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星方陣撃剣録  作者: 白雪
第一部 紅い玲瓏 第十六章 魂の乱舞
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魂の乱舞第一章「実験台」

登場人物

双剣士であり陰陽師でもある、「土気」を司る麒麟きりん神に認められし者・赤ノ宮の名字を改めた九字紫苑くじ・しおん。強大な力を秘める瞳、星晶睛せいしょうせいの持ち主で、「水気」を司る玄武げんぶ神に認められし者、紫苑と結婚している露雩ろう

紫苑の炎の式神で、「火気」を司る朱雀すざく神に認められし者・精霊王・出雲いずも。神器の竪琴・水鏡すいきょうの調べを持つ竪琴弾きの子供・霄瀾しょうらん。帝の一人娘で、神器の鏡・海月かいげつと、神器の聖弓・六薙ろくなぎまたの名を弦楽器の神器・聖紋弦せいもんげんの使い手・空竜くりゅう姫。聖水「閼伽あか」を出せる、「魔族王」であり格闘家の青年で、はちまきの神器・淵泉えんせんうつわの持ち主の、「金気」を司る白虎びゃっこ神に認められし者・閼嵐あらん。輪の神器・楽宝円がくほうえんを持ち、「木気」を司る青龍せいりゅう神に認められた、忍の者・霧府麻沚芭きりふ・ましば。人形師の下与芯かよしんによって人喪志国ひともしこくの開奈姫に似せて作られた、槍使いの人形機械・氷雨ひさめ

建築の大臣・直下なおした

 魂を集めている女・風吹かぜふき


 出雲の因縁の相手・風吹と戦います。




第一章  実験台



『その男は人間と称していたが、魔性を放ち、魔物のようであった。われを前にして姿を見せることを拒み、目だけ出して布を頭からかぶったままであったが、声の様子から、どこか星方陣せいほうじんを作ることをためらっているように見えた』

 火気の四神・朱雀すざくの、炎の体の奥で深く暖められたような、穏やかでゆっくりとした声が告げた。

『我の試練に通ったにもかかわらず、我から自発的に協力してほしいと頼んできた。自分から星方陣を作ることを迷っているのだ』

 露雩は、朱雀の炎を放つ翼のように、赤みのさした形のよい口唇をぐっと引き結んで、真剣に聞いている。

「星方陣を何の望みにするつもりだったかを、お尋ねになりましたか」

 紫苑の、紅葉こうようの盛りの紅葉もみじのように赤く映える瞳が、朱雀の炎をいっぱいに映した。

『いや。何も語りたがらない男であった。しかし、なぜだろうな。その男の話を、どんな些細なことでも、最後まで聞きたくなるのだ。何か一つでも、知りたくなるのだ。結局力を貸すこともなく、神剣を渡すこともなかったが、不思議な気持ちなのだ。星方陣を成したとき、この答えがわかるのだろうかと、未だに考えている』

 霄瀾がススキの穂のように黄色く細い眉を、額に押し広げた。

「神剣を持って行かなかったの!?」

 閼嵐は鎖鎌のようにがっしりと筋の通った鼻に、指をのせた。

「神器の剣を既に持っていたのか……?」

 麻沚芭は白鳥が羽を揃えたような清楚に流れる線の絶えない、焦茶こげちゃ色の髪の毛をたらして下を向き、自分の神剣・青龍せいりゅうを見つめた。

「既に別の神のもとにいた……?」

 空竜が白い藤の花のように連なる白い歯を少しのぞかせて驚いた。

「えっ、じゃ他の四神も会ってるってこと?」

 玄武げんぶ白虎びゃっこ、青龍、麒麟きりんは、いずれもその男を知らなかった。

 氷雨は水が安らかにうねるような眉を寄せて考えた。

「では、朱雀神に会ったあと、志半ばで終わったということか。病気か? 妨害にあったか?」

「そいつがもし生きてたら、オレとどちらが神剣を扱うことになりますか」

 出雲の、海の精がついているかのように透明感のある肌の手が神剣に添えられても、朱雀は答えなかった。

 露雩は一言も言わなかった。星方陣は果たして成していいものなのか。もし自分がそれを止めるべくその男を追っていたのだとしたら。それとも、助言に向かったのだろうか。それとも、「王」のもとに集まろうとしたのだろうか。

 百年経って、自分は再び星方陣に関わろうとしている。

 露雩は「星晶睛せいしょうせい」、「藤花とうか」と黒水晶の表紙の本のこと、その他どんなことからでも、自分を知らなければならないのだ。

 過去を知らなければ、二度同じあやまちを繰り返すことになる。

 封印など、またされてなるものか。

 露雩は、次は勝つと決意して、己を黒水晶の本の表紙の、黒い水晶の鏡で見つめた。


 一行は、生強理国いつよりこくから外満国そとみちこくを抜けていた。

 出雲は、故郷の可木姿町かきしちょうには寄らなかった。

 その代わり、これまでの人生を、空を見上げながら振り返った。

 遂に最後の四神・朱雀神の加護を得た。紫苑を支える名乗りをあげることには間に合わなかったが、それでも玄武・白虎・青龍・麒麟・朱雀と、五柱全神が揃ったことは大きい。

 星方陣は五芒星だ。

 どの神剣が使われるのであろうか。

 星方陣に失敗すれば、神に世界を問うた罰で消滅する。

 強大な力は、対等な捧げものを要求する。それは儀式の犠牲ではなく、自らの心と行いで生み出すもののことである。他の命に代わってもらうのではなくて、自分を生贄にする割合を増やしていくのだ。強くなればなるほど、大きな事象に出遭い、死に近づく道に入る。しかし、その人々にも、そしてどの命にも、努力すれば生き延びる道が与えられている。

 その道を見つけるためには、世界のことをよく知ることが必要だ。

 神は優しいから、必ず答えに近づける事象を、世界のあちこちに隠してくれている。それを見抜いて世界を理解したとき、生き長らえる道・希望が見つかる。

 必ず世界のどこかに、答えにつながることわりが隠されているはずだ。

 神に認められていながら星方陣の失敗で消滅することは、悔しいことだ。星方陣は、神が世界に残した最大の問題なのかもしれない。この式が解けるのか。世界のあらゆる事象を代入して、きっとかいを出してみせる。

 出雲は、神と共にって優しくなった瞳で、世界を見渡した。

 一行は、外満国の西、坂車国さかしゃくにに入った。


 王都・深宿ふかやどには、昼頃に着いた。

 飯屋めしやに入り、氷雨以外は焼き豆腐と、さらに閼嵐以外は魚のから揚げを頼んだ。

「ちきしょー、やってらんねーよー!!」

 突然、飯屋の中央で若い男が雄叫びをあげた。酒瓶が五本転がっていて、昼間から酔っ払っている。

 霄瀾の体が固まったのを見た店の主人が、若い男をなだめに行った。

「しかたないじゃないですかお客さん、王様のご命令じゃあ」

「バッキャロー、七色ななしょくの真珠でできた竜の爪なんか、この世にあるか!! あっても竜から奪えるわけねーだろ!!」

 腕で机の上を薙ぎ倒し、酒瓶が落ちて割れる。

「オレは一生、この王都に帰ってこれねーんだよー!!」

 机に突っ伏して、大声で泣き始めた。

 店の主人が、背中をさすっている。

「お客さんは病気になったとでも言えば逃げられますけどね、一番かわいそうなのは立忽たっこつ様ですよ。真面目なお方ですから、嘘でお茶を濁すようなことをせず、死ぬまで旅をお続けになりますよ。国王の胆久たんきゅう様から直々に命令されたのですから」

「立忽様に恩を受けたから、オレは逃げない! だからこそ、宰相の仁無員にないんが憎くて憎くてしょうがねえ!! あの野郎、博学のふりしてありもしない嘘をいつもいつもこしらえやがって……!!」

「あの。ちょっといいですか?」

 空竜が男の机のそばに立っていた。

「そのお話、詳しくお聞かせ願えませんか?」


 一同は、立忽の屋敷の応接間に入っていた。木目の入った長い机を囲むように、草色の厚く丸い座布団が敷かれ、八人と立忽が座っている。

 ちなみに、紫苑だけが九字の名を明かし、都からの隠密の巡察であることにしている。よって、上座についている。

「では、お話しください」

 紫苑に促されて、立忽が下座で一礼した。

 立忽は、五十歳で、前髪が額から指四本ほど後退している、黒髪の短髪であった。目は小さいが、笑い皺がたくさん、目尻から目の長さの何倍も伸びている。黒い眉は八の字に下がり、笑ったとき歯が真っ白できれいにそろっていた。よく笑うためか頬だけは若々しく張りがあり、赤く、血色がよかった。だが、事の経緯を説明するときは、八の字の眉がとても困っていることを伝えるかのように、歪んだ。

「私は飢饉に備えて食糧を蓄えることを指揮する官吏でして、飢饉になった年、それが国民を救ったのが認められて、食糧生産計画を司る大臣になった者でございます。国王・胆久たんきゅう様からは大変な信頼を受けており、食糧生産は私の意見をまず聞かれます」

 食糧は国を形成する土台だ。他国に支配されないためには、自給率が十割を超えていなければならない。余った分を備蓄し、戦争だけでなく災害も含めて不測の事態に備えるためだ。その計画ができる者が大臣になり、重用されるのは当然であり、あるべき姿だ。

「しかし、宰相の仁無員にないんは、それが面白くなかったのです」

 仁無員は、国王・胆久のきさきのおじで、后の血縁というだけで宰相の位についていた。つまり、王を裏切らないはずだという推定の「約束」だけで王のそばに配置されていた。能はないくせに嫉妬深く、おまけに口がうまく、信じやすい王をいつも自分の都合のいい方に誘導していた。何人かの大臣が仁無員の無能を王の前で非難したが、王は「自分を絶対に裏切らないとわかるのは后の血縁の仁無員だけだ」と言って、意見を取り上げなかった。

 仁無員は満座の前で恥をかかされたこの一件を恨みに思い、復讐を始めた。

 自分を非難した大臣たちに、「この世の宝」を探しに行かせたのだ。

 法律を司る大臣には、「天の掟の書かれた巻物」を。法律に精通していないと見抜くことはできない、そしてその天の掟の通りに法を決めれば国はますます栄えると、王に説いた。

 文書を司る大臣には、「誤字を出さない老大木の角筆つのふで」を。老大木は字をずば抜けて多く知っている者にだけ、角つまり枝を分けてくれる、それを筆にするのだと王に説いた。

 建築を司る大臣は、「神が建てた社」を。人間が作るあらゆる建築様式を知っている大臣こそ、地上にまぎれている神の社に気づける、それをわが国で真似しましょうと王に説いた。

 これらの物は、すべて実在しない。仁無員のでっちあげである。つまり、ありもしない物を、大臣自ら探しに行かせ、一生王都に帰って来られないようにしたのである。

 心ある者たちは、仁無員の横暴に眉をひそめたが、王が仁無員を罰しないことを知っているので、誰も何も言わなかった。言っても何も変わらず、仁無員の次の標的になるのはごめんだったからだ。

 法律の大臣は旅の途中で死亡し、文書の大臣は強盗に遭ったという情報のあと生死不明、建築の大臣は行方知れずになった。

 有能な三人もの国を守る宝が、つまらないことで失われた。しかし仁無員がそれを惜しむはずもなく、かえってこれで味をしめてしまった。

 自分の敵になる者・自分を超えようとする者は、全員終わらない旅に出してしまおうと。

 立忽は、食糧生産計画の大臣であり、それに関することは真っ先に王から意見を求められる。それが、仁無員には面白くなかったのだ。どんな事案も、まず宰相である自分が答えるべきだ。各大臣は、その自分の述べた意見をおしはかって、それに沿う形で立案を行うべきである。それが、宰相の下役である大臣の務めであり、目上の者を尊重するということである。よって、立忽が自分より先に意見を述べることは、気に入らない。

「仁無員は、国王に言いました。この世にいる竜族の中に、一粒につき一色で、七色ななしょくの真珠をちりばめた爪を持つ竜がいる。その真珠を土に埋めれば、そこは色によってく作物は違うものの、肥沃な土地になる。竜から奪うのではこちらも危険ですから、説得して数粒だけもらうのがいいでしょう。どの粒をもらうのか、この坂車国さかしゃくにの土壌、主力作物などを心得ている食糧生産計画の大臣である立忽大臣に見極めてきていただくのがよいと思われますと。王は仁無員の意見を聞き入れられ、私に真珠探しの旅に出るように命じられました。私は、明日、出発しなければなりません。それですら、仁無員は不満らしく、さきほども使いの者をよこして、国王直々のご命令に背いて、まだぐずぐずしているのか、借金でも待ってもらう相談をしているのか、それとも乗っていく馬がなくて慌てて買っているのか、行動の遅い者に大臣など務まらないなどと皮肉を言わせ、冷笑させ、私が怒ってすぐにでも発つようにしむけました。

 国王のご命令をかさに着て、仁無員だけでなくその下男まで言いたい放題です。こんな者たちが国の中で野放しになっているので、私は私の去ったあとのこの国が心配でなりません。いつの世も悪人は絶大な権力を持つもので、いつだって心ある人は犠牲になるのですね」

 立忽はため息と共にしばらく目を閉じて、開けられなかった。

 紫苑が立ち上がった。


 坂車国さかしゃくにの国王・胆久たんきゅうは、二十二才の若い王だった。十才のとき父王が臣下の裏切りで毒殺されてから、他人を信用しなくなった。十四才で結婚した后と、后の産んだ息子、そして后の親族が、胆久の守りあうべき家族であった。

 政治のことは、年長者の仁無員に支えてもらいながら、学んでいる。仁無員は、間違ったことは言わない。家族だから、自分のためにならないことは言わないはずだ。勉強も、仁無員の選んだ教師について、励んでいる。国には、多くの頭脳明晰ずのうめいせきな悪人より、一人の信用のおける義士がいれば栄えるということを、この教師から学んだ。

 他人は裏切るのだ、金が絡めばすぐ転ぶ。父を殺された。二度と他人を信じない。

 胆久が后、息子、仁無員、その他おつきの者たちのいる広い庭で、息子とまりで遊んでいると、屋敷が騒がしくなった。

「何事だ」

 顔を上げた胆久の前に、冷たい瞳の美女が立った。

 胆久はぞくりと体が震えた。彼女のすべての殺気が、非常に強烈な美しさに変換されていると思えたからだ。

 その殺気は、胆久に向けられていた。

「己の力を使わない力は、悪である」

 冷たい瞳の美女――剣姫は、言い放った。

「なんだこいつは!! 王の中庭に土足で、無礼であろう!!」

 仁無員が手を払うと、おつきの者が剣姫を捕まえようと走りだした。

「はあっ!!」

 剣姫のかけ声で放たれた白き炎で、全員吹き飛ばされた。

 立忽が紫苑以外の七人の前に出た。

 それを見た仁無員が指を突きつけた。

「立忽大臣! こんなところで何をしている! この女はお前の配下か! 王に反旗を翻す気か!」

「このお方は帝都の巡察使、九字紫苑様でございます。あらましは説明済みでございます」

 空竜に天印てんいんを見せられて、仁無員の顔がみるみる青ざめた。

「仁無員。ずいぶんと古の品に詳しいようだな」

「は、はっ」

 王以下ひざまずく中、仁無員は紫苑の言葉で一気に血の気が引いた。

「どの書物からの知識か、申せ」

「は、はっ」

 仁無員から脂汗あぶらあせが出た。そんな書物は存在しない。しかし、偽の書は作っておいた。それを見せれば切り抜けられる。仁無員は懐から本を取り出した。盗まれて他人に検証されないように、常に肌身離さず持っていたのだ。

「この、『いにしえくだり放浪ほうろう』という書にございます」

 剣姫に手渡すとき、指が震えているのを隠すのに苦労した。

「天の掟の書かれた巻物、誤字を出さない老大木の角筆、神が建てた社、竜の爪の真珠。他にも書かれているな」

 剣姫の声を聞いて、しめた! と仁無員は舌で上唇をなめた。

「私の話は、すべて真実なのだと、おわかりいただけましたでしょうか。探す者も資格がなければならないということも。そこで、国を一時的に去るのは惜しいことですが、この宝探しの大任を、大臣に与えていたのです」

「お前とこの国が大罪人だということがわかった。お前たちは死刑だ。新しい国王はあとで都がつかわす。今は私がお前たちを処刑しよう」

 剣姫が双剣を抜いて庭に降りてきた。仁無員たちがなぜと慌てて叫んだ。

「これほどの宝の存在を知っていながら、帝都に何の報告もしなかった。探し出した暁には、これを使って帝都を脅かす腹づもりであったのだろう。謀反なり。よって、斬る!」

「ち違いますそれは……」

 仁無員は、それがでたらめの本だと言えない。言えば自分の悪事が露顕する。しかし、このままでは全員処刑される。国王が殺されたら、自分の宰相の地位も失われる。自分だけ生き残り、権力を保つには。仁無員は上唇をなめてニヤリとした。

「九字様、私を最後にお斬りください。斬られる前に大事なお話がございます」

 他の宝の情報もあるとでっちあげて、それをエサに処刑を止めてもらおうとしていた。全員いなくなったあとなら、後腐れがなくていい。

「今言え」

「長い話ですので」

「ではうるさいお前から斬ろう」

「お待ちを!!」

 仁無員が尻もちをついて芝をつかんだ。

「私は他の宝の情報も存じ上げております。今回私をお許しくださりましたならば、必ずや帝のおんために働く所存でございます! なにとぞお引き立てくださりますよう!!」

「仁無員!!」

 王・胆久たんきゅうは愕然とした。仁無員は最初、「最後に斬れ、斬られる前に大事な話がある」と言ったのだ。つまり、宝の情報を国や胆久たちを救う方に使わず、それで都の中枢に入って、自分だけ助かろうとしたのであった。

 后のおじだと思って、信頼してきたのに。

 悲しみと怒りで顔が真っ赤に沸き立つ胆久に、剣姫は冷たい声をかけた。

「仁無員の死刑をお前が宣言せよ。王であろう」

「えっ!」

 仁無員が焦った。

「なぜですか! 私の情報は欲しくないのですか!」

 剣姫が、かっと目つきを厳しくした。

「仁無員、この国家惑乱の大罪人め! 嘘の情報でいたずらに無実の問題の火をまき散らす、愉快犯! 人を化かすその悪逆の舌、抜いて黙らせてくれようぞ! 胆久、お前が宣告せよ! できねばお前も斬る!!」

 剣姫に迫られて、胆久は頭中を血がめぐった。

 この人は、最初自分に何と言ったか。

「己の力を使わない力は、悪である」

 つまり、「王」として仁無員を罰せないことを言われたのだ。

 もし「王の力を使って」仁無員を殺せれば、この人は自分を許すのだ。仁無員のいない政府でもいい、つまり大臣たちを、「これから共にやっていこう」と「信じた」ことになるからだ。

 仁無員は自分を見捨てた。自分は信じていたが、仁無員は自分の「王の力」だけ信じていたらしい。

 胆久はうなずいた。仁無員は、他の兵士を口でまるめこまないように、舌を抜かれてから、庭で処刑された。

「死んだ大臣の家族は、一生、私の名で面倒を見ます」

 胆久の前で、剣姫は双剣をしまった。

「王は無知ではいけない。忠臣を失うもとになり、操られるもとになる。確認のしようがない情報に接するときは気をつけろ。自分でもあらゆることを覚えておけ」

「……どの情報が正しく、または間違いなのか、私はどういう人を信じればいいのかわかりません」

 親族を殺されて呆然としている后を見てから、胆久はうつむいた。剣姫はその横顔を眺めた。

「信頼とは与えあうものだ。一方的にもらう関係などはない。与えることで良いことも悪いことも経験していく。与えないから変わったことが起きたとき、どうしたらいいかわからず、助けてくれた人をあっさり信じてしまう。経験がないことは、操られるもとである。間違えて傷つくことは、かえって悪人を見抜く目を養える。悪臣に殺されたくないという理屈はお前が子供のうちならわかるが、王ならば甘えるな。死ぬ覚悟で民を守れ。死ぬ覚悟で国に尽くす人々がいることを忘れるな。いろいろなことを経験していけば、きっと悪人に気づく目が育つ。諦めるな。もっとお前の国を見ろ!」

 はっ、と胆久は剣姫の目に振り返った。剣姫はもう既に紫苑に戻っていた。

「胆久様!! 一大事でございます!!」

 着物の破れた三十人の集団が、庭へ走りこんできた。

 それは、行方知れずになっていた建築の大臣と、その一行であった。

「おお、よくぞ戻ってきてくれた直下なおした! すまなかった、お前には苦労をかけ――」

「反乱でございます!! 辺境の町村の者が武器を取り、この王都・深宿ふかやどに進軍しております!!」

 胆久は言葉を遮られたのも忘れて、口が一瞬、開閉した。そしてすぐ尋ねた。

「国境警備兵は何をしている!!」

「彼らから先に反乱を起こし、進路上の各町村も呼応しました! 私は宝が見つからなかったことを報告しに戻りましたところ、偶然目撃し、しかし見つかり、矢の中を森に逃れてここまで走った次第です! どうか兵の招集を! 反乱軍は王都の外を流れる、押教川おうきょうがわまで迫っております!!」

 胆久は謁見の間へ早足で向かった。

 紫苑たちはそれを追いながら、顔を見合わせた。仁無員の横暴が、民に反乱を起こさせたとは考えにくい。この国には、まだ何か悪事があるのか。それとも他に何か理由があるのか。

 謁見の間では、前面に将軍以下武官が並んでいた。文官は後方に下がっていた。

「反乱軍の進路上の町村は、すべてこの反乱軍に加わっております! 報告によりますと、老人・女・子供まで加わっています! 一人も残らず町村を出て、数は膨れ上がるばかりです!」

 将軍・真収ましゅうの言葉に、文官はざわめいた。

「老人はともかく子供まで? 税の取り立てに不正があったのではないのか!」

「まさか! 他地域と同等で、しかも民からの訴えも出たことがない!」

 担当官が、真っ赤になって怒りながら釈明している。

「首謀者は。何を要求している」

 王の問いに、間者の統括とうかつ官が進み出た。

「首謀者は、信じがたいことですが、若い女です。しかも、何も求めておりません。目下、女の素性を割り出し中です」

 間者たちが集めた、国民一人ひとりの体格および人相書を一枚一枚めくって、探しているところなのである。

 何の標語もなく、多数の人間が一人の人間に呼応して反乱を起こすであろうか。どこかで必ず離反する者が現れるはずである。それがなく、しかも老人・女・子供まで参加しているというのは、洗脳を疑うべきなのではないか。

 そう考えながら、王はとにかく、将軍に兵を預けて出陣させた。


 反乱軍は、押教川おうきょうがわを渡り終えていた。

 そして、理由は不明だが、川近くの王都の民まで、反乱軍に加えていった。

 その数、二十万。

 対する坂車国さかしゃくにの正規軍は、一万六千。

 二十行一万列の四角形で来る圧倒的な人数差に身構える兵に、将軍・真収ましゅうが全軍に叫んだ。

「落ち着け! よく見ろ! 兵の装備があり、戦闘の技能があるのは国境警備兵と各町村の警備兵のみである! あとは素人だ! 兵を倒せば素人は降服するしかない!」

 それを聞いて、自分の故郷の者と戦わねばならないと恐れていた兵士たちは、ふるい立った。なるべく一般人を傷つけず、兵士同士で決着をつければいいのだ。

 その間にも、反乱軍の親や兄弟に必死に呼びかける正規軍の兵士がいたが、いずれも返事はなかった。

 真収ましゅう将軍は、反乱軍を遠眼鏡で見て、奇妙な感じを受けた。彼らは、全員目玉を動かさない。まっすぐこちらを見ているのだが、その一点しか見ていない。老人も子供もというのは、おかしい。さらに、私語一つない。戦いの素人がいれば、気がたかぶって叫んだり、心を落ち着けるために独り言を呟いたり、隣の者と励ましあったりする者が出るはずである。それが、一人としていない。

「何らかの術にかけられているのかもしれない。大軍を指揮する女が術者か……?」

 女の素性は、坂車国さかしゃくにの情報にはなかった。

「術にかけられた相手との同士討ちならば、極力避けたい。別働隊で女を急襲する。その間、こちらは術者軍団の風の術で、相手を前に進ませないこととする!」

 将軍の号令で、術者軍団の風の術が、二十万人に激しい風を送り、歩みを止めさせた。風の術者は百名。一秒も隙を与えないため、五十名ずつ交代で、休みながら術を放つ。長期戦になり、戦える者が限られているときは、休息を取れるか否かが勝敗の鍵を握る。特に、操られているような「無休の相手」に対しては。

 それでも、一人につき二百名の列を止め続けるのは、大技を出し続けなければ不可能であった。

 味方の術者の消耗が激しい。

「しかし、頼む! 一人でも多くの者を救えるのは、お前たちしかいないのだ!!」

 将軍は術者軍団を激励し続けた。


「ふうーん、風使いか。あたしが操ってることに気がついたんだね。ここの王都、馬鹿じゃないのもいるんだ」

 二十万人の後ろで、身長百五十センチと小柄な、十五才の少女が、薄目を開けて、若さに似合わず口をゆがめて犬歯をのぞかせて笑った。

 右側半分の灰色、左側半分のすす色の髪を、それぞれまとめて胸の後ろあたりの背で紐で一つに縛り、その後灰色と煤色の髪先は交差して、はさみの先のようになっている。切れ長の目、桃色の口紅、縁が反り返る赤いひざ上丈の着物に、黄色い半袖、炎の角の生えたような指の長い赤い手袋と、赤い足袋たび。あらわな膝からすねにかけて、貼りつけてあるのか、埋めこまれているのか、赤い宝石が全部で六個ついている。

「殺しあえばあたしの思う壺なんだけど」

 もしこの少女の声を出雲と紫苑が聞いたら、即座にわかったであろう。

 この女は、百年前遭遇した風吹かぜふきだと。

「きききっ! じゃあ絶対戦いたくなるようにしてやるよ! 『吹開ふっかい』!!」

 風吹が遊びのように指を鳴らすと、人々の血管が膨張し、人々の進攻を止めた。

 そして、二十万人がみるみるうちに皮膚を黒くしていった。墨汁化し、全身から墨の血がしたたっている。

「突撃ー!!」

 風吹は二十万人を走らせた。坂車国軍は、二十万人が一斉に黒くなったのを見て、動揺を隠せない。この状態は、まだ救える段階なのか。

「うわあっ!!」

 術者の風をよけて一部の者が兵士に迫る。兵士の剣と、武器のない一般人が振り上げた墨の腕がぶつかった。墨の腕が飛び散った。その黒い液を浴びた兵士も、みるみる黒くなり、墨化した。

「うぎゃああっ!!」

 致死液だ。それを見た兵士たちは大混乱に陥った。

 救えるのか、殺すべきなのか、どう殺すのか。

 真収ましゅう将軍は一瞬で判断を下すことが要求される。

「術者軍団は水の術を使う者が前へ出よ! 敵を濡らし、黒滴こくてきの飛散を最小限に抑えるのだ! 術でも呪いでも仕方ない! 攻撃してくる者は倒せ!!」

 戦う力を持たない者は悲劇である。救いたいとき、相手を傷つけずに縛り上げて救うことができない。圧倒的な武力こそが、向かってくる相手を一人も傷つけずに救えるのだ。相手が操られていたら、なおさら悔いが残る。

「別働隊が女を急襲するまでの辛抱だ……!」

 真収将軍は、切歯扼腕せっしやくわんして、自国民同士の戦いを後方から見て、各隊の移動を指示し続けた。

「麒麟神顕現!!」

 そのとき、紫苑の声がさらに後方から響き、二十万人の上空に、千人をひとまたぎするほど巨大な、四神の隠された五柱目・土気を司る麒麟神が現れた。龍のように彫りの深い細長い顔に、鱗に覆われた背中、四本足の獣の体である。

 そして、二十万人の空を駆けまわって、神砂かみすなを振りまいた。

 神の砂が身に入り、二十万人は土をこねるように柔らかい体に戻っていった。体の墨色も、証に元の色を見せた。

「これが四神の一柱、麒麟神……!」

 真収将軍は、神が紫苑の神剣に去るのを目で追い、その後に紫苑たちを見た。

 紫苑たちは、反乱軍の情報を得ようとして、駆けつけるのが遅れたのであった。もし国王側にまだ何か隠している悪事があった場合、反乱軍を討つことに加勢することはできないからだ。これが、他人が他人の戦いに口を挟めない理由である。どちらにも言い分があり、どちらが正しいかは真実を隠している当人同士にしかわからず、表面だけ見て本当は悪い方にくみしたら、こちらが汚名を連座で受けて世間の笑いものになり、馬鹿を見るからである。

 その後、二十万人が生物兵器になったので、誰かに操られていると判断し、回復に動いたのである。首謀者を探るため、二十万人の後方に氷雨が単独で回りこんでいる。氷雨一人なのは、行きも帰りも休みなく全速力で走り続けられるからだ。

「神の御力、感謝いたします!!」

 真収将軍が神剣にお辞儀した。

 紫苑が答えた。

「相手がどう操られているか、見当はついていますか」

「いえ、皆目わかりま――」

「見て! みんな動かなくなっちゃったよ!」

 霄瀾が戦場を指差した。二十万人は、糸の切れた操り人形のように、首を傾け脚をくの字に外側に曲げて、塊になっていた。麒麟神の地割れのような声が響いた。

『すべての血管が墨化した時点で、二十万人は全員死んでいた。我は墨を肉に戻したが、命を戻すことはできぬ』

 真収将軍はそれを聞き、部下の手前でありながら口を閉じられなかった。一瞬にして、二十万人の民の命が奪われた。

「なぜだあ……!! 何の理由があってこんな……!!」

 動かない二十万の塊を前に、兵士たちも呆然と立ち尽くしていたとき、二十万人の後方から白いものがたくさん飛んできた。

「白い玉?」

 魂のように尾をひきながら、一人につき一つずつ、塊に入っていく。すると、まるで動けと命令されたかのように、二十万が立ち上がり始めた。

「どういうこと!?」

 空竜が悲鳴を上げるのを、驚異的な聴力の持ち主の風吹は、一キロ離れた地点で聞いていた。

「きききっ! 神の力でも、もう二十万人は救えないよ! それがわかったところで、こっからが本番だよ! 『吹開ふっかい』!!」

 再び指を鳴らした。

 二十万人の血管が膨張し、体が丸い風船のように変わった。そして、横一列にくっつきあって、行進してきた。

「死んでいるのなら遠慮はするな! お前たちの命を優先させろ!!」

 真収将軍の号令に、兵士が剣を振るう。

 ところが、剣が相手の丸い体に当たったとたん、くっついて離れなくなってしまった。押しても引いてもびくとも動かず、しかも丸い風船同士もくっついていて、壁のように迫ってくる。逃げ切れず相手につかまれた兵士も、血管が膨張し、丸く膨らんだ体になって、死者の仲間入りになってしまった。弓兵が矢を放っても、もとから死んでいるので足止めすることも、倒すこともできない。

「朱雀神顕現!!」

 出雲が火気の四神・朱雀を二十万人の上空に出現させた。一つのはばたきで千人は巻きこむ大きさである。炎の鳥は、己から出る火の粉を炎の蝶に変えて、ゆっくりと地上を見下ろしている。

 あの白い玉は魂かもしれない、魂なら「生」を司る朱雀神が何かわかるかもしれないと判断してのことであった。

神火かみび!」

 朱雀の炎が二十万人の体内を燃やした。その際、接着剤が熱で溶けてはがれるように、すべてのくっついていた箇所が離れた。粘着の部分が燃え失せ、二十万人は再び元の体に戻ると、動かない塊となった。

「何かわかりましたか」

 出雲に、朱雀は口を開いた。

『心して聞け。二十万人には他人の魂二十万人分が入れられていた。その魂には呪いが入っていて、操る者の意のままに、生物兵器となる。ずいぶん古い魂もあった。例えば、百年前のもの』

 出雲は、胸騒ぎを覚えた。百年前、魂を集めていた者に、覚えがある。

『魂の縛られ方が似ている。風吹に、間違いあるまい』

 それを聞いて、出雲の頭に血が上った。風吹。兄をそそのかして両親を殺害させた、家族のかたきである。

「あの野郎、生きていたのか!!」

 走り出しそうになる出雲の腕を、紫苑がとっさにつかんだ。

「待ちなさい。一人で行かずに、全員で行くのよ。敵は生物兵器の手練てだれ、朱雀神だけで対処できるかわからないわ。五行の神がいればきっと防げるから、早まらないで」

 紫苑が落ち着いていたので、出雲も冷静さを取り戻すことができた。

「今はまずこの二十万人を食い止めること。これを放っておいたら世界中が風吹の餌食になってしまうわ。あの女のことは氷雨に任せましょう。生物兵器はかないから」

「……わかった!」

 出雲は、二十万人に、憐れみと風吹への怒りを込めて目を強めた。

 風吹は驚いたように耳をすませた。

「あの朱雀の剣士、まだ生きてたのか! 百歳超えたよぼよぼのじじいの声じゃない。朱雀の使い手は不老? 聞いたことないな。それに、朱雀の使い手も他の四神の使い手も、燃ゆるばるかに殺されたはずさ……」

 百年前、陰の極点・燃ゆるばるかの、一つの命も逃がさない檻の黒い半球を見ていた風吹は、出雲が生きていることを不可解に思った。しかし、すぐに現実を受け入れた。

「ちえっ、朱雀のうえに麒麟が増えちまった。あたしは未知のものは嫌いなのに。あいつら五行の神持ってるって言ってたね。情報を取るために試してやろう」

 風吹の左足に並んだ三つの赤い宝石のうち、足首に近い方が光った。その中から、続々と白い玉、魂が飛び出して、二十万の塊に入りこんでいく。二十万人が再び立ち上がった。

吹開ふっかい!」

 風吹の号令で、再び二十万人の体の血管が盛り上がる。

 兵士たちが怯む中、二十万人が躍りかかってきた。

「弓兵!! 火の術者!!」

 真収将軍の判断で、とっさに弓矢が放たれる。今度は殺すためではなく、数人ずつ串刺して動きを封じるためである。そこを火の術で燃やし尽くすつもりである。

『待て! この者たちは』

 朱雀の言葉を待たず、弓兵の矢が二十万人に浴びせかけられ、火の術が放たれた。しかし、矢だけが燃え失せて、二十万人はまったく焼けずに火の中から飛び出してきた。傷から出た血が数十倍に膨れ、噴く代わりに針と化し、兵士に抱きついてくる。血のトゲ針で刺された兵士も、そこから血が膨れ、体を突き破ってトゲ針が無数に突き出て、息絶えた。そこへ風吹から魂が飛んできて、風吹の操り人形となって、他の兵士を襲うようになる。

「火で燃やせないのか!?」

 兵士たちが死者たちから逃げ惑っている。殺せない相手と、どうやって戦えようか。

 朱雀がはばたき、約二十万人を一箇所にまとめた。

『この二十万人は、我の炎ですら、耐えている。風吹は、よほどの炎の使い手だ。二十万人が簡単に葬られぬよう、火気の防御をも与えている。まず風吹と戦わなければ、二十万人は燃やせまい』

「玄武神顕現!!」

 黒い甲羅の黒い亀に、二匹の絡みあう黒い蛇を合わせた姿の、水気の四神・玄武が現れた。二匹の蛇の鎌首が、ひとまわりで千人の上空をさらう。

神水かみのみず!」

 玄武の神水が約二十万人にまかれた。水剋火すいこくか、水は火を消して勝つのことわりで、風吹の火気の防御を、打ち消そうと思ってのことだ。噴き出す血が固形化していたトゲ針は、熱がひいて、みるみるうちに体内に戻っていった。約二十万人は、また塊のように動かなくなった。

「今です! 朱雀神!」

 露雩の叫び声と共に、朱雀がはばたきで炎を放とうとしたとき。

 約二十万人分の魂が再び飛んできて中に入りこみ、各々が口から血を吹き始めた。放物線を描くほど大量で、いつまでも終わらない。体内の血を出し尽くすつもりのようである。血にかからないよう後退する最前列の兵士たちが、突然倒れた。そして立ち上がって、口から血を吹く仲間になった。

「何もされていないのに!!」

「空気感染だ!! 青龍神顕現!! 神風かみかぜ!!」

 いち早く気づいた麻沚芭が、木気の四神・青龍の神風で、約二十万人の周りの空気を一箇所に集めた。縦横無尽に動き回る青龍が、ひと飛びで千人の列の影を作る。

 鱗の一枚一枚にまとわりつく、光の筋のような白い風が、空気の拡散を抑えこむ。

「麻沚芭!! 助かった!!」

 出雲をはじめ、皆が固唾をのんで、約二十万人を囲む空気の塊を見守る。風吹は遠くで笑った。

「きききっ! 空気を集めてどうするんだい? 火で燃やせない、水で取っても蒸発すればまた空中に戻る、土で覆いかぶせるのは不可能、金属でどうやって閉じこめる? きききっ! 風の四神さんよ、この空気を永遠に抱えて生きるのかい? こっちは神を一柱封じこめられてこのうえなく幸福だよ! きききっ!!」

 青龍は音の振動でそれを聞きつけて、じろりと風吹を見下ろした。

『病を司る神が、ずいぶんなめられたものだ!!』

 青龍が天に向かって咆哮した。青龍のすべての鱗から、白き神風の鱗粉が降りてきた。

 それが約二十万人の空気の中に入ると、あっという間に中が真っ白になった。そして青龍の風が解かれたとき、約二十万人は血を吹くことなく、再び動かぬ塊になっていた。

「空気感染はどうなったんだ!?」

 兵士たちは鼻と口を腕で覆って、誰も前に出ない。

 青龍がゆっくりと上空をまわった。

『相手が病なら、我の出番だ。致死感染菌を食べる菌を風と共に送りこんで、食べ尽くさせたのだ』

 おおー! と、兵士たちが初めて口と鼻いっぱいに空気を吸った。

 風吹はちえっ、と舌打ちした。

「五行だけでなくそんな力もあったのか。神は力を隠しているのがお得意だこと!」

 風吹の左足の、足首に近い赤い宝石が再び光り、約二十万人の魂が飛んでいった。青龍が風吹に迫る。

「青龍さんよ! 良い関係を表す相生そうしょう木生火もくしょうか、木は燃えて火の勢いを盛んにするのことわりを知りながら、あたしに一撃でも食らわせられるって、思ってんの!? 神が火種だなんて、楽しい見世物だねえ!! 食らいな!! 炎の逆らい!!」

 風吹の両手から炎が噴き出した。炎の雲かと思えるほど巨大で、青龍と真正面からぶつかる。

「あそこに風吹が!!」

「待って出雲!! また二十万人が動き始めてる!!」

 再び出雲を止める紫苑の目前で、約二十万人が全速力で襲いかかってくる。玄武が鎌首で端から端まで次々に薙ぎ倒したとき、彼らが神に強くぶつかった部分は、へこんでいた。そしてそのまま起き上がった。

 閼嵐が叫んだ。

「四回も体をめちゃくちゃにされて、中身がもう何もないんだ。紙の人形と同じで、肉体の弾力もないし修復もされない、もう兵士として最後の修復不可体だ。誰も治さない、誰も顧みない、傷つくだけ傷ついて捨て駒にされる。たとえ操られていても、こんな死に方をしていいはずがない……!! 白虎神顕現!!」

 全身金属の毛で覆われた白い虎、金気の四神である白虎が、動くたびに毛を鳴らしながら、上空に現れた。一鳴りで金属音が千人に降り注ぐ。

神金かみかね!」

 白虎の毛が、約二十万人のへこんだ部分に刺さると、中に入りこんで、内側から骨組みを作ってへこみを元に戻した。

 その間に約二十万人の体は四度死ぬ酷使に耐えられず、ボロボロに崩れて死んでいった。

「きききっ! 自分を使い尽くして死ねるなんて、幸福な奴らじゃないか! 四神の力も見せてもらったし、ちょうどいいや!」

 風吹がききききと大笑いした。

「ついでに青龍も葬っとこうか!」

 風吹が炎を強めようとしたとき、槍が突き出された。

 とっさに左足を上げて受け止めた風吹は、氷雨と目が合った。

「人形か! 血液の音がないから気配に気づかなかった……!」

 そして、左足の足首の近くの赤い宝石が、砕けているのを見た。

「……の野郎ォーッ!!」

 風吹が顔を真っ赤にし、目を血走らせて氷雨に炎を放とうとしたとき、青龍が風吹を嚙み砕こうと迫った。

「うるせー!!」

 風吹が両手に、一つで体が隠れるほどの巨大な黄色の武術扇ぶじゅつせんを二つ広げ持ち、ひとまわりすると、全身から紅蓮ぐれんの炎が球状に噴き出した。青龍と氷雨が一瞬止まると、風吹は扇をひとあおぎして、翼のようにして飛び上がった。

「覚えてな!! 次は皆殺しだ!!」

 そして、扇ではばたき飛び去った。情報の乏しい中、深追いは禁物である。相手に戦術を練られることを承知で、紫苑たちは見逃すしかなかった。


 紫苑たちを含め、国王・胆久たんきゅうと、文官武官の居並ぶ中で、建築の大臣・直下なおしたが話しだした。

「私は結局、神が建てた社を見つけられず、自分の一生はこのまま終わるのだろうと覚悟を決めておりましたところ、坂車国さかしゃくにの北の小さな山・霧津山きりつやまに、土砂で入口の埋め立てられた洞窟を発見したのでございます。普通の者なら、長い年月をかけて、何も入っていないような小さな山の中に入るために土砂を取り除こうなどと、不毛なことは考えないでしょうが、私はわらにもすがる思いで社の手がかりを探すべく、土砂を掘り、洞窟に入ったのです。すると、意外なことに中は巨大な地下空間になっていて、奥に道が続いているのです。空気の通る穴がいくつもあって、息も苦しくありません。大きな道を進み、最後までたどり着くのに二日かかりました。そして岩の重しをてこの原理でどかして外に出ると、目の前に現れたそこは、拒針山きょしんさんだったのです。岩の特徴からみて、間違いありません」

「なんと! 都へ通じる通路が!」

 人々はどよめいた。帝のおわす城の北にある拒針山。見上げきれない高さの山で、山越えは人間には不可能と言われている。

「城は見えましたか!?」

 いきなり奇襲することができる。脅迫さえできる。文官が息巻いた。

「いえ。都側ではなく、その裏側に出ました。山越えはできますまい」

「なんと……」

 文官はがっくりと肩を落とした。

「しかし、都の廃墟を見つけました。石の建造物が残っていましたが、その組み立て方は、古のラッサの都に間違いありません」

 霄瀾は、はっとした。以前都側の拒針山で、ラッサ王に来いと言われていた場所だ。

「神器が隠されているかと思い調べましたが、何も見つかりませんでした。しかし、書物や石碑が見つかれば、彼らの歴史から教訓を学べる、すばらしい発見となります。後日、学者に調査させることをおすすめいたします」

 直下の声を聞きながら、霄瀾はそっと紫苑を見上げた。紫苑はうなずいた。

 ラッサの民として、行きたいということはわかっていますよ、と。

「そして急ぎ国王のもとへ戻ろうとしましたところ、国境警備兵と辺境の町村の民が一人もいないことに気がついたのです。他国にさらわれたかと思いましたが、戦いの跡がないのはおかしいので、反乱しかないと思い直し、慎重に後を追いました。すると、老若男女が包丁やくわなどを持って、我が国の町と戦っていました。そしてその合間を縫って若い女が武術扇で飛び回り、両足についている赤い宝石の中へ、人々の口から白い玉を吸い取り、そして赤い宝石のほうから新しい白い玉を人々に入れていました。白い玉が入った人々は、とたんに戦いをやめ、女に従って進軍に加わるのです。こうしてすべての人間が女の兵士になりました。

 私は何の術かわからなかったので、とにもかくにも反乱の報を届けねばと思いましたが、物音を聞きつけられて、空飛ぶその女に追いかけられました。供の者五十人は女に追いつかれ、国境警備兵に矢も射かけられ、私は国土を知り尽くした地の利で森にいち早く逃げ、ここまで無事にたどり着けました」

 直下が報告し終えたのを受けて、出雲が発言した。

「女の名は風吹。百年前から魂を集めていた奴だ。魂を抜いたり入れ替えたりして、魂人形を作れるのだろう。次に奴の軍勢が現れたら、残念だがそいつらはもう死んでいると思え。風吹のことを全国に知らせなければならない。どこに現れても、オレが必ず倒す!」

 朱雀は出雲に、拒針山の方角に異常に魂が集まっていることを伝えた。

「拒針山にいる!!」

 父が拒針山に行くことを決めてくれて、霄瀾は密かにほっと胸をなでおろした。


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