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星方陣撃剣録  作者: 白雪
第一部 紅い玲瓏 第十二章 神の見知れぬ望み
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神の見知れぬ望み第五章「散らし葉(ば)」

登場人物

双剣士であり陰陽師でもある、赤ノ宮の名字を改めた九字紫苑くじ・しおん。強大な力を秘める瞳、星晶睛せいしょうせいの持ち主で、「水気」を司る玄武げんぶ神に認められし者、紫苑と結婚している露雩ろう

紫苑の炎の式神・出雲いずも。神器の竪琴・水鏡すいきょうの調べを持つ竪琴弾きの子供・霄瀾しょうらん。帝の一人娘で、神器の鏡・海月かいげつと、神器の聖弓・六薙ろくなぎまたの名を弦楽器の神器・聖紋弦せいもんげんの使い手・空竜くりゅう姫。聖水「閼伽あか」を出せる、「魔族王」であり格闘家の青年で、はちまきの神器・淵泉えんせんうつわの持ち主の、「金気」を司る白虎びゃっこ神に認められし者・閼嵐あらん。輪の神器・楽宝円がくほうえんを持ち、「木気」を司る青龍せいりゅう神に認められた、忍の者・霧府麻沚芭きりふ・ましば。人形師の下与芯かよしんによって人喪志国ひともしこくの開奈姫に似せて作られた、槍使いの人形機械・氷雨ひさめ




第五章  散らし



 見原瀬国みはらせこくの王都・繁可はんかでは、寒雨さむだれ信徒による犠牲者を埋葬するのと同時並行で、料理大会の準備が進められていた。

 もともと何事もなければ行っていたはずの行事で、街道封鎖で足止めされていた人々の中に、多数の料理人が含まれていた。

 国王・徳頻とくひんは、今回の開催における白熱の闘いは、鎮魂を行う遺族や人々の感情を逆なでするものだと認識していた。そのため、料理人に対し、今大会は優勝を争うのではなく、料理で人々の心を癒し、元気づけるものにしてほしいとの要望を出した。

 各地から参加しに来ていた料理人たちは快諾し、人口の激減した王都で、食材の調達も満足にできない中、そこにあるもので最高の料理を作り、人々に届けようとしていた。

 紫苑は、市場の片隅で料理人たちの買いつけ方を見ては、学んでいた。

「あんた、料理人の見習いかい。ようく観察してるみたいだけど」

 突然、喉に力を入れて出しているような、強い声がした。額、目の周り、頬に一本ずつ深いしわを持つ、白髪まじりの長い黒髪を一つに結んだ化粧っ気のない初老の女が、胡散うさんくさそうな目を、紫苑に対して斜めに向けていた。

「あ、申し訳ありません。私も料理人として、食材の状態と値段の関係や、量を学びたかったのです。決して他の目的はありません」

「ふうん。料理人なのかい」

 初老の女は、両手を前に揃えた紫苑の指を見た。爪がきれいに短く切り揃えられていて、傷一つなく、清潔そうであった。

「あんた、最高のつまものと最高の器をどちらか選べるとしたら、どちらを取る?」

 突然、質問をした。

 つまものとは、料理に添えられる、主に葉のことである。紅葉、笹などの他に、食用でない実や枝など、様々にある。

 紫苑は、少し考えこんだ。

「……つまものですね。枝にお団子を刺したり、葉を丸めてお寿司を巻いたりして、器の代わりになりますから」

「ふうーん……」

 初老の女は、紫苑を値踏みするように眺めまわした。

「あんた、料理大会には出るのかい」

「出場してもいいとは言われましたが、食材が不足しがちな今、やはりはるばるこの王都へやって来てくれた料理人に、それは譲ろうと思いました」

「ふうーん……食材があれば出るのかい?」

「はい。人は食べた物から作られますから、心をこめた料理が、皆さんを元気にしてくれるといいなと思っています」

「人は食べた物から作られるか! なるほど、言われてみりゃそうだね」

 初老の女がくすりと笑った。しわが伸びて影が薄まった。

「ふうーん、まあ、いいよ。おいしい料理を作ったって、心が入っていなければただの点数稼ぎさ。暇ならついといで。食材がなけりゃ、自分で見つけな。手伝ってやるよ」

 初老の女が、すたすたと歩きだした。

「えっ!?」

 紫苑は考える間もなく、慌てて後を追った。


 二人はすぐ近くの低い山の中を歩いていた。といっても、道なき道ではなく、草の踏みしめられた細い道である。

「私の名は芽実めみ。でもみんなは葉ぁばぁって呼ぶよ」

「葉ぁばぁ?」

「私が葉っぱで年に一千万イェン稼いでいるからだよ」

「一千万イェン!?」

 紫苑はまじまじと葉ぁばぁの全身を上下に眺めた。細身で小柄、とても毎日ひっきりなしに客が来る店先に立つ体力があるようには見えない。

「言っとくけど、葉っぱ屋の店員じゃないよ」

 葉ぁばぁがおかしそうに笑った。

「あっ、これはいい葉だ」

 葉ぁばぁは紅葉の木に近づくと、黄色に色づいて、完全な形の小さい葉をたくさん持っている枝を、二本に分かれているところで枝切りばさみを使って切り落とした。

「どうして枝を三本にしなかったかわかるかい? 料理より勝ってしまうからだよ」

 葉ぁばぁは紫苑に黄色い紅葉の枝を渡した。

「えっ? それって……」

「私は料理人の注文を受けて、注文通りのつまものを提供するっていう商売をやってるんだよ。この山は私の父親の財産だった。だからどこに何を植えたか、全部わかっている。それだけ、自然に頼る他のつまもの商人より仕事が早い。ないものもすぐにないって言って断れるしね。無駄に探して時間を浪費することもなく、注文が多いなら新しく植える。一生こうやって人様の役に立つ仕事を、一人で自宅で気軽にできるなんて、私は幸せ者だよ。しかも、いいお給料も出てさ」

 葉ぁばぁの皺はにこにことゆるんでいる。

 その間にも、葉っぱを採る手は休まない。

 紫苑の手に、黄色とだいだい色のまだら紅葉の枝や、桜の紅葉した葉などが次々に渡された。

「あの、このたくさんの葉は……」

「今、この王都は大変なことになっている。私のつまものを使ってくれる料理人たちも、お客さんも、たくさん亡くなった。私はその人たちに精一杯の贈り物をしてあげたいんだよ。今までありがとうって。そして、生き残った人たちにも、まだこの王都は終わっていない、私らでがんばろうって言いたいんだよ。私はつまものしか用意できないけど、みんなができることを持ち寄れば、少しずつ王都は甦ると信じている。

 だからあんた、料理人なら、私のつまものを使ってくれないかい。私を助けてくれないかい。食材は、この山にあるものをお使いよ」

 紫苑は体を芽実に正対させた。

「ありがとうございます。申し遅れました、私は九字紫苑といいます。一つ提案があるのですが、このつまものを他の料理人にもお配りになってはいかがですか? きっとみんな喜ぶと思います。こんな素敵なつまものですもの」

「うーん……そうしたかったけど、できないわけがあってね……」

 芽実は渋い顔をちょっと森の奥に向けると、紫苑に、また歩こうと促した。

「私にも人生を懸けてしなきゃいけないことがあるんだよ。悪いけど、今回は紫苑だけだ。いい葉っぱを添えても、結局は紫苑の腕次第だよ。それを紫苑がわかってるから、私は秘密のつまものをあげるよ」

「秘密のつまもの?」

 なぜか葉ぁばぁは、湖を指差した。

 そして、奥の森へと分け入って、石碑のある場所へ出た。

 両隣に、立派な直線を持つ木が立っていた。

「この石碑は私の先祖代々の墓。秘密のつまものはこの二本の木の葉だよ」

 葉ぁばぁは若々しい葉を一枚採った。

「この葉は砕空気さいくうきといって、すべての食材の匂いを消してしまう、最高級のつまものだよ。これを使うのは勇気がいるだろう」

 紫苑が葉をいだ。何の匂いもしなかった。

「これを使った料理人がいるのですか?」

「なめてごらん」

 一口なめた瞬間、紫苑は驚きの目を葉ぁばぁに向けた。

「じゃ、あとは紫苑に任せるよ。好きなだけ葉と食材を持って行きな。私の家は屋根に大きな赤い風船をつけてあるから、迷ったらそれを目印に降りといで。じゃ、がんばるんだよ」

「ありがとうございます。精一杯作ります!」

 紫苑がお辞儀をするのを見たあと、葉ぁばぁは山を下りて行った。その顔は、森の奥を睨み、暗い影を作っていた。

 紫苑が砕空気を取っていなくなったあと、木々の間から、二十代半ばの、少し太っている背の高い男が現れた。

「ふうん、あのばあさん、こんなところに砕空気を隠してやがったのか。墓の隣なんて、縁起でもねえ場所だぜ」

 男は砕空気を一枚採った。何の匂いもしない。

「ふえっふえっふえっ、これだ! あのばあさんが誰にも教えなかった最高級品のつまもの! これさえあれば、オレの料理は国王に認められて、専属料理人になれる!」

 男の名は顕繁あきしげといった。砕空気が欲しいと頼んでも葉ぁばぁが拒否したので、ずっと後をつけて、いつか砕空気のもとに手入れに行く日を、待っていたのだ。

「でも、初めて会ったあんなガキに砕空気を渡すなんて!」

 顕繁は怒り任せに葉をたくさんむしり取った。

「見てろ、オレの方がとんでもなくうまい料理を作ってやる! 最高級のつまものさえあれば、もうこっちのものだ! オレの味の方が、同じ条件なら勝つ!!」

 顕繁は葉を採れるだけ採ると、山を降り、逃げて行った。


 料理大会の日になった。

 料理人が作った料理は、国王・徳頻や高官たちだけでなく、生き残った人々にも配られる。大会会場には、全員分の椅子と机が用意され、料理が食べられるようになっていた。食べ物をよそる器は、一人ひとりに葉の皿と、あとは各自の持参である。

 料理人は、百人は王都に集まっていたが、食材の不足のため、皮むきや千切りなどの技術が人より早く優れていることを競ったうえで、上位の、技術が高い者のみが創作料理で出場できることとなった。枠は六名である。残りの者は大人数の食事を一度に用意するため、六名を補佐する役となる。競った結果、六名が決定した。

 一人目は、生野菜を使う二十代前半の了臣りょうしん

 二人目は、魚を使う紫苑。

 三人目は、鶏を使う二十代半ばの顕繁あきしげ

 四人目は、牛を使う五十歳の太文たいぶん

 五人目は、主食を作る四十代後半の友貴ゆたか

 六人目は、お菓子を作る、三十代前半の女性、風流ぷうるんである。

「紫苑の料理、楽しみだね!」

 霄瀾が椅子を両手でつかんで足をぶらぶらさせて出雲と笑いあった。

「この葉の皿、最後に食べていいのか?」

「……食べられるならいいんじゃない?」

 空竜が閼嵐と葉を見比べた。氷雨が露雩に聞いた。

「私は食べたふりをすればいいのか?」

「氷雨の分はオレが食べるよ。なんたってオレの奥さんの料理だし!」

「いーや。オレが食べる! 紫苑はいずれオレのものになるんだから!」

「なんだとっ!? オレと紫苑の夫婦生活の邪魔するな!!」

 露雩と麻沚芭が額を突き合わせて睨み合った。

 一人目の了臣りょうしんは、レタスを一枚一枚きれいにはがすと、油で炒めてしんなりさせた。そして、のりのように広げ、その上に細長く切った人参にんじん、きゅうり、そしてでたほうれん草、さらにレモンの果肉をばらしたものを、一列ずつ並べた。

 それをのりまきのようにレタスでくるくると小さく巻いて、直径四センチ以下の小さな巻き物を作る。一口で食べられるように一センチ幅で切り分ける。

「レタス葉野菜のりまき」の完成である。塩を振って食べる。

 了臣の絶妙な塩加減で、レモンの酸味とよく合っていた。

 一人につき三つずつ並べられた野菜ののりまきは、国王と料理長そして大臣には、料理人が用意した、緑の葉を象った立派な皿で出された。もともとこの大会で認められるためにやって来たので、自前の皿はあったのである。その盛り付けは、人々にも示された。人々は料理人の世界観に感嘆し、かつ味わった。

 二人目の紫苑は、割烹着かっぽうぎを少しも汚さず、魚を刺身にしていった。

 そして、一人三切れ出すのに、三切れを一つにまとめて、水を通してしっとりとさせた砕空気の葉で贈り物のように包んだ。

 わさびもしょうゆもその他一切のつけあわせもなく、国王ら三名には水色の川の流れを象ったうねりのある皿で、出された。

「(このつまものは砕空気だな。高価だから普通の料理人でも大事な食事のときしか使えないだろうが、よくこんなに調達したものだ。芽実めみさんは、これで人々を元気づけたいのだな)」

 料理長は一目でそれとわかり、人々に、葉っぱを開いて中だけ食べてくださいと告げた。

「しょうゆがなくていいのかな……」

「わさび……」

 人々が戸惑う中、紫苑が声を張り上げた。

「皆さん、両側から先にお食べください」

「え? 並んでる通りにじゃなくて?」

 人々は三つあるうちの端を一つ食べた。

「ん!?」

 一様に驚いた。

「魚の生臭さが、全くないぞ!?」

 魚を食べた後に残る匂いが、しなかった。これは、高級魚であったろうかと人々がよく嚙んで確かめようとしていると、身の奥から、ほのかに若木の香りがしてきた。

「魚の生臭さがないだけでも芸術品なのに、木の味がする! まるで森を食べているようだ!」

 人々は若木の味に驚いていた。もう一方の端も、同じ芸術品だった。

 芽実は黙って口を動かしていた。

「では、真ん中の刺身は?」

 人々が期待に胸を膨らませて食べてみると、

「……甘い? これは、魚本来の甘さ……しかも生臭さが相変わらず消されている!」

 芽実は三切れ目を食べて、味わうように目を閉じて大きくうなずいた。

 砕空気は、なめたときに木の香りを伴っていた。この葉は、強すぎる消臭と芳香の力を持っていた。普通の食材では、葉に負けてしまう。だから、強い生臭さを持つ魚に使って、ちょうど相殺させてみようと紫苑は思いついたのだ。今から思えば、芽実が湖を指差したのも、「魚を使うといいよ」の無言の助言だったのだろう。

 三切れのうち、葉で覆う面積が多い両側は、完全に若木の味になり、つまものが主役だが、紫苑は真ん中の刺身こそ最も食べてほしい一口だと思っていた。つまものの力が他の二つに吸収され、真ん中の刺身は魚の生臭さを完全に抑えつつ、魚の甘みが残る。これこそが新しい味の提案である。様々な食材の、その素材の持つ味だけを、他の要素を排除して抽出し続ける、それを新しい味の開拓と呼ばずして何と呼ぼうか。料理の組み合わせの選択肢が次々と出現していくのだ。

「(砕空気に刺身を真っ先に選ぶのは、私と同じだ。私は生肉などの消臭にも使って若木の味をつけていたが、新しい料理を考えてみるかな。二つで守って一つを生かす、か)」

 料理の選択肢が増えて、料理長は、真ん中の刺身を味わったあと、予算のやりくりを頭の中でした。

 露雩が顔をほころばせた。

「さすが紫苑、繊細な味を出してる。二人で暮らす日が楽しみ!」

 氷雨以外は、味わっておいしく食べた。ちなみに葉しか食べない閼嵐は、魚ではなく砕空気の葉を食べて、おいしそうに目を細めていた。

 三人目の顕繁あきしげは、鶏の雑穀入り汁を作った。

 中には、きびひえあわの雑穀と、ねぎ、かぶ、大根そして鶏肉のぶつ切りが入っていた。

「(ほう……鶏だしか。これは味が期待できそうだ)」

 料理長たちが一口食べると、皆一様に止まった。

「こ、これは……」

「味わったことのない味だ……」

「鶏の味ではない……」

 人々は未知の味にお互いしゃべりあった。

「ふえっふえっふえっ、ご覧ください国王様、この鍋には最高級のつまもの、砕空気をふんだんに煮出しております! よって、中のすべての食材の味は、完全に消えております! 今皆様に味わっていただいている汁の味つけは、私独自の配合で作った調味料でございます! いかがでございましょう、おいしければ幸いなのですが」

 顕繁が鍋の底をおたまですくうと、砕空気がたくさん出てきた。すべての食材は、ただ食感のためだけに選ばれたもので、主役は顕繁の考案した調味料であった。この調味料の味を国王に気に入ってもらい、召し抱えてもらおうと思ったのである。

 味は、うま味、酸味、そしてあとから苦味のやってくる、忘れられない味であった。

 芽実めみはあとでこの男にもこんなに砕空気を分けたのであろうか、と紫苑が顕繁を眺めていると、顕繁は身を乗り出して国王や料理長、大臣の感想を引き出そうとしていた。

「いかがでございましょう、他にも新しい調味料を考案いたしておりますが!」

「うむ……確かにこの味は」

 国王・徳頻とくひんが口を開いたとき、

「まずい!!」

 会場に銅鑼どらのように響き渡った。

 芽実であった。一寸も動かず、顕繁を睨み据えている。

「まずいだと!!」

 顕繁が怒鳴り返した。そしてその相手が立ち上がった芽実だと気づくと、つかつかと近づいた。

 とっさに紫苑が芽実の前に立った。

 露雩たちも、観客席から腰が浮いた。

「勝手に人様のものを使っといて、なんだいこの料理は!! 私の大事な葉を、こんなもんに使うな!!」

 芽実が怒鳴りつけた。

「こんなもんとはなんだ!! だいたい、葉ぁばぁがいつまでたってもオレに砕空気をくれないから悪いんだ!! オレは立派に使えることを、証明したろ!! 人間は新しい味を求めてる!! オレはみんなのためにすごい料理を作ったんだ!! どうしてわからねえんだ!!」

「この料理のどこに命があるんだ!!」

「……命? 命はオレが吹きこんで……」

 顕繁が怪訝けげんそうな顔で料理を指差すと、芽実も料理を指差した。

「この料理には、料理になってくれた命に対する感謝が、一つもない!! 食材は食感だけあればいいのかい! ただの料理の道具かい! この子たちは、ここに来るまでにいろいろあったんだよ!! その苦労が味になってみんなに届くんだ!! 命のここに来るまでの過程と、食材になってくれた犠牲を否定するな!! あんた、調味料だけで食べろだって!? 命への冒瀆ぼうとくだよ!!」

 顕繁は声が出なかった。きびひえあわ、ねぎ、かぶ、大根、鶏。食べられることを受け入れてくれた、みんなの「おかげさま」で、ここに揃っている。

 自分の技術を磨くことばかり考えていた。

 新しいものを創造してこそ、一流の料理人だと思っていた。

 そのためなら、食材はどんどん練習台にしてきた。

 でも、大根一本にしたって、ここに来るまでに虫がついたり寒かったり、いろいろあったのだろう。その大変な苦労を湯水のように使われたら、無念であろう。

 その無念に、気づかなかった。

 自分が認められることの方が、はるかに重要だった。

「命を大切にしない料理人は、命をつなぐ料理なんか、作れやしないよ! おとといおいで! 顕繁!!」

 芽実に叱られて、顕繁は気圧けおされると、うつむいて、すごすごと会場を去っていった。

 国王や料理長に助けを求めるような顔を向けなかったのは、立派であった。

「……ふう……」

 芽実は気が抜けたようにすとんと椅子に落ちると、国王に礼をした。徳頻とくひんは、次の料理の合図をした。露雩たちも腰を下ろした。

 四人目の太文たいぶんは、皿に絵を描くように盛りつけた。白い皿に、つぶしたじゃがいもの雲を描き、真ん中に塩で焼いた牛肉を置き、いんげんで格子を作って草原に見立てて、溶かした牛酪ぎゅうらくのたれをじゃがいもといんげんに、風のように斜めにかけた。

 人々は目でも舌でも料理を堪能たんのうした。

 五人目の友貴ゆたかは、しょうゆで味付けした、栗しょうゆおこわを炊いた。

 ふぐが横を向いたような、背と腹に異なる曲線を持つ皿に、栗のいがを小さく切り分けたものを一つ、皿の右上に置いて草むらに見立てる。その右下に栗の断面がわかるように薄く切ったものを、草むらの中の墓の目印のように二枚重ねて載せる。そして、円錐形の器の中に栗おこわをつめて、高い円錐に成形して、皿の左半分に載せた。

 人々はいなくなった人に捧げ、祈るように葉を持ち上げて、手を合わせてから食べた。

 六人目の風流ぷうるんは、甘くしてぷるんとさせた寒天の土台の上に、半球状にふんわり蒸した玉子菓子を載せた、玉子ふかし寒天を作った。二層の菓子は、天国と、その下にある現実の世界を描いているようだ。

 人々は、この料理もいなくなった人に捧げ、祈るように葉を持ち上げてから、手を合わせて食べた。

 食材不足で満足にお供えできなかった人々は、ゆっくりと味わって食べた。

 料理大会は、幕を閉じた。


 人々が帰ってから、料理人は全員、国王からお褒めの言葉を賜った。

 国王や高官が帰り、料理長ら調理関係の役人が残って料理人たちと片付けをしていると、顕繁あきしげが誰とも視線を合わせないように戻って来た。

「お前、何しに来たんだ?」

 料理人の一人にとがめられると、顕繁は顔をそむけるようにして答えた。

「……オレの使った場所を、片付けさせてくれ。他の人にさせるわけにはいかない」

「よし。お前が使ったものは、持ち帰れ」

 他の者が何か言うより早く、料理長が命令した。顕繁は一礼すると、道具を片付け始めた。

 全員が掃除を終えて帰るとき、紫苑は顕繁の前に立ちはだかる芽実を見つけた。とっさに小走りで近寄った。

「顕繁。私があんたにずっと砕空気のありかを教えなかったわけが、わかったね」

「……うん」

 顕繁は顔をうつむかせていた。

「でも、あんたは優しい子だよ。自分の欲を出さないなら、きっと命の声がわかる」

「……うん」

 顕繁はうつむいたまま、目に涙がたまった。まるで親に叱られた子供のように、素直であった。

「そいうところは、死んだ支枝しえに似たのかねえ」

 芽実の穏やかな目が、皺の影を薄くした。

「それでいて大本は私だよ」

「いや、オレおばあちゃんにはひとかけらも似てないよ」

「なんて失礼なんだい! それが孫の言うことかいっ!」

「孫!?」

 紫苑が驚いて二人を見比べた。そういえば、名前もなんとなくつながりがあるような。

「紫苑。今日はおいしい料理をありがとうね。砕空気も魚もみんなも、きっと喜んでるよ。あんたの心、伝わったよ」

 芽実が笑顔を見せた。

「……みんなを元気づけるための料理大会だったのに、オレは自分の名声を手に入れようとして、競技大会のつもりで料理を作ってしまいました。皆さんの想いを無にしようとして、申し訳ありませんでした」

 顕繁が深々と頭を下げた。

「私から皆さんにお伝えしておきます」

 紫苑もお辞儀した。芽実が目を光らせた。

「顕繁、旅に出るんだね」

「うん……。オレはまだまだ半人前だ。技術だけじゃない、命の大切さとか、それをとったり育てたり作ったりしてくれる人たちのこととか、いろんな何かを学びたいと思う。奉公先の親方にはもう話してあるんだ。おばあちゃん……オレがいなくても、大丈夫?」

 芽実はふんと鼻息を出した。

「次帰って来るまでに、たりないものを拾って来るんだね」

 そして、くるっと背を向けると、すたすた帰り道を歩いて行ってしまった。

「おばあちゃん……」

 顕繁はいつまでも芽実の後ろ姿を見つめていた。

「紫苑は偉い料理人なのかい? 料理長がすごく味わって食べてたよ。料理長も刺身で砕空気を使うから、自分の味と比べてたのかね」

 追いかけてきた紫苑に、芽実が横目を向けた。

「(私は空竜姫の専属料理人ということになってるから……)都の方で、ちょっと……」

 曖昧あいまいな笑みを浮かべる紫苑に、芽実が食いついた。

「宮廷料理人なのかい!? だったら、宮廷料理にもっと私のつまものを出すよう言っとくれよ! 砕空気だけじゃなくてさ!」

「総料理長は地方の特産や水の名所まで、全部知識として持っていらっしゃいます。その料理の産地で採れるつまものを、優先していましたよ」

 帝国の厨房で見習いをしていた頃のことを思い出して、紫苑は教えた。

「そうかい。なら気長にご指名を待つとするかね」

 芽実が力を抜いた。

「安心してください。総料理長は料理につまものを組み合わせるのが一番楽しいとおっしゃっていましたよ」

「そうかい! じゃ今度タダでお試し詰め合わせを送ろうかね。商品は見てもらうのが第一歩だ」

「料理の知識が増えて、総料理長もお喜びになると思います」

 急に芽実がしおれたように真顔になった。

「……そうさね……偉い人ほど勉強を欠かさないもんだ」

 何か、思うことがあった様子であった。

「紫苑」

 遠くから夫に呼ばれて、

「はい! 今行きます!」

 紫苑は、芽実に別れを告げ、露雩のもとへ戻っていった。芽実は、自分のつまものを存分に使ってくれた若い料理人の姿を、いつまでも見送っていた。


 その三年後に、芽実は死んだ。

「間に合わなかった!!」

 旅先から駆けつけた顕繁が戻ると、芽実の十冊以上もある日記の間に、表紙に『総料理長宛に送った見本の写し』と書かれた本が、隠すように紛れ込んでいた。その中には、芽実の字で、山にあるつまものの位置、収穫時期、切っていい枝の見分け方など、あらゆる情報が書き込まれていた。

 総料理長に、こんなに細かい情報が必要なわけがない。

 顕繁は両目と本を閉じて、本を強く抱いた。

「待っててくれてありがとう、おばあちゃん」

 本に触れた部分から、体が暖かく満たされていくような気がした。


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