仮面の王第四章「王の問答」
登場人物
双剣士であり陰陽師でもある、「土気」を司る麒麟神に認められし者・赤ノ宮の名字を改めた九字紫苑。強大な力を秘める瞳、星晶睛の持ち主で、「水気」を司る玄武神に認められし者、紫苑と結婚している露雩。
紫苑の炎の式神・出雲。神器の竪琴・水鏡の調べを持つ竪琴弾きの子供・霄瀾。帝の一人娘で、神器の鏡・海月と、神器の聖弓・六薙またの名を弦楽器の神器・聖紋弦の使い手・空竜姫。聖水「閼伽」を出せる、「魔族王」であり格闘家の青年で、はちまきの神器・淵泉の器の持ち主の、「金気」を司る白虎神に認められし者・閼嵐。輪の神器・楽宝円を持ち、「木気」を司る青龍神に認められた、忍の者・霧府麻沚芭。人形師の下与芯によって人喪志国の開奈姫に似せて作られた、槍使いの人形機械・氷雨。
「この世界の王にして、神」と自称し、「寒雨教」を作り宗教軍隊を組織している、仮面の精霊・寒雨。
第四章 王の問答
剣姫は、寒雨の力が大量の命を巻きこんで使われることに嫌な予感がしていた。
自爆、他人の人生を乗っ取る増殖、洗脳、宗教兵、町、他人のものまね。
寒雨は、他人の乗っ取りと他人のものまねで無限に増殖し、無限に世論を生み出し、洗脳と、自爆する宗教兵を使い、他者を無限の力で支配することができる。
認めたくはない。認めてはいけないが。
「今のままなら、こいつは世界の王になる」
この世は、剣姫のように死ぬことをいとわない人間ばかりがいるわけではない。
即死を突きつけられたら、命は生きる方を選ぶ。選ばないためには、一人ひとりが知識を鍛え、寒雨から逃れる方法・倒す方法を工夫して考えだすことだ。
だがそれに関する知の構築の備えのない者は、寒雨に従ってしまうであろう。
寒雨は、自分に刃向かう唯一の武器「知」を人々から取り上げ、「唯一の知、すなわち世界の王」として世界の頂点に君臨し続けるであろう。
人間と魔物や、精霊、竜など、種族間の争いは、寒雨の洗脳で「棚上げ」になり、忘れ去られはしないが話題に上る話ではなくなるだろう。寒雨の言うことを聞くために、それどころではなくなるからだ。
寒雨は世界をどうしたいのか。その世界でも寒雨に救われない者はどうするのか。すべての差別、貧困、病といったものをなくす道を持っているのか。寒雨は、信者に「圧倒的な力」を見せつけて「神」になった。「信じれば必ず勝てる神」を命が本能で選ぶのは仕方がないことだが、豆投と身来の夫婦のように、救われない命や切り捨てられる命があるのは、「神」としておかしい。
「神ならすべての事柄に答えを出さなければならない」
剣姫が寒雨を睨み上げた。心の中にある疑いを、問わねばならない。
剣姫と寒雨は、一対一で対峙した。
「寒雨。他の神を信じる者を改宗させる言葉がお前の教えにないのはなぜだ」
寒雨は剣姫を見下ろした。
「この圧倒的な存在は、とても言葉で表しきれない。見た者は、一人ひとり違う言葉で私を表現するだろう。私の存在を他人に言い含める表現に気づいた信者が、まだ出ないだけだ。私はその、『私の表現者』を待っているところだ」
「お前から教えればいいではないか」
「私の存在が偉大すぎて、最適な言葉が浮かばない。この世の言葉では、表しきれない。私は存在するだけで遍く光だから」
寒雨は光の粉を落とすかのように仮面をゆすった。剣姫はまばたき一つしなかった。
「光のくせに敵を殺すことしか教えないのだな。お前の信者が愚かでお前からそれしか読み取れないのか、お前自体がその程度なのか、どちらだ」
「私を侮辱するのはやめることだ。大多数の者は、私が持つこの世で最強の力にどうしても目が向いてしまう。困ったとき、他宗教の愚民に対してすぐに頼りになるのは力だからな。他宗教の民は私という崇高な存在に気づかず、信じることをしないだけあって、知能程度が低い。馬鹿に何を言っても通じない。通じるのは圧倒的な力だけだ。私は私の信者を救う義務があるし、他宗教を懲らしめる義務がある。そこで、他宗教の信者を力で罰することがあるのだ」
「力で相手を支配するのは悪魔のすることだ。宗教戦争で死を正当化し、自分についてきた信者の命すら奪うのも。お前が悪魔でないと反論できるのか。悪魔でも代わりになれる『神』よ」
「悪魔」と言われても、寒雨は怒らず、余裕で笑っていた。
「知らないらしいな。神は悪魔さえ支配しているのだ。神の一言で、悪魔はいくらでも他宗教の愚民を殺し、私の信者に取り憑いて私への信仰心を試すのだ。宗教戦争で死ぬのは、悪魔の試しの誘惑に負け、私を裏切った者だ。生き残った者は、悪事の機会を避けて、無事に清廉潔白な身を保った者だ。私は宗教戦争で敵に天罰を与え、私の信者に私を信じなくなったらこうなるということを見せている、そして、うわべだけの信者を殺してふるいにかけ、信者の純度を保っている。私の教えが適当な解釈で後世に曲げて伝えられないように。人間は神の教えを勝手に変えてしまうからな。うわべだけの信者を残しておくと組織の内部分裂につながる。『適当な解釈』を勝手に作り出すからだ」
「神でさえ、己の信者の争いを消せないのか。最後はどう決着をつける。他宗教に対してと同じように『殺せば勝ち』にするのか」
剣姫の斬りこむ問いに、寒雨は王者らしく鷹揚に答えた。
「『しばらく』放っておく。競争相手がいるのはいいことだ。互いに己の信者を増やそうと躍起になる。その結果宗教戦争が多発して、他宗教を征服していけば、いずれ世界は私の教えで統一される。そのとき『私の表現者』が現れて、分裂した寒雨教を一つにまとめてくれるだろう」
「人間の競争心という欲を利用する『神』! 愛も与えず、死に憐れみすら与えず、命の蠢きを高みの見物とは! 力だけ与えるのだな! なぜ相手の心を変える言葉をかける努力をしない!! 力で世界を支配して何になる! 何の救いがあるというのだ!!」
「たった一つの言葉では世界はまとまらない。しかしたった一つの力で、世界は言うことを聞く。私は私を理解しない愚民を待てない。なるべく早く世界を支配したい。この世界で最強の光である私を信じず理解しない者が一人でもいることに、憤怒を覚える。そんな憎むべき罪深き者を、この世から早く消してしまいたい」
剣姫の顔は険しい陰を集めた。
「自分を肯定しない者に死を、か。自己否定されることを極度に恐れる壮大な幼児だな。お前の後ろに控えている神は、お前のような者を見つけて依存させたかったのだな。神なしで生きられないように。お前も『寒雨教』の犠牲者だ。心を変える言葉など、お前にはないのだ」
「力ある者に対して、お前が何か言う資格があるのか。信者が全国にいるのは、私が彼らの心に響いたからだ。この事実を無視することはできまい!」
剣姫は首を左右に振った。
「差別、貧困、病といったものをなくす方法を持っていないではないか。お前が人々の苦しみを救ったとき、豆投と身来の夫婦のときのように、偽りの力だった。お前が作るのは『見せかけの幸福の世界』ではないか!! 信者を増やせたのは、お前が人々に耳よい言葉『だけ』を説教して、『都合の悪いことをわざと言わない』からだ。問われれば、腹の中では正反対でも、相手に耳よい返事をして『嘘をつく』からだ。信者の数を増やして組織と金銭の力をつけるまでは、そうやって言いたくもないおべっかを信者に使い、甘くいくらでも欲しくなる言葉を並べて、信者に快感を与えたのだろう。
信者は、洗脳されなくても、依存症になる。
自分の欲しい言葉『神は必ずあなたを救う』をくれるからだ。神に依存するのは不幸のある者で、二十四時間不幸な日々に『あなたは救われる』と言われたときだけ、癒されるからだ。どう救われるのか、一人の人生もわからないくせに、無責任に救われると言い続ける。何の力も持たないくせに、お前のような奴は社会の害悪ではないか」
寒雨の方が大きく仮面を左右に振った。
「正しい祈り方の方法は私だけが知っている! 私の言う通りに生きれば、皆、幸せになるのだ!」
「生活習慣を教えるだけで一生飯が食えるのか。気楽な商売だな。それで信者の悩みが解決したら、それは信者の努力ではなしに、お前が手柄を独り占めか。『神のおかげだ』と言って、信者の心の動きは全部『神の力』で片付けるつもりか。
そうではない。『辛いけど、こうした』『悲しいけど、こうした』の積み重ねで人は幸福になっていく。
理由もなく『神の力』で幸福になりはしない。
原因があって、結果が出る。
でもその方法は一人ひとり違うから、お前は信者に解説できないし、他の者にも当てはめられない。だから『神のおかげ』で『説明しようとする』。なぜなら、お前が神の理を本当は知らないからだっ!!」
「神敵め! そこまで私を地に墜としたいか!」
寒雨が相手を刺すような唸り声をあげた。剣姫は問い続けた。
「世界の終末にどうしたい? 天変地異はいつ起こる? 答えられまい! この世の命で、一秒先のことを知っている者は、誰もいない! だがお前たち宗教家は、『誰もわからないのをいいことに』、未来のことを約束したがる。何年後にこうなるであろう、未来に必ず報われるであろう、などと。
一秒先のことをわかっているなら、全世界の者に会って一秒先を教えて、全員信者にすることができるはず。『世界の王』に、すぐになれるはず。
だが、本当はわからないから、世界中の人間に会いに行けないのだ。相手にどう反論されるか、わからないからだ。そうでありながらあたかも世界の未来を決定的に予知しているようにふるまうのは、嘘つきだ。お前は、自分の金と力でできること以外は、『予言』できない。人々が決定的に『わからない』ことを利用して、いたずらに恐怖心をあおるのはやめろ。
終わらない命はない。どの種族も、絶滅から免れることはできない。では、終わりに向かってどう生きるべきか。それを教えるのが現実の指導者というものだ。
『必ず救われる』『永遠に救われる』? 空想はやめろ。この世に『必ず』とか『永遠』とかいう属性を与えられた特別な存在は、ない。
命は浮沈と共に時の流れに流れていくものだ。時折、無を与えられながら。
お前は命を迷わせている。自分の知らない世界を、願望という筆で書き上げた物語によって。お前一人が救われるなら勝手にしろ。しかし他人を巻きこむな。金も人生の時間も、お前の奴隷となるために消費されている人々を見て、『救わなければ』と、思わないのか!!」
寒雨は剣姫に真っ向から対した。
「神に仕えるのは信者の望外の喜びである。信者が信じるものをあげつらう権利は、お前にはない。天変地異が起きないためには、人々の日頃の良い行いが集まることが必要だ。世界の終末もそれで回避できる。だから私の教えを世界に広める必要がある。世界中の命に会わないのは、まずは私の信者を立派な信者に育て、苦しみから救うことに力を使いたいからである。その間は、幹部に布教を任せているだけだ。信者は増え続けているから、今は育てる時間で手一杯なのだ。
お前は人間も魔族も他の種族も皆、いずれ滅ぶと言うのだな。悲しい奴だ。命の生き続ける可能性を信じないとは。生きることを諦めた者に、誰が耳を傾けるものか。お前はいずれ来る死を受け入れよと言う、死神だ! どこにも救いがない!! 人を苦しませる悪魔め!! 私が退治してやろう!!」
「そうしてお前は自分の奴隷を宗教兵にするのだ。お前は一度も先頭に立ったことはなかったな。『神』のくせに、命が惜しいと見える。そして、天変地異が善人も襲うことを無視している。この世のことは、人間ではわからないことでできている。その人が伸びるために不足が必要なのかもしれない、神の望まれることと人間の望むことは違うのだと、剣姫として、不幸を背負っていると思っていた者として、今ならわかる。
それがわかるためには辛いときも生きるしかないのだ。生きたら、何かが変わり、わかるから。
その気づきを奪う『私を信じれば私の力で救われる』などという、赤ん坊から老人まで誰にでもわかる演説をするのはやめろ。
一人ひとりの人生はそんな一言でくくれないほど複雑だし、お前を信じなくても救われている者は他にいっぱいいる」
寒雨は明らかにむっとしていた。
「それはかりそめの幸福である。未来永劫続く真の幸福ではない。私の教えを守ればより素晴らしい幸福に出会うことができる」
「では信者一人ひとりに未来に起きる幸せを具体的に教えてみろ。信者の苦しみが『なくなる』ではなく、お前を信じれば最高で『どういう幸せがこれから訪れる』か、いちいち言い当ててみせろ」
「神は祈られた望みしかかなえない。金持ちになりたければ金を、病気を治したければ治癒を、差別をなくしたければ人の和を与える。どんな人も、今ある悩みが解消されるのだ。金銭を私は金山から、そして富める者からはその貯えを出させて分けあい、私の祈りのこめられた水を、毎日飲ませて健康を保たせ、差別をなくすよう命令して全員を仲間にする。こんなに平等な世界が他にあるか。全員が友達、などという美しい世界が!!」
剣姫は目を凝らしても何も見えなかった。
「差別をなくすよう命令するのに、異教徒は差別させるのか。どうしてお前の思想のこの矛盾に信者が気づかないのか、私にはわからない。そして今、お前の述べた『幸せ』は、ありきたりな例でしかない。いくつかの定型化した幸せしか与えてやれないのか。不幸と同じく幸せも人の数だけあるのに」
「人間が最も神に感謝するのは、そういうときだ。他のことでは、神の力に気づくまい。私の力で得た幸せを、異教の神のおかげだと言って、それを広めたとしたら、私は異教の神に手柄を横取りされて腹が立つ。だから異教を絶対排除するのだ。これは差別ではない。神敵と戦うことである」
「人々が神の真贋を見分ける機会を、奪っている!」
「真贋!?」
あまりの突拍子もない発言に、寒雨がひどく驚いた。そしてすぐに気を落ち着けて、呆れたように仮面を左右に振った。
「人間は本当に迷いやすい生物だ。神を選ぶのさえ、迷うとは。人間がここまで迷うから、神が救ってやるのだ」
「違う。神が人間を迷わせたいのだ」
「永遠に神にすがらせ信じさせるためにか? そこまで神は堕ちてはいない」
「神の完全な調和の世界から逃れるためだ」
「何を言う。それこそが世界の、最後に完成された姿だ」
「では、なぜ男と女がいると思う。なぜ一人で子供を産めないと思う」
仮面の精霊でも、寒雨は即答した。
「他人を愛することを知るためだ」
「相手を選ぶとき、『迷う』のにか?」
「迷ったふりをして、実は愛しているのだから、問題はない」
「離婚する者もいるのにか?」
「神の力でめあわせた二人である。そのときは神の命令で、添い遂げるよう宣告する」
「世界が完璧なものになるときは、命が完璧になるときなのではないか? 自己増殖で自分の複製を作り続ければいい。かかる病気も治療法もわかるし、なにより『自分』だから、安心して産めるし、後を任せて死ねる。どうだ? 過去も未来も安全で安心、あとは研究が発展して高度な知能を磨いていくだけ。こんな世界こそ、完璧な世界とは言わないか?」
「どこが……」
剣姫は、怒気をはらんだ寒雨の声に自分の声を強引にかぶせて続けた。
「だが、そうはならなかった。誰にも自分の未来がわからない、迷いだらけの世界になった。それはなぜなのか?」
寒雨は、やっと剣姫に声を荒げた。
「当たり前だ!! その自己増殖の世界には神がどこにもいない!! 神を忘れることは、赦さん!!」
「神の完全なる支配による、神が十割の世界と、人間の完全なる支配による、神が零の世界。どちらも『迷い』がない。迷いがないとは、考えないということだ。考えないなら、神が十割の世界でも、人は神に感謝することすらまったく考えないだろう。それではだめなのだ。何も考えず、ただ食事して遊んで暮らして、そこに生きる意味があるのか? 人間は神にとって何なのか? 愛玩生物か、それとも神がこうして遊びたかったという、神の夢なのか。答えろ寒雨、お前は『迷わせない』神として何をするのか!」
寒雨は堂々と仮面を突き出した。
「全種族に世界の唯一の神である私という存在を崇めさせ、ひれ伏させたあとは、私の支配力をもって、この世界を不足なく統治する! 世界の王にだけ赦された、一人による全世界統治! 私の力を完全に使いこなし、全種族を一つにまとめあげる!!」
剣姫が即座に言った。
「野心家め!」
寒雨も即座に返した。
「全種族の和合の、どこが!」
「自分を全世界に見せなければ気が済まないのか! それに、理想だけで何の計画もない! 神としてのお前の腕試しではないか! 命はたとえ一つでも待ったなしだ! こぼれ落とさせはしないぞ!」
「力は相手を屈服させる! 異種族、異教徒さえも! 私という光に従わないなら、世界から取り除くまでだ! 光に逆らう者は皆、悪だ! お前こそ、これだけ話してどうして私の光に気づかないのだ! お前は魂の修行が足りない!!」
「宗教が憎しみを抱かれる理由が、わからないのか! それだ!!」
剣姫が寒雨に言い放ち、続けた。
「たとえ寒雨教が少ない人数の組織で、信者が起こす他宗教教徒への殺傷事件も、他の犯罪に比べると少なかったとしても、他宗教からの差別はなくならない。お前たちが『言って聞かせても自分を絶対に変えない』からだ。歩み寄れない人間で、『神の命令・おかげ』にして議論から逃げ、それでいて自分だけの正義を他者に押しつけるから、『理解できない』として殺すしかなくなる。
寒雨教ではない異教徒にも、生きる権利があるからだ。
議論と歩み寄りの余地のない者は、たとえ少数でも、人に恐怖を与えるから、絶対的に社会からの排除の対象となる。数の問題は関係ない。他人と共にお互い我慢しあえない者は、社会の中に入ることはできない。『犯罪件数の少なさ』は考慮の対象にはならない。他宗教同士互いに歩み寄る教えを作らない限り、その宗教は世界の中で孤立し、少なくとも宗教戦争を起こしたら完全排除の対象となる。
寒雨、お前こそ自分を信じ、自分以外を認めない、頑なな者だ。自分の満足のために信者を世界から排除させた愚かな者だ。『救う』と言っておきながら、それは『お前が作った世界』の中だけであった。『新しい世界』が現れたら、信者は死ぬしかないではないか! 『古き神』よ、信者を生かすとは、たとえ異教徒で信者でなくても、相手を知ることが始めだとは思わないのか」
そうして剣姫が「孤独」に答えを出したことを寒雨はもちろん知らないが、「古き神」と呼ばれて青ざめ、はた目にもわかるほどぶるぶると怒りに震えていた。
「死後の幸福の世界は、用意してある!! 死を恐れず、そのような神敵を全て殺し、寒雨教だけがこの世界で生きていけばいい!!」
「お前には寒雨教以外の人を、救う言葉がないのだ。そして寒雨教徒の命を救う力もないのだ」
剣姫の両眼が光った。
「子供の霄瀾でも気づいたぞ。信者は地上の神の国に住みたいのに、なぜお前は死後に救うのか。寒雨が神なら一人も死なせずに地上の神の国に住まわせればいいのにとな。悪魔の誘惑に負けた者を宗教戦争の犠牲者にすると言ったな。誘惑に信者が負けたのは、お前に人を導く言葉がなかったからだ。お前は、信者を一人も脱落させずに勝たせることが、できない!!」
剣姫はたたみかけた。
「『相手の神も手強いからだ』? 自分の神以外に神がいると認めるのか。『奴らに奴らの悪魔がついているからだ』? 悪魔に完全に勝つのが『神』であろう。それができないのが『神』なのか。いいかげん『完全な』『神のための』『宗教戦争』、『神のための戦死』などと言って自己陶酔するのはやめろ。『自分の神が信者を全員救えないことの証明になる』。『神の権威を地に堕としている』。このような、自分を救えない神を他宗教の誰が本気で信じるだろうか。『人生を棒に振っている』とせせら笑われて終わりである」
ここで言い返せなかったら神ではない。寒雨が即座に言葉を出した。
「私は自分を信じると言っている者たちを常に試している。私への信仰が足りなければ、死ぬ。いずれどの戦いでも私の信者が勝つが、その地上の神の国は、信仰の足りない者の目には不満に映る。食欲など、すべての欲が無制限に満たされるというより、物の不足で争いが起こることがない、という、夢の国だからだ。不満を抱く信仰の足りない者たちは秩序を乱すだろう。だから異教徒の手で殺させる。死ねば欲望はあらかた失われていくから、あの世であの世にもある夢の国に入ることを赦す。私に信者を導く言葉がないのではない。同じ言葉を聞いても、一人ひとり理解が違うだけだ。死んで救われる者が、戦死しているだけだ」
それを聞いて剣姫が迫った。
「逃げている! 苦しみの世界に救いがあるから神と呼ばれるべきなのに、欲という苦しみを失った状態で救われるなど、その者の中身は何も変わらないではないか!」
寒雨は動じない。
「魂は転生することなく、永遠に夢の国で暮らせる。これ以上の安らぎがあるであろうか」
剣姫も退かない。
「親兄弟愛する者親しい人と離れ離れにして、それが安らぎか!」
寒雨は言い渋るように仮面に筋の陰を作った。
「魂が改善すれば死の国から現世に連れ戻すこともありうる」
剣姫が突然、バーンという音を立てて土をはたいた。
「今、お前はあの世の神の国が刑務所だと宣言した!!」
「なにをいう……?」
寒雨は疑い動揺している。
「地上の神の国こそが真の救いで、あの世にいるのは問題のある魂の収容所だと! 自分の口から言ったな! 私は聞いたぞ!」
寒雨は激昂した。
「違う! 私はどちらにも救いをと! 対する人によって救い方が違うのは当然だ!」
剣姫は動じない。
「信者を『選別』したな。神の国に入れる者と、そうでない者を……同じ信者なのに」
「死後の世界を用意している!」
「それはさっき聞いた。収容所だ」
「違う! 魂が浄化されてきたら現世に戻れる!」
同じ話をぐるぐる回している。混乱しているのだ。今のやり取りを剣姫が信者に暴露したらと思うと、言葉が出ず幽体離脱しそうだ。
おかしい。神の自分が、絶対の力の論理で崩されるはずがない。
寒雨は叫んだ。
「神のために死に、魂を鍛えたら、地上の神の国に入れてあげる。それの何が『選別』なのだ? 立派な『救い』ではないか! 世の中には言葉を誤って理解する馬鹿がいる。彼らから真の信者を守らなければならない。信者を名乗って、実は信者でない者はたくさんいるのだ。死んで救われる、だから『神に命を捧げ救われるための戦い』なのだ。私は一人も見捨てないのだ。お前にはそれがわからないのだ!!」
「ならそれはお前がやれ!!」
剣姫が怒鳴り返した。
「信者を敵の手に渡さず、『神』のお前が自ら殺せ!! なぜ自分の手を汚さず、敵に殺させる!! 敵への憎しみを助長させて、世界に不幸を撒き散らすな!! あの世に送りたい信者はお前が『天罰』で送れ!! 他の神を信じる者を巻きこむな!! どの神も領土を拡大したがるのは、自分を信じる者に天罰も褒賞も完全に力をふるえるからだ! 領土を拡大したい欲があるなら、人間の手を借りず、『神』よ、お前が『天災』で敵地を滅ぼして奪え!! 世界の王を約束されているなら扱えるはずの力であろう!!
寒雨、お前なんか神じゃない!! 多くの命が併存する世界に争いと果てしない憎しみの種をこぼす『悪の種まき男』だ!! 真の神は言葉で人の争いを打ち消す、偽りの神は自分の地位のために争いで人の怒りを発生させる!! 寒雨、偽りの神め、世界に不協和音をもたらした罪は重い!!」
寒雨、この世界の王にして神の仮面が怒りのあまり膨張した。
「この世界の光に向かって、なんという暴言!! 私という神が絶対、私を信じない者は皆、悪の手先だー!!」
地響きが起こった。




