれるわっ!!」

 日宮は、伝令と共に跳移陣ちょういじんで真都へ消えた。生き残った他の鬼人も、次々と跳移陣の札で戻っていく。

「紫苑……」

 空竜の呼びかけに、剣姫は振り返った。

「竜族が本気なら、人族の危機だ。私たちも真都に戻ろう!」


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