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星方陣撃剣録  作者: 白雪
第一部 紅い玲瓏 第十五章 精霊国の剣
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精霊国の剣第三章「精霊族対魔族」

登場人物

双剣士であり陰陽師でもある、「土気」を司る麒麟きりん神に認められし者・赤ノ宮の名字を改めた九字紫苑くじ・しおん。強大な力を秘める瞳、星晶睛せいしょうせいの持ち主で、「水気」を司る玄武げんぶ神に認められし者、紫苑と結婚している露雩ろう

紫苑の炎の式神・出雲いずも。神器の竪琴・水鏡すいきょうの調べを持つ竪琴弾きの子供・霄瀾しょうらん。帝の一人娘で、神器の鏡・海月かいげつと、神器の聖弓・六薙ろくなぎまたの名を弦楽器の神器・聖紋弦せいもんげんの使い手・空竜くりゅう姫。聖水「閼伽あか」を出せる、「魔族王」であり格闘家の青年で、はちまきの神器・淵泉えんせんうつわの持ち主の、「金気」を司る白虎びゃっこ神に認められし者・閼嵐あらん。輪の神器・楽宝円がくほうえんを持ち、「木気」を司る青龍せいりゅう神に認められた、忍の者・霧府麻沚芭きりふ・ましば。人形師の下与芯かよしんによって人喪志国ひともしこくの開奈姫に似せて作られた、槍使いの人形機械・氷雨ひさめ

字の精霊・モジモジ。真の精霊王を待つねこの精霊・にゃかすけ。鏡餅の姿の精霊王・ぷんわあ。刀の精霊・将軍バスモド。




第三章  精霊族対魔族



 精霊王・ぷんわあの命令は、驚くべきものだった。

「皆の者、手を出すな。戦ってはならぬ」

 城の前の広場に集まった精霊たちは、どよめいた。

「しかし、魔族が我々に敵対していることは確実です! 我々の美の傑作の一つである、硝子がらすの海を、破壊しています!!」

 精霊族の大切にしているものを破壊するのは、明確な敵対行為である。後世の他種族への説明として、開戦の証拠になる。

「誇りを傷つけられたら、戦わねばなりません!!」

 刀の精霊・バスモド将軍も、兵を手配して強く王に告げた。しかし、

「まず相手の話を聞くべきだ。戦いに来たのかどうか、何を要求しているのか。話し合いで解決できるものなら、そうしよう」

 悠長だ。

 バスモドは、体だけでなく頭の中までおめでたいぷんわあに、奥歯をきしらせた。

 相手が戦争を仕掛けてくるかどうか知るためには、各国に間者を潜りこませ、敵が兵をまとめるより先にこちらの準備が整うようにしなければならない。各地で周囲ににこやかにとけこむ「外交官」つまり間者は、常に各地の文化・経済・不満といった情報を更新し続けなければならない。

 何を要求しているか事前に調べておくのも、周囲にとけこむ「外交官」つまり間者のすべきことである。そしてそれを絶対に渡さないことだ。「押せば吐き出す」と一度思われたら、敵は永遠につけあがる。等価のものをよこさないなら、話す必要はない。

 この二つの情報が、何もない。

 間者をうまく育てなかった、王の失策だ。

 敵の意図がわからないまま戦うのは、闇雲に剣を振り回すのに等しい。

 戦争には、必ず起こす理由がある。

 それがやむにやまれぬ事情か、単なる欲のためかは後世に必ず暴かれ、それはその暴いた歴史学者が歴史に名を遺すほどの大手柄となる。が、どんな理由であれ、落としどころのわからない戦争では、決着時の条件を作りにくい。何が起きれば敵が戦意を喪失するのかを知ることが、戦争を最短で終わらせることにつながる。だから敵の情報は一つでも多く取得した方がよい。

 だが、ぷんわあはそこをないがしろにした。

 王でありながら、自分の国民を守らなかった。

 なぜか。

 ぷんわあは、悪人の心がわからなかったからである。

 鏡餅の体に金屛風がついているぷんわあは、見た目の通り、おめでたい整気せいきに包まれている。

 頭の中身は、完全に善人なのである。

 ぷんわあは、神にこの世から取り除かれないように、もともと道理を守る精霊だった。それが、王になって、ますます道に外れないように生きるようになったのだ。

 ときどき子供のようなわがままを言うが、ぷんわあが全員を正しく裁いてくれるので、精霊族は安心し、或いは恐怖し、私刑を行わないし、犯罪からも手を引いた。武器を持つ必要がなくなった皆は、玄関の鍵もかけなくなった。平和で、幸せで、毎日楽しい暮らしが続いた。

 しかし、ことここにいたって、

「本来なら向こうは宣戦布告をするはずだ。卑怯な手段を使う者は道理ある者に負ける」

 と、言っているのだ。

 かつて腕のよい鍛冶職人がいたときに、平和な国で武器が足りないから、この職人に増産を任せてはとバスモドが進言しても、

「せっかく腕がよいのなら、刀だけを作らせたらかわいそうだ。いろいろなものを作らせてやれ」

 と、鍛冶本来の意味を、平和を足して「無意味」にして答えた。

 硝子がらすの海を、魔族軍が渡り終えたようである。

 次に精霊国の紙の城門に体当たりする音が聞こえる。精巧だがもろいことを知っている精霊たちは、逃げ惑った。

 ぷんわあがバスモドに命令した。

「バスモド、使者として相手の話を聞いて来い」

 そこでバスモドは激怒した。

「私は、仮にも将軍です!! 全軍の指揮をとる者が、のこのこと敵陣に入り、話し合いだけで帰れると思うのですか!! 王は、私と軍を殺すおつもりか!!」

「わもちの右腕を使者にすれば、相手に誠意を見せたことになる」

「敵に誠意などいりません!! 誠意のある者が戦争など仕掛けますか!! これは敗者の思考ですぞ!!」

「かといって、他に話をつける権限を与えられるものは……」

 ぷんわあが心の底から困っている。人材を育てなかったのも、この王の失策である。各人の情報を覚えるばかりで、育てられず、一つの力も世代交代させ続けることができない。

 バスモドは鼻から顔へ三日月形に伸びる刃をひらめかせた。

「王よ、出陣の許可を!! 敵に王の心は通じません!!」

 しかしぷんわあは天を見上げてから、首を振った。

「正しい者は自分から争いを仕掛けない。先に手を出して傷つけた方が負けなのだ」

 のんきな王に、将軍が怒鳴った。

「子供の喧嘩じゃあるまいし! 何を馬鹿なごとを! 王は国のどこかがやられてから戦うというのか!!」

 王が顔をしかめた。

「口が過ぎるぞ!! 民はかわいいが、先に仕掛けた方が負けなのだ!! それが世のことわりだ!!」

「今を限りに将軍を辞めさせていただきます!!」

 バスモドが広場に集った精霊兵千名に叫んだ。

「私についてこい!! この国を守るぞ!!」

「おおー!!」

「な……なにをしている!! やめろ!! 行くな!! 天の理を破るな!! 国に天罰がくだるぞ!!」

 広場を駆け去る誰もが、もはや「精霊王」の言うことなど聞かない。たった今、「王」はバスモドになったのだ。

「天の神への祈りの方法を知らなければ、王の資格はない!! わもちでなければ精霊国を守れない!! 道を外れるな!! 皆の者ー!!」

 ぷんわあが脅しても、皆は振り返らない。

「今から、バスモドの信じる神が精霊国を守ればいい」からだ。

 硝子がらすの海の周囲では、今回の進軍に際し、魔族軍が精霊国へ入れるように手引きした、魔族に買収された精霊族たちが、精霊国から脱出していた。皆、アブラムシの油を大事そうにびんに入れて持っていた。全員、魔族軍が精霊国を征服した暁には、魔族政権での高い地位が約束されていた。今は巻きこまれないように、自分の財産をまとめて、避難しようというのである。

 互いに談笑して魔族軍を褒めそやしているのを、近辺に隠れていた精霊たちが目撃していた。

「精霊王」ぷんわあに、それを伝える伝令が走った。

 ぷんわあは、頭の中が、餅の体と同じく真っ白になった。

「なぜだ!! 道理で国を治めたとき、お前たちはあんなに満ち足りて、心からついて来たではないか!! なぜいまさら、卑劣で、程度の低い魔族軍へ寝返るのだ!!」

 出雲と麻沚芭が同時にきつく言った。

「「何もわかっちゃいないな」」

 麻沚芭が誰もいなくなった広場を背にして、ぷんわあを見上げた。

「お前にみんながついて来たのは、身の安全が守られるとわかっていたからだ。悪人が厳しく罰せられ、みんなは安心して仕事ができる。いい国だよ。だがあんたは一つの命としてはいいが、王としては失格だ。まず第一に、『どこかの誰かの命を犠牲にしないと開戦できない』。表面的な道理を守るあまり、真の道理である『自分が一人残らず救いたいと思う尊い民の命が殺される前に、“悪の”卑劣な侵略者である敵を倒すことこそが、正しいことなのだ』ということが、わかっていない」

 ぷんわあは、“悪の”と聞いて、ハッとした。

 次に出雲が続けた。

「第二に、お前は戦うときも卑怯だと思う戦法を使えない。夜襲や火攻め、隙を狙っての攻撃はできない。それは立派な精神論なだけであって、現実には通用しない。バスモドたちは少なくともこの二点はすぐにわかったから、勝つ見込みのないお前のもとを去った。剣同士で正々堂々と戦っていいのは、実力があって、一人で戦うときだけだ。他人の命預かってんだろ!! 他人の忠誠いのちをてめえの都合で犬死にさせるんじゃねえ!!」

 出雲の怒気に、ぷんわあの柔らかい体が波打った。

 皆が裏切ったのではない。

 彼らの忠誠を裏切ったのは、じぶんだった。

 王が開戦の決断をする理由、つまり後の歴史のための口実とするのは、敵の一撃を先に受けることだけだった。

 誰もが、その最初の一撃で開戦の犠牲になるのはまっぴらごめんなのだ。「自分たちを守らない王」のために戦うなど、冗談ではない。

 民を守れない者、犠牲ありきでそろばんをはじく者は、王とは呼ばない。

 一人でも多くの何十万時間もの人生を守る者、その努力を毎日する者こそ、王たるにふさわしい。日々、精進である。社会で使えない者は一定数いると言ってさじを投げ、使える者で社会をまわしていこうとする者は、王ではない。全員一人ひとりにできることを探し続け、民を生かす者こそ王だ。王は、一人何十万時間分もの命を、一つ一つ星のように輝かせていく、偉大な職業である。

 ぷんわあには精霊たちの情報はあったが、彼らの死にたくないという気持ちを黙殺した。それどころか自分の思い通りになるように、物のように扱った。

 それはぷんわあの信仰が原因であった。

「……正しい者は自分から争いを起こすことはしない、話せばわかる、どんな敵もさとせるはずだ」

 苦しげにうめくぷんわあを、出雲の言葉が腹から突き通した。

「おめでたい奴だ。古今東西いろんな宗教を始めた奴らがいたが、その誰も成し得なかったことを、悟りも開いたことがない奴ができると言うのか。この土壇場で愚かな。本物の君主とは国を知恵で満たし、『この王と民がいる限り戦っても戦略で負ける』と思わせる知恵者のことだ! 道理だあ? 徳だあ? そんな念仏一つで悪人が思いとどまるか!

 善人も悪人も屈服させるのは知恵なんだよ! なんでこうなる前に精霊国の周りの国をやりこめておかなかった! 魔族軍はその評判で精霊国を避けて、知恵を見せない征服しやすい別の国へ侵攻したかもしれない! 助ける軍はすぐ出せたろ! なんで知恵者になろうとしなかった! 『王』として、その別の国さえ守れたかもしれないんだぞ!

『守れるものが増える』のが、知恵ありし王だ! 戦いに勝たなきゃ、お前は念仏だけで誰一人救えないまま死ぬんだぞ!! 国民を道連れにしやがって、最低な野郎だ!!」

 王の体がぺったんと餅をついたように上下した。

「最低だと! わもちはこの国のためを思って! 民に侵略の汚名を着せたくないばっかりに! 死んだあと極楽に行けるように!」

 出雲が餅に嚙みつかんばかりに一歩近づいた。

「歴史ってのは勝った奴が都合よく作り変えていくものだって、帝王学で学ばなかったのか? 負けた国の歴史と神は、戦勝国の都合のいいように扱われるんだよ。そこには正義も道理もない。覚えとけ! 負けた奴は生きてれば当然、さらには死んだあとまで勝った奴らが支配する。正しいことをしたから死んで極楽に行ったって! 祖国が奴隷にされ勝者の歴史が語り継がれ子孫は従うしかないのを黙って見ていられるか? お前は自分が極楽に行きさえすれば生きてる奴らはどうでもいいのか? それなら今すぐ死んじまえ! てめえ一体何のために生きてる!!」

 ぷんわあは、頭が金づちで叩かれ、体の中にめりこんだような気がした。

 戦争に負ければ、精霊族は全員魔族の奴隷になるのだ。

 まともな武器は軒並のきなみ取り上げられ、役人の立法も情報の広告も監視され、魔族の利益になることだけが許され、押しつけられる。嫌だと言えば、粛清される。文明の進歩は魔族のそれを超えない範囲でしか認められず、進化・才能・精神を頭から押さえつけられ、劣等化を強いられる。支配者は、反逆のもとである「考えること」を奴隷から奪い、「考えること、自分の意見を述べることは悪である」という広告で奴隷を誘導する。こうして、魔族の支配している状態を疑わせない、世の中に関心のない「子供」が誕生する。「問題に対して、目をらし、考えず、楽しいこと全般や遊びに夢中になっているだけの人間は、子供と呼ばれる」。

 それは負けた国の宿命である。勝った国の思い通りの人形の国になることは。

 バスモドたちは、悪人の思考がわかっていた。玉砕してでも倒さなければ、精霊国も同じ歴史をたどるとわかっていた。なにせ相手はその歴史を作ってきた悪人だからだ。

 いくら精霊族の方が徳が高くても、戦争に負ければそれで終わりだ。天の復讐の道理がくだる前に、精霊族の徳にあふれた精神は滅びるであろう。それに伴い、目標のない才能は何世代もるうちに逓減ていげんしていくであろう。

 精霊族の能力を永遠にすり減らす自分は、王なのか!!

 ぷんわあは、初めて餅の体が石のように固まった。

「私が間違っていました。私は私を信じてくれる者のために戦って、勝たねば!!」

 ぷんわあも戦場へ駆けつけようとしたとき、たくさんの精霊兵が広場に吹き飛ばされてきた。

「ははは、楽勝楽勝ー!」

 魔族軍が雪崩なだれ込んでくる。

「バスモド! 私を許してくれ! 私も戦うぞ!」

 ぷんわあは、目をみはった。バスモドも他の兵も、皆顔がどす黒い。そして、瀕死である。

「なにこれ!? だれがやったの!?」

 霄瀾が魔族軍を睨みつけたとき、ぷんわあはすぐに、自分の知識の中から情報が見つかった。

「毒だな! 皆の者、受けよ! 『かがみ金屛風きんびょうぶ』!!」

 精霊王・ぷんわあの背の金屛風が、きらきらりんと光った。

 一帯に広がった金の光を浴びた兵たちは、毒が浄化されて、やっとの思いで立ち上がった。

「バスモド、私も戦うぞ! 全兵に対する特殊攻撃の回復は、私に任せよ!」

「王よ、ありがとうございます」

 バスモドが再び臣として刀を構えた。

「奴らは自然と共生する精霊族が、毒に弱いことを知っております。しかも、奴らが用意した毒は、自然界のものではない、加工して作られた合成毒です。あれに触れればあっという間に体に毒がまわり、毒消しの薬も効きません。王の回復の術と、『王』だけが持つ、効果の範囲を国中に広げるという、最高祭司としての祝福の力がなければ、とても戦い続けられません。どうか、精霊兵をお守りください!」

「お前も守るぞ!! 一人も欠けずに守り抜くー!!」

 どこか浮いた雰囲気の王だと思っていたぷんわあが、餅の体をどっしりと地につけて腹の底から声を出したので、バスモドはびっくりして振り返り、そして緊張を忘れて笑いだした。

「なんだバスモド」

 バスモドはぷんわあに両の口角を上げた。

「そういうのを、私たちが今守ろうとしている『自由』と言うのですよ」

 精霊王を含めた、すべての精霊が戦っている。象ほどの大きさのススキの穂を両手に持つ小枝の精霊は、それをほうきのように払い、そのほうきにくっつけられて動けない魔族たちを今度は非力な精霊たちが、短刀で刺していく。頑丈な注連縄しめなわで魔族を縛りあげていく精霊もいれば、たくさんのはしごを並べて格子を作り、ふくらはぎの高さに浮かせて、足を穴にとられた魔族が突撃できないようにしている精霊もいる。バスモドが百名の精鋭と突撃し、危ないときは精霊の持つ清らかな整気せいきを光らせて目くらましにする。合成毒の液体の入った水風船はひっきりなしに投げつけられ、魔族の矢で破裂し、精霊族に中身が振りかかる。そのたびに王の整気である回復の光が精霊族をよみがえらせる。

 全員、力の限り戦った。だが。

 魔族の腕が精霊族を引きちぎっていく。家々は紙くずのように丸まり、炎は燃えあがった。魔族のある者は相手の命を潰し、ある者は一振りでまとめ斬った。美しいものは、ことごとく砕かれていった。砕くたび、精霊の力が弱まっていくことに、魔族が気づいたのだ。徹底的に建物と自然を破壊するための、分隊が出た。二度と修復できない粉と灰になるまで許さない。将来の国力を回復させる手本となるものは、すべて抹殺する。国が焦土になるほど、精霊族は戦意がそこなわれていく。そして、整気を失い、力を失っていく。

 どんなに目の前の敵と戦っても、魔族軍三千対精霊族軍千。そしてこちらは情報不足、作戦の立てようがない。さらに自国領土での戦闘、守るべき地点が多すぎて兵が散開し、兵の心も同時に散漫になる。対して敵は買収した精霊族から国情を知り抜き、真っ先に向かう拠点、そこまでの道筋などの計画を何通りも立てている。情報量の差は、生死の差である。

 魔族の分隊がついに精霊王の城にまで手をかけようとしたとき、ぷんわあが叫び狂った。

「目醒めるのが遅すぎた!! 私が精霊族の歴史を閉じることになり、生きているのが恥ずかしい!!」

 ぷんわあが尖った石に、硬い餅の体をおどらせて自殺しようとするのを、ぱん、と平手で押し返した者があった。

 ぷんわあは、その者を見たとき、その発する気に全神経が集中した。

「よくやった、出雲、麻沚芭、ぷんわあ!! ここから先は、私に任せろ!!」

 この世のものから隔絶的に穢れた気。

 そして、この世のものから隔絶的に清らかな気。

 二つの気をあわせ持つ、剣の舞姫紫苑が、双剣を引き抜いた。そして双剣を振りながら、前線に向かって振り返った。

「魔族ども! 精霊が真心こめて作りあげたものを破壊して楽しいか! 命を奪い、生きた証まで奪い、代わりにお前たちがすることは何だ! 誰も誰かの代わりにはなれないことわりを破る者たちよ、私が善人を一方的に害するおまえたちを、斬る!!」

 剣姫は迷わず魔族軍の中央へ飛びこんでいった。そして、剣圧をうならせながら、一振りも空を切らせず、魔族を斬り始めた。

 魔族たちは、なんだこの女は、魔族軍のど真ん中に入りこんで、馬鹿な野郎だ、八つ裂きにしてやれと笑ったが、誰もがその剣舞を受け切ることができず、一刀のもとに切断されていくのを見て、混乱し始めた。

 慌てて誰かが合成毒の液体をかぶせようとした。しかし、剣姫の白き炎が浄化してしまった。そしてさらに白き炎が広がり、すべての合成毒ごと、一帯の魔族をき尽くした。

 残ったのは千五百体である。

「まだまだ行くぞっ!!」

 敵の多い方へ多い方へと飛びこんでいく剣姫を見て、氷雨が半ば呆れたように呟いた。

「いつも露雩が心配していることを忘れるのだな」

 露雩はにこにこと剣姫を見つめていた。

「甘えてるんだよ」

「え?」

「オレがいると思うと、安心して自分の戦いに没頭してる。だけどオレが危険な目に遭うと、慌てて戻ってくるんだ。かわいいだろ?」

 のんびり笑っている露雩が、まったく抜刀する気配を見せないので、氷雨は驚きのあまり、尖った口から、思いがけず口笛が出た。

「……どうやら紫苑に関しては、観察だけの私などより夫のお前の方がよくわかっているようだ。これが信頼というものか」

「オレと紫苑の愛の形さ」

「ふふふ、はたから見るとずいぶんもどかしいのだがな」

 露雩の焦点が絞られた気がした。

「うん、いつか一人のかわいい女の子として、甘えてくれたらいいなって思ってる」

「……死なせるなよ」

「ああ!」

 露雩は魔族軍の動きを全体的に把握すべく、目を動かしていた。

「ご報告します、敵百、消滅しました!」

「ご報告します、敵分隊、討ち取られました!」

 精霊王・ぷんわあは、兵の報告を聞きながら、姫があくらを斬るたびに、まばたきできず、いよいよ目を見開いていった。

 そして、熱い泉で膜を作ったその目から、しずくが流れたのがわかった。気づいたからだ。

「神の風斬る舞なれば……!」

 一刀もれずに次々と敵を破る舞姫の剣の軌跡から、整気を宿す美しい風が全方位へ放たれていた。悪を斬るたび、白く輝いていく、隔絶的に鋭い光の風であった。それは、幾千本ものつるぎに見えた。剣は、精霊国中に広がり、精霊国中の悪を刺し貫いた。


 アブラムシの魔物は逃げ出したようで、死骸の中にはいなかった。

 国を脱出していた裏切り者の精霊族が二度と精霊国に入れないように国全体に術をかけ、無理に戻って来た者は処刑した。

 剣姫は精霊王の前に立った。

「正しい道理は力がなければ正義にはならん。自分が救われるために正義の犠牲を他人に強いる者は悪なのだ。他人を救えてこそ正義。そのために悪と戦わねばならない。戦うべき悪に気づけないなら、人を導くなどするな。お前が悪と戦い、守りたいものが何なのかに気づいたことで、私はお前の国を救いたいと思った。道理を踏みにじられ、立ち向かいたいのに力がない正しいものが泣き叫ぶのを見逃すことは、私にはできないからだ……!」

 ぷんわあが出雲と麻沚芭に戦うことを気づかされなかったら、紫苑はぷんわあを助けなかっただろう。

「祈るな。立ち向かえ!!」

 剣姫は紫苑へと戻った。

 出雲と麻沚芭は、なぜ剣姫の役に立ってしまったのだろうとふと思ったが、確信が持てぬままに魔族の死骸の片付けをしていた。

 精霊王は風切る丘で復興を指揮しながら、いつまでも、精霊国中に広がった剣の舞姫の剣舞奉納の白き光を、目に映していた。


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