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星方陣撃剣録  作者: 白雪
第一部 紅い玲瓏 第十二章 神の見知れぬ望み
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神の見知れぬ望み第四章「石と虫」

登場人物

双剣士であり陰陽師でもある、赤ノ宮の名字を改めた九字紫苑くじ・しおん。強大な力を秘める瞳、星晶睛せいしょうせいの持ち主で、「水気」を司る玄武げんぶ神に認められし者、紫苑と結婚している露雩ろう

紫苑の炎の式神・出雲いずも。神器の竪琴・水鏡すいきょうの調べを持つ竪琴弾きの子供・霄瀾しょうらん。帝の一人娘で、神器の鏡・海月かいげつと、神器の聖弓・六薙ろくなぎまたの名を弦楽器の神器・聖紋弦せいもんげんの使い手・空竜くりゅう姫。聖水「閼伽あか」を出せる、「魔族王」であり格闘家の青年で、はちまきの神器・淵泉えんせんうつわの持ち主の、「金気」を司る白虎びゃっこ神に認められし者・閼嵐あらん。輪の神器・楽宝円がくほうえんを持ち、「木気」を司る青龍せいりゅう神に認められた、忍の者・霧府麻沚芭きりふ・ましば。人形師の下与芯かよしんによって人喪志国ひともしこくの開奈姫に似せて作られた、槍使いの人形機械・氷雨ひさめ




第四章  石と虫



 見原瀬国みはらせこくの王都・繁可はんかに続く街道が、人だかりで通れなくなっていた。

 兵士が何人もいて、街道を封鎖していた。

「どういうことか、説明してくださいよ!」

「家に帰れねえ!」

 人々が詰め寄っている。兵士はそれを押しとどめた。

「今、王都には疫病がはびこっている。感染を避けるため、新しい人馬の流入は禁止せよとの命令である。疫病がおさまるまで、お前たちはここを通ってはならん」

「え!? まさか、王都にいる家族は、王都から出たくても出てこれねえのか!?」

「お前ら、オレの家族を殺す気か!!」

 人々を、兵士が武器を示すことで押しとどめている。

「どういうことなのかしら。聞いてみる必要があるわよね」

 空竜は確認するように皆の顔を見回すと、隊長の野営地へ向かった。

 天印てんいんを出されて、長い顎鬚あごひげを持つ、額に気難しそうなしわの寄った隊長は、すぐに人払いをした。

「都に使者を送ったところでした。こんなにお早くのご到着、ありがとうございます」

「何があったのですか」

 あえて訂正せず、空竜は現状を尋ねた。

「ある日、複数の人が、腹が熱くなる病で診療所に運ばれました。嘔吐おうとと下痢をして、みるみるうちに弱っていきました。そして一時間もしないうちに、半透明の雲のようなものを出して膨れあがると、周りにいた人間を襲いだしたのです。

 刃物も歯が立たず、柱をも壊す怪力で、まるで魔物です。そういう患者が何人も出たから、たまらない、診療所はあっという間に壊され、外へ命からがら逃げだした人も、外で膨れていた人に襲われることになりました。

 しかも恐ろしいことに、一度半透明の雲に全身が入ると、なんでもない人も半透明の雲を出して、仲間になってしまうのです。今、兵が全力で退治にあたっていますが、刃が通らず、劣勢です。国王の徳頻とくひん様はまだ城にいらっしゃいます。ご自分が逃げることよりも、早く街道を封鎖し、これ以上の被害を出すなとのご命令です。

 我々も、魔族の襲撃なのか、感染症の一種なのか、わけがわかりません。どうか、ご指示をお願いいたします」

 隊長は切羽詰まって脂汗をかいていた。その者たちがもし、この、人だらけの街道に現れたらと思うと、緊張せずにはいられないのだ。

 紫苑たちには、聞き覚えのある話だった。

丸固村まるかたむらの僧侶と同じだわ」

 紫苑に露雩が返した。

「だが、感染するというのは、初耳だ。オレたちが気づかなかっただけなのだろうか。それとも、新しい変化か……」

「調べなくてはならないけれど……」

 紫苑と露雩以下、全員が互いの顔を見合った。

 まず、霄瀾は連れて行けない。術を使えない空竜と氷雨も残った方がいい。さらに、ここに敵が現れてもいいように、残りの五人も二人はここに残った方がいい。

 しかし、もし空気感染でもあったら、王都に入った三人の身が危うい。

 麻沚芭が王都に入る名乗りをあげた。

青龍せいりゅう神の神風かみかぜで三人を包む膜を作ることはできるけど、いざ戦うときになったらとても仲間を追いきれないよ。オレが神風に集中して、戦わないことを覚悟してくれ」

「では、残りの二人は――」

「私が行く」

 声をあげたのは、氷雨だった。

「氷雨。あなた、術が使えないでしょう」

「伝令役くらいはできる、空竜。私は人形機械だ、呼吸はいらない。空気感染になど、かからない」

「あっ、そうか!」

 空竜が手を叩いて、二人目が決まった。

「そういうことならオレの炎を持って行け。槍を炎属性にするんだ」

「わかった」

 氷雨は出雲から、炎の精霊の炎を、分けてもらった。

「やれやれ、炎使いの荒い奴だぜ。おいしい燃料持って来いよ!」

 炎の精霊が槍の刃先に潜りこんだ。

「そういう考えでいくなら、私にいい案があるわ。十二支式神・全獣召喚!!」

 紫苑が、紙でできた十二体の干支えと式神を出した。

「こんにちは! 紫苑様!」

 十二体は、子供が元気よく全身で表現するような黄色い声で、喜んで挨拶をした。

「よく出てくれたわね。さっそくだけど、この二人と一緒に王都に行ってくれないかしら。術しかかない敵だらけだから、気をつけるのよ」

「はーい!」

 十二体は麻沚芭と氷雨にお尻を突き出してお辞儀した。

「よろしくお願いします!」

「ああ」

 氷雨はうなずいた。

「マシハ、一つ欲しい……」

 麻沚芭は呟いた。

「呼吸のいらない紙の式神か。しかも紫苑は式神の目を通して王都を見られる。氷雨といい戦術が組めるな」

 微笑む露雩に、十二体が再びお辞儀した。

「紫苑様の旦那様、ご結婚おめでとうございます。これからよろしくお願いいたします」

「えっ!? うん、そうだね! ……礼儀正しいね君たち」

「ほら、油売ってないで早く来い。置いてくぞー」

 麻沚芭がぱんぱんと手を叩いたので、十二体は露雩に軽く会釈すると、とぐろを巻いてかごになった「たつ」(龍)の中に入った。辰がそのまま浮き上がり、麻沚芭と氷雨が走るのについていく。

「なんか、あの籠欲しい……!」

 空竜は、それを小さいぬいぐるみで作ってしまおうと考えて、一人で満足していた。


 王都・繁可はんかでは、丸固村まるかたむらで見た四メートルの半透明の雲を持った人間が、何体も、餌食を探すようにあてもなく歩いていた。

 時折草むらをかき分けたり、家の扉を壊して中を見ては、人間がいないかと眼でなめまわしている。

 軍隊と王都の人々はどうなったのであろうか。

 むくんだ雲の人間が、麻沚芭たちに気づいた。

 喜んで突進してくる。氷雨が炎の槍で雲を切断した。

 すると、中の人間が急激にせこけ、それと反対に雲はむくむく盛り上がり、復活した。

「雲を切れば生気を吸われて死ぬ、人間を殺せば普通に死ぬ。殺すしかないか」

 麻沚芭が、動きの衰えた、雲の中の人間を切断した。やはり、干からびて既に死んでいた。胃から茶色い丸い石が転がり出てきた。そこまでは丸固村と同じだったが、今回はもう少し続きがあった。

 ふんころがしのような小さく黒い虫が、後を追うようにして這い出て来たのだ。

 そして、茶色い丸い石をつかむと、羽で飛んで、まっすぐに麻沚芭の口めがけて飛んできた。

 十二支式神「たつ」(龍)が、箸のように長い口でぱくっと捕まえた。

「よくやった。あとでご主人様の紫苑にご褒美あげとくぞ」

「麻沚芭、辰は喜んでいないようだぞ」

 麻沚芭と氷雨は、ふんころがしに近づいた。

 直径一センチの茶色い丸い石を、体長五ミリの虫が抱えている。

「お前、これを人間の中に入れて歩っていたのか」

 ふんころがしは答えない。答える頭がないらしく、押さえつけられた羽を必死に動かして、逃れて麻沚芭の口に入ろうとしている。

「こんな低級を使う親玉は、さぞ頭が悪いだろうな。こういう奴しか従えさせられないのだから。他の人間にもこれが入ってると思っていいな?」

 麻沚芭の周りにいた半透明の雲の人間たちは、仲間がくわえられているのを見て、近寄れない。

「死を待つばかりのやつれ具合の奴から、切断していってみるか」

 麻沚芭が神風を刀にまとうと、雲たちは恐れをなし、逃げ出した。捕食者を異常に恐れているようだ。

 それを見て、草むらや建物の陰から、兵士たちが十五人出てきた。皆、打撲やすり傷だらけであった。敵がそういう攻撃をしてきたら、今こうして無事でいるはずがない。彼らは転びながら逃げて、隠れていたのであった。

「あいつらには術しか効かない。無力な装備で、よく殺されずに済んだ」

 麻沚芭は、敵の情報もなく戦った兵士をねぎらった。民衆を守る捨て石に等しい扱いを受けても、戦ったからだ。情報収集を怠った政府は重罪である。

「一度、城へ戻って態勢を立て直そうと思っています。壊滅状態の部隊がいくつも出ました。情報を整理しないと」

 皆は、国王と民衆の集まるという城へ走った。

 城は、雲を生じさせた人間たちが囲み、門を力任せに押していた。

 麻沚芭がそのうちの一体、干からびた人間を切断すると、その死体の胃からまたも茶色い丸い石とふんころがしが出てきた。

 麻沚芭が神風をまとった刀で思いきり石を砕くと、雲たちは恐れをなして遠巻きに後退あとずさり、ふんころがしは逃げて行った。

「今のうちに城へ!」

 氷雨を先頭にして、十五人の兵士が駆けていく。麻沚芭が城門を閉める間、ひつじが門前に綿をたくさん放った。

 それに触れた雲たちは、ひつじの特殊攻撃の効果で急激に眠くなり、綿を枕にして寝入ってしまった。

「術の一種だから特殊攻撃もよくくメェ!」

 十二体の式神も、たつかごで宙を飛んで、城内に入った。

 国王・徳頻とくひんと民衆は、城の森の中に隠れていた。兵士は、一部隊しか残っていない。

「どうした! あの連中のことで、何かわかったか!」

 徳頻が、傷だらけの兵士に尋ねた。

 麻沚芭が前に出て、雲の弱点、茶色い丸い石、ふんころがしのことを説明した。

「なんと! 一度とりこまれたら、もう二度と助からぬのか……!」

 愕然としたしわを作って、徳頻が民衆に振り返った。親が城の外にいる者、友人、恋人……、彼らにもう二度と会えないのだ。民衆を自分の子供のように思っていた徳頻は、城の内にいる者も外にいる者をも想い、胸を引き裂かれる悲しみを起こした。

 そこへ術使いの部隊の伝令役が、到着した。

「申し上げます! 我が部隊は王都西の敵を粉砕いたしました。中に入っている人間は全員死亡しております。また、すべての死体から茶色く丸い玉を抱えた小さな黒い虫が出て来ました。何か関係があると思い、ここに捕獲しております。隊長の見立てでは、人々のこの状態は呪いにかかったのではなく、穢れに満ちてこうなっているとのことです!」

 王は、すぐさま命令を出した。

「術使いの部隊は、小隊に分かれて王都へ散れ! 兵士は属性つきの武器で戦え! 胃の中の玉と黒い虫を逃がすな! 異常は、その二つが引き起こしている! 全軍、鼻と口を覆うように布当てして戦え!」

 これまでの尊い犠牲を無駄にしてはならない。兵士たちは一斉に動いた。

「氷雨。オレたちは敵の拠点を叩こう。必ず命令している奴が、近くにいるはずだ」

 麻沚芭の言葉が終わるか終らないかのうちに、人々が残っていることをぎつけたふんころがしたちが、茶色い丸い石を抱えて大量に飛んできた。

「神風!!」

 麻沚芭が青龍せいりゅうの刀から神の風を起こした。ふんころがしが次々に切られ、石が宙に舞っていく。

 しかし、虫は空を渡って、あとからあとからわいてくる。

「オレは残された人々を守る! お前が行け、氷雨! 十二体も連れて行け!」

 麻沚芭は人々を囲んで風の半球を形成した。中に入ろうとする虫は、風の刃に触れてばらばらになる。

「どこから来ているのか、わからない!」

 氷雨は迷った。虫は、四方から飛来していた。本拠地の方角は、推測できない。

「その虫に頭が足りないことを思い出せ! 丸い石を壊してから放してみろ、務めを果たすために丸い石を取りに親玉のもとへ一直線に戻るはずだ!」

「わかった!」

 たつがくわえていた虫に対して、氷雨が麻沚芭の言う通りのことをすると、果たしてその通りになった。

「行くぞお前たち!」

「はーい!」

 氷雨と十二体は虫を追った。

「……」

 麻沚芭は頼めるとも頼めないとも思える表情で、氷雨の後ろ姿を見送った。


 虫は山に入った。向かって来る虫も多くなった。氷雨と十二体の体内に入ろうとする虫もいた。

 しかし、全員生気を持たない存在なので、何も起きず、虫は迷いながらも出て行った。

 茶色い丸い石が山積みになっている台車があった。どこからわくのか黒いふんころがしがせわしなく動き、石を持ち出していく。

 台車のそばで、老人が煙草たばこをふかしていた。長く伸ばした白髪を一本に束ねたものを、くるくると頭に巻きつけて、頭頂に先っぽを立てている。つぎあてだらけのつんつるてんの着物を着ている。

 虫が石を持っていくのを、黙って見張っているようであった。

「お前は何者だ。この石が人体を即死させることを知っているのか」

 氷雨が、槍を向けた。十二体は木の上に隠れている。

「この虫の中で平気でいるということは、あんたもお仲間なのかな? 槍をしまいなさい、同志。ほら、証の札だ」

 老人は懐から「寒雨さむだれ信徒しんと」の文字の書かれた札を見せて、歯のない口でニッと笑った。

 氷雨は、なんと答えてよいか、わからなかった。

「ここにいるのは、お前だけか」

「いいや。魔族もおる。しかし知っての通り、寒雨さむだれ様の前には人も魔族も関係ない。我々二人は仲良く石と虫の番をしとるよ」

「何日で王都を陥落させるつもりなのだ」

「初めての実験だからな。多くて三日だと思っていたが、この分なら一日で終わるか。ここが成功すれば、各都市で一斉にこれをするから、一気に皆が、寒雨様の世界になることにひれ伏すであろうな」

 氷雨は幸い人形機械なので、顔色が変わる思いがしたのを相手に知られなかった。

「信者が世界中の全主要都市の軍部に潜伏するまで、十年かかった! それもこれも皆、すぐそこまで迫っている一斉蜂起のため! 長かった、わしは先に死ぬんじゃないかと思ったよ」

 話す相手が欲しいのか、老人は独り言のようによくしゃべった。

「この王都・繁可はんかは唯一軍部に信者がいないからな、思う存分実験できるというものだな――」

 途轍とてつもない話だ。

 氷雨は、知葉我しるはがに匹敵する何かを感じながら、もう一歩踏みこんだ。

「この玉の数で本当に足りるのか」

 老人は台車いっぱいの玉を見た。

土魂つちたまのことか? 大丈夫だと思うが」

 茶色い丸い石は、「土魂」と呼ばれているらしい。

「王都では虫がかなり殺されていたぞ」

「ちいっ! 奴ら、この『巨人化』が術に弱いことに気づいたか!」

 この連中は雲を作るのを巨人化と呼んでいるようだ。

「お前がここの番をしているなら、私が補充の伝令になろうか」

 老人はちょっとの間、氷雨を眺めていた。

「(私がこいつらの拠点を探ろうとしているのが、ばれなければいいが)」

 氷雨は人形機械なので、幸いにも汗はかかなかった。しかも、虫が目の前を通り過ぎようが鼻に入ろうが、動じなかった。

 それを見て、老人はすっかり信用した。

「信仰のあつい娘だ。よし、特別にこの実験に加えてやろう。寒雨様が水浴されたときに玉と成った水滴は、山頂に三角錐に積んである。虫かごもたくさん置いてあるから、補充したい分だけ放つがよい。土魂は、虫が勝手に持っていくから」

「わかった」

 本当は、この老人と玉と虫を今燃やし尽くしたかったが、相棒の魔族がそれに気づいて山頂の玉と虫を放ったら大変なことになる、と思い直して、氷雨は山頂へ走った。つまり、氷雨がここを燃やしたら虫が倒されたと麻沚芭が勘違いして、神風の護りをやめてしまう、そこへ山頂の虫が襲ってきて、民衆から、出なくていい犠牲者が出てしまうということだ。

「待て人間。お前、本当に信者か。札を見せろ」

 突然、氷雨の行く手を、かえるの二足歩行の魔物が塞いだ。

「おお、同志。その娘は信者だ。虫がまったく入りこまない」

 老人がのんびり煙草をふかした。

「では証を見せろ。『寒雨信徒』の札がなければ、我々でさえ虫の餌食だ。お前は、どこの生まれで何という名だ。言え!」

 魔族の組織なら、氷雨を作った人形師・下与芯かよしんの名を出せば仲間と認識されるが、この組織はそれでは入りこめそうになかった。

 とりあえず王都を救う手立ては聞き出したし、二人とも殺しておくか――と、氷雨が一歩足を前に出したとき、

「ヴォーン!」

 と、横方向から鐘のような大きな音が聞こえた。全員がそれに気を取られている隙に、「とり」(鳥)が羽ばたいて氷雨の胸の中に入ると、「寒雨信徒」の札に変わった。

 今の音は、出した音を拡大させる能力を持つ「」(兎)のもので、酉に文字を書きつけたのは「うま」(馬)の尻尾の先の筆だった。

「魔物の声ではない。誰か山に逃れて来たのか? あとで確認しておこう。それより、お前……あっ」

 氷雨は「寒雨信徒」の札を無表情に見せていた。

 それがかえって何の憶測も起こさせず、蛙が氷雨を信じるもととなった。

「そうか、信者ならいい。なにしろ寒雨様がこれから世界を支配できるかどうかは、今日のオレたちの肩にかかっているからな。なんとしても王都攻めを成功させなければな」

 蛙がどっかりと腰を下ろした。

「水でも飲みなせえ。ずっとこの山と王都を往復して、監視のし通しだろう」

 老人が竹筒を向けた。

「ありがとよじいさん。だがさっきの音が気になる。もう一回りしておくよ」

「終わったら煙草を一緒にふかそう。取っとくから」

「ああ」

 魔族と老人が仲良くしているのを見て、氷雨は無表情を保つのに苦労するほど驚愕した。

「(あれだけ人間を憎んでいた魔族と、魔族の存在を許さなかった人間が、互いに仲間として笑いあっている! 寒雨とは、何者なのだ!? 『神』が、世界中の種族間の争いを止める最後の手段だったのか!? 剣姫の旅の答えは、これなのか……!?)」

 氷雨は、さらなる情報を引き出すため、自分も腰を下ろした。

「実は、恥ずかしいことに忘れてしまったのだが、私たちのような信者でも、うっかり札が体から離れてしまうことがあるだろう。そのとき運悪く土魂が体内に入ってしまったら、どうするのだったか」

「ああ、巨人化から回復する方法か。あれは複雑だからなあ。まず我らが聖地へ戻って――」

 蛙の魔物が氷雨に重要な話をし始めたところで、急に土魂の一つが豪速球となって、蛙の喉を貫いた。

「口にっして……は、なら……ぬ……!!」

 蛙の骸はおびただしい血の中に崩れた。

 老人が飛び上がった。

「聖地以外で口にしてはならぬこと! その禁を破ればこうなるのか! この罰を知らなかったとはいえ、禁句をなぜ聞いた! お前、寒雨信徒ではないな!?」

 ふんころがしが、氷雨を敵と認識して襲いかかってきた。しかし、呼吸もせず生気もないので、体内に入ろうが鼻口に群がろうが、氷雨はおかまいなしである。

「なぜ虫がかない!?」

 老人が目をみはるのに対し、氷雨は炎の槍で虫を次々と燃やした。

「私は人形機械だ。呼吸などしない。生気もない」

 氷雨はあえて、本当のことを言った。氷雨は人喪志国ひともしこくの姫・開奈かいなに似せて作られた。だから、この者たちが氷雨を開奈と勘違いして、開奈を襲わないようにという配慮であった。

 氷雨の炎は、虫をことごとく焼き払ったが、土魂は一つも燃やせなかった。

「金属や鉱石ではないのか?」

「ふん、火生土……火は土を生むから、土のその石に炎は効かぬのであろうよ」

たつ」(龍)にぐるぐる巻きに縛られた老人が、負け惜しみのように吐き捨てた。

「土属性……!? おい老人、寒雨とは何者だ? 神か? それなのに地の力を持っているのか? 人間なのか? 魔族なのか? それとも……」

「この世界の王にして、神!!」

 老人がびしゃっと氷雨の思考をこわばらせた。

 なおも聞こうとする氷雨を、老人は憎悪の目で睨んだ。

「せっかくの寒雨様の壮大な一歩が、これで台無しだ! お前など寒雨様によってばらばらに引き裂かれてしまえ! 寒雨様、この罪をお赦しください!」

 老人は、自ら舌を嚙み切って果てた。

 氷雨は仕方なく、土魂の載った台車を引き、山頂の虫を燃やした後、そこにある土魂も回収して、城へ戻った。

 式神の目ですべてを見ていた紫苑たちも、王都の巨人化人間を倒す手伝いをしながら、入って来ていた。

 麻沚芭は神風を王都中に走らせ、一匹も虫が潜んでいないことを確認した。

 木剋土、木は土の養分を奪い弱らせる。

 ところが、土魂は、神風にもあまり傷がつかなかった。そのため、人々はそのわずかな傷に花の種を一粒ずつ埋め込んでみた。

 すると、すぐに芽が出て、養分を吸って土魂をぼろぼろの土にした。そのすぐあとに、芽もしおれていった。座った人々が懸命に種を使って石を土に戻しているのを見ながら、露雩が呟いた。

「命を与えるのも、奪うのも早すぎる……」

 紫苑が氷雨のそばへ寄った。

「氷雨が得た情報は、帝へお伝えしておいたわ。すぐにも各国へ情報が伝達されるでしょう。巨人化から戻る方法を聞き出せなかったのは残念だったけど、よくやったわ、氷雨」

「お前の式神たちのおかげだ。寒雨信徒の札があったから聞き出せた。彼らに聖地があると」

 氷雨が十二体をねぎらった。

「だてに紫苑様の式神はやってませんよ!」

 十二体は、はにかみながら紙に戻っていった。

 紫苑がそれを大切にしまう横で、麻沚芭が氷雨をまじまじと眺めた。

「なんだ麻沚芭」

「オレは心配してたんだがな。お前は人形だから、とっさに嘘がつけないか、機転がきかないかで相手から何も聞き出せないと思っていた。だが、期待以上の情報を持ち帰って来てくれた。特に、各国の軍隊に信者がいるという件だ。一斉に身体検査をして、『寒雨信徒』の札を持っていれば、言い逃れはできない。各国で尋問をして、寒雨たちの情報をさらに引き出せる。本当に、すごい」

「そうか。では私が行って正解だったのだな」

 氷雨は、全身に何かがみなぎるような気がした。不思議な高揚感であった。あれ、と思っても、言葉に言い表せない感覚であった。

 ただ、なんでもやれる気がしたことに、驚くばかりであった。


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