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星方陣撃剣録  作者: 白雪
第一部 紅い玲瓏 第十六章 魂の乱舞
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魂の乱舞第六章「火気の極覇(きょくは)」

登場人物

双剣士であり陰陽師でもある、「土気」を司る麒麟きりん神に認められし者・赤ノ宮の名字を改めた九字紫苑くじ・しおん。強大な力を秘める瞳、星晶睛せいしょうせいの持ち主で、「水気」を司る玄武げんぶ神に認められし者、紫苑と結婚している露雩ろう

紫苑の炎の式神で、霄瀾の父親になった、「火気」を司る朱雀すざく神に認められし者・精霊王・出雲いずも。神器の竪琴・水鏡すいきょうの調べを持つ、出雲の子供にしてもらった、竪琴弾きの子供・霄瀾しょうらん。帝の一人娘で、神器の鏡・海月かいげつと、神器の聖弓・六薙ろくなぎまたの名を弦楽器の神器・聖紋弦せいもんげんの使い手・空竜くりゅう姫。聖水「閼伽あか」を出せる、「魔族王」であり格闘家の青年で、はちまきの神器・淵泉えんせんうつわの持ち主の、「金気」を司る白虎びゃっこ神に認められし者・閼嵐あらん。輪の神器・楽宝円がくほうえんを持ち、「木気」を司る青龍せいりゅう神に認められた、忍の者・霧府麻沚芭きりふ・ましば。人形師の下与芯かよしんによって人喪志国ひともしこくの開奈姫に似せて作られた、槍使いの人形機械・氷雨ひさめ

建築の大臣・直下なおした

 魂を集めている女・風吹かぜふき




第六章  火気の極覇きょくは



 風吹の神器・白雲扇しらくものおうぎが二枚、かなめ側から線対称にくっつきあうと、綿の翼となり、はばたいて風吹のもとに戻った。

「あたしが直接手を下すことになるとはね。無様な死に様を、恨むんじゃないよ!」

 風吹が白色の扇の両手を伸ばすと、白雲扇が同化した。そして、髪をまとめる扇のかんざしの呪文が光ったと思うと、白雲扇が風吹の手から背にまわって背後で巨大化し、身長の三倍の長さの一つの扇が広がった。びっしりと目がついていて、扇に少しも余白がないほどである。

ひゃくせんもく!!」

 つい見入ってしまった出雲と霄瀾は、目に睨まれて動けなくなってしまった。まばたき一つできない。

「(しまった……!! これだけある目を、見ずにはいられない!!)」

 出雲は炎を全身から出して目の視線を遮ろうとするが、おそらく呪いが加わっているのだろう、どうしても目を合わせようとしてしまう、目を求めてしまう。風吹がくききと笑った。

「どうだい、あたしの無限にえる分身の目をくり抜いて埋めこんだ扇は! 魅力的だろう? 分身はあたしを恨んでね、敵をその目で見るのさ。呪殺の念。これほど人間が見ずにはいられない目があるかい? 恐怖、好奇心、学習……。特殊な眼――そうだね、結晶睛けっしょうせい星晶睛せいしょうせいで跳ね返さない限り、どの命もこの百千目から逃れられはしないよ!」

 出雲は驚いた。式神を一体も殺したくないと言っているのに、自分の体はまったくいたわらない。自分一人の犠牲に酔っているわけでもなく、使えるものはなんでも冷酷に使うのだ。人間の魂も、自分の体も。

 今までの戦いもそうだったが、この女は使えるものはそれが損壊しても最後の一片まで使い尽くす戦い方をしていた。何種類もの野生動物が一つの獲物を食い尽くしていく過程に似ていた。その最後まで食べ尽くすのを、この風吹は一人でやるのだ。

 自然の循環である「誰かの助け」も必要としない、一人で生きていこうとする女。

 式神ですら、守るばかりで彼ら自身の「人生の戦闘」にさえ参加させない女。

「(お前にとって、生きるとはなんだ? 式神は、なんのために生かされるんだ? 風吹は、式神と関わっていない。風吹の眼には、あれだけ魂を持っていたのに、本当は自分の魂しか映っていなかったのだ。式神は、風吹の命の付属物だ)」

『ならば我が汝にあの者の対極たいきょくを命ずる』

 出雲の手の中の神剣・朱雀が震えた。

「きっきっきっ! 逃げられないだろう!! 穴を開けすぎてこの世から消してやるよ!! ききききゆけっ! 光隙点零こうげきてんれい!!」

 風吹の扇のすべての目から、よける点の隙間もないほど熱線が放たれた。触れた岩壁は溶けて蒸発していった。

 霄瀾がなんとか動いて歌おうと懸命に心でもがいたとき、出雲が神火かみびで朱雀の炎の盾を作り、熱線を真っ向から受け、らし続けた。

「なぜ動けた? ……ん!」

 風吹は出雲を見て目だけ鋭くなった。

「霄瀾、大丈夫だったか?」

 霄瀾は、父が振り返るのを見た。そのとたん、風吹の百千目の呪殺の術が解けた。

 出雲の眼は、朱雀の炎の色をしていた。

「神の熱環ねっかん・朱雀の瞳だ。朱雀神のお力を、眼に宿らせていただいたんだ。奴の百千目は特殊な眼なら跳ね返せる。お前もオレの熱環ねっかんを目に映した以上、神火を目のどこかに映している限り、呪殺の視線に耐えることができる。いつもオレの炎を見ていろ。忘れるな!」

「はい!」

 霄瀾は身構えた。決して父を見失うまいと。

「朱雀の眼か! だが、百千目の視線を封じても、光隙点零こうげきてんれいは防げないよ!! そらっ!!」

 再び一点の隙もない熱線が放たれた。出雲は炎の翼で飛び立った。熱線は出雲を追い、ばらばらな軌道で追い、先回りし、狙い通す。

 しかし、出雲はそのすべての熱線をよけ、舞うように華麗に飛んだ。

「なんだって!? どうしてあらゆる方向を網羅する光隙点零こうげきてんれいが、通じないんだ!?」

 風吹は自分の技が敗れたことに衝撃を受けていた。

 出雲は空から風吹を見下ろした。

「朱雀の瞳はこの世のあらゆる命を見る瞳だ。オレはお前の『目』の視線がすべて見える。方向がわかっているなら、よけられないということはない」

 舌打ちして睨みつける風吹と目を合わせている出雲は、冷や汗が出ていた。

 実は、朱雀の瞳で見えているのは、熱線の方向だけではなかった。

 壁をう虫、ほこりに群がる虫、空気中を漂う微生物など、この世のあらゆる命が大きさの階層ごとに拡大と縮小を繰り返しながら、出雲に存在を認めてもらおうとしていた。とても、風吹に集中して戦える状況とは言えなかった。風吹と視線が合っているのかさえ、おぼつかない。

 朱雀が出雲に風吹の対極となれと言ったのは、一人しか見ない風吹に対し、出雲はすべての命を見よということだったのだ。

「(神の力は偉大すぎる。オレもこの情報の洪水の中に長くはいられない)」

 受け取る情報が多すぎて思考が停止し、決断が止まってしまう。

 ただ「風吹を倒す」という目的だけ頭に入れて、出雲はかろうじて決断力を保った。

「ふん、神の力同士じゃ、長引くね。……ききっ、じゃこれならどうだい?」

 風吹は再び出雲に百千目の熱線を放った。

「何度やっても同じだ風吹! 次はこちらから行くぞ!!」

「できるかな!!」

「あっ!!」

 一瞬のうちに、出雲を狙っていた熱線がすべて、折れ曲がって一直線に霄瀾のもとに向かった。出雲がかばいに戻れるぎりぎりの、わざと少し遅い速度である。風吹は、出雲が体に傷を負うことを望んでいた。

『汚い手を……!!』

 ラッサ王の金の真珠が憤る隣で、霄瀾は決意と共に竪琴を奏でた。

「神器・光迷防こうめいぼう!!」

 一涯五覇いちがいごは・水気の極覇きょくはである河樹かわいつきの所持していた神器が、霄瀾の神器・水鏡すいきょうの調べの音色によって具体化し、迷路の盾として、接触したすべての熱線を、迷路を通してめちゃくちゃに弾き飛ばした。

「な!! なんて汚いんだい、まき散らすんじゃないよ、このガキ!!」

 たとえ風吹でも、熱線に当たれば一撃死である。「敵」だらけの空間の中で、とっさに白雲扇を二枚の綿の扇に戻して、たくさんの綿を出して熱線を打ち消した。

「このヤロー、このあたしの武器を跳ね返してあたしを命の危険の回避に焦らせた罪は重い!!」

 心臓の鼓動を早まらせた風吹はとにかく霄瀾を綿で縛り上げようとした。

 しかし、風吹は気づくべきだった。

 熱線はすべて風吹を狙っていたことに。

 風吹は、自分の両手を伸ばして持つ、開いた二枚の白雲扇の間から、出雲が突入してきたのを見た。

 次の瞬間、胸から下腹にかけてけつくような激痛が走った。

 風吹の体と出雲の刀から血が流れ落ちている。霄瀾は光迷防の軌道を使い、出雲の攻撃を助けたのだ。

「斬りやがったなー!!」

 風吹は怒り、全身から炎の柱をあげると、出雲に命が融解を起こすほどの高温の灼熱波を放った。

 朱雀の瞳で周りの命が溶けていくのを見て、出雲は叫んだ。

「お前は、ずっと魂の『生きたい』という気持ちを、ないがしろにしている! 式神でさえも!!」

「てめえに語らせるほど、あたしは安くねえんだよ!!」

 風吹も叫び返した。

「誰にも理解してもらえないからそう言うのだ!!」

「理解に苦しむのはてめえの方だ!! なんでも持ちやがって!! 苦しんだことのねえ奴なんか、この世界にいらねえんだよー!!」

 さらに勢いを増した灼熱波が眼前に迫る。巨大すぎる炎の力をいなすことは、朱雀の力を借りればできるかもしれない。しかし、霄瀾への余波を防げない。

 どうしよう、――!

 そのとき、出雲は静かに神剣・朱雀を片手に持ち、横に水平に指し示した。

 そして、神剣で炎の軌跡を描きながら舞い始めた。炎の剣舞は、朱雀神紋を空に刻んでいた。

 一涯五覇いちがいごは・風吹の灼熱波が朱雀神紋と激突すると、互いに炎が絡みあった。お互い、相手を従えようと力任せに押さえつけあう。

 出雲も風吹も式神である。式神は精霊の一種である。精霊は「美しいもの」を創り出すことで力を強める。風吹は、相手の剣舞を見てそれを悟った。

「精霊王……! 同じ精霊同士、精霊族らしい決着をつけようってんだね! おもしろい! あたしの人生、見せてやるよ!!」

 風吹も、神器・白雲扇の二枚をひらめかせ、朱雀の十二単を翻らせて舞いだした。仲間の式神が死ぬ場面に遭遇するたび、炎の出力が上がっていく。風吹の怒り、悲しみ、殺意は行き場を求めている。その人生すべてを、出雲にぶつけてくる。

 出雲は、朱雀神紋、そして朱雀の姿を刻むように舞って、朱雀に従う。神の力を借りると、仲間と共に生きて守りたいものが増えていく場面で、炎の出力が上がっていった。互いを支配せず、尊重しあう関係から生じた喜びが、出雲に世界を信じさせる。

 一方は個人が復讐のために先鋭に先鋭を重ねた、急速かつ深く刻みつける舞。炎は世界の一点に集中し、その高温で世界に穴を開けんばかりである。

 もう一方は世界から喜びを与えられた返礼に、世界に新たな喜びを与えようと祝福の印を刻む舞。炎は世界に広がり、汚濁の炎をき払う。

 風吹が十二単で右回りしながら、扇を頭上で地面と平行に左回しにした。

「あたしの世界が勝つんだ!! 美しいのはあたしだー!!」

 出雲が剣を振り切った。

「未来を示さない世界など、どこにも救いはない!! 朱雀神紋!!」

 風吹の扇は神紋にぶつかった。跳ね飛ばそうとするそばに、二重、三重の朱雀神紋が重なってきた。

「なんだってんだ!! 炎の紋章ごときが、この真の炎の神に逆らうなーッ!!」

 朱雀を従えたかのような十二単を逆立てる風吹に、朱雀神紋の炎だけが、扇を越えて襲いかかってきた。

「ぎゃあー!!」

 神の炎にまかれて、朱雀の十二単ごと風吹が地面をのたうちまわった。

「憎しみの過去だろうと、相手を処刑したい現在の主張だろうと、言いたくば言え。だがそれで未来に何ができるのか。どう未来を変えられるのか示せないなら、そこには未来を示せる者に勝つ力はない。お前が式神を付属物にして、どうして自分の魂しか見ていなかったかわかった。未来が示せなかったからだ。誰も導けないから、自分以外の命の動きを停止させるしかなかったのだ。世界が自分の処理能力を超えないように。自分以外の者が上に立てば必ず失敗すると思っているからだ。つまり、お前は、世界に『一人で』生きていたのだ。

 だが、だからこそわかっているな。未来がないお前は、今、死んでいるのと同じだ。復讐の炎で自分の魂を燃やし、燃え尽きる前に未来を示すのが間に合わなかったようだな亡霊」

 出雲は朱雀神紋の舞を舞い、風吹を溶かすまでぶつけ続けた。

「家族のかたきだ! 楽には死なせない!」

 風吹は高温の融解した液になって、水たまりのように広がった。

「亡霊のてめえの式の答えは溶けて失せる、か。人の命をもてあそんだ亡霊だ、この先誰の記憶にも残らないのは当然の報いだ」

 言ってから、出雲は、今の自分がちょっと剣姫っぽく言っていると気づいて顔を赤らめた。つい真似してしまった。風吹の灼熱波をどうしようと思ったときも、とっさに判断をあおぎたいと思ったのは剣姫だった。自分より強い相手に、頼ってしまう。剣姫を思い浮かべなかったら、剣舞に気づけなかったかもしれない。

「オレはやっぱり、剣姫の背中を見てるんだな」

 出雲が苦笑したとき、

「このヤロー!! よくもあたしをこんな姿にしやがったねっ!!」

 高温の水たまりが叫び声をあげて盛り上がると、塊になって宙に浮いた。

「あたしは火気の極覇きょくは火是二汽かぜふき!! この世界を熱滅ねつめつしてやる!!」

 塊は天に昇ると、一気に雲のように広がり、熱線の雨を降り注がせた。

「朱雀神顕現!!」

 吸った者の体内に炎が駆けめぐるような空気をまといながら、自身の火の粉を炎の蝶に変える火気の四神・朱雀が現れた。胸から長い尾までの長さと等しい両翼を広げて、熱線の雨から出雲と霄瀾とラッサ王の金の真珠を護る。熱線が朱雀の体内に、刺しながら入りこんでいく。

 熱線の雨は地面を穿うがち、炎を燃え上がらせていった。あたり一面火の海である。そして、塊の雲は徐々に広がり、拒針山きょしんさん全体からさらに越えていく気配である。

「ほかのみんなは大丈夫かな!」

 熱いのを我慢して、霄瀾が心配した。

「四神がついてる。たぶん、仲間を拾ってあそこに向かうだろう。熱線のない、式神軍のいる島へ」

 出雲は、雲のない箇所を見やった。火是二汽かぜふきは、式神軍だけ救うことを、諦めていない。

「いずれ式神も滅びる道を、歩ませはしない!!」

 その出雲の足元が、ぐらぐらと揺れた。火是二汽の声が聞こえる。

「いつまで隠れている気だい? あたしをこの姿にさせた以上、逃げられると思うんじゃないよっ!!」

 大地が、まるで氷河が溶けだすように割れたかと思うと、飛び石のように隙間が広がった。その間から溢れ出てきたものは、溶岩であった。

 あまりの高温に、霄瀾は口から呼吸した際に喉と肺を痛めた。

 一瞬で出雲は霄瀾を抱え、朱雀に飛び乗り、朱雀の炎の護りの球の中から、上空で眼下に素早く目を走らせた。

 かつての大地は今、岩を浮かべた溶岩の海であった。ラッサの遺跡は、ことごとく溶岩に溶けて、傾き沈んでいる。炎をまとわない大地はなく、すべてが火に呑みこまれつつあった。

 朱雀がくちばしを開いた。パチパチという、火によって何かがぜる音がした。

『火気の極覇きょくはとな。火気の災厄と変わらぬ』

 怒りで熱が高まっていた。

『我の認めし出雲よ。汝の力を差し出せ!!』

「はい!!」

 出雲は朱雀の瞳の力を朱雀に返し、振り落とされないように霄瀾をしっかりと抱いた。そして、氷の精霊にもらった氷柱つららの首飾りを急いで霄瀾の首にかけた。

「辛抱しろ!!」

「はい!」

 かすれた声で霄瀾が叫んだ。

 朱雀が三重の音で咆哮した。朱雀は空中で光を放射する熱源となり、第二の太陽と化した。

 朱雀の酷暑に、雲の拡大が止まった。溶岩の流れが止まった。熱線が朱雀の熱の波にさらわれて、空中で消滅した。溶岩が蒸発した。火是二汽がいくら熱を帯びても、朱雀の第二の太陽の熱量を上回ることができなかった。それは、炎のあとに何も残さない火是二汽の火気の極覇の炎と、炎のあとに命の芽吹きを赦す火気の四神の炎が激突したとき、朱雀の炎にあった希望が昆虫でも微生物でも、あらゆる命を輝かせたからであった。その朱雀に戦う希望を与えるのは、神の力をこの世に与える媒体、朱雀の認めし出雲の心であった。それは、この世界は神が救う価値があると神に思わせる心だ、生きることに畏れ立ち向かう姿を、何の邪心もなく神の前に出て見せられる心だ。

 神の希望を失わせない存在、それが神の認めし神剣の使い手たちだ。

「ヴアァァ……ヴアァァ……」

 火是二汽は、高温に光る水たまりになっていた。溶けまい、集まろう、とするが、もっと大きい水たまりになりそうになる、ということを繰り返している。

「いやだ……あたしが負けるなんて……まだ何もしてないのに……」

 火是二汽は既に失われた目を閉じて、無を作った。

 炎の剣が、そこにあった。

 己の人生をかけて作った、心の剣だった。

 一涯五覇いちがいごはになる資格とは、殺意で剣を作ること。

 神に頼らず、己自身でおのずからのつるぎを作ること。

 神に敵対する剣は誰でも作れるわけではない。神に絶望し、世界から排除したいと思うほどの憎しみがなければ、剣は生まれない。

「あたしの炎が負けるなんて……」

 もう、体を戻す力がない。もっと神を憎めばよかった。そうすれば、もっと強力な炎の剣が作れたのに。あたしの炎の源になったのに。ああ……でも……どうせだから困らせてやろうかな……

「朱雀……あんただったらあたしたちを救える? ききっ……どうする?」

 答えられるわけがない。式神を世に存在させたのは他ならぬ神なのだ。火是二汽は禁止質問をした。自分はなぜ生まれたのかと神に問うたのだ。

 朱雀のくちばしからパチパチとぜる音がした。

『式神は命を、神ではなく不完全なこの世の命から与えられた。希望のない運命はそのためだ』

「逃げんのかっ!! 運命受け入れて泣き寝入りしろってんかっ!!」

 水たまりの火是二汽が怒りでさざ波を起こす。

『式神は魂を握られていなければ、この世で最強の種になるところであった』

 火是二汽のさざ波が驚いたように止まった。

『人族に匹敵する知力、魔族に匹敵する体力、精霊族より高い闘争本能、竜族より多い兵数、高い被統率力。このままでいけば、式神は世界の王になっていたであろう。式神が世界を征服しないように、式神は命を不完全な他者に扱われ、他種族と共存することを学ぶよう、この状態を与えられたのだ』

 火是二汽の心の炎の剣が、激しく逆らいを起こした。

「善良な式神が、王になってればよかったじゃないか! そしたら命の奪いあいなんか起きなかったよ!!」

『各種族の正義は違うからだ』

「……!!」

 火是二汽の炎の芯に、朱雀の炎の熱がじんわりと迫っているような気がした。

「理不尽じゃないか……! 持って生まれた才能のために封じこめられ、発揮する機会も奪われるなんて!」

『どの命にも救いの希望が含まれている。死の恐怖を与えられていたら、「それを克服する機会」である。一つ解決すれば、新たな問題が見つかる。それに答えを出していくから、命は強くなっていくのだ。何の心もなくただ目に見える力が強いだけで、王にするわけにはいかない。王になりうるほどの力には、同じだけの大きな試練が課せられる。式神は、なぜ自分が生まれたのかという禁止質問に答えられなかったのだ。答えられないからこの世で最も強く、この世で最も悲惨な人生を送るのだ。答えられれば世界の何かが変わる。出雲が精霊王になったように』

 火是二汽の炎の剣がじんわりと温まってきていた。火是二汽は出雲に尋ねた。

「精霊王になったら、何があった」

 精霊王は答えた。

「一つも終わりはないから、すべてに答えを出し続ける旅はずっと続くことがわかった」

 それが、出雲の、虐げられた式神たちへの答えだった。

「そうか……すべてに終わりはないのか……」

 じんわりと火是二汽が呟いた。敵も、感情も、問題も、終わりなどないのだ。

「式神たちに今の希望を伝えてやってくれ……。そして、この試練によってどの種族よりも誇り高く生きられることも……さよならだ、みんな……」

 水たまりは蒸発した。


 式神軍は、朱雀の炎を受けて一体につき一つの魂になると、風吹をしのんでラッサの都に住むことにした。そして、自分の答えを見つけることに専念することにした。

 紫苑たちもその島にいて、出雲と霄瀾を迎えた。

 子供の喉と肺は、紫苑が治した。出雲と霄瀾は、ようやく再会を喜んで抱きあった。

「どこも怪我けがしてないか」

 霄瀾はうなずいた。

「うん」

 出雲は目を閉じた。

「ありがとう。お前のおかげでお父さん、生きていられるんだよ」

 霄瀾は首を抱きしめられたまま顔を上向けた。

「ほんと? ほんと?」

「ああ、本当だよ」

「ああ、よかった……!」

 心から力を抜く霄瀾の目の前で、ラッサ王が再び人間の姿をとった。

『私はこれから式神と共に暮らすことにしよう。直下なおした。国に帰ったらこのことを知らせ、ここに侵入することのないよう、人間を説得するのだ。お前は今日ここで起こったことも含めた、ラッサの都のかたとなるのだ』

 坂車国さかしゃくにの建築の大臣・直下は、一礼した。今日起こったこととラッサの都のことは、う人全員に、語り伝えるに値すると思ったからだ。

 そして、ラッサ王は一同に話しかけた。

『皆の者、聞いてほしい。霄瀾は四神五柱すべての聖曲を手に入れ、その祝いに神破陣しんぱじんを得た。ただし、この曲は――』

「完成前の術しか無効にできないんだ!」

 突然、出雲から離れて霄瀾が叫んだので、一同は驚いた。

「ごめん、みんなにきたいさせちゃ悪いと思って! 放たれた術は消せないんだよ。ゆだんしないでね!」

 紫苑が微笑んだ。

「ふふふ、霄瀾たら。それでも十分すごいわ、おめでとう!」

 みんなが霄瀾を囲んで、肩を叩いたり、頭をなでたりした。

 それをラッサ王が外から眺めている。

 霄瀾もラッサ王を盗み見ている。

 目が言わないで、と言っていた。

 最強のまじないやぶり、神破陣しんぱじん

 たとえ神の術であろうと、その他どんな強大な術であろうとも、未完成であれば無に帰することができる、術防御最強の陣である。

 この世でまれにも四神五柱の加護を得たからこそ、得られた陣。

 だから、陣を使うときも五柱の力を借りなければならない。

 五柱がいる場で神破陣を使うのは、問題ない。

 しかし、一柱でもその場にいないなら、その神の力は術者が補わなければならない。

 霄瀾の寿命を削って、神の力にあてなければならないのだ。

 風吹との戦いで、霄瀾は朱雀以外の四柱の力を補った。

 一柱につき、一年。

 一年とたたずに亡くなった祖父・降鶴ふるつるのことを想うと、それがどんなに恐ろしいことかが身に迫ってくる。

 それでも、誰かがしなければならないことなのだ。自分の命かわいさに、結局全員で死ぬのは愚か者のすることだ。子供のうちしか弾けない水鏡すいきょうの調べを、使いこなさなければならない。

 しかし、それを知れば仲間は自分をかばってしまう。戦略も限られてしまう。それはしてほしくなかった。仲間が自分にそうさせてくれたように、霄瀾も仲間に自由に戦ってほしかった。だから、一柱につき一年のことは、自分だけの秘密にして死んでいこうと思ったのだ。

 ラッサ王は、皆に説明して子供を守らせようと思っていたが、霄瀾が小さいながらも覚悟を決めていたので、ただ一同を見守るにとどめた。

『まことに、ラッサの民のほまれである。お前と同じ民族であることを、私は誇りに思う』

 そして、石碑のもとまで見送った。

 紫苑たちは、ラッサの都を去った。


「星方陣撃剣録第一部紅い玲瓏十六巻」(完)


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