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星方陣撃剣録  作者: 白雪
第一部 紅い玲瓏 第十二章 神の見知れぬ望み
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神の見知れぬ望み第一章「壺の中身」

登場人物

双剣士であり陰陽師でもある、赤ノ宮の名字を改めた九字紫苑くじ・しおん。強大な力を秘める瞳、星晶睛せいしょうせいの持ち主で、「水気」を司る玄武げんぶ神に認められし者、紫苑と結婚している露雩ろう

紫苑の炎の式神・出雲いずも。神器の竪琴・水鏡すいきょうの調べを持つ竪琴弾きの子供・霄瀾しょうらん。帝の一人娘で、神器の鏡・海月かいげつと、神器の聖弓・六薙ろくなぎまたの名を弦楽器の神器・聖紋弦せいもんげんの使い手・空竜くりゅう姫。聖水「閼伽あか」を出せる、「魔族王」であり格闘家の青年で、はちまきの神器・淵泉えんせんうつわの持ち主の、「金気」を司る白虎びゃっこ神に認められし者・閼嵐あらん。輪の神器・楽宝円がくほうえんを持ち、「木気」を司る青龍せいりゅう神に認められた、忍の者・霧府麻沚芭きりふ・ましば。人形師の下与芯かよしんによって人喪志国ひともしこくの開奈姫に似せて作られた、槍使いの人形機械・氷雨ひさめ


「この世界の王にして、神」と呼ばれる存在が、信者を動かしていろいろさせていることが判明します。得体の知れない力を、紫苑たちは調べます。




第一章  壺の中身



 九字紫苑くじ・しおんとその一行は、小さな村で一泊することにした。

 ここは攻魔国こうまこくの内部に属する国の見原瀬国みはらせこくにある、丸固村まるかたむらである。

 午後が自由行動となったとき、紫苑の式神・出雲が真っ先に抜けたので、全員思い思いの時間を過ごすことになった。

 幼い霄瀾は、木々の香が紅葉に凝縮されて落ちたのを、火でたいたときの、ほのかな木の力の匂いをさせながら、急いで出雲の後を追った。

 彼の父親になってくれた、銀の雫を受けたかのような瞳を持つ出雲は、鍛冶屋兼武器屋に入っていった。

 小さな村のことで、品揃えは少ない。

 しかし、出雲は商品には目もくれず、自分の刀を鍛冶屋の前に出した。

「明日の朝までに直せるか。金は前払いする」

 前払いなら借金の証文を作る手間をかけずに、即座に必要な品を買い、作業に取りかかれる。

 鍛冶屋の親父は出雲の顔をちょっと見てから、刀に目を落とした。

 どうやったらこんなにきれいに曲がるのだろうという線で、歪んでいた。

 これは知葉我しるはがの熱波の直撃を食らった結果である。

「直せそうか」

 親父は重く沈んだ声の出雲はもう眼中になく、真剣に刀の具合を見定めていた。

「これは他の刀を買った方が早いですね。ただ、炎の術があれば、ある程度までなら――」

「ありがとう」

 出雲は手から、炎の精霊の一部の火を出した。

「この種火を使ってくれ。ずっと燃え続ける。しかも強力だ」

 驚く親父をそっちのけで、炎の精霊が口を尖らせたようだった。

「燃やす物がないぜ。オレが一番強く燃えるには穢れが必要だって、万玻水よろはみは言ってただろ?」

「この刀はあの知葉我の熱波に曲げられたものだ。穢れた熱の力は、お前の正しい熱なら元に戻し、燃やし尽くせると思うが」

「……しまった。聞くんじゃなかった」

 炎がちょっと舌を出したように火の粉を飛ばした。

「はいはい、わかったよ。この刀をずっと燃やして、この男が鍛え直すのを待てばいいんだな。オレはせいぜい風の味でも楽しんでるぜ」

 炎がぴょんと曲がった刀に移った。とたんに刀身が高温で赤くなりだす。親父が慌てて鍛冶場へ持って行った。

 出雲は無言のまま、ゆっくりと鍛冶場への戸に手をかけて、体を支えた。

 自分はもう、強くない。

 神剣・青龍せいりゅうを失ったときから、どこかで恐れていた。

 知葉我のたったの一撃で、刀を使用不可能にされてしまった。これから先、剣姫と共にいる限り、今以上の強敵は、現れ続けるだろう。

 神器を一つも持たないままでは、満足に戦いの舞台にすら立てない。

 そして、露雩、閼嵐、麻沚芭がそれぞれ玄武げんぶ白虎びゃっこ、青龍の力を借りることができるようになっていく中で、何の力も持たない自分に、負い目を感じていた。

 仲間の足手まといになるかもしれないのは、恐怖であった。

 霄瀾は、窓の外から出雲の背中の空気を見て、声がかけられなかった。


 水が安らかにうねるような眉を深刻そうに歪めて、人形機械の氷雨はあてもなく歩いていた。

 前を歩く、氷雨と同じ身長二メートルの男が振り返った。

「あのなあ氷雨。何か用か? ずっとくっついてきてるぞ」

 鎖鎌のようにがっしりと筋の通った鼻にしわを寄せながら、閼嵐がうんざりした様子で話しかけた。

「そうか? ちょうどお前のことを考えていたのだ」

「素直だな……」

 閼嵐は木陰へ移動して腰を下ろした。

 氷雨は立っている。

「ここへ来て座れよ」

 氷雨は真向かいに座った。

「……隣じゃないのか。まあいい。それで、なんだ? 言ってもらわないとわけがわからないぜ」

「お前は空竜のことをどう思っているのだ」

 何の躊躇ちゅうちょもなく聞いてきた。

 閼嵐は、面食らった。

「空竜のこと……? どうしてそんなことを聞くんだ? まさかお前まで麻沚芭みたいにオレが誰それを好きだなんて、勝手なこと言うんじゃないだろうな」

「好きかどうかは関係ないだろう魔族王」

 閼嵐が人に聞かれはしなかったかと焦って辺りを見回しているところへ、氷雨が続けた。

「魔族王のお前と人間の王の娘の空竜が結婚すれば、剣姫が魔族と人間との関係に決着をつけたあと、両種族の最大の和解の印になるのだぞ」

「――!!」

 閼嵐は目を見開いた。

「……」

 そして目を伏せた。

 やはり、そうなるのか。

「最も効果的に、争いに終止符を打つ方法……だな」

 閼嵐は横を向いた。その顎を氷雨がつかんで真向かいにさせた。

「お前は空竜のことが好きなのか! それが聞きたい!」

 人形の目の奥に、芯が見えた。氷雨は真剣だ。ごまかせない。

「オレは……空竜のことを友達だと思ってる。きっと空竜もそうだろう」

「では、結婚しろと言われたらどうするのだ!」

 ごまかせない。

 人形の目はまっすぐだ。

 閼嵐は眉根を開いた顔で答えた。

「――――」


 チューリップのように高く通った鼻筋を上に向けて空を見上げながら、空竜は物思いにふけっていた。

「姫様。お一人は危のうございます」

 霧府流の忍、霧府麻沚芭が、獣の牙のように鋭くきらめく琥珀こはく色の眼差まなざしで周囲を警戒しながら、現れた。

「うーん……そうね……」

 空竜は心ここにあらずである。

「いかがなさいましたか」

「うーん……そうね……」

「むかしむかしあるところに虎とたぬきがおりました」

「うーん……そうね……」

「『取ら』ぬ『たぬき』の皮算用になりましたとさ」

「うーん……そうね……」

「オチがないじゃないですか!!」

「え!? どうしたの!? 何怒ってんの!?」

 びっくりして空竜は我に返った。

「あ、あら麻沚芭。どうしたの? てっきり紫苑のもとへ行ったと思ったのに」

「それはまたあとで向かいます。それより私は、姫様にお聞きしたいことがあり、参りました」

 麻沚芭が片膝をついた。

「閼嵐が魔族王と知れた今、空竜姫様はこれからどう行動されますか」

 空竜の心臓がどく、と動いた。

 考えなければいけないことを他人に先に言われた、という気持ちである。

「魔族王っていっても名ばかりでしょう。今すぐにでも人間との争いがやめられるわけではないし……」

 空竜はごまかそうとした。麻沚芭の目がひときわ鋭くきらめいた。

「もし人間の軍隊が魔族王を殺そうとしたとき、『帝の娘』は助けられますか?」

 魔族王をかばえば、帝の娘といえども、裏切り者として人間から追われるだろう。だが、閼嵐に非があるわけではないのだ。

「人々を説得します。閼嵐にも魔族を説得してもらいます」

 たった今大変な責任を背負って、苦しそうに空竜が告げた。だがこれは帝の一族にしかできないことだ。

 空竜は避けるのをやめ、きちんとそのことに向き合った。

「人間と魔族の和解の証として、閼嵐と結婚することになるとしたら、どうなさいますか」

 空竜はぎょっとした。麻沚芭はそれに構わなかった。

わたくしめは一介の忍、本来ならお聞きする立場にはありませんが、姫様のお答え次第でこの麻沚芭も動く方向性が決まります。今完全に『姫様』をお守りする者は、私のみです。どうかお聞かせ願えませんでしょうか。私はあなたの味方です」

 空竜は再び、チューリップのように高く通った鼻筋を空に向けた。

 一涯五覇いちがいごは・木気の極覇きょくは四流刃牙しるはが風矢かぜやで死を前にしたとき、目に浮かんだのは、露雩ではなかった。

 かといって、閼嵐でもなかった。

 空竜は、柔らかい目を麻沚芭に向けた。

 閼嵐と空竜は、期せずして同時に言った。

「結婚するよ」

「結婚するわ」

 氷雨と麻沚芭は、黙った。


 群を抜いた麗しい美少女の九字紫苑は、赤いサンストーンのように太陽の明るさを内に秘めた口唇を引き結び、自分の扇の文字を読んでいた。そこに書かれてある父・九字万玻水くじ・よろはみの術を、すべて読み返している。

 剣姫は、陽の極点でこの世の最強の一人である。

 だが、「九字紫苑」は剣姫に比べて、明らかに弱い。

 神器が一つも扱えない。

 攻撃の術が少ない。

 威力が足りない。

 はあー、と紫苑はため息をついた。

 考えただけで気が重い。

 自分は、これから先も皆と共に戦うには、はっきり言って、実力不足である。

「紫苑、せっかく二人きりなのに、ため息つかないでよ」

 絵筆を持った綺麗な美貌の男が、紫苑に声をかけた。白い狼のように真っ白に美しく彩られた歯と肌が、日の光に輝いている。

「ごめんなさいあなた。つい……」

「うわー! 『あなた』だってえ! 嬉しい!」

 露雩が全身を使って感動しているのを見て、紫苑はかわいい人に微笑んで、その膝の上に腰を下ろした。

 夫婦水入らずである。

「戦いが終わったら、毎日笑いあって生きていきましょう。でも、今はまだ旅の途中ですもの。悩みは多いわ」

 夫は妻の腰に手を回し、妻を支えた。

「悩みがあるなら、一つでも言って。一緒に考えよう」

 紫苑は露雩の前髪を軽くかき上げた。

「うん。でも今は、見守っててね」

 二人は口づけを交わした。

 紫苑は、露雩が絵を描いていたのだと思い出した。

「あ、ごめんなさい。邪魔しちゃった?」

 急いで立ち上がろうとするその腰を、露雩は回した手でそのまま引き留めた。

「見てごらん紫苑。もう描き終えてる」

 紫苑が黒水晶の表紙の本の、白紙のページに描かれた絵を、食い入るように見つめた。

「これ……!! 私たちの結婚式の絵!!」

 普通の岩絵の具だけでなく、塗っただけで光にあてると輝く希少な「光り色」の岩絵の具までふんだんに使って、一年桜の絨毯じゅうたんと三種の神器を背景に、豪華な結婚衣装を身にまとった二人が、花吹雪の中、幸せそうに腕を組んで歩いていた。

「素敵……!!」

 うっとりと見惚みとれる紫苑の姿に幸せを感じながら、露雩もまた結婚式の日のことを鮮明に思い出していた。

「君をずっと、守るから」

「私もあなたから、離れない」

 紫苑は露雩の胸に顔をうずめた。


 夕方、一同がそれぞれの感情を胸に宿へ戻ろうとすると、村中の人々がぞろぞろと出てきて、一箇所に集まりだすのに出くわした。

 遠くから眺めていると、ほこらの前の広場に、皆が正座した。

「おかげ様で村は一日無事でございました。これも守り神様のおかげでございます。ありがたやありがたや」

「ありがたやありがたや」

 村長らしき老人のあとに、村人が唱和した。

 一日の終わりの感謝の祈りを、個人でなくて皆でしているようだ。

「……でも……」

「気づいたかい紫苑」

 露雩は「守り神」を見ていた。

 赤と緑の横縞の模様の、両側に取っ手のついた、真ん中の太った壺であった。

 その壺から、濁った空気が溢れていた。

 村人たちは気づいていない。

 その濁った空気は、祈りを捧げる人の祈りの言葉をさかのぼってその人に入りこみ、その人の体内に汚れを蓄積させているようである。

「……おかしい。それでも魔物が正体というわけでもなさそうだ……」

 露雩も紫苑も、どこかこれまでとは異質な空気を放つ壺に、首をかしげた。

 そこへ、仲間が互いを見つけて、集まって来た。

「なんだ? ありゃあ……呪いか?」

 出雲たちも、肌で、濁った空気を感じていた。紫苑が答えた。

「うーん……呪いというわけでもなさそう……」

 一同が見極めようとしている間に、村人たちは、一日の終わりの祈りを済ませ、帰宅していった。

 誰もいない広場で、一同は壺を取り囲んだ。閼嵐が腕組みした。

「守り神ねえ……」

「中に何が入っているのかしら」

 紫苑が壺の中をのぞきこもうとしたとき、村人二人が全速力で駆けて来た。

「何してるんだ!! 神聖な守り神様の壺に!!」

 よく見ると僧侶の格好をしている二人は、異常に汗をかいていた。若い男と中年の男、双方とも印象の薄い顔をしている。

「どう神聖なの?」

「それは……村に災いが起きないように見守ってくださっているのだ……」

 なぜか二人は口ごもって横を向いた。

 この二人は、何か隠している。

「この壺は人々を害しています。今から叩き割ります」

 あっさり言った紫苑に飛び上がるほど驚いた二人は、

「大変だあー!! みんな来てくれー!!」

 と、叫んだ。

 村人たちが何事かと再び出て来た。

「どうしました、お坊様方」

 お婆さんに問われて、二人の僧はわめいた。

「この人たちが、壺を割ると!!」

 それを聞いて、村人たちは殺気立った。

「なにい!!」

 男たちは刀や斧を取りに家へ走った。紫苑たちは動じなかった。

 武装した全員を待ってから、話し始めた。

「この壺には何の力もありません。むしろあなた方を穢しています」

 淡々と話す紫苑に、村人はいきり立った。

「うるせえ!! よそ者が、人様の神様に向かってあれこれ口出すんじゃねえ!! 罰当たりめ、殺してやる!!」

 ある神を否定することは、それを信じる人たちの信念・人生・心まで否定することだからである。自分の神を否定されて、怒らない人間はいない。

 普通なら、いわしの頭でもそれを信じることでその人が救われるなら、放っておいてもよい。だが、その人の人生をむしばむなら、その神はその人に合う神ではない。全員を蝕むなら、神ではなく偽りの言葉を持つただの悪塊だ。

「この壺のいわれを教えてください。この壺からは穢れが出ています。あなた方のお祈りの仕方が間違っているのかもしれません」

 村人が一瞬どよめいたが、男たちは刀を鳴らした。

「この壺は、昔この村が始まるとき、村を守る神様の依代よりしろとしてお坊様の読経を受けたありがたい壺で、これに祈れば村を守ってくれるんだ!! そんな神様に向かって、言いがかりを言うな!! お前たちは、神を破壊してこの村を襲おうという、魔物だな!?」

「そうだ、魔物だ!!」

「殺せ、殺せ!!」

 男たちが唱和した。

「では、この壺にもし水を満たしたら、飲めますか? 体をよくする霊水になるから、飲めますよね?」

 淡々と話す紫苑に、村人たちは尻込みした。

 畏れ多くて飲めないという気持ちと、飲めと言われて強制されたからという言い訳で飲んで、体を良い水で満たしたいという欲求が、せめぎあっていた。

 紫苑は紫苑で、二、三人くらい死ねばわかるだろうと考えてのことであった。

「お坊様……オレたちは神罰が畏ろしくて、やっぱり無理だ。お坊様が飲んでくだせえ。うんといい体になって、この罰当たりな奴らに、ぎゃふんと言わせてやってくだせえ!」

 村人全員に頼まれると、印象の薄い顔の二人の僧侶は、はっきりとわかるほど異常に汗が出てきた。

「い、いや、我々にも畏れ多くて……」

「でも、あいつら、壺に水を満たしてしまいましたよ! 神様の水を聖域でない所にまかれたら、オレたちが神様のお怒りを受けてしまいますよ!」

「う、うむ……」

 竹筒の水を壺に満たし、紫苑は穢れた水を作っていた。

「さ、どうぞ」

 淡々と話す紫苑に、僧侶二人は固まっていたが、やがて中年の方が若い方に意を決したようにうなずき、壺を受け取ると空気の音をたてて飲み始めた。

 みるみる僧の体から半透明な力が膨れ上がり、人間の僧を内部に残したまま、その半透明な力がさらに小さな雲のようにむくんで四メートルまで大きくなった。

 村人たちが、良いものか悪いものか判断しかねている間に、半透明な力は紫苑に殴りかかった。

 紫苑を助けようと割って入った露雩の神剣・玄武げんぶは、そのむくんだ力に、弾力と共に弾かれた。

「えっ!?」

 露雩は目を疑った。

 神剣で斬れないのか。

 本物の神なのであろうか。

 いや……違う。

「わっはははは! すごい力だ! さすがは私の神だ!!」

 力の中にいる僧の声が高揚している。

 神なら、人を、欲望に包まれたままには、させない。

 力に溺れている以上、あの男に神はいない。

ほのお月命陣げつめいじん!!」

 紫苑の三日月形の炎が、半透明の力を大きく奪った。

「この半透明は、物理攻撃に強くて、術の攻撃に弱いんだ!」

 全員がそれを共有すると、神への敬畏けいいと共に修行したときに知った、玄武の力をより強めた呼び方、神水かみのみずを刀にみなぎらせた露雩が、半透明の雲を一刀両断にした。

 水を飲んだ後生じた力について、話を聞こうと思った中年の僧侶は、からびて死んでいた。半透明の力を出すのに生気を根こそぎ奪われたような印象であった。

 村人たちがどよめく中、もう一人の若い僧が、いつの間にかいなくなっていた。

「お坊様に神罰がくだるはずはねえ。じゃ、この壺は神様じゃなかったのか? オレたち、お坊様を殺しちまった! どうしよう!」

 村人たちが僧侶の死体を囲んだとき、閼嵐が逃げた僧侶の腕をねじ上げて連れ帰って来た。

「途中で逃げ出した時点で怪しいと思ったぜ。さあ、ここで全員に殺されたくなかったら言え! お前たちは何だ! この壺で何をしようとしていた!」

 村人たちは、わけを説明してくれるのかという期待を持って若い僧侶を見た。しかし若い僧侶は、村人たちが逃げた自分のことを、疑いを持って見ているのだと勝手に思った。本当のことを言わなければ、各々が持っている武器で殺されると勝手に思い込み、苦しげに語り始めた。

「その壺は確かにこの村に伝わる神様の壺です。でも、その壺の中に、私と師はある物を入れました」

 師とは、死んだ中年の僧侶であろう。

 紫苑が壺を逆さに振ると、茶色い丸い石が出て来た。直径一センチほどで、ところどころ角がある。

「これは何?」

「私たちの神です」

 それを聞いて、村人たちが驚き叫んだ。この僧侶二人は、村人の神の中に、自分たちの神を入れ、その神も拝ませていたのだ。

「穢れるわけだ……」

 神への祈りが、盗まれていたのだから。

「この神の名は何?」

 紫苑が詰問きつもんした。命の生気を吸い取るなど、とても神のすることとは思えない。この神の信仰が人々に広まったら危険である。調べる必要がある。

「……」

 若い僧侶は恐ろしくて口に出せない様子だったが、村人の視線に気づくと身震いして口を開いた。

 次の瞬間、茶色い丸い石が飛び上がり、僧侶の喉を貫いた。

「口に……して……なら……ぬグッ」

 僧侶は最初神と交わした約束を思い出させられ、言葉を出せずに死んだ。

 僧侶の死と同時に、丸い石も崩れ、土になった。

「……得体の知れない力が暗躍しているのか……」

「穢れがもうない」と炎の精霊に確認させてから、出雲が土をつまんだ。本当に何の変哲もない、ただの土だった。

「僧侶を二人も改宗させるなんて、しかもこんな方法を教えて……。村をいずれ破壊するつもりだったのね。これが成功したら、そいつは味をしめていずれ全国に破壊を広げるわ」

「神を利用するとは、なんという瀆神とくしんの相手だ……!」

 紫苑の中の剣姫と、露雩の目の奥の星晶睛せいしょうせいがうずいた。


 壺は露雩の玄武の神水かみのみずで清め、翌朝、出雲が刀を受け取ると、一行は丸固村まるかたむらを出た。

新たな敵に気を引き締めながら。


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