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星方陣撃剣録  作者: 白雪
第一部 紅い玲瓏 第十六章 魂の乱舞
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魂の乱舞第三章「ラッサの都」

登場人物

双剣士であり陰陽師でもある、「土気」を司る麒麟きりん神に認められし者・赤ノ宮の名字を改めた九字紫苑くじ・しおん。強大な力を秘める瞳、星晶睛せいしょうせいの持ち主で、「水気」を司る玄武げんぶ神に認められし者、紫苑と結婚している露雩ろう

紫苑の炎の式神で、「火気」を司る朱雀すざく神に認められし者・精霊王・出雲いずも。神器の竪琴・水鏡すいきょうの調べを持つ竪琴弾きの子供・霄瀾しょうらん。帝の一人娘で、神器の鏡・海月かいげつと、神器の聖弓・六薙ろくなぎまたの名を弦楽器の神器・聖紋弦せいもんげんの使い手・空竜くりゅう姫。聖水「閼伽あか」を出せる、「魔族王」であり格闘家の青年で、はちまきの神器・淵泉えんせんうつわの持ち主の、「金気」を司る白虎びゃっこ神に認められし者・閼嵐あらん。輪の神器・楽宝円がくほうえんを持ち、「木気」を司る青龍せいりゅう神に認められた、忍の者・霧府麻沚芭きりふ・ましば。人形師の下与芯かよしんによって人喪志国ひともしこくの開奈姫に似せて作られた、槍使いの人形機械・氷雨ひさめ

建築の大臣・直下なおした

 魂を集めている女・風吹かぜふき




第三章  ラッサの都



 全身を刺すような風が、容赦なく舞う。

 それに全く動じない拒針山きょしんさんが、針のような先端をいくつも天に突き上げている。それぞれ角度が急で、とても人が住める斜面はない。灰色の面に黒い筋が主に縦方向に走るという山肌で、小さな草が芽を出すのがやっとである。

 だが、地面と平行な土地なら、いくつもあった。

 急角度の山がいくつか集まっていれば、その間へはめこむように、厚みのある多角形の地が広がり、崩れずに支えられていた。さながら山にはまった浮島のようである。各地をつなぐ階段はない。石の建物や、畑の跡らしき草原、広場などが、各島に分かれている。

 崩れた石柱に、文字が刻まれていた。霄瀾が駆け寄り、読んだ。

「『ラッサの都・第二十地区』」

 霄瀾たちのいる島は、その石柱しかない、縦五十メートル、横十メートルの、縦長の島だった。

「ここが、ラッサの都なの……」

 空竜が驚きをもって島々を見渡した。この裏の帝都の城で暮らしていた頃、ラッサの都は過去の神秘、教訓、古代の秘法の象徴だった。

「何か施政しせいの助けになるものがあるかもしれないわあ」

 文字が読めない分、空竜は島の配置や建造物の密集地区などを記憶しだした。

直下なおしたさん。どうやって他の島に行くのですか」

 麻沚芭に言われて、直下は石柱の周りに皆を集めた。石柱の裏に、太陽の円と、その輝きを剣にした模様が刻まれていた。

「これは、ラッサ国の紋章です。私は建築の歴史書で、ラッサの他の地域に残っていた遺跡から、この紋章を存じあげておりました。手をかざすと、別の島へ移動できます」

 直下がラッサ国の紋章に手をかざすと、一同は広場のある島に一瞬で移動していた。

「『ラッサの都・第十五地区』」

 霄瀾が再び石柱を読んだ。裏には、ラッサ国の紋章と、「第二十地区へ」というただし書きが書かれていた。

「別の島へ行くには、この島のどこかにある石柱を探さなければなりません。石柱はたくさんあり、私はどんどん奥の島へ飛ばされると、石柱を忘れたとき元の場所へ帰れないと判断して、深入りはしなかったのです」

「文字が読めない以上、そうするしかありませんね。霄瀾、私たちにれいから百までのラッサ語を教えてくれない? これから風吹と戦うのに、あいつは必ず私たちを分断してくるはずよ。一人になっても、自力で脱出して全員が集まれるようにしなければ」

 紫苑に言われて、霄瀾が紙に数の文字を書いたとき、突然出雲が苦しみだした。麻沚芭は風吹の薬の毒がまわったと思って、青龍の力を送ろうとしたが、出雲が胸を引き裂こうとする動作を止めることができない。

「熱い……!! 熱い……!!」

「玄武の神水かみのみずの方か!?」

 露雩が熱がる出雲に神水をかけても、おさまらない。

『ただの熱ではない』

 青龍が告げた。

『尽きぬ炎とは……』

 玄武はそれきり黙った。

 神の力で治せないことに絶望し、霄瀾は父親に取りすがって泣いた。

「出雲!! 出雲!! 死んじゃやだあ!! おねがいします青龍神様玄武神様!! おとうさんを助けて!!」

 泣きじゃくる子供の頭に、昔聞いたラッサ王の声が響いた。

『よくぞラッサへたどり着いた、霄瀾!』

「それどころじゃないよ! だまってて!!」

 霄瀾が怒鳴ったので、紫苑たちはびっくりした。

「霄瀾!?」

 ラッサ王の思念である金の真珠が、戸惑いつつ天からりてきた。

『ラッサの民がラッサの都へ来てなぜ嬉しくないのだ?』

「見てわかんないの!? ボクのおとうさんが! ボクのおとうさんがまた……死んじゃう……」

 最後の方は悲しみが押し寄せて、しくしくと地面に顔を向けて泣き続ける子供を見て、真珠は出雲の周りを回った。

『ああ……これは周囲の者には手出しできぬ呪いだ。この男が自分で勝たなければならない』

「えっ!?」

 霄瀾は目を丸くして顔を上げた。

『父を信じているか?』

 真珠が霄瀾の鼻先にとまった。

「も……もちろん!」

 強く言い返す霄瀾と、驚いて見ている紫苑たちに、ラッサ王の思念の金の真珠は告げた。

『この男が助かる方法は、今言った通りだ。この男の看病に何人か残り、何人かは霄瀾と共に私について来るがいい。早くしろ。このラッサの都を根城にしている者がいつ動き出すかわからぬ』

 紫苑がすぐに理解した。

「風吹ね。手を出してこないのは出雲を倒して朱雀神を完全に封じるまで待っているからだわ。私は出雲の主としてここに残るから、みんなはラッサ王について行って」

「君が残るならオレも残る。敵が来たとき、出雲を守りながら戦うのは大変だろう」

 露雩も紫苑の側についた。

「……出雲おとうさん、がんばって!」

 霄瀾は小さな手で出雲の手を握ると、ラッサ王に従って別の島へ他の仲間と共に移った。


 ラッサの都・第六地区へ出た。

 剣闘技場の島であった。五千人は入れるであろうか。一番高い観客席は、石の椅子と机が十ずつ並んでいる。貴賓席のようだ。

『娯楽のためではないぞ。戦いながら美しい剣舞を神に奉納する、祭礼の場だ。相手を傷つけてはならぬ。神への奉納は全身全霊の努力のたまものと決まっているのだ。傷つけやすい剣で、努力によって傷つけずに相手を負かす。それこそが最高の神への奉納なのだ……』

 深みを帯びた声で、金の真珠は真ん中の机の上に浮かんだ。

『三種の神器の一つ、水鏡すいきょうの調べの歌宮うたみやよ、よくぞラッサの都へまいった。四神の曲は、この都にあるぞ』

 霄瀾が持っていない曲は、「玄武」のみであった。

「ラッサの都へ入るときに流れた、『世界の始まりの歌』のことですか? すばらしい歌声でした」

 そう言う霄瀾の鼻先に、また金の真珠がとまった。

『あれは古き大陸の欠片の島の、大石に込められていた歌だ。敵にも味方にも戦いを忘れさせたので、人間国の護りにしたのだ。私もこの歌を歌った女性に会いたいと思ったものだ。あれは先時代の歌だ。神の曲とはまた別だ』

 金の真珠は、机の下に皆の視線を向けさせた。

 ラッサ国の紋章のついた石柱が隠されていた。

『ラッサ王、つまり私の、緊急の移動手段だ。王宮や神殿など、重要な島へ念じるだけで行ける。聖曲・玄武を得るためには、ラッサの都の五箇所を順序正しくまわらなければならない。ここを拠点に五箇所へ行く。さあ、一つ目へ行こう、集まれ』

 一同が集まると、金の真珠と共に次の島へ移った。


 あまりの熱さに、出雲は跳ね起きた。

「水!! 水をくれ露雩!!」

 だが、誰もいなかった。閉め切った障子のせいで、板張りの部屋の中は暗い。たんすと机が置かれ、ふとんを敷いたらそれで部屋がいっぱいになる狭さ。

 見覚えがある。

千里国せんりこくの赤ノ宮神社の、オレの部屋だ!?」

 慌てて両手と両膝で歩いて、障子を開けると、湯飲みをお盆に載せた紫苑が、それを床に置いて、座って障子を開けようとしたのと重なった。

「あら。熱はもういいの? 出雲」

「えっ!? どうなってんだ!?」

 出雲は自分の頬をはたいた。さっきまで、ラッサの都で熱に苦しんでいたはずなのに。だが、いつの間にか、熱はひいている。

「何だ!? これは幻覚なのか!? 朱雀神の試練をまた受けているのか!?」

「出雲。ちょっと落ち着いて」

 赤ノ宮神社の景色をきょろきょろ見回す出雲の両頬を、紫苑が両手でつかまえた。

 間近で見る恋しい美少女に、少年は赤面せずにはいられない。

「あなたは毒キノコを食べて、熱を出していたの。今、起きて、ここは現実よ。いい? 何かあったと思ったのなら、それは毒キノコの幻覚よ」

「毒……キノコ?」

 紫苑は障子をすべて開けた。

「治ったのならいらっしゃい。すぐにおかゆ作ってあげるから」

 すたすたと台所へ向かう紫苑について行こうとして、出雲は頭を強く振って立ち止まった。

「いや、待てよ! そんなわけがない! こっちが幻覚だ! みんなをどこへやった!? あれだけ長い日々が、幻覚なわけあるか!!」

 紫苑は不可解な顔をして振り返った。

「走馬灯のように幻覚を見たのね。毒キノコだし、物語を作り上げても不思議はないわ。でもこのキノコは、予知夢を見せるとも言うの。出雲が回避したいことを、警告してくれる、別名“神のささやき”」

「予知夢……?」

 出雲は自分の部屋の枕元を見た。

 何一つ斬れない真っ青な刀が一振り、置いてあった。

「青龍神の剣が……まだ封印されたまま!?」

 本当に今まで夢を見ていたのか。それとも、一人だけ過去へ飛ばされて、もう一度同じ戦いを繰り返すのか。なんのために?

「予知夢を見ていたなら、絶対失敗したくないってところでうまく動けるわよね。気をつけて生きてみれば?」

 ぎくっ、と出雲が硬直した。朱雀の試練では、過去を変えた者は永遠にその場面を繰り返してしまう。

「朱雀神!! 私は何か『生』を拒絶するようなことをいたしましたか!! なぜまたお試しになるのです!! 私に何の疑いがあってこのようなことを!!」

 突然叫びだした出雲の両肩を、紫苑が押さえた。そして、自分の鼻を出雲の鼻にくっつけた。

「!?」

 口づけをするつもりなのかと出雲が心底驚いたとき、紫苑は呆れたように笑って、離れた。

「主と式神は口づけできないから、鼻でやったつもり! どう? 幻覚から目が醒めた?」

「!? !? !?」

 いろいろ混乱する単語が交ざりすぎて、何から処理していいかわからない。ただただ、紫苑の口から出ていた甘い香りしか考えられない。

 機敏に動けない出雲を、紫苑は赤ノ宮神社の聖域へ連れて行った。神に奉納する神聖な舞を舞う、正方形の舞台に上がる。

「出雲の穢れを、私の舞で清めてあげるわ」

「えっ!?」

 紫苑が神鈴を手に、優雅に舞い始めた。剣姫の血の穢れを祓うという、自分自身のために神に舞を見せていた舞姫が、今、神ではなく出雲のためだけに舞っている。

「オレのために舞って」

 出雲は思わず自分からもお願いしていた。

「紫苑……オレの舞姫」

 没頭してから、慌てて自分を取り戻す。だめだ、紫苑にはもう好きな男が――

「出雲!! 私を止められるか!!」

 突然剣姫が発動した。

「止めてやる!!」

 突然出雲の腰に神剣・朱雀が現れた。もう、剣姫に力を抜かれることはない。一生対等に戦えるのだ。

 斬り結びながら、背に炎の翼を生やし、上昇する。

 そして、二人並んで炎の翼で、大空を飛ぶ。

「二人ならこのままどこまでも飛べる」

「あなたが死ぬとき私も死ぬわ。それが私の愛の形よ」

「もうずっと一緒なんだな……」

 出雲と紫苑は、空に吸いこまれていく――。


 ラッサの都・第十八地区に出た。深緑色の葉が繁った森である。普通、木は三角形に大きくなるが、ここの木は幹から葉にかけて逆三角形になっていて、下から強風であおられたあとのようである。幹の間は見通しがよいが、上を見るとほぼ空が見えないほど、広がった枝葉で埋め尽くされているので、全体的に暗い。

 それでも緑にあふれた植物の新鮮な香りが広がっていて、一同は深呼吸した。

 金の真珠が森の中心へ向かった。落ち葉と背の低い草以外は、何も見当たらない。

『ここは植林地でな。わざとこの木しか育たないように、土壌も何もかも調整したのだ』

 空竜が草を踏みしめながら尋ねた。

「家具や薪の材料を供給するためですか?」

『表向きはな。だが、本当は隠すためだ。“筆”を』

 金の真珠は森の中心の木にたどり着いた。他の木と比べても特に変わったところのない、普通の木だった。

『他の木はこの木を隠すためのものだ。霄瀾、この木の枝のどこかに聖曲を記す筆がある。水鏡すいきょうの調べで探しなさい』

 霄瀾は適当な曲を見繕って弾いた。すると、三種の神器の一つの音色に呼応して、木の上方でバキッ、バキッ、という音が二回したと思うと、茶色い枝の柄に若葉の筆先の筆が、ゆっくり降りてきた。

「きゃっ、おもしろい! 紫苑が見たら興味持ちそうねえ!」

 空竜が霄瀾の両手に載った枝葉筆えだはのふでを見て、目を輝かせた。

『三種の神器を持つ者なら、お前でも得られたぞ』

「あのう、ラッサ王。私は、聖紋弦せいもんげんを霄瀾のように使いこなせないのです。いつでも弾けるようにするには、どのような心を手に入れればよいのでしょうか」

 空竜の隣で、麻沚芭も片膝をついて叫んだ。

「それは私にもお教え願えませんか! 楽宝円がくほうえんを、未だ扱えず、人知れず苦しんでおりました! 試練があるというのなら、喜んでこの精神を懸ける覚悟でございます! なにとぞ、お導きを! 青龍神は、ご自分の試練のこと以外は、何もお伝えくださいません、それは、解決すべき問題を見つけることこそ、重要だからであると、私にもわかってはいるのですが、しかし!」

 金の真珠のラッサ王は、二人の使い手の周りを回った。

『お前たちが、力の大きさとは心の器に比例するということがしっかりとわかっているのなら、条件を知る資格はあるな。水鏡すいきょうの調べは無垢な心、聖紋弦は勇気の心、楽宝円は和の心が必要だ。だから霄瀾は子供の間だけ水鏡すいきょうの調べが弾ける。私はこれしか知らぬ。あとは自ら答えを見つけよ』

「「……ありがとうございます……」」

 二人はそれぞれについて考え始めながら頭を下げた。

 空竜は宙を睨んだ。

「(勇気……? 六薙ろくなぎを使えるようになったのも、弱くてもみんなを守りたいという勇気だった。まだもっと勇気がいるのお……?)」

 麻沚芭はなぜか閼嵐を見た。

「(和……? 和解のことか? この世から争いをなくす理論を考えろということか?)」

 考える二人を加えた一同は、次の島へ移った。

 ラッサの都・第十地区に来た。

『ここは倉庫だ。家具や什器じゅうきの予備、食糧、武器。籠城ろうじょうのための備えの島だ』

 三階建ての石造りの三角屋根の倉庫が、整然と並んでいる。危急のときに中から物を迅速に運び出せるように、入口に面した道は大きな通りになっている。ラッサの都は廃墟のはずだが、崩れもせず、扉もぴったり閉まっている。

『風吹という女とその式神の軍勢が修復し、利用している。略奪も破壊もしない軍隊は、命令が行き届いていて、戦闘に強いぞ。世界最強の軍隊の資格を持っている。統制のとれない軍の司令官なら、まず交戦を恐れる。機動力も道理も、相手側にあるからだ』

 閼嵐は倉庫のきちんと閉じられた扉を見つめた。

「式神は虐げられて苦しんできたから、人間と同じことはするまいと思っているのだろう。生きるという誇りにかけて」

 人間よりも美しく生き、目上の命として人間と戦い、倒す。なんと素晴らしい計画だろう。復讐に、侮辱しながら殺せるのだ。その存在自体が、生きているだけで人間を卑しい存在にとすのだ。

 式神を命以下の道具に見下して嘲笑ってきた人間には、耐えられまい。

「戦えるのか……救えるのか、出雲!」

 魔族王の領域ではない。魔族は人間から命を人質に復讐を禁止されてはいない。

「この世にはたくさんの種族がいるのに、この世には人間が生み出した不条理なことばかりだ。どうして同じだけ希望がないのだ」

 氷雨の呟きが、なぜか麻沚芭の耳に残った。

 霄瀾は、水鏡すいきょうの調べで黄金の小皿を得ていた。

 ラッサの都・第十九地区に入った。

 直径十メートルの円で底が丸いお椀と同じ形の湖が、透き通った淡い水色の水を、縁いっぱいにたたえていた。

 きれいだが、底が一点だけ黒くて、色を台無しにしている。

『あれは墨だ』

 霄瀾の水鏡すいきょうの調べで、墨の一部が水底から浮かび、こちらへ向かってきた。

『黄金の小皿で受けよ。これでなければ、ただの水になってしまうのだ』

 ラッサ王にまた言われて、霄瀾は急いで黄金の小皿で、墨を捕まえた。

 氷雨がそれを、驚きをもって見守った。

「順序を間違えれば、永久に手に入らないのか!?」

 金の真珠も逆に驚いた。

『世界を救うものを、軽々しく他人に教えてはならぬであろう! 守れる王だけが知っていればよい。精神の修養をしていない者が知れば、己自身は何も持たないがゆえに自分だけの武器にするし、偽って後世に伝えるし、己の命の道連れに葬ろうとするし、破り方を研究するような、人類の敵となる。他にも、数えあげればきりがない。人類の最後の希望を、くだらぬ小人に妨げさせてはならぬ。守るべきものを守るために、王がいるのだ。民だけではなく、世界の秘密も、守るべきものだ』

 氷雨は大いに納得した。四神五柱の使い手の仲間が、決して五柱の試練の内容を口外しないのは、誰にも神を渡したくないからではない。試練の内容を知れば、神に己の本当の姿を見せることができなくなる。自分なりの答えを神に示すことが試練なのに、それができないならば、神も試練に応えなかった者に本当の力を授けることはできない。予習してはいけない。答えを用意してはいけない。突然の問いに、心からどう答えるか。それが神の試練である。次の使い手が心から答え、神の力を降ろせるようにするために、五人は絶対に何も言わないのだ。それは、後の再び四神五柱の力が必要になる時代が来た時のため、“次の者たち”のためなのだ。

「『言わない』というのは、愛しているのだな、今も、この先の未来も」

『王の権威づけのためにもったいぶって教えないのではないと、わかったようだな』

 氷雨と金の真珠はわかりあった。

 ラッサの都・第十二地区に着いた。

 直径一メートルの小さな泉が、三つ並んでいる。水がこんこんと湧き出ていて、水が揺れている。苔で地面がびっしりと覆われていて、十人もいればいっぱいになりそうな小さな島である。

『ここに油の泉がある。三種の神器の音で火がつくから、その火でたいまつを作れ。なければ私に火を移せ』

「いいえ。備えはあります」

 麻沚芭が返答した。

 霄瀾が弾くと、右の泉がとろとろした揺れになりだした。淡く黄色に濁ったかと思うと、一瞬で泉全体から炎が立ち上った。

 麻沚芭は急いで、旅支度で持っていたたいまつ用の木をかざし、火を移した。

『では最後の場所へ向かおう』

 ラッサ王の後を追いながら、閼嵐が尋ねた。

「神に関する聖曲なのに、十二種の大神器ではないのですね」

『十二種の大神器はあくまで星方陣せいほうじんを成すために必要なものであって、他の神器には他にそれぞれの意味があるのだ』

 ふと霄瀾が顔を金の真珠に向けた。

「ラッサ王は、十二種の大神器の名前をごぞんじですか?」

 そのとき一同は、ラッサの都・第十七地区に出た。

 拒針山きょしんさんの小山の一つに入る洞窟の入口があった。麻沚芭がたいまつを掲げて金の真珠と共に先導した。

 ラッサ王は、その間に霄瀾たちが三種の神器も四神五柱の神剣も得ていると聞くと、十秒ほど停止した。

 世界が加速し始めたことに、自分の意識を合わせようと努力したのだ。

『十二種も、集められるはずがないと思っていた。世界は衝突して壊れるか、突き抜けて変わるか。もう“このままでいい”という選択肢は既に失われているのだな。死者の世界を旅して、私は十二種の大神器の名前だけ手に入れている。よく覚えるように。

 三種の神器は水鏡すいきょうの調べ、聖紋弦せいもんげん楽宝円がくほうえん

 四種の神器は玄武げんぶ青龍せいりゅう朱雀すざく白虎びゃっこ麒麟きりんの四神五柱の神剣。

 五種の神器は水鏡すいきょうの調べ、海月かいげつ淵泉えんせんの器、白夜びゃくやの月、光輪こうりんしずくだ』

 ラッサ王を、全員が取り囲んだ。

水鏡すいきょうの調べは、二回出てくるのですね!? もう一つあるというわけでは、なく!?」

『そうだ。それだけ子供だけが持つ無垢に、価値があるということだ』

 霄瀾に、ラッサ王は答案に丸をくれるように円を描いた。

 閼嵐が確認のために聞いた。

「四種の神器が実は五種というのは、五柱目の麒麟神が隠された神だからですか?」

『そうだ。この世の問題を考えない者に星方陣の力を与えないために、麒麟神は隠された。力だけを欲する者は、永遠に星方陣は成せぬ』

 麻沚芭が心をなるべく鎮めながら、問いかけた。

「白夜の月と、光輪の雫というのは?」

 一同が持っていないのは、この二つのみである。

「場所は、わかりますか?」

 頭の中の地図を広げて、一言も聞きもらすまいとする空竜を含めて、全員が次の言葉を待つ。

『残念だが、私は名しか知らぬ。だが、もしかしたら竜ならば、何か知っているかもしれない。私は死者の世界の一部しかまわれなかった。竜はこの世界の知識を持っている。竜の国へ行くとよいだろう』

 洞窟の行き止まりにたどり着いた。

『ここが譜面だ』

 壁には、何も書かれていない。

水鏡すいきょうの調べを奏でるがよい』

 霄瀾が弾きだすと、枝葉筆えだはのふでが動き出し、黄金の小皿の墨を葉先につけた。そして、壁面に曲を書きつけ始めた。

『よく火を掲げろ。この墨は、この火の明かりでないと光らない。普通の火では、透明で何が書かれているか見ることはできないのだ』

 確かに、墨でありながら火の反射で光った部分しか、浮かび上がっていなかった。

 すべてを書き終えて、枝葉筆は霄瀾のもとに戻った。麻沚芭が最初から丹念に火を動かしてくれたおかげで、霄瀾は聖曲「玄武」を読むことができた。

 最後の一音を読み終えたとき、達成感と感動が両肩を押した。

「ボク……がんばったなあ」

 そう言って褒めてくれる人を探して、霄瀾は、肩を落とした。

「おとうさん……大丈夫だよね」


 出雲と剣姫が雲の上の天上界にたどり着いたとき、そこには既に先客がいた。

 彼は後ろ姿を見せて一人で立っていた。

 白い雲の中で、たった一点の黒として。

 その黒い服の男が振り返ると、剣姫は動けなくなる。

 ああ、だめだ。

 出雲の胸が締めつけられる。

 彼女は、またこの人に恋をしてしまう。

 出雲の目が締めつけられる。

「もうオレから紫苑をさらわないで!! 露雩ーッ!!」

 締めつけられた目が極まって朱色あけいろに染まり、出雲は神剣・朱雀で露雩に斬りかかった。

「何をするんだ出雲!!」

 ラッサの都で、露雩は神剣・玄武で朱雀を受け止めた。

 ずっと熱がって寝ていた出雲が、突然刀を抜いたのだ。

「出雲!? 幻覚を見ているの!?」

 露雩の妻・紫苑も立ち上がった。出雲は夢を見ていたのであった。

「殺すしかない!! 殺さないと!!」

 朱色の目は、夢特有の、思いこみに支配されている。露雩を本気で殺すつもりで、刀をめちゃくちゃに振り回す。

「あなた!!」

 紫苑が悲鳴を上げた。

「来るな!! お前の剣技ではかなわない!! オレに任せるんだ!!」

 夫は妻を止め、出雲と戦いながら、玄武に朱雀と交信して状況を教えてもらうことを頼んだ。

「ここで殺しておかないと!! ここで殺しておかないと!!」

 出雲の殺気が神剣・朱雀の輝きを鈍らせていく。


 ラッサの都・第三地区に来た。すぐ目の前に、小山と、その中に入るための鉄の扉がある。

「ここには何があるのだ」

 氷雨が尋ねたとき、金の真珠が振動しだした。光が一回転したと思うと、身長百八十センチの男が立っていた。

 顔は一分のすきもなく金箔を貼っている。黒髪を、額をよけるように真ん中から分けて、耳を隠してあごひげの部分に至る形で固めて、獅子のたてがみを一本もはねずにまとめたようにしている。首から肩は金属の編み込みの鎧で、ひじから手首と膝から足首まで、金の長い板を末広がりにつづり合わせた防具を身に着けている。防具の隙間からのぞく素肌は夜色の青黒あおぐろであった。

 男は、立ちすくんでいる一同の前で、鉄扉の光沢に全身を映した。

 扉の鍵が開く音がして、扉がひとりでに開いた。

『ここは宝物庫だ。ラッサ王の全身を映さないと、封印が解けなくてな』

 男――ラッサ王は、中へ入っていった。

「その姿がラッサ王!?」

 一同は、ふんだんな金に囲まれたラッサ王をもっとよく見ようと、急いで中に入った。

『あの女は、さすがにこの封印は破れぬようだ。いや、他に何かやることがあって、そちらが忙しかったと言うべきか……』

 ラッサ王が口を動かすたび、金粉が地面に落ちる。表情を変えても、皺の部分が落ち、顔に肌の亀裂が入る。

「(毎日金箔貼るお化粧してるんだあ……。それが、王がラッサの神に仕える方法なのね)」

 空竜は父帝を思い起こした。父は常に様々な香りを身につけている。それが、帝が神に仕える方法なのだ。

「(いつの時代も王は大変よね。贅沢でやってるんじゃないっていうのも、あるんだものお)」

 神には己の最も美しい姿を見せることが必要だからだ――空竜はそのことわりを知っているがゆえに、ラッサ王を二度とない機会として、興味深く見つめた。

 宝物庫の内部には、宝石や金細工の装飾品、黄金の剣と鎧、書物、産業に必要な道具、食糧になる作物の種などが、いくつかの空洞に分かれて置かれていた。

『ここだけは、今の帝国の始祖も入れなかった。それに、ここは住みにくいと言って、わざわざ遠回りして拒針山の裏側に都を造った。本当に、式神が多少修復したとはいえ、このラッサの都がほぼ昔のままというのは、懐かしく、嬉しいことである』

「今の帝国の始祖」は、ついこの間戦った、剣竜である。人々は剣竜を封印して、「住みよい世界に向かった」のだ。空竜は不思議そうに首をひねった。

「兵士も一度に来られないし、都に入ってもすぐにあなたのもとにたどり着けないのに、なぜラッサの民は負けたのですか?」

 ラッサ王は改めて空竜の顔を見つめた。金箔で、表情がよくわからない。

『竜が手を貸したのだ』

「えっ!?」

『竜にとっては、その翼で拒針山を飛び越えることなど、たやすいことだ。当時は竜もあらゆるものの血をなめたがっていた。なめればなめるほど、他人の人生を記憶して、知識を増やせるからだ。敵兵は、竜のつかむ鉄籠に乗ってやって来た。そして、点在する島に次々と降り立った――』

 なぜそれを帝の娘である空竜が知らないのか? 空竜が一生独身なら、女帝として教えられた。しかしいとこの当滴あってきと結婚することが決まっていたので、帝位継承に関する人族の王としての秘密は、すべて真の次期帝となる当滴に伝えられていたのだ。

「次期女帝」の称号が空竜にあるとしたら、それはすなわち、当滴と結婚する前に帝・火竜が死去した時、一時的に帝位につく場合を指しているのである。帝の一族の当滴と結婚すれば、当滴が正統な帝になる。帝の一族の男と結婚しないなら、女帝として一生独身を通すか、帝の地位を帝の一族の男に譲らなければならない。

 誰も空竜に女帝を期待していない。

 だから、父・火竜はせめて娘のために、精一杯の贈り物をした。

『なぜ帝の真の名に代々“竜”がつくか、知っているか?』

 空竜には、わからなかった。

『「人をべる帝は、竜が助けてくれたことを忘れない。人が危ないとき、竜が危ないとき、どちらも助けあおう、その伝令役は常に帝が行う、その証に竜と語る帝の名には必ず竜の字を入れるから、竜はそれを目当てにやって来てほしい」という意味でつけられているのだ。竜の字を持つ帝は、それだけで竜に近しいのだ』

 火竜は、空竜が自分の死後困らないように、「竜」の字を継がせた。女の子供だから別の字を、といさめる家臣もいた。長子・日宮ひのみや、現帝の次子・星宮ほしみや、末子・月宮つきみやの三兄弟の血筋以外にも、傍流で帝位継承権のある男子がたくさんいたからである。

 しかしこの強引な名づけは、空竜が必ず帝位につく帝と結婚できるように、という親の愛であった。

「空竜」の名を、剝奪しようと思えば剝奪できるけれども。

 今、帝国に対して権力があるのは日宮である。国をまとめるため、力のある者と組むのは当然のことである。それゆえ、他の帝位継承権を持つ者たちは、後ろ楯がなくて表には出てこられないのであった。

 何も教えられていなくても、父が自分を守りたくて空竜と名づけたのだと、娘にはわかった。

 空竜の目は、定まりつつあると同じだけ、心の炎も鎮まっていった。

『それで、残りの神器について知っているかもしれない竜の国のことだが。この地図でわかるか』

 ラッサ王は、金糸で結ばれた巻物を拾うと、壁に広げた。地図は針でとめなくてもぴったりと壁に吸いついている。

 この世界の大陸の地図であった。海岸線が若干変わっているが、海や半島の位置から、十分今の地図を重ねられる。ラッサの地図には人族、竜族、精霊族、魔族の勢力図が示されていた。現在は精霊族と竜族が隠れ住むようになったため、今の地図では大半の土地を人族が国分けして支配し、魔族の勢力が西の方にある。

 空竜が見たところ、竜族の国はある山を中心にして広がっていた。

金韻きんいん山脈ね……。どの頂も必ず鋭く尖っていて、誰も頂上を極めることができない山よ。どんな音でもすべての山に響き渡ると言われるほど、とても静かなところよ」

『幻術がかけられていて、その山に登ったとしても竜族の住む空間には入れない。その破り方がわからないから、どの種族も竜族に戦いを挑むことはできない。だが、今もおそらくここにいるだろう』

 ラッサ王の地図を、麻沚芭が険しい目で見つめていた。

「空竜、この国は」

 空竜も遠くを見るように目を細めていた。

「ええ……名浄国なじょうこく日宮ひのみやの治める国だわ」

 できれば避けて通りたかった。星方陣せいほうじんのことを知って、どう干渉してくるかわからない。力の存在を、帝と同等の権力を持つ者に教えたくはない。権力者というものは、自分が影響を与えることを望み、支配することを望み、思い通りの希望をかなえることを望む、無価値な関与欲を持っているからだ。

 その権力者が、皆から認められて上に立った人格者ならまだ分別があってそんなことはしないが、血筋だけで何の実績もない何も持たない者は、何か形あるものを残したくて、なんにでも口を出し、この世に生きた痕跡を残そうと躍起になる。

 何も持たない日宮が、星方陣を見逃すはずがない。

 空竜は底なし沼に沈みかけている気持ちから、抜け出せなかった。

「(あいつなら、何か明るくする考え、言ってくれたかな)」

 空竜が考えている間に、一同はラッサの都・第六地区に戻っていた。

『さて、これから戦いになるわけだが――』

 ラッサ王が一同に振り返ったとき、霄瀾に綿の帯が巻きつき、空中へ引き上げた。

「霄瀾!?」

「動くんじゃないよ!」

 一同は驚いて、一瞬止まった。上空に、二つの綿の扇ではばたく風吹が、霄瀾を扇から出た綿で縛って、見下ろしていた。

「ラッサ王。お前、このガキの中に入りな。金の粒になりゃすぐだろ」

「風吹! 今までどこにいやがった! ずっと見ていたのか!」

 閼嵐は、三枚の鱗を背に立てたトカゲの式神が、風吹の肩によじ登るのを見た。

「……見ていたようだな」

 氷雨の声が冷静だったのは救いだった。全員、霄瀾の魂が抜かれると思って、心臓が破れんばかりであった。

「王になると、味方でも敵でも、何らかの力を『全員に及ぼす効果』を得ることができるんだってねえ」

 風吹は、ラッサ王をじっくりと、頭の上から爪先まで眺めまわした。

「ラッサ王の力を、あたしの役に立ててもらうよ! さあ、このガキの中にお入りっ! でないとこのガキの魂を抜いてしまうよ!」

 空竜たちから大量の冷や汗が出たが、ラッサ王は動じなかった。

『王の血を使って、王の力を借りるつもりなのだろう。魂を抜けば、器のその子は死んで、血も十分に取れなくなる。ラッサの民はその子だけで、他の者ではラッサ王の力が出ないかもしれない。だからお前はすぐにその子の魂を抜けなかった。違うか』

 風吹は空中で身動みじろぎした。

「……ふん! じゃあ他の連中を狙うまでさ! 神器・白雲扇しらくものおうぎ!!」

 風吹の扇から直径一センチの綿玉がたくさん、胞子のように広がったかと思うと、一同の呼吸器に殺到した。

「モッ、ムガッ! ッカッ!!」

「モゴー!!」

「ッカハッ!! カッ!!」

 綿が肺まで達し、一瞬で呼吸が止まる。

 ラッサ王は死んでいるので、一人素早く見渡す。

『なんという……!!』

 風吹が、苦しむ一同を見下ろしてききっききっきっと歌い、笑った。

「どうだい、神器・白雲扇は! 夏至に太陽の陽気が形を生んだ扇、力を解放した真の姿さ! 敵の呼吸器に綿が入って、肺を圧迫して呼吸困難で死に至らしめる、命に対する最強の武器さ!」

 その風吹の綿を切ろうとした者があった。

 呼吸のいらない人形機械・氷雨であった。

 しかし、氷雨の炎の精霊を宿した槍でも、霄瀾を捕まえる綿を焼き切れなかった。

「ききき! 人形一体で、全員が窒息する前にあたしを倒せるかなあ?」

 べべべべと舌を左右に震わせて嘲る風吹は、さらに綿を放った。とても皆は戦えない、そう判断してラッサ王が叫んだ。

『一旦別の島へ逃げろ! 第十二地区で得た火で、体の中の綿を燃やし尽くせ! あれは聖火だ! わかったら行け!!』

 そして、金の真珠になって霄瀾の口の中へ入った。風吹は目的を果たしたので、次の計画へすぐに移るべく、綿の扇で空を飛んで去っていった。風吹はここで一同のとどめが刺せないと予想していた。なぜならば――

 青龍神の神風が起こり、それは各々の体内をかけめぐり、異物を根こそぎ吐き出させた。

「ゴパッ!! ハァッ!!」

「ガップッ!!」

「ベッペッ!!」

 入りこんでいた綿が、体外に引きずり出され、一同はやっとの思いで息をした。

「助かりました、青龍神!!」

 荒く息をついて、麻沚芭が代表してお辞儀をした。神の力がなかったら、命を落とす者があったかもしれない。

『幾度となく、我に挑戦する不逞ふていやからである。我の認めし麻沚芭よ、負けることは赦さぬぞ』

「……はい!」

 神の力を引き出すのは精神の成長である。麻沚芭は決心と共に答えた。

 閼嵐が石柱のそばに立った。

「急いで紫苑たちのもとに戻るぞ! 霄瀾もいつまで無事か、わからない!」

 全員が走り寄って、第十五地区へ向かった。


 出雲と露雩は、本気で斬りあっていた。互いの剣技は、朱雀の神火かみびと玄武の神水かみのみずを交えて行われている。強烈な交刃の音が響くたび、肌をかすめる刃をすんでのところで止める火花が散るたび、紫苑の心臓は叩きつけるように限界まで大きくなる。

 出雲は神剣・朱雀に満足していた。

「ほら見ろ……! オレだって、神剣さえあれば、お前に十分勝てるんだ! オレより先に神に認められただけのお前は、もう用済みだ! これからはあいつも剣姫のあいつもオレが守るんだ! あいつの隣にいていいのは、オレだけなんだ! やっと……やっとお前を倒せる! この日をどんなに待ったことか!!」

「出雲……!」

 出雲が、おそらくずっと抑えてきた感情なのだ。露雩にはそれがわかった。

 式神として、剣姫に力を奪われていなければ。

 四神に認められるほどになって、決して折れない神剣さえ手に入れられれば。

 いつも、何かに邪魔をされていた。

「どうしてオレをあいつから引き離すんだ! 完全な状態なら、オレは最初からあいつを守れていたはずなんだ! 露雩の入りこむ余地なんて、なかったはずなんだ! どうしてオレに全力を出させてくれないんだ!! オレにはちゃんと、実力があったのに!!」

 出雲の繰り出す神剣・朱雀を、露雩の神剣・玄武が、交差する形で止める。風圧が広がった。

「出雲、先に出会っていたからといって、紫苑が必ず選ぶわけじゃない。仲間のままで終わることもある」

 しかし朱色の目を閉じて、出雲は激しく首を振った。

「そんなわけがない!! オレの実力なら、剣姫は絶対、オレを見てくれたはずだ!! お前がいなければ、朱雀神に認められたオレが、紫苑とどこまでも行けたはずなんだ!! だから今、お前を殺してしまおう!! お前のいない世界なら、紫苑はオレを見てくれるんだーッ!!」

 出雲の突き出した鈍い赤色の刀を、双剣が弾いた。

 びくっと、出雲が止まった。

 白き炎の守護姫が、苦悩に満ちた表情で、露雩と出雲の間に横向きに立ちはだかっていた。

「……どうして邪魔をするの?」

 出雲は子供のように素直な気持ちと恐れを抱いて尋ねた。

「出雲……出雲……」

 横顔から、剣姫は顔だけ振り向いた。表情は苦悩のままだった。

「支えるのと救うのとは、違うのよ」

 それを聞いたとたん、出雲は息をするのも忘れて朱色の目を見開いた。

 自分は一生彼女の「仲間」なのだ。

 自分の「希望」は、自分だけの「物語」だったのだ。

「盗まないで」

 朱色の目に映るすべてに。

「オレのものだったんだからあ……」

 朱色の涙が、出雲の目を覆い幻覚を見せていた炎の呪いを、流していった。幻覚を剣姫に砕かれて、呪いが維持できなくなったからであった。

 欲望を極限まで燃え上がらせる呪いを、かけられていたのであった。

 すべての現実を取り戻して、出雲は下を向いたまま大声で泣いた。

 剣姫は双剣をしまい、紫苑に戻ると、立ち尽くしていた。

「もう、何をしても紫苑に届かない……! 死んでしまいたい」

 出雲がそう叫んだとき、朱雀が反応するより早く、露雩が光の速さで叫んだ。

「霄瀾の前で絶対そんなこと言うなッ!!」

 出雲は、はっと涙が止まった。露雩が叫び続ける。

「自分のことを大切だと思っていなかったのかと、一生思わせたいのかッ!!」

 出雲は、子供の霄瀾のその姿を思って、涙が一滴こぼれた。

「ごめん霄瀾……!! オレ、絶対死なねえから!! 生きるから!! いつでもお前を絶対、助けに行くから!!」

 神剣・朱雀は鈍い色が失せ、元の美しい赤を取り戻した。

 そこへ空竜たちが戻ってきて、これまでのことと霄瀾のことを伝えた。

「オレの子供に手を出す奴は、誰であろうと許さねえ!! これ以上オレの家族には、何もさせねえ!! 風吹、絶対にオレが倒す!!」

 出雲が決意を固めた。空竜たちは、紫苑と露雩が、出雲がどうして元に戻ったか言わないのを不審に思ったが、戦いに備えて、霄瀾の残してくれた紙のラッサ数字を覚える方に専念した。

 出雲は露雩に呟いた。

「不思議だな。オレ、式神なのに、みんながいて、子供がいて……。すごく幸せだから、なぜ式神がそれを赦されなかったのか、わからない。生死が神の支配下にないから、神に呪われたのかな」

「呪うくらいなら滅ぼすさ。式神に感情があることを考えて。神は見捨てていない証だよ」

「ああ……風吹に答えを出さなきゃな。何も持ってない式神かぜふきに……」

 紫苑が二人のそばに来た。

「ちゃんと数字を覚えなさいよ。風吹はきっと、私たちを分断してくるわよ」

「オレと紫苑は翼があるから大丈夫さ。だろ?」

 出雲がおどけた。「尊敬」に変えたはずなのに、「愛する心」が薪にされてしまった。恋心は捨てられないかもしれない。でも、自分の届かない想いに、壊されない。紫苑が友であることを、嬉しく思う。すべての望みがかなう人間はいない。かなわないから、今日別の道を苦しみながら見つけるのだろう。そこで何が起きるのかわからなくても、生きてみるから、道になる。

「生きるって、なんでも起こりうると知っていながら、何が起きるかわからないってことだった。わかっていたのに。でも、望みがかなわないときも、探そうと思えば救いは見つかるものだ。なあ、紫苑」

「なに、出雲?」

 出雲は優しく笑った。

「オレは、お前が死ぬとき一緒に死ねて幸せだよ。こういうの、愛してるって言うよな?」

 紫苑は目をいっぱいに広げて、口を固く結んで、返事につまった。

「(いじわるだったな。露雩の前で)」

 答えがわかっている出雲は、紫苑の肩に手を置いた。

「でも長生きしてくれよ。霄瀾が一人前になるまでは、オレ死ねないから」

 そしてラッサ数字を覚えに、皆の輪の中に入った。

 紫苑が夫に何か言おうとすると、夫は制した。

「大丈夫だよ。出雲は素直な子だよ。人の気持ちを受け入れたから、呪いの炎が涙で流せたんだよ。オレは出雲のことが、仲間として大好きだ」

 紫苑はそれを聞いて、露雩の手を握った。

「私の心は、ずっとあなたと共にある」

「うん……」

 夫婦は、安らいで見つめあった。


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