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星方陣撃剣録  作者: 白雪
第一部 紅い玲瓏 第十七章 浮かび上がる陰
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浮かび上がる陰第一章「名浄国(なじょうこく)」

登場人物

双剣士であり陰陽師でもある、「土気」を司る麒麟きりん神に認められし者・赤ノ宮の名字を改めた九字紫苑くじ・しおん。強大な力を秘める瞳、星晶睛せいしょうせいの持ち主で、「水気」を司る玄武げんぶ神に認められし者、紫苑と結婚している露雩ろう

紫苑の炎の式神で、霄瀾の父親になった、「火気」を司る朱雀すざく神に認められし者・精霊王・出雲いずも。神器の竪琴・水鏡すいきょうの調べを持つ、出雲の子供にしてもらった、竪琴弾きの子供・霄瀾しょうらん。帝の一人娘で、神器の鏡・海月かいげつと、神器の聖弓・六薙ろくなぎまたの名を弦楽器の神器・聖紋弦せいもんげんの使い手・空竜くりゅう姫。聖水「閼伽あか」を出せる、「魔族王」であり格闘家の青年で、はちまきの神器・淵泉えんせんうつわの持ち主の、「金気」を司る白虎びゃっこ神に認められし者・閼嵐あらん。輪の神器・楽宝円がくほうえんを持ち、「木気」を司る青龍せいりゅう神に認められた、忍の者・霧府麻沚芭きりふ・ましば。人形師の下与芯かよしんによって人喪志国ひともしこくの開奈姫に似せて作られた、槍使いの人形機械・氷雨ひさめ

空竜の元女官・定菜枝てなえ

 剣姫の血を欲する竜・浜金ひきん


 帝の兄・日宮ひのみやの治める名浄国なじょうこくで、知の塊の竜・浜金ひきんと戦います。




第一章  名浄国なじょうこく



 紫苑たち一行は、大陸の西に来ていた。

 人族の住む西の果てであり、さらにその西は、魔族が暮らす地であった。

 人族の西の果てにある国は。

名浄国なじょうこく……。避けられないのね」

 風に吹かれた、黒炭のように滑らかですべすべした黒い前髪を押さえながら、空竜が重い声を出した。春の息吹いぶきにさそわれ枝から芽を出すような生き生きとした眉の形は、根からしおれた形になっている。

 この国は、帝位に執着する伯父おじと、空竜の婚約者でいずれ帝になる、息子の当滴あってきが支配している。

 紫苑たちが入国したことに気づけば、四神五柱・十二種の大神器・星方陣など、根掘り葉掘り聞き出そうとするに違いない。世界の秘密を知り人を支配する足しにし、英雄のおこぼれにあずかろうという、「一生秘密に関わる資格のない者」が取る行動をする。

 秘密を知る者は、言うと世界から救いが失われると知っているから、決して言わない。

「何も知らない愚か者」は、その人々のことを自分と同じ了見、つまり「秘密を持つことで英雄の地位を保っているのだ」と考え、「ずるい奴だ。自分にも英雄の仲間入りをさせろ」と短絡的に考えて、拷問をしてまで吐かせようとする。

 その結果、秘密ごとその人は死に、世界が救われるのに多くはない道が、一つ以上閉ざされる。

 権力者は、庶民と同じ無力な一人の人間である。

 金がなければ誰もついて来ない。

 それがわかっているから、支配を助ける方法が一つでも欲しいのだ。

 問題は、そういう強欲な者ほど権力をつかむ努力をし、得ていることだ。

 名浄国を治める日宮ひのみや、空竜の伯父は、その典型と言っていい。病弱な体でも、帝位に執着して、反乱を起こした。必ず息子の当滴と空竜を結婚させ、当滴に帝の位を譲れと、帝を脅しているのだ。

 自分のために他人を戦わせる何も持たない人間は、必ず横槍を入れてくる。日宮にも各国や各人を監視する間者はいる。紫苑たちのことを、既に把握している可能性が高い。

「……」

 空竜の、ひまわりの花が満開に咲いたように大きく開かれた目が、伏せった。

 紫苑も遠くの空を眺めていた。ガーネットの光彩を秘めたかと思える赤い眉が、険しかった。

 日宮を斬るかもしれない。

 剣姫には世俗の権力など関係ない。

 世界にるか、らないかだ。

 空竜が人族の中で窮地に立たされるのだとしたら、責任を取って敵対勢力をたいらげてしまうしかない――。

 いつでも追手おってから逃げられるように、空竜が作ってくれた名浄国王都・真都しんとの地図から、霄瀾が顔を上げた。ススキの穂のように黄色く細い眉が、斜めに傾いて困惑している。

「あれ? ねえ空竜、これ、攻魔国こうまこくの帝都の、攻清地こうせいちの地図じゃない」

 地図には、攻清地と同じ建物、地名、さらに、幅約百メートルの大路おおじの先にある城までもが描かれてあった。

「桜橋と拒針山きょしんさんはないみたいだが」

 出雲は、刀の精霊の刀身のようにほどよく曲がった目を地図に向けている。

 氷雨は、空竜を察して、普段、湖面がそよ風に吹かれたように優しく結んで微笑みゆるむ口唇を、素早く開いた。

「空竜の口からは言えない。敵地に入る寸前で、誰がどこで聞いているかわからない状態では、言えない」

 代わりに麻沚芭が、獣の牙のように鋭くきらめく琥珀こはく色の眼差まなざしを引き締めて、小声でしかし確実に伝わる響きで説明した。

「この都は、帝都を完全に真似していて、日宮は国を支配する帝のごっこ遊びをしているんだ。この国の地名も、全国の地名を縮小した形で名づけられている。もちろん、表向きは違う名前で中央政府に届けているけどな。いずれは全国を支配するという、意思表示なんだよ」

 露雩は、青龍せいりゅうのように猛々しくも優雅さを秘めた眉をひそめた。

「……ただ正妃の長男に産まれたというだけで、ここまで自分を買いかぶれるものなのか……」

 魔族王閼嵐は、光を反射した刃のようにひときわだいだい色に光る瞳に、蔑みを隠さなかった。

「目の前のエサを食いはぐった人間なんて、そんなものさ。自分の意のままになる家畜に八つ当たりするんだよ」

 紫苑が先頭に立った。

「真都に入るなら入るで、住民の考えも知っておかないとね」

 どこまで日宮に従っているかということは、重大なことだからである。


 名浄国王都・真都しんとは、大路に人がごった返し、一度入ったら後戻りできないほどであった。威勢のいい物売りの声、次の店を探す友人同士や家族同士の声、おんぶされた幼児、食べ歩きをする若者の集団、観光する旅人など、様々な人々が様々な目的を持って大路を歩いている。

 人族の国の西の果てまで旅し、魔族の地に少しでも近づくことは、魔族と戦おうと思う者なら、夢である。地形と天候その他戦略に必要な情報は、現地に赴くことで完成させることができるからである。

 それゆえ、「ただの旅行者です」と言う者は信用してはならない。敵地を把握し、そこを戦地にして、使える戦略を練っている、もしくはそれをする戦略家に情報を与えていると見るべきだ。

 だから、魔族の地に自分から入りこんだ人間は、まず、生きて戻ってこない。ただ人族と魔族の地の境に、食べ尽くされた骨だけが散乱している。拷問を受けて人族のことを吐かされたかどうかまでは、魔族がどう人間を食べたかわからないので定かではないが、所持品が一つもそばにないということは、魔族も人間を分析しているということであろう。

 とにかく、戦いを考える者も、旅商人も、民衆も、隣り合う魔族と「いつ戦いが起きてもおかしくない恐怖」を忘れるため、全力で賑わいを起こしているようであった。賑わいすぎるほど力の限り賑わう、「問題を解決せず別のことにその答える力を使って問題から逃げて忘れようとしてしまう状態」という意味の、『異忘いぼう』を見せていた。つまり、異なることに熱中して問題を忘れようとしているのだ。

 その異忘の尋常ならぬ熱気とは対照的に、空竜の感情は氷の塊になるように冷却していった。

「空竜、大丈夫だ。お前のことはオレたちが守る」

 閼嵐が隣に立った。日宮がどう仕掛けてくるか、わからない。空竜が不安を覚えているだろうと思ってのことだった。

「ありがとう。でもね、……日宮よりも、当滴のことを考えると、気分が沈むの……」

 決して逃れられない、結婚。

 幼い頃、婚約の儀のときに、一度だけ会ったことがある。

 ふんわりとした丸く黒い髪形に、遠くに焦点を合わせているかのような目をしていた。「はい」としか言わず、儀式の順番をすべて覚えているかのように、よそ見もせず、真正面の遠くを眺めていた。空竜を見ても、特に感想はなかったようである。

 器量は悪くはなかったが、味気ない、と、分別のつくようになったのちの空竜は思った。

 名ばかりの正妃として幽閉し、空竜のいない国を自分の裁量でまわしていくかもしれないと、本能的に危機を感じたのだろう。

 この男に身を預けたくない。

「殺される」かもしれない恐怖が空竜にはあった。

 当滴が風土病になったり暗殺されたりするのを防ぐためか、その後日宮は当滴を名浄国から出していない。だから、空竜は当滴がどう成長したのかは、知らない。

「(それでも、私の仲間にはかなわない)」

 空竜は、誇らしげに皆を後ろから眺めた。

 神や神器に選ばれ、世界の秘密・星方陣に近づくことを赦された戦士。

 何も持たずにおごりわめく世俗の権力者たちの声が、小さな鳥のさえずりに聞こえる。

「(そう、種族の王までいるんだから)」

 空竜は閼嵐と出雲を目で追って、ふと、紫苑と話している出雲を見て、胸に重しが入ったような気がした。

「……王様だったら、お姫様をさらえると思うんだけど」

 思わず呟いて、空竜は自分でもびっくりした。

 閼嵐もびっくりして、聞こえなかったことにして前を見て歩くしかなかった。

 露雩が、群衆の中でも通るよい声で、皆に言った。

「とにかく、ここでは食料と生活用品を買うのが中心だ。泊まらないからな」

 一行の本当の目的は、真都を抜けた先にある、金韻きんいん山脈である。竜の国が隠されている可能性のあるそこへ行き、竜から、十二種の大神器の残りの二つのことを尋ねるつもりなのである。

 麻沚芭も小声で皆に伝えた。

「買い終わったらみんなは都を出ていろ。オレと紫苑で情報を集めておく」

 一同が了承したそのとき。

「空竜姫様?」

 空竜の横で、向かいから歩いてきた二十代半ばくらいの女性が、足を止めた。反射的に麻沚芭と氷雨と紫苑が、すぐ武器を取り出せる態勢で、空竜のそばにつく者と女を囲む者とに分かれた。

「あ……、もしかして、ねえや!?」

 空竜の顔が、懐かしさでみるみる笑顔になった。

「ねえや?」

 きょとんとする霄瀾から順番に、その女性は、空竜の「おつきの者七人」をじっくりと丁寧に眺めては、会釈した。

「私は定菜枝てなえと申します。二十六歳です。姫様のご誕生から十年間、都でおつきの女官をいたしておりました。姫様が十才になられたときにいとまいをいたしまして、この名浄国で主人と少しの畑を持ち、様々な農家のお手伝いをして暮らしております」

 空竜が飛び上がった。

定菜枝てなえ! 結婚したの!? おめでとう、どうして手紙をくれなかったのお、お祝いの品を贈ったのに!」

「私は都を去った身です、いつまでも姫様がお気にかけていい者ではございません」

 定菜枝は、茶色く少しパサついている長髪を、背中でぱらぱらの不揃いに垂らしていたが、声はしっかりとしていて、都にいた頃の誇りを忘れていない部分が、にじみ出ていた。顔だちも、眼は小さく鋭く、鼻は高いというくっきりとした型で、賢そうな美人であった。

 麻沚芭をはじめ、一同は、この定菜枝を、果たしてどちらであろうかと思っていた。それは、空竜に正しい教育をしそうで地方に追いやられたと思われる、羽書国はかきこく宇家ううち糸子ししの一家と同じなのか、単に結婚適齢期になって自ら宮仕えをやめただけなのか、ということだ。

「お忍びですね? 何かお手伝いいたしましょうか?」

 定菜枝の家は、真都の外れにある。真都の話を聞くのに、一同は定菜枝と空竜のあとを、ついていくことになった。

 その間にも、空竜は定菜枝がいかに女官として幼い空竜の駄々につきあってくれたかということを、嬉しそうに話した。

 昔のことを思い出して楽しい、という以上のはしゃぎぶりだった。

 空竜は明確に意識していなかったが、定菜枝は常に、「こちらはいかがですか」「これはどう思われますか」と、空竜に意見を求めたのだ。納得するしないにかかわらずしきたりを押しつけられ、誰も空竜に女帝を期待していない空気が支配していた部屋で、空竜は本能的にとても嬉しかったのだ。

 しかし、空竜が十才のとき、このねえやは理由も告げずに空竜のもとから突然去ってしまった。

「感染病を得てしまったのでございます。幼い姫様にうつしてはと、ただちに都を出たのです。心配された姫様が使いをよこされてはいけないので、接触を断つために、何もお知らせしなかったのです。今はもう薬で治っていますよ」

 定菜枝の家についた。薄汚れて粉をふいた板が、すきまだらけに打ちつけてあって、小屋を形作っている。外には一辺約十メートルの、いびつな線の四角い畑がある。

 中は、農具を置く土間と、いろりのある居間が、同じ広さで並んで存在していた。

 居間では、ござを敷いて、手ぬぐいを目の上に載せて横たわった、泥のついた着物を着ている男が、仮眠をとっていた。

「あんた。畑の手入れは終わったの?」

 定菜枝が優しく声をかけた。夫と思われる男は、ゆっくりと手ぬぐいを取った。

「姫様。この人は私の夫で、代鋭しろえいです。あんた、このお方はいつも話していた、私の昔のご主人様よ。ご挨拶してくださいな」

 代鋭は息を呑んで飛び起き、ははあーと額を床にこすりつけた。手足の細い、色白の男であった。

「少しお話をさせてくれませんか。私たちはすぐちますから」

 空竜は、代鋭に声をかけた。麻沚芭は、こちらの名前は明かせないということと、旅の目的も言えないということを先に宣言した。

「でないと拷問される。元女官ならわかるな」

 定菜枝は、日宮のことを想像してうなずいた。

 金韻山脈まで、大人の足で一日かかること。

 真都の人々は日宮と当滴を好きでもないし嫌いでもない、つまり今日ある自分の命の方に夢中で、王に関心がないこと。

 日宮は軍隊の訓練を欠かさず、当滴については、それに常につき従っている以外は話らしい話はないことを、定菜枝は話した。

 その間、視線が時折八人の武器と持ち物――神器に向けられていた。そして、控えめに尋ねた。

「姫様……その弓は、当滴様とのご婚約の儀に誓いの品とされた、聖弓・六薙ろくなぎかと思われますが。都の外に持ち出されて良いのですか?」

 空竜はふふんとそれなりにある胸を反らした。

「大丈夫よ定菜枝! 私、きちんと扱えるようになったんだからあ! すっごいでしょ? 私、けっこう強くなっちゃったんだからあ!」

 定菜枝の顔がこわった。

「……それはおめでとうございます。大きくなられましたね」

 お辞儀から顔を上げた定菜枝は、何かの感情の混ざった笑みを浮かべていた。

 代鋭が口を開いた。

「皆様、どうかごゆっくり。定菜枝、オレは薬をもらいに行ってくる」

 会釈して立ち上がる代鋭に、空竜が声をかけた。

「何か病なのですか?」

「いえ、姫様、……」

 定菜枝が少し口ごもった。

「……お恥ずかしい話ですが、今ある畑からの収穫では、とても暮らしていけないのです。実りが増えるという畑の薬をもらいに行くのです。運命うんめいあやつり様のところまで」

「運命操師?」

 紫苑が聞き返した。

「どんな運命も、運命操師様のお力を借りれば、変えられるそうです。日宮様もご支援なさっておられるので、民は皆、信用しておりますよ。実際、魔族に致命傷を負わされた兵士が生き延びましたし、病気もたくさん治っていますよ。本人たちをこの目で見ました」

 何の疑いもなく、にこやかに、定菜枝が説明した。

「もしほんとうなら、紫苑の運命も変えられるの……!?」

 霄瀾は思わず神器・水鏡すいきょうの調べの重みに集中した。自分が苦しんで得てきたものを全部なかったことにするなど、考えたくもない。

 紫苑は、何一つ動かなかった。ただ、口だけが、代鋭に同行させてほしいと言った。

 一行は、運命操師をうさんくさいと思うと同時に、恐れてもいる。もし本物なら、八人の道を乱されて、共に旅ができなくなる可能性もありうるからだ。だが、日宮の息のかかった者がどういう者かは調べなければならない。いざというときは四神五柱の顕現で瞬殺するつもりでいる。

「気に入らない職業だな」

 剣姫的思考で、妻は夫にだけ真情を吐露した。

「どうするのかは知らないが、私は他人に道を決められるのは大嫌いだ。剣姫は神が与えた運命だから、おとなしく受け入れかつ抗っているまでのこと。不完全な人間風情に道を指し示されることほど殺意のわくものはない。そんな道を歩いたら、苦難に遭ったとき、その道を示した人間の程度以上の果実は得られぬとわかっているから、私は戦うのをやめてすべてに無気力になるだろう。

 神が与えた運命だから、報われる日を夢見て戦うのだ。人間が与えた運命など、生きている意味がない。自分が戦った先に何があるのか見たいから、人は生きていこうとするのだ」

 露雩は紫苑の頭をそっとなでた。

「辛い人生の苦しみを和らげてくれるものは、自分で見つける。自分のことは、自分にしかわからないからね。他人にすがったら、失敗しても成功しても、自分を捨てたことを後悔する」

「見極めねばならない。“人殺し”かどうか」

 紫苑は世界の心を汚す者を許さない。

 彼女の瞳は釘を打ったように定まっている。


 代鋭と定菜枝は、運命操師の小屋に到着した。直方体の木組みに布を地面までかぶせただけの、明かり取りも何もない小屋であった。三十人ほどが列をなしている。何人かに一人は真っ青な顔をしたり、地面にぐったり座りこんでいたり、息切れしたりしていて、家族が付き添っていた。

 紫苑はさっそく動いた。自分は運命操師に救ってもらおうかどうしようか迷っている、どれだけのお力があるのか教えてほしい、と行列の人々に聞いてまわったのだ。

 人というものは、仲間を増やすのが好きな生き物である。

“信者”を増やすために、行列の人々は丁寧に、しかも熱心に詳しく教えてくれた。

 ある者は、病気が治り、しかも今まで風邪一つひかない丈夫な体になった。ある者は傷による絶え間ない激痛から解放された。ある者は病気を起こしてもらって、家族、職場、大人としての責任など、あらゆる束縛から一時期離れることができた。ある者は国家への義務である苦役に耐えきれず、病気を起こしてもらって休暇がとれた。

 病気になっても大丈夫。もっと丈夫な体になって、治してもらえるから。

 元の生活に戻りたくないときや、期待されることから逃げ続けたいなら、病気を治さない選択もできる。

「私たち自身の手で、運命の選択ができるのです! なんと素晴らしいことでしょう!」

 行列の人々は目を輝かせていた。

「……」

 紫苑は呆れて返事をする気が失せた。人は、毎秒、運命の選択をしている。「何も決めさせてくれない」と思う人生とは、そいつが「何も考えていない」だけだ。人は、与えられた環境と、自分の持っているもので工夫して生きるようにできている。何かが欲しいなら、自分で考えて工夫するしかない。

 病気で自分を他人からも自分からも諦めさせて逃げるというのは、自分を捨てるのと同じだ。病気は、体が「休みたい」と叫んでいる悲鳴だ。自分から病気になって体を痛めつけることに走るなど、自分への愚かなる裏切りだ。病気で苦しんでいる人を馬鹿にしている。

 運命操師の力で病気が治るというのも、喜ばしいことだが、人間がかかる病気に一つもかからなくなるというのは、人間以外の何かに改造しているとしか思えない。

 そして彼らは、神の代わりに、運命を思い通りに決めている。

 それは次のことを引き起こす。運命操師によって与えられた運命、「希望」と「休暇」は、過去の自分と現在の自分を切断してしまうのだ。誰も問題を解かない。ただ、「逃げればいい」からだ。

 苦しんでいたときの自分を、解決方法も考えないまま、雑な記憶の中に投げこむ。切断しているから、忘れても構わない。ただ、運命操師さえいればいい。

 それより、望みのかなった今を生きよう。

「逃げることしか教えない、そんなものは運命でもなんでもない! 戦わない者は死ぬか操り人形になるかだけだ! 人々を殺していやあがる……!!」

 紫苑の目は完全に定まり、定菜枝夫婦そして仲間たちは、運命操師の小屋に入った。

 中は、ろうそくが一本灯してあるだけで、その周囲以外は暗がりだった。机の高さほどの箱が一つ置かれていて、そこにそのろうそくと、拡大鏡が置いてあった。

 そして、その向かいに、その目が紫苑の目と真正面に合うほど巨大な、丸々と太った猿が、どっしりと座っていた。ぜい肉がよくついていて、本当に丸のような形をしていた。

 猿なのか猿に似た人間なのかと思っている空竜の目の前で、定菜枝と代鋭の夫婦がひざまずいた。

「運命操師様、おかげさまで畑の作物は順調に育っております。つきましてはまた、畑の薬をどうかお譲りください」

 猿は甲高い声でうむとうなずいた。

「そなたの畑の実りを、楽しみにしておるぞ」

 猿と同じきいきい声でしゃべった。そして、机代わりの箱を観音開きに開いて、中からてのひらに収まる大きさの袋を出した。中に薬が入っているらしく、代鋭がうやうやしく受け取った。

「そなたたちは、何が望みだな?」

 猿は、“そなたたち”と言っておきながら、紫苑としか目を合わせなかった。見透かそうとする光を放っている。

「すべての者に、この薬を?」

 紫苑はまばたきもせず、目で射返した。

「さよう。わしの念力をこめた特別な薬だ。望みによって念を変える。そなたたちは、何が望みだな?」

 猿も目をらさない。

「運命を変えたあと、彼らはどうなった? 『無事に』一生を送れたのか?」

 紫苑が笑いだすと同時に、猿も含み笑いをしだした。二人はひとしきり笑った。

 そこへ女が転がりこんできた。

「運命操師様!! 私の夫は、病気にしてもらって一週間がたちますが、急に容態が悪化しました!! このままでは危ないそうなので、治す薬をください!! 早く!!」

 しかし、猿は動かない。紫苑を見たままである。女は泣き叫ぶ。

「運命操師様!! なぜ何もおっしゃらないのですか!! 何人かは病気からの回復を願っても薬を与えられず、病死したと聞きます!! 私の夫も見殺しになさるのですか!! 病気を与えておいて、回復させないなんて、むごい!!」

 紫苑が顎を上げた。

「運命操師、薬を与えるがいい。それとも、私に薬の成分を見破られるのは都合が悪いか。この女はもう一つ重大なことを言った。お前でも救えない者がいると。だが、本当に救えないのか? 『救わない』だけではないのか? お前が救わなかった人間たちを調べれば、お前の考えが読めるな――」

 そのとき、突然運命操師が箱の中身をぶちまけた。「薬」の粉が一斉に空気中に舞った。

 全員息を止めるなか、麻沚芭が神剣・青龍せいりゅうで神風を起こし、粉を一塊に集めた。

 猿は、翼もないのに、空を飛んで逃げていく。行列をなしていた人々が、指差して見上げている。

 剣姫化した紫苑が白き炎の翼で追い、麻沚芭と青龍が薬の分析、露雩と玄武げんぶが粉の飛散を水壁で防ぎ、代鋭と定菜枝を残した他の仲間たちが、出雲の朱雀すざくと閼嵐の白虎びゃっこに乗って後を追った。

 空中で、猿は火の術を放った。紫苑は白き炎で軌道をらした。

「なんだ? 体術の猿ではなく、飛翔の術も炎の術も持つ、術使いの猿か。奴の戦いやすいところへ誘いこまれたら厄介だ」

 剣姫は白き炎の出力を上げ、猿に斬りかかった。と、急に、上方から固いものが落ちてきて、剣姫を地上に殴り落とした。

「うぶっ、ぶ!」

 森の木々をぎ倒しながら、剣姫は幹の一つに背中を打ちつけて止まった。

「ちっ、頑丈な奴だ」

 なぜか、猿が急いで降りてきて、剣姫と同じ道筋を飛んで、葉や幹をくまなく探している。

 それを見て、はっとした紫苑は白き炎をほとばしらせた。猿は、丸い形ではなく、もっと大きな形で燃えた。

 竜の形であった。

 剣姫は立ち上がった。

「私の血を探していたのだな。なめて私の人生を知るために」

 猿の姿はみるみる失せていった。

「ビャギギギ、欲が出るとだめだな。つい特有の動きをしてしまう」

 白き炎を弾いて、笑う竜が現れた。

 灰砂はいすな色の巨体、コウモリを思わせる翼、洋梨型の体、剣先のように突き出て鎧となる無数の鱗。背中から尻尾にかけて一列に長い角が生えている。

 体の長い青龍とは違い、翼を生やした、地に足をつけて生活するような巨大な手足と体の竜が、羽ばたきながら、剣姫を黄色の瞳に黒針のように細い瞳孔で見下ろしていた。

「竜族! なぜ猿の姿をとった! 人間を害そうとして、日宮に取り入るためか!」

 叫ぶ剣姫へのさきほどの一撃は、幻術で隠れていた竜の尻尾であった。

 竜は指摘されてビャギギギギと大笑いした。

「竜にとっては人間も猿も同じよ! 猿と同等に扱った侮辱に、気づかぬ人間どもの、おかしいことおかしいこと! ビャギ、もう少し探りたかったが、噂に名高い剣姫の血をいただける機会だ、計画も多少の変更は仕方あるまい」

「お前は何者だ! 金韻きんいん山脈の竜族か!」

 竜は翼の風圧で森の葉を傾けながら地上に降り立った。紫苑の身長の三倍はあった。

「わしは浜金ひきん。金韻山脈はおろか世界を手中におさめる竜だ」

「その割にはやり方が遅いな。竜ならば一国にとどまらずに、全土を急襲したらどうだ」

「統治の訓練をしてからでも遅くあるまい。力で支配することなど、たやすい。だが、それは誰でもできる方法だ、わしはすぐ覆される地位など、興味がない。わしにしかできないから、わしだけが永遠に支配できるという、それを望むがゆえに訓練をしておるのだ」

「訓練」という言葉の中に、何か重大な思想が隠されている。剣姫は聞かなければならないと思った。

「それはどういう意味だ! 運命を変えた者たちの未来を奪うことが訓練か! それは力で支配したのと同じだ! 運命から逃げた者は時が止まり、生きながら停止し続けるのだ! 問題に自分なりの答えを出さない限り!! お前は、人に迎合しているだけだ!! 楽しい夢を見せてやって、味方を増やして、人々を運命のない操り人形にして、一体何をするつもりだ!!」

 浜金ひきんは愉快そうに盛り上がった眉根を寄せた。

「勘違いをするな。人間の味方など、わしには必要ない。病気から治すとき、鬼人きじんにして健康にするから、兵士として日宮にやるという契約はしているがな。ま、そいつらも日を追うごとに理性を失って殺戮人形になる。日宮は西に置き去りにして、魔族の地で暴れ死にさせている」

 剣姫は耳を疑った。日宮に特殊な軍隊が存在している。

「鬼人とは、なんだ」

「身体能力を人間の何倍にも高めた、『人間ではなくなったもの』のことだ。強すぎる力は発揮する場を求めるものだ。鬼人は毎日何かを殴りたい、潰したい、殺したい。欲がかなえられないと、だんだん理性が欲を抑えきれなくなって、ある日殺意の衝動に負ける。そういう奴はもう死ぬまで殺し続けてどうしようもないから、殺していい所へ放置して、思う存分生きさせてやる。この名浄国はいいところだ。隣に魔族の地があるから、鬼人を処分できて、かつ戦死の名誉も保たれる」

「病気が治っても、病気のままでいても、救われないのか!! お前の薬に浸かった時点で、運命が終わるのか!! 一体、何が目的だ!!」

 剣姫の髪が、怒気の声で一瞬、逆立った。

「人の運命の行く末を知り、道筋を予測し、答え合わせをする。今はその段階」

 浜金が灰砂色を陰らせて低く呟いた。そして、剣姫と黒針の瞳孔を合わせた。

「わしのもとに来る者は、今の境遇をどうにかしたい者だけだ。死を早めてやること、これこそ運命を変えること! 病気になって、『神の意志の何かを達成する者の名簿』から、除外してもらうのだ! ある苦しい『仕事』をしなければならない者がいるとする。しかし病気になれば、その者は自動的に『仕事』を達成できなくなり、神の労役の名簿から外される。その者はもう『仕事』に苦しまなくてすむようになるのだ! 己の人生で果たすべきだった義務は他人に任せてしまえたのだから! そして幸せなままに死ねるのだ!」

「なんという……!!」

 あまりの思想に剣姫は両足を踏んばって、体を支えなければならなかった。浜金はたたみかけた。

「それに……病気をしていれば逃げられるであろう? ……病気に」

 次の「仕事」も、その次の「仕事」もできない。病気だから。自分は何もしなくても許されるんだ、病気だから。

「病気のせいにすれば、いくらでも人生を楽しくすることができるだろう? 何かに責任をなすりつけて安心するのは楽しいだろう? とても楽だ……。あの者たちは疲れていた。何かにすがるより他になかったのだ」

 剣姫の口が炎を吐く直前のようにめくれ、犬歯がのぞいた。

「『すがる』……。私の最も嫌いな言葉だ」

 浜金は想像して楽しそうに目を細めた。

「本当は短い寿命がわかる知恵を粉に混ぜてもよかったのだ。余命がわずかなら、命のありがたさも身にしみて、最も輝いた時を過ごすことができる。周囲の家族も覚悟できよう。うむ、次からはそうしてやろう。『治る条件』にいずれ情報の揃う『あれ』を提示すれば……」

 その浜金の灰砂色の体に、剣姫の黄色い神砂が襲いかかった。

「貴様ァァッ!!」

 剣姫の目が怒りに燃え、体から白き炎を放っていた。

「人の人生を切り刻み、現実逃避を教え、廃人にするだけでは飽き足らず、彼らに奪ったあとでその命の重みを思い知らせるのかァーッ!! 貴様のような悪塊は、陰の極点・燃ゆるばるか以来だ!! 二度とこの世に現れぬよう、八つ裂きにしてくれるわァッ!!」

 浜金も灰砂色の巨体の鱗が一斉に鳴り、立った。神砂をふるい散らす。

「燃ゆる遙か! あんな世界を食い尽くすことしか考えぬ知能とわしを比べるとは、いい度胸ではないか! 知恵ある者に、勝てると思うなよ! 陽の極点!!」

 浜金が口から炎を吐いた。剣姫は白き炎で右に左に飛びながら、剣を繰り出す。浜金の片方の前脚がそれを受け止めて、剣姫を地面に投げつけた。

 さすがに竜は力が強い、と剣姫が素早く起き上がったとき、鉄のつちが空中に無数に出現し、剣姫を叩き潰そうと振り下ろされるのを見た。あられのように降ってくる中を剣姫が駆け抜けながら、よけきれないものは白き炎で溶かしていく。

「邪魔な炎だ!」

 浜金は水を吹いた。白き炎を打ち消し、水流で剣姫を転ばせる。そこに容赦なく鉄の槌が振り下ろされる。

 激突する音がした。

 横倒しの剣姫はかろうじて、鉄に己の剣を突き立てていた。

「ビャギギ、次はもうないぞ!」

 浜金の口から灰色の土が流れ出た。水と相まって、粘土のように剣姫を包むと、あっという間に固まった。剣姫は、浜金と同じくらい巨大な卵の形の中に、生き埋めになってしまった。

「(くっ……しまった!!)」

 息もできない。麒麟神を呼んでいるが、破壊に手間取っている。息がもつであろうか。第三の最強になるよう思考を集中するが、男装でないので力が出にくい。

「死んだら血を吸い尽くしてやる。ああ楽しみだ」

 浜金が卵の中の紫苑が死ぬのを楽しみに待っていたとき。

白虎びゃっこ千針せんじん!!」

 白虎の体の金属の毛がすべて伸び、固い卵を突き刺した。そして、弾くように抜いて卵を粉々に飛び散らせた。

 酸欠で真っ青の紫苑が転がり落ち、そのまま動かなかった。麒麟も失せた。

「紫苑!! 大丈夫か!!」

 閼嵐たちが到着した。空竜と霄瀾と氷雨は、真っ先に紫苑のもとへ駆けつけた。

 浜金は、白虎と朱雀と、睨みあっていた。

「(わしだけでは、分が悪い)」

 浜金は、羽ばたきの速度を速めて風の攻撃を起こすと、防ぐ一同を置いて、空高く逃げていった。

 地上では、出雲と閼嵐、王同士が言い争いをしていた。

「紫苑が酸欠で目覚めないなら、オレが人工呼吸をするしかないだろう!」

「ふざけんな閼嵐! オレが式神であるじに口づけできないからって、お前がやることはねえだろ! 空竜がやるべきだ! なあ、空竜!」

 出雲に名指しされて、空竜が飛び上がって、うつむいた。

「うん……そうだね……。(私の初めての口づけには、おかまいなしかあ……)」

「氷雨は一回の呼吸量がわからない、霄瀾は息が少ない。そして出雲、お前は空竜の気持ちがわかっていない!」

「え? なんだよ閼嵐」

 空竜が手足を慌てさせた。

「あ、閼嵐! 何!? 私、そんな、言っちゃダメェッ!!」

「空竜の初めての口づけを、勝手に奪っていいのか!!」

 出雲はたじろいだ。空竜はほっとした。

「うーん……それはよくないな……」

 閼嵐は目を輝かせた。

「だろ!? だからオレこそが」

「……死んでもいいなら近づくことは許してやるぞ」

 露雩が平たい感情のない目で、閼嵐を見ていた。冗談なのか殺意があったのかわからないので、閼嵐は自然に会釈をしました。

 夫の露雩が人工呼吸をして、妻の紫苑は息を吹き返した。

 麻沚芭と露雩は、浜金の粉が、病気の名を書いた紙を灰にして呪いにしたものであることを、突き止めていた。

 紫苑は浜金の話したことを詳しく伝えた。

「五行すべての術を使う、知識の塊でもあるわ。そして、まだ本当のことを言っていない。奴の目的が何なのか、知る必要がある。……日宮に聞くしかない……」

「……」

 空竜はうつむいた。昼にしろ夜にしろ、日宮を問いつめる空間を用意してもらえるのは、空竜が行くときだけだろう。天印では、大臣が同席するし、人払いをしても、日宮と話したあと、こちらを「消せ」と、日宮は指示を出すだろう。

 しかし、民を害するものを放ってはおけない。

 一行は、真都へ戻った。

 運命操師様が空へ飛び立ってしまわれたという噂で、真都はもちきりだった。

 定菜枝と代鋭の夫婦は露雩に言われて家に戻っており、事情を聞いて驚いた。

「今夜、日宮に会いに行きます。それまで、ここに泊めてくれますか」

 元のあるじに言われて、元女官はかしこまって礼をした。


 深夜まで仮眠をとる一行を残し、定菜枝は晩にそっと家を出た。

 手には空竜の神器・聖弓せいきゅう六薙ろくなぎが握られている。

 自分の畑の隅に埋めようと土を掘りだしたところで、首筋に刃が当てられた。

「(誰だ! 私に気取けどらせなかった!)」

 微動だにせず冷や汗を流す定菜枝の背後で、女の声がした。

「今の空竜のねえやは私なのでな」

 定菜枝の首筋の刃とは別のもう一本の刃で六薙をひっかけると、放り上げてから、刀をしまう音を立てて、左手でつかんだようだった。

 その隙に振り返る定菜枝の眉間に、素早く刃が移動した。

 剣姫の無表情な目を見て、定菜枝はつけ入る隙が探せなかった。

「(なんという速さ! 影に生きる私が一歩も動けないとは!)」

「お前はただの女官ではないな。都を去ったのは暗殺にでも失敗したか」

 定菜枝は、眉間の刃に力がこもっているかどうかわからないほど紫苑が感情を見せないので、この場を逃れる隙を作るために、真実を話して相手の感情を乱すしかないと考えた。嘘をついたら、知られた時点で殺される。

 定菜枝は、自分が女の忍・くノ一であったことを白状した。代鋭しろえいとは仮の夫婦で、代鋭も忍である。

「私は日宮様の命令で動く、空竜姫の身辺と神器・海月の見張り役だったわ。でも六年前、霧府流の忍の飛滝ひだきという男に正体を見破られて、城を出るしかなかった。六薙を畑に隠そうとしたのは、神器を海月とあわせて二つも扱える姫様の方が、当滴様より帝にふさわしいと民が思うのを、防ごうと思ったからよ。これは私の独断よ。日宮様に命じられてはいない」

「そうか……」

 今だ! と、定菜枝は剣姫の刀の切っ先が緩んだ瞬間に飛び退いて、短刀を抜いた。しかし、剣姫は刃の代わりに言葉を投げかけた。

「真実はどうあれ、空竜はお前が好きなんだ」

 剣姫は刀をしまった。

「行け。二度と近づくな」

 定菜枝は少し止まって、そして走り去った。

「追うか」

 氷雨が暗がりから出てきた。紫苑は首を振った。

「代鋭は今頃城の日宮に我々のことを知らせているでしょう。兵士が捕えに来ないとも限らない、城に罠を仕掛けられないとも限らない。敵の準備が整わないうちに、急いで出発しましょう」

 二人のねえやは、家に入った。

 紫苑は、ぐっすり眠りこんでいる空竜のそばに六薙を置いた。

「力は動乱を呼ぶ……私だけでなく姫にまで」

 紫苑は満月の光に全身を浸した。

「人間は平等だなあ」


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