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星方陣撃剣録  作者: 白雪
第一部 紅い玲瓏 第十三章 梅橋百鬼夜行
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梅橋百鬼夜行第三章「四種の兵士」

登場人物

双剣士であり陰陽師でもある、赤ノ宮の名字を改めた九字紫苑くじ・しおん。強大な力を秘める瞳、星晶睛せいしょうせいの持ち主で、「水気」を司る玄武げんぶ神に認められし者、紫苑と結婚している露雩ろう

紫苑の炎の式神・出雲いずも。神器の竪琴・水鏡すいきょうの調べを持つ竪琴弾きの子供・霄瀾しょうらん。帝の一人娘で、神器の鏡・海月かいげつと、神器の聖弓・六薙ろくなぎまたの名を弦楽器の神器・聖紋弦せいもんげんの使い手・空竜くりゅう姫。聖水「閼伽あか」を出せる、「魔族王」であり格闘家の青年で、はちまきの神器・淵泉えんせんうつわの持ち主の、「金気」を司る白虎びゃっこ神に認められし者・閼嵐あらん。輪の神器・楽宝円がくほうえんを持ち、「木気」を司る青龍せいりゅう神に認められた、忍の者・霧府麻沚芭きりふ・ましば。人形師の下与芯かよしんによって人喪志国ひともしこくの開奈姫に似せて作られた、槍使いの人形機械・氷雨ひさめ

「この世界の王にして、神」と自称し、「寒雨教」を作り宗教軍隊を組織している寒雨さむだれ




第三章  四種の兵士



「お前が剣姫か。赤ノ宮紫苑……人族の最終兵姫さいしゅうへいき

 御簾みすの中から、くぐもった声がした。やはり、何の感情も読み取れなかった。

「久しい名だ。情報が古いな。土の中にいてこの世から葬られたらしい」

 怒りを抑えて剣姫が睨み上げた。

「お前の信者も全員この世から葬るつもりか! お前の望み通りの世界で生きようが生きまいが!」

 剣姫の後ろには豆投ずとう身来しんくるの死体が横たわっている。寒雨が答えた。

「私の庇護ひごする山の中で生きられない者が、邪教の神を信じる者たちの大勢いる山の外で、無事に暮らせるわけがない。私は皆に、私の幸福になる力を最大に受けるための生活の仕方を、この町で教えている。この山の中にいれば、もう安心なのだ」

「社会から切り離して、何が望みだ。すべての自由を奪い人生を『殺し』、飼い馴らした者たちを使って統治の方法を実験しているとしか思えん」

「飼い馴らす? そうだな、私はこの世の命を試している」

 御簾が微かに首を傾けるように揺れた。

「この世の竜族、精霊族、魔族、人族は、それぞれべる方法を変えなければなるまい。各々の性質によって、私は見せる顔、力を変えるつもりだ。一つの神では、神を翻訳する者と求める者たちの足りない言葉故に、各種族の精神の隙間を埋めることはできないからだ。

 一つの種族は、他の種族の求める神の能力に何の魅力も感じず、他の種族の神を蔑む。それを避けるため、私はここで皆といる。この山は魔族と人族を私がよく知るいい場所だ。私を、神とはこうあるべきだと日々成長させてくれる。魔族は己の存在理由が世界のどこかに見つかればおとなしくなる。人間は力でねじ伏せられればおとなしくなる。寒雨教を竜族と精霊族にも布教しているが、警戒心が強くてうまくいかない。神も世界には苦労するものだ」

 剣姫は顔に皺を寄せて鼻を高くした。

「神をかたるな! 赤子を土魂つちたまで造っておいて、偉ぶるな! 命が生まれるのも生まれないのも、理由があるからだとなぜ言ってやらなかった! 神なら理由もなく赤子をくれずに、この原因を作れば赤子が産まれると、世界のことわりをこの二人の善に比して教えればよかったではないか! それが神だ! 何の理由もなく付け焼き刃の信じる心だけで願いがかなってたまるか!! 神に望めば、この星を破壊してくれるのか!! 何の因果もない祈りの力だけで何かが起きるというのは、そういうことだ!!」

 御簾は、さざ波のように揺れて、嘲笑うかのようだった。

「私は神。神のすることを、なぜ人間にいちいち説明する義務があるのだ。どうせ告げたところで理解はできない。この者はいずれこれをする、だから先に結果を与えてやろう。それだけだ。そこの二人も私を裏切ることはわかっていた。だからぬか喜びの天罰を与えたのだ」

 剣姫はぐっと奥歯を嚙みしめた。若い身空みそらで身勝手な理屈に翻弄された二人が、剣姫の後ろにいても目の前に倒れているようにはっきりと思い浮かぶ。

「言葉を持たない者が、神なものか!! 相手を殺すことしかできない、悪徳の者、偽りの神め!! お前が神でないことを証明してやる! ここで今、私が殺すからだ!!」

「私もお前だけは殺すつもりでいた!!」

 突然、寒雨の声に怒気が混じった。それが偽りの神と言われたからなのか、殺すと言われたからなのかは、わからない。

「私の完全に支配する世界で、運命を受け入れずに戦う剣姫、赤ノ宮紫苑! お前は、邪魔だ! お前だけは、存在を認めない!!」

「ふん、完全に支配か! 今日作る靴の数も、畑にまく種の数も、すべてお前の言う通りにすれば、完全な世界がまわって、全員で幸せになれると! 一つの不足もなく、一つの悩みもなく、全員が勝者になれると! ……世界をなめるなあァッ!!」

 剣姫のいだ剣風が御簾の半分をはためかせた。中は暗くて少しも見えない。

「命から『選択すること』を奪うな! 何も選ばない命は、人形だ!! 生きていくうえで、人は絶対に度々(たびたび)迷わなくてはならない!! どれかを選んでいくことこそ、人生だ!! 理由もなく与えられた道を進むのは、生きているとは言えない! 『選んだ理由』が、人を最後の一歩で踏みとどまらせるのだ! 完全なる支配、全員が勝者、そこに命が生きている意味があるのか!! よその世界の神々に『作品』の品評会でもしてもらうつもりか!! 意思のない世界は人形の世界だ、お人形遊びの神など、こちらから願い下げだ!! 永遠に同じ一日同じ一年を繰り返すなど、へどが出るゥッ!!」

 全員が勝者になるなど、できるわけがない。信仰の差で天罰がくだる。嵐で作物の実りは地域にばらつきが出る。永遠に晴れと雨の日だけにするのか。「神」でありながら世界のあらゆる事象を封じこめ、狭い力しか使わないのか。そしてそれは人族にとってだけ良いことであって、その他の竜族や精霊族や魔族には困ったことである。食糧や住処すみかが様々だからである。

 世界は一つの種だけでまわっていない。狭い知識で力を限定して使うことは、世界のあらゆる可能性の芽をむのだ。

「人間に善悪のことわりを学ぶ機会を与えず、一挙手一投足が神の意のままでなければ、『死』か! 神でありながら、完全なる支配というものが、自分を信じる者たちだけを自分の思い通りのコマのように動かすことだと思っているとは、笑わせる!」

 しかし、落ち着いた寒雨の声が響いた。

「力は、一人を救えば一人が泣く。しかし神の力ならば、全員を笑わせることができる。命が『選ぶ』? 何のために? 私の言うことを聞いて、富も健康も社会の和もすべてを手に入れることの方が、はるかに価値があるだろう。私には世界のあるべき行く末が見えている。私に従えば、良い結果を得られる。完全なる支配こそ、命の喜びなのだ。命が『迷う』ことが必要? 迷うから私は求められた。世界のことわりは私だけが知っていればいい――それを集めて神をかたるものが現れるだろうから」

 全員が物を言わなかった。

 最後の一言について、宗教が秘密の教えを一般に開示しないこと、偽りの神が本当に現れるかもしれないということ、寒雨が世界のことわりを知らないのに嘘をついて言っているのかもしれないということ、様々なことを考えていた。

 寒雨は勝ち誇った。

 原因を先回りして結果を与える完全なる世界が、承認されたと感じた。

 剣姫。

 いいコマを手に入れた。

 わたしの敵を葬る戦士として、前線に送ってやるか。それとも、護衛にしてやろうか。

 うんめいに抗うこの反逆者を、どう使うかと寒雨が考えたとき、剣姫がぽつりと呟いた。

「神がこの世に現れるべきではなかった」

「――?」

 寒雨は耳を疑った。あの沈黙は、従順の印ではなかったのか?

 剣姫は呟いた。

「神が何か言えば、この世は確定してしまう。命はそれを知り続け、いずれ神に比肩する。神がこの世に現れてはいけないのだ。命は必ず神の真似事を始めるから」

 きっ、と、剣姫の目が御簾をとらえた。

「お前が本当に何か見えるのならそれでもいいだろう。だが神として世界を確定させるつもりなら、私はお前を斬らねばならない。不完全な命に度外れな高い知識がもたらされれば、力が暴走して世界が滅ぶ。私は世界を守ると決めている。命を守るためにおまえを斬る!」

 御簾の中が動揺したような音を立てた。

「なぜわたしが悪者になるのだ。世界は私が変化させるものを確定し続ければいい。広めるのも改めるのも、私がすればいい。何が不満なのだ!!」

 剣姫は、かつて陰の極点・燃ゆるばるかに向けたような、懐かしさと哀れみをこめた目を向けて微笑んだ。

「命は、自分で選択肢を見つけて、選んで、迷って、そしてもう一度選びたいのだよ」

 神の意志がわからなくても、神を選び、道に迷い、そして神を選んだ紫苑は、もし迷わなかったら、露雩と愛を育むこともなかったであろう。神の戦士になることと、露雩と結婚することを神から直接命令されていたら、命の限り戦い、また命の限り愛する気持ちは、起こらなかったであろう。

 責任ではなく、愛から行動することにこそ、生きる意味がある。

 寒雨の支配は、心を動かして何かをすることを否定する。

「私は、寒雨を認めない」

 穏やかに宣告する剣姫に、御簾が四方に広がるほどの大声が飛んだ。

「やはりな! お前こそ私が赦してはならない最後の敵だ! 『わかってはいた』が、面と向かって言われると、はらわたが煮えくり返る!!」

「いま、なんと――」

 問いただそうとする剣姫に、寒雨の、

「やれ!」

 の、声で、十名のうち八名の側仕えが向かってきた。

 二名の剣士、二名の弓兵、二名の術者、二名の格闘家が二手に分かれ、剣姫と女露雩たちに飛びかかる。

 二名の剣士は、突然雲の触手を十本出して、剣姫の剣と渡りあった。斬ってもすぐ雲が再生するので、なかなか近づけない。その剣技を、寒雨が上から見ている。

聖弓せいきゅう六薙ろくなぎ迎破栄戦ごうはえいせん!!」

 弓兵二人の、同じく十本ずつ増えた腕から放たれた十二本の矢を、男空竜の六本の矢が空を舞い、砕いていった。その後ろをマシハが追い、矢を避ける形で弓兵に到達すると、喉をかいた。

 術者が風の術に多くの鉄釘と鉄片を混ぜて殺傷力を高めたものを、七人に放った。

「神器・光迷防こうめいぼう!」

 少女霄瀾の演奏で、一涯五覇いちがいごはの一人、水気の極覇きょくはであった、河樹かわいつきの盾の神器が現れる。盾の中の光の迷路をたどり、風は無数の鉄と共に八方へ散らばった。その風の中を、槍を回して鉄を跳ね飛ばし、五行の力を防ぐ魔石の粉を体に練りこまれているために、ほぼ無傷に走り抜けた男氷雨が、術者二人を突き倒した。

 十本の手を生やした格闘家に手を使う隙を与えず、獅子閼嵐は回し蹴りで首をへし折った。残りの一人も、女出雲が火球の技・火空散かくうちるの直撃で倒した。

 寒雨は冷静に戦いを観察していた。

「あとは、お前たちだけだ!」

 女露雩が、二人の剣士を倒して、剣姫の隣に立っていた。少女霄瀾たちも後ろに立った。

 寒雨は、憎そうな薄目になった。

星晶睛せいしょうせいに、結晶睛けっしょうせい。どいつも、こいつも……!」

 寒雨のすべての感覚からの集中を受けていることを、剣姫は知らない。

「寒雨! そのつら見せろ!!」

 剣姫が御簾を斬り払った。

「んっ!?」

 全員が目を疑った。

 誰もいなかった。

 細く黒い枝が、大きい格子で、中を空洞にした三角錐の形に編まれてあった。下の面だけは格子がなく、かつ円周になっていて、黒白青赤黄の、一色ずつの五つのすり硝子がらすの玉が、等間隔に、四角い穴に丸くはまっている。

 冠のようであった。

「それが寒雨なのか? それとも、本体は別の場所で、これは声を増幅するものか?」

 剣姫が剣先で黒枝の冠を突き刺して持ち上げたそのとき、十名のうち戦わなかった二名が、急に土魂つちたまの雲の足を十本生やしたかと思うと、お互い逆方向に、脱兎のごとく走り出した。一人は地下の寒雨の館へ走り、一人は山の上の、梅橋への出口の方へ走っていった。本当に全速力の兎のように、十本足であっという間に駆け去っていった。

「えっ!? なに!? どっち!?」

 少女霄瀾が、髪と髪紐を振り乱して見比べている。

 女露雩が素早く叫んだ。

「紫苑! 仮説が三つある! 一つ目は寒雨と幹部に報告に行った、二つ目は寒雨がこちらの戦力を分断して倒そうと、罠を仕掛けた、三つ目はどちらかに寒雨が乗り移ってこの場から逃れた! 他にあるか?」

 剣姫は館と山頂を見比べた。寒雨がここにいなかったとは思えない。確かに、怒気を感じたのだ。そこに生きていたのだ。いくら千里眼で見ていても、空気までは変えることはできまい。

「二人のうちどちらかに乗り移って逃げたな」

 では、どちらであろうか。

 本拠地を知られた今、総力を挙げて決戦をするため、籠城ろうじょうするつもりだろうか。

 寒雨の館の内部に、どのように兵が配置されるかと考え始めた剣姫は、ふと、交代の見張りが言っていたことを思い出した。

「『把自気山はじきやまから出て来た』……?」

 把自気山に逃げ場があるのであれば、紫苑たちに気づかれず、戦いの準備を整えることができる。本拠地を捨て、そちらに逃げる方が時間が多く取れるという意味では確実である。

 それに、寒雨に完全に逃げられて剣姫から戻った男装紫苑は、敵の山の中の閉鎖空間にいることに息苦しさを感じ、早く敵地から逃れたい気持ちがあった。山ごと潰されたら一巻の終わりだと、危機感があった。信者がいるから寒雨はそんなことはしないと信者は言うだろうが、実際は違う。寒雨が助かるためなら、信者が死んでも構わないのだ。信者は、また新しい人を勧誘すれば、元の共同体を作れるのだから――。

 寒雨が山の上へ向かったなら、本当に山を潰すだろう。

「山の上へ! 正解でもはずれでも、ここはもう危険だ!」

 八人は山の上へ走り出した。寒雨の館の地下から、目と口に白い布を巻いた宗教兵が、続々と飛び出してくる。

「あんなにいたか!? どこにいやがったんだ!?」

 女出雲は数を数えて驚いた。千はいる。剣士、弓兵、術者、格闘家。さきほど戦った八名と同じ武器だった。

絶起音ぜっきおん!!」

 少女霄瀾が八人を音でくるみ、空を飛んで建物も登り坂もひとっ飛びにして、山頂への入口の鉄製の扉まで運んだ。

「開かない!」

 幅五メートルの観音開きは、鍵がかかっているのか、びくともしない。

「オレに任せろ!」

 女露雩が神水かみのみずの水流を放った。しかし、神水は扉を破るどころか、通過してしまった。

「えっ!?」

 獅子閼嵐の神剣・白虎びゃっこ、マシハの神剣・青龍せいりゅうの力も、同様であった。攻撃は、ことごとくすり抜けてしまった。

まじないの一種か……!」

「紫苑早く! 登ってくる!」

 少女霄瀾が足踏みをして坂道の遠くを見ていた。土ぼこりをたてて、宗教兵が追い上げてくる。

「何やってんですあなたたちは!」

 そのとき、扉の監視の宿直所と思しき土の壁についている扉から、茶色い一枚着物の男が一人、眠りを妨げられてうらめしそうに出て来た。

「この扉が開かねえ! 頼む! 俺の連れが閉所恐怖症なんだ(めちゃくちゃ広い意味でな)! もう一秒でもいられない! 帰らせてくれないか!」

 男装紫苑はマシハの腕をつかんだ。マシハは一瞬嬉しそうな顔をすると、なよなよと男装紫苑にしなだれかかった。

「わたし、あなたの腕の中で息絶えたい……」

「吐きそうなんか。掃除が大変だからここですんなよ」

「違うわよおじさん! なんでこのかわいいわたしが吐くのよ! 出したらみんな香草の香りがするんだから!!」

「(毒草のな)」

 監視員とマシハのやりとりに、男装紫苑が心の中で呟いた。

「それより、鍵で開けてくれ! 見ていられねえ!」

 男装紫苑の言葉通りに、腕をつかんだまま足をときどきよろけさせる演技をするマシハ。

「ああ……しょうがねえな。本当なら昼しか通さないんだが、吐かれたら困る」

「(意地でも吐かないからっ!)」

 マシハの敵視に気づかず、監視員は扉に手を当てた。

「手をこうしてから、自分の住所と名前を言えばすり抜けられるよ。名簿の記載を扉に刻んで鍵にして、しかも、出入りも自動的に記録してくれる優れものさ。そういうまじないがかかってるんだ」

「ええっ!!」

 全員が青ざめた。この都市に入るのに、住所と名前を登録した。それを今、言えというのだ。だが、適当にでたらめに書いた住所を、覚えているはずがない。

 一人でも扉を通れなかったら、仲間を置いて山から脱出することはできない。

「いたぞ!! 殺せー!!」

 宗教兵が目と鼻の先まで来た。

「紫苑!! どうするの!!」

 男空竜が悲鳴をあげて弓に手をかけた。

「なんだ!? なんで兵士たちが……」

 飛び上がった監視員の両肩を、男装紫苑が押さえつけた。

「おい! 紙に書いた住所と名前はどうした! まだ持っているだろう! 俺の奉公に出した子供は一人で住所が言えねえ!」

「わたしたちの子です!」

 マシハが喜んで少女霄瀾を抱きしめた。少女霄瀾は抱きしめられたことに感想を出す余裕がない。事実、住所をまったく覚えていなかったのだ。

「……あんたら、神敵だな? 兵士に囲まれていながらよく堂々と嘘がつけたな」

 監視員の目がすわり、男装紫苑は舌打ちした。兵士さえいなければ、あと一歩だった。

 寒雨信徒が命惜しさに名簿を差し出すとは思えない。山からは出られない。では、どこへ逃げるか。

「寒雨様のお命を狙うとは、不届き千万せんばん!! 一人残らず死ねえっ!!」

 宗教兵の、刀と弓、術、拳が襲いかかってきた。

「霄瀾! 『幻魔の調べ』を!」

 男装紫苑に言われ、少女霄瀾が、神器・水鏡すいきょうの調べを弾いて、幻を作り出す。

 曲が終わったとき、男装紫苑たちは忽然こつぜんと消え失せていた。

「なにい!? 山の外へ逃げたか!?」

「監視員! 扉の記録は!」

 戸惑う宗教兵に、監視員は扉に大きな鉄鍵をさした。鉄色の扉に、これまで出入りした者たちの住所と名前と通過した時刻が浮かびあがった。

「今、午前零時……誰も通ってません!」

 監視員の報告に、兵たちは地団駄じだんだを踏んだ。

「くそう!! 袋のねずみにしておきながら、逃げられたのか!? 空を飛んでどこかに隠れたに違いない!! 探せ!! この近辺をくまなく探せー!!」

 剣士、弓兵、術者、格闘家の四つの集団に分かれて、発光植物の一葉すらかき分けそこなわない、徹底した捜索が行われた。

 だが、八人は朝になっても見つからなかった。

「囲んでおいて取り逃がしたことを、寒雨様にご報告することになるとは……」

 他の信者にまぎれて都市内を探せという、寒雨からの伝令が来て、兵士長たちは重い足取りで山を下りた。

「お前たちは先に帰れ。我々は寒雨様にご報告をしてくる」

 兵士長四名は寒雨の館へ入り、四つの集団の兵士たちは、集団ごとにぞろぞろと四方へ散った。そして、都市の東西南北の壁にある大きな穴をくぐり、都市の一段下層へと階段を下りていった。

 地下二階と言うべきであろうか。そこは、中央に四角い広場と観客席があり、そこから×(ばつ)字に伸びる道と四つの大きなかわらきの建物がつながっていた。その隙間を埋めるように、民家が入り組んで建ち並んでいる。

 四つの集団は、四つの大きな建物一つずつに入っていった。

「とりあえず一眠りしよう。捜索は別の部隊に任せて」

「しかしどこへ消えたんだろうなあ。寒雨様がここでも千里眼がお使いになられたら……」

「おい! 寒雨様を責めるのか!」

「そそそんなつもりねえよお! 怒んなよ!」

「そこ、うるさい! 全員休息! いいな!」

 副兵士長の命令で、一同は仮眠所で眠りについた。

 別の五百名が、指示を受けて出動するのを、各集団で二人ずつ、盗み見ている者があった。

 目と口を白い布で覆って宗教兵に紛れた、男装紫苑たちであった。十二支式神を使った変装を解き、人間に戻っていたので、兵士たちは気づかなかったのであった。霄瀾の神器で、幻を見せる曲が奏でられている間に、空竜が白い布を出して、八人に切り分けたのだ。一つの部隊で八人もいっぺんに増えては見つかってしまうので、四つの集団に二人ずつ紛れこむことにした。刀の集団には女出雲と女露雩、弓の集団には男空竜と手裏剣「投げ」の技を持つマシハ、術の集団には男装紫苑と聖曲を持つ少女霄瀾、格闘の集団には獅子閼嵐と男氷雨が入った。

 各人の連絡は、各人の持つ十二支式神の札に向かって話すことで取りあう。八枚の札を相互通話が可能な状態にした男装紫苑は、仲間が見たものを見ることもできる。このように八人は離れ離れだが、情報はつながっていた。八人はかわやへ行くふりをして仮眠室から出た。

 少なくとも、見つからなければこの山が潰されることはない。

 もし八人が梅橋に出たと思われても、寒雨は千里眼を使えないから、幹部たちが血眼ちまなこになって探すのに時間がかかる。本当に山の中にいないなら、せっかくここまで築き上げた都市を、潰すのは躊躇ちゅうちょするはずだ。それに、現実の世界でも雄首山おくびやまが消えるのだ。目立って困るのは寒雨教の方である。

 寒雨の配下の者たちが梅橋を探している間に、こちらは脱出方法を確保してから再度寒雨に戦いを挑まなければならない。また逃げられたら追えないし、寒雨に山の外に出られたら今度こそ山ごと潰されるからだ。幸い、寒雨はまだ山の中にいるようだ。最後の好機になるかもしれない。

 八人は四つの建物の中を見て回った。広い板張りの道場があった。縦長で、長い辺は百メートルもあり、床は磨きあげられ、塵一つなかった。その隣に武具の並んだ武器庫があった。発光植物が特に多く植えられ、いつでも正確に取り出せて、念入りに故障が調べられるようになっていた。すべて新品のようにいつでも使える状態で手入れされていた。

 あとは、共同湯に更衣室、食堂に共同厠……。

 そこに「自分の時間」はなかった。

「他人の中に埋もれる時間」のみしかなかった。

「神の中に浸かる時間」と彼らは言うであろうか。

 しかし、「これをすればこう幸せになる」という断言は、誰にもできない。百人が同じ一つのことをすれば、百人は百通りの結果を見る。

 祈るだけで神に人生を任せて何もしない「ここ」は、目的地に向かって一歩も歩いていないのと同じである。

 神の与えた「個人の生まれながらにして持っている自由と人生」が、一つの価値観で型にはめられるわけがない。神は何兆通り以上もの複雑な因果を構成できるのに、一つの道しか救いを与えないわけがない。

 一人ひとりの物語は違う。

 人と同じことをして、人と同じ幸せを得たとして、そこにその人の存在意義はあるのか。

 最初は喜びでそれを思わない。

 しかし、いずれ「誰でもいい物語」に絶望するときが来る。

 幸いなことに、「誰でもいい物語」つまり「理由のない力」など、ない。

 努力しない運動選手は選手にすらなれないように、祈ることしかせず目的に向かって努力しない者は、勝負の舞台にすら立つことを許されない。

 寒雨は、信者にきちんとそれを教えているであろうか。

 宗教は、信者を増やしたがる。

 宗教は、信者の時間を奪いたがる。

 宗教は、信者の金銭を要求したがる。

 宗教は、すべての事象を自前で説明したがる。

 宗教は、武装したがる。

 宗教兵は、「神を守りたいと言って」望んでここにいるのであろうか。「神を守るために戦えと言われて」望んでここにいるのであろうか。

 宗教は、敵を作り上げて団結をはかりたがる。

 寒雨の教えが今と違っていたら、宗教兵にも違った人生があったであろう。

 八人は、建物を出て中央の広場で落ち合った。

「全員無事でなによりだぜ」

 男装紫苑がほっと一息ついた。百メートル四方の、土だけの広場には、八人しかいない。観客席も無人である。

 マシハが手を挙げた。

「紫苑。わたしがもう一度山の上へ行って、あの監視員に色仕掛けをしてみるわ。名簿をなんとか手に入れれば……」

「……もしかしたら名簿は、梅橋側の扉の中で入力してるのかもしれねえ。あいつはただの説明係だ」

「でもお紫苑、なかには本当に忘れちゃう人もいるはずだよ」

 問いかけた男空竜の横で、男氷雨が首を振った。

「その場合、名前で調べるのだろう。梅橋側の者と、私たちのような連絡手段を使ってな。根掘り葉掘り聞かれる。八回それができるかどうかだ」

「……ゼッタイ、怪しいよね……」

 男空竜が肩を落とす中、獅子閼嵐は東西南北の壁の階段を見据えていた。

「気がついたかみんな。あの階段、まだ下に行けるぞ」

「え? 食べ物の部屋じゃないの? みんなあそこから持ち出して夜食食べたいって言ってたよ」

 少女霄瀾は、地下三階へ行くのに、土の坂になっていた階段付近を思い出した。

「匂いが違う。どこか神器に近い」

 神器の匂いを嗅ぎ分けられる獅子閼嵐に、一同は驚いた。

「寒雨が神器を隠していた!?」

「十二種の大神器の一つだったら!?」

「無事にここから脱出できる方法をまず確保してから――」

「そうでないとこの山中の宗教兵と寒雨信徒全員に脱出を妨げられる――」

 男装紫苑も仲間の意見のうち、どれから手をつければいいかすぐに決断できずにいると、

『静まれい』

 と、心を水平にならすような深みのあるせせらぎが聞こえた。

 四神の一柱・水気の玄武げんぶ神が、神剣を通して皆に語りかけていた。

『寒雨は、神ではない。だが、神の力を受けている』

 男装紫苑が目をすぼめた。

「いずれの神の力ですか」

『見知らぬ神である。寒雨は、その神の力を己の組成の五割まで取り入れている。神ではないからと、あなどらぬ方がよい』

 神気を受ける器がそれだけ整っているということだ。肉体が崩壊を免れているなら、それなりに強靭きょうじんな精神の持ち主だということであるから、確かに、ただの虎の威を借る狐と思わない方がいいだろう。

『今、我は下層階に呼ばれていると思える』

「玄武神がですか?」

 女露雩の驚きに、それぞれ四神の一柱・白虎びゃっこ青龍せいりゅうも同調した。

『実はわしも、その思いがした』

『どうあっても、何があるのか行って確かめるべきである』

 退却の道筋を持たないまま、地下三階へと進むことは危険である。跳移陣ちょういじん一目曾遊陣ひとめそうゆうじんも使えない、特殊な空間なのだ。

 二手に分かれるべきかどうか一同が考え始めたとき、

「いたぞー!!」

 四つの道から、走る音と土煙が起こった。

 刀、弓、術、格闘の各四つの道場から、二千名ずつの人と魔族の混成部隊が向かって来ていた。

「宗教兵が八千人!?」

 立派な軍隊である。

 マシハが得をした顔で神剣・青龍を抜いた。

「これで全部ならちょうどいいわ。もう、一時間おきの攻撃に悩まされずに済むもの」

 男空竜がマシハの隣で北西に向かって聖弓・六薙ろくなぎを構えた。

「援護するよマシハ。弓兵二千は、オレとマシハに任せて!」

「格闘兵はオレに任せろ。格闘家の動きを予測するのは慣れてる」

 仲間に余計な傷は負わせまいと、獅子閼嵐が両腕を、すぼめた傘のような角度で、素振りで突いた。

 男氷雨が槍を構えて、二人分の幅を取って同じ南西の方向に立った。

「一人では隙も出る。私にも手伝わせてくれ」

 女出雲がそれを見て、北東を向いた。

「なら私は剣士と戦うわね。一番戦いやすいわ」

 瞬殺のマシハに勝つ気である。早く仕留めた方がよいからだ。戦いが長引けば一般信徒も兵に駆り出される。

「私もここよ。早く終わらせて旦那様を助けるんだから」

 女露雩も、早く剣士を斬り伏せて、すぐに男装紫苑を手伝う気である。

「わ、私たち、だね……」

「残ったのは、な……」

 少女霄瀾が一人で千人以上を倒せるはずがないので、男装紫苑頼みである。しかし、剣姫なら楽に勝てる戦いも、陰陽師としての九字紫苑では、攻撃にいまいち不安が残る。

 それでも、目の前の敵を倒すしか、道はない。

 男装紫苑はゴクと唾を呑みこんでから、術者二千名の来る南東に、少女霄瀾と向いた。

 弓兵の矢が、雨あられと弧を描いて飛びかかってくる。

「千の悪気を射貫け! 聖弓六薙・迎破栄戦ごうはえいせん!!」

 男空竜の弓の神器・六薙から、六本の矢が放たれ、急角度に曲がりながら、こちらに当たるはずの矢を真っ二つに折っていった。

 その木くずの中をマシハの神剣・青龍による神風かみかぜが走り、弓兵を上空に巻き上げ、地面に叩きつけて、二千の兵を瞬殺した。

 獅子閼嵐は神剣・白虎を全身針だらけの鎧に変え、格闘兵二千の中へ突っこんでいった。鎧を通した中の肉体は、振動などの衝撃で傷を受けるが、全方位からの攻撃を防御しながら戦うのに、役に立つ。

 一撃で敵の臓器を潰していく獅子閼嵐に、格闘兵たちは一歩踏みこめないでいたが、仲間の死体を獅子閼嵐に投げつけ、鎧の針に串刺しにしだした。

「うっ!」

 ふりほどこうにも、腕の針が邪魔をして、思うように死体が抜けない。死体の重みで、体の動きが鈍ってきた。そこへ、わっと格闘兵が襲いかかってくる。死体を振り払うには、白虎の鎧を一度剣に戻さなくてはならない。しかし、全方位に敵がいる中、鎧の解除は危険であった。

「くっ!」

 死体が邪魔をしてなめらかな動きを制限される獅子閼嵐は、顔を守るように両肘を合わせ、敵の殴打や蹴りを受けていく。驚くべきことに、寒雨の宗教兵は、針があるとわかっていても攻撃の手を緩めなかった。彼らの手には針に突き通した穴があき、足は鮮血が無数に流れている。ためらうことは、寒雨への信仰に対する裏切りになるのだ。

 一つ戦法が成功すると、一秒も迷わない。格闘兵は、次々と獅子閼嵐の鎧に覆いかぶさるように刺さり、獅子閼嵐の動きを封じにかかった。

 大きな丸い塊になって、その重さに片膝をついた獅子閼嵐に、直径五メートルのダンゴムシの魔物が丸まって跳躍した。押し潰すつもりだ。跳躍の踏み切りの際、何トンあるかわからないほど地面が揺れている。

「(まずい! 白虎神顕現か!!)」

 獅子閼嵐が息を吸ったとき、頭上でダンゴムシが横に跳ね飛ばされた。

 続いて、獅子閼嵐の鎧が軽くなっていく。

 男氷雨が、死体を槍で刺して引き抜いて放っていた。

「氷雨。助かった!」

 神剣・白虎の形態を、鎧から両手を守るとげだらけの武器にした獅子閼嵐が、ふうと冷や汗をぬぐった。

「神の力も使い方を誤れば負けるのか。恐ろしいな」

 男氷雨が獅子閼嵐の邪魔にならないよう、距離を取った。

「神は毎日、オレを試してるのさ」

 獅子閼嵐が笑って、戦いに戻っていった。男氷雨も別の集団に向かった。

 女出雲と女露雩は、背中合わせに刀を振るっていた。一人ずつ敵の中に入って四方に気を配るより、後方だけでも注意しなくてすむ方が、疲労の度合いがまったく違うからだ。

 こちらから倒しに行かなくても、勝手に向こうから戦いに来てくれるから、楽でいい。ただし、残った者はこちらの剣筋を読んでいるので、逃げた場合追いかけて一人残らず殺すつもりである。

「(露雩と背中合わせ、か……)」

 女出雲はふと遠い目をした。

「(それを紫苑と、したかったな……)」

 剣姫の背中を守りたいと結論づけた日が、思い起こされた。

 だが、いつの間にか彼女は遠くに歩き去っていた。

 自分の決断が、あの時点で間違っていたとは思わない。

 ただ彼女の求めるものが、自分の与えようとしたものと違っていただけだ。

 迷った末に出した答えだ。自分で選んだから、責任は取れる。

 しかし、自分は剣姫ほど強くはないからという、「自分の成長を諦めたこと」が、露雩に負けた遠因に思えなくもない……。

「(忘れられない人だけど、忘れなければならないのか。今までそばにいてくれたことは忘れないけれど……)」

 前に進むために恋心を捨てるべきか、出雲は迷っている。式神化の炎が一瞬揺らいだ。

「出雲! あなたが動かないなら私が前に出るわよ! ついてきなさい!」

 女露雩の言葉で、女出雲は回想から我に返った。

「私の剣技に恐れをなして相手が来なかっただけよ!」

 女出雲は軽口で返し、剣士たちとの戦いに集中した。

ほのお月命陣げつめいじん!」

 三日月形の、脇差ほどの大きさの炎が、一つ生じて二千名の中へ向かっていった。しかし、他の術者の術で相殺されてしまった。

 一つの術につき、一方向に向けてしか攻撃できず、しかも上級者には打ち消されてしまう。

 男装紫苑は、攻撃回数は多いのに、未だ一名も倒していなかった。

 敵の術は二千発以上も男装紫苑と少女霄瀾に襲いかかり、少女霄瀾の神器・水鏡すいきょうの調べで形成した、すべての攻撃を迷路の回路を通らせて弾く、盾の神器・光迷防こうめいぼうで直撃を避けている状態だ。しかし、盾のない面からの攻撃は、防げない。

「うっ! くっ!」

 男装紫苑は、少女霄瀾を守りながら術を出す。傷を負いながら、一人も倒せないのは絶望的だった。

「紫苑! 剣姫になれないの!?」

 少女霄瀾が悲鳴をあげた。術者たちは術のために距離を取っていたが、敵の攻撃が紫苑の炎だけとみて、術を出しながら前進し始めていた。

「つかまったらころされちゃうよ!!」

 霄瀾を敵の手に渡すものか! 取り乱す少女霄瀾を見て、剣姫が目醒めそうになったとき、男装紫苑は同じくらい強く、情けない! と、思った。

「剣姫に頼らなければ、一人も救えないのか! それでは九字紫苑は、ただの剣姫の器ではないか! 紫苑は、どこにいる! 何の力も持たない人間に、決定的な力を使う資格などない! 努力が足りない! 私は、剣姫に近づく努力が足りない!」

 男装紫苑は、自分の存在価値のために、自らの存在を大きくした。一度でも弱気になれば、剣姫が出る。それをさせないために、父・九字万玻水くじ・よろはみの金気の術の書かれた白扇しろおうぎを一振りで開いた。

 金気の技は、金気に慣れない紫苑にとって大量に力を消費する、失敗の許されない技である。

「やってやるわよ!! 私は九字万玻水の娘、九字紫苑よ!!」

 男装紫苑は右手を白扇と共に頭上から体の前を通って右回りに回転させた。

護国結界ごこくけっかい限界臨生誓げんかいりんしょうせい!!」

 かつて九字万玻水が帝都の結界を張るときに使った術である。術者二千の中央に四つの星が浮かび、四方へ飛び、四角い空間に兵を閉じこめた。

 二千名が慌てて術をぶつけて結界から出ようとする空間には、紫苑の、暖かい日差しに包まれた、春だと自然に笑みがこぼれる風の匂いが充満している。結界はこの匂いの届く範囲となる。

「やったあ紫苑、これでほかのみんなにたおしてもらうんだね!」

 へなへなと少女霄瀾が両手を地面につけた。

「誰かに頼っちゃだめっ!!」

「えっ!?」

 男装紫苑が二千の兵を睨みつけている。少女霄瀾は二つしばりと髪紐を跳ね上げて飛び上がった。

「私も、一騎当千だー!! 針水晶散華はりすいしょうさんげ!!」

 二千名のいる結界の地面から、びっしりと三角錐の針水晶が突き上がり、串刺しにした。

「す……すごい紫苑!」

 少女霄瀾が串刺しの光景に後退あとずさった。本来なら金気の十二支式神を針水晶にする技である。今日男装紫苑は、父の技を応用して、結界の全範囲を攻撃したのであった。

「かはァッ!! はァッ!!」

 男装紫苑は肺から呼吸を貪った。

 一度に父の大技を二つも決めて、術力がほぼ残っていない。寒雨との対決を控えているのに、正直馬鹿かもしれない。

 だが。

 心臓にそろえた指先を当てる女露雩、「旦那様ったら、私にも隠し事? これからも奥の手が楽しみっ!」

 心底驚く女出雲、「こんな術いつの間に使えるようになってたのよ!?」

 帝の一族の男空竜、「九字の技だな。よくぞ継承したな九字紫苑」

 やる気が湧く獅子閼嵐、「金気の白虎神の力を借りるオレも、負けてられねえぜ」

 身悶えるマシハ、「キャーッ! 男装紫苑の晴れ姿よーっ! 目に焼きつけなきゃ! 目に焼きつけなきゃ! カッコいーッ!!」

 感心する男氷雨、「剣姫でなくても強いじゃないか。剣姫は剣、紫苑は術の達人か。うまく調和しているな」

 そして、羨望の眼差まなざしで見上げる少女霄瀾。

 この人たちに、仲間だと認めてもらえた。

「剣姫」ではなく、「九字紫苑」を認めてもらえたことが、何よりも価値のあることである。

「諦めないで、よかった……」

 男装紫苑が呼吸を落ち着けたとき、新しい喊声かんせいが響いた。

 服装もまちまちな寒雨信徒の一般人が、刀を持って四つの道場に集結し、こちらに走り出したところであった。

「寒雨! 一般人を……!」

「どうするの紫苑! こいつらまで倒したら、本当に山が潰されるわよ!」

 男装紫苑と女出雲の言葉が終わるか終らないかのうちに、突然八人の周囲に煙幕が張られた。

「えっ!?」

 突然のことに皆が互いの居場所を確認しようとしたとき、

「こっちへ!」

 知らない声が八人に縄を持たせ、そして、その縄を引っ張って走り出した。


「また取り逃がしただと!? 八千の寒雨兵を全部使ってだめ、一般信徒にも紛れていない!? 奴らは寒雨様を狙って潜伏しているのだぞ!! 次来るときに“見つかりません”とは言えないものと思え!!」

「は、はい!! 申し訳ございません!!」

 寒雨教の幹部が信者を怒鳴りつけているのを、奥の部屋の寒雨が聞いていた。

「……神よ、山を潰すしか……」

『山は潰せない』

 寒雨の頭に声が響いた。

『ここで全面的に戦えば、お前の有利な領域で事を進められなくなる』

「……!」

 寒雨は地下を睨んだ。

「両方」相手にするのは分が悪い。

 寒雨は地下を睨み続けていた。


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