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星方陣撃剣録  作者: 白雪
第一部 紅い玲瓏 第十一章 逆臣を討て
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逆臣を討て第六章「木気の極覇(きょくは)」

登場人物

双剣士であり陰陽師でもある赤ノ宮紫苑あかのみや・しおん、強大な力を秘める瞳、星晶睛せいしょうせいの持ち主で、「水気」を司る玄武げんぶ神に認められし者、紫苑と結婚している露雩ろう

紫苑の炎の式神・出雲いずも、神器の竪琴・水鏡すいきょうの調べを持つ竪琴弾きの子供・霄瀾しょうらん、帝の一人娘で、神器の鏡・海月かいげつと、神器の聖弓・六薙ろくなぎの使い手・空竜くりゅう姫。聖水「閼伽あか」を出せる、魔族の格闘家の青年で、はちまきの神器・淵泉えんせんうつわの持ち主で、「金気」を司る白虎びゃっこ神に認められし者・閼嵐あらん。輪の神器・楽宝円がくほうえんを持ち、「木気」を司る青龍せいりゅう神に認められた、忍の者・霧府麻沚芭きりふ・ましば

人形師の下与芯かよしんによって人喪志国ひともしこくの開奈姫に似せて作られた人形機械・氷雨ひさめ、靫石流に潜入していた霧府流の忍、加増かまし

 竜の体の一部を使って人間を操り、人族を滅ぼそうとする者・知葉我しるはが




第六章  木気の極覇きょくは



「千の悪気を射貫け! 聖弓せいきゅう六薙ろくなぎ迎破栄戦ごうはえいせん!!」

 空竜の放った六本の矢は、四流刃牙しるはがの翼のはためきから生じた突風にあおられて、力なく地面に落下していった。

「どうら。青龍と戦う前に肩ならしだ!」

 四流刃牙が素早い羽ばたきを起こした。翼が動くたび、鋭く斬れる風刃が乱舞し、剣姫たちを離れ離れに切り離した。

「霄瀾!! 閼嵐!!」

「ボクなら大丈夫だから!!」

「オレにかまいゅな!!」

 霄瀾は聖曲で神器・光迷防こうめいぼうの盾を出している。十三才の子供の姿の閼嵐は閼伽あかを出して身を守っている。

 出雲は深手を負ったあとの止血は済んだものの、素早く攻撃に入ることはできず、風刃を曲がった刀でいなすのが精一杯である。

 氷雨も風刃をかわすのに手一杯である。

 空竜は六本の矢を攻撃でなく風刃の相殺に使っていて、戦力にはならない。

「最後まで分断の策を使うとは。弱い者は守りに徹するしかない。戦力を大幅に減らされて、動けるのは私と露雩と麻沚芭か。だが露雩。お前は戦うな。私の言う意味がわかるな」

「水生木……。水は木を育ててしまう。水気の四神・玄武神は、木気の化身・四流刃牙を強めてしまうからだね」

 露雩が剣姫に目をやった。

「そういうことだ。まあ、青龍神が玄武神の顕現にお気を悪くされないとも限らんしな……」

 剣姫は言い終わるか終らないかのうちに、地を蹴っていた。

「全員ちぎれ飛ぶといいさ!!」

 そう言って風を起こす四流刃牙の片翼に、船のいかりを投げ入れるさまを表した、上空からの二撃の剣舞を剣姫は与えた。金気の重い舞は、四流刃牙の風刃を押し弾き、顔をへこませた。

「うむう! でもこれくらい、平気だね」

 へこんでなお、知能は衰えていない。

 右翼は風刃を放ち続けたまま、左翼が球を抱えるように丸まり、風を生成すると、あっという間に巨大な風矢かぜやを作り上げた。うすを三つ縛り合わせた太さで、先は三角錐で尖っている。

 それを、豪風の速さで射出した。

「!!」

 空竜が固まった。息を吸うか吸わないかの急速の間に、巨大な風矢が目前に迫っていた。六薙を射る間もない。

「人族の王の血は絶やしておかないとね!!」

 四流刃牙は己の風刃を乱発し、青龍が即座に割りこめない状況を作り出していた。空竜が死ぬと全員が思った。

 死を前にして、空竜はある人物の顔が浮かんだ。

 体が砕ける音がした。

 空竜の目に、自らの残骸が映った。

 しかし、血がない。

 あまりの傷のためか、痛みもない。

 否。そうではなかった。

「――氷雨!?」

 氷雨の体が風矢にえぐられて、腹に風穴があいていた。氷雨が身をていして風矢の角度を変えたのだ。素材が魔石でなかったなら、ばらばらになっていたであろう。

「氷雨!! 私をかばったの!?」

 空竜が仰向けに倒れている人形機械のために膝をついた。

「氷雨!! 『わたしを裏切ったね』!? 死んでいいと、誰が許した!! お前はわたしがこいつらを仕留め損なったあとも潜入し続け、隙をうかがって暗殺する手筈てはずだったろう!! 何を考えて主君を裏切るんだい!!」

 四流刃牙が激怒した。やはり、氷雨は敵であった。だがなぜ空竜を死んでまで守ったのか?

弧弧ここ……」

 氷雨は「空竜」を見て呟いた。

「二度とお前を、私の目の前で死なせない……!!」

 辛そうに眉根を寄せた。目から涙が流れたら、あなたはきっとこういう顔をするのだろう、と空竜にはわかった。

「弧弧……最後にお前の顔が見られて、嬉しい……」

 氷雨は目を開けたまま動かなくなった。

「氷雨!!」

 だが、人形機械は、もはや何も見てはいなかった。

「人形のくせに、未練なんか持ってたのかい! 下与芯かよしんは最高の人形師だったけど、余計な感情まで入れるから厄介だよ! まあいい、策はあとでいくらでも練れる! そもそも今ここで全員殺せば済むことなんだしね!!」

 四流刃牙は再び、巨大な風矢を今度は霄瀾に放った。空竜に向ければ一同に軌道を読まれ、避けられるからである。

『何度もさせるか!!』

 青龍が豪風の風矢を牙で嚙み止めた。そしてお返しに吹いた。四流刃牙が奇声を発しながら両翼の羽ばたきで打ち落とした。

「……氷雨。私のこと、ずっと弧弧だと思って接してたのね」

 空竜がそっと氷雨の手を取った。

「私を弧弧だと思ってくれてありがとう」

 空竜の瞳から涙がこぼれた。

 閼嵐が弧弧を殺していなかったら、氷雨は空竜を助けなかったであろう。空竜は、自分と同じ体をばらばらにした閼嵐を心の奥底で怖れていたのだが、それが感謝の心に変わった。そして、自分を守ってくれた氷雨に報いたい、と思った。

 人形ならば、私の魂を、分けてあげたい。

 そのとき、聖弓・六薙から光の矢が一本現れた。

 そして、弓のつるが震えだした。

「あっ!」

 突然、空竜にはわかった。矢と弦は、触れあいたがっていると。

 空竜が矢をあてがったとたん、弦が鳴り、曲が流れだした。聴く者に安らぎを与える、豊かな音だった。

 すると、みるみる氷雨の体が復元し始めた。

 それだけではない。重傷を負った出雲の傷も、回復させたのだ。

「(魂のない命をいつくしむ王!)」

 剣姫は聖曲に脱力を感じながら、空竜を驚嘆の目で見やった。

六薙ろくなぎ……真の名は三種の神器じんぎの一つ、聖紋弦せいもんげん……そうだったの……」

 空竜は弓を弾くのを止めた。

 氷雨が起き上がったからである。

 自分の体の節々をぎこちなく動かしながら、何度も腹と背に手を当てた。

「ねえ氷雨。私、空竜よ。私とお友達になってくれないかしら」

 氷雨は、その花のような眩しい笑顔に黙ってみとれた。

「なんだい!? 人間側の三種の神器に、そんな面白い効果があったのかい!! この戦いのあと、いい武器が手に入りそうだよ、ふふふふ!!」

 仮面のような顔をまったく動かさず、音だけで笑うと、四流刃牙は一同に次々と巨大な風矢を放った。

 それは、間に割って入った青龍の鱗を何枚も、幾度となく砕いた。

 その修復をするのは、麻沚芭の体力である。

「神といってもその程度かい! わたしの敵じゃないね!」

 四流刃牙が青龍を風矢で串刺しにした。青龍の体の中央から神紋が出て、一気に口と尾へ二方向に光が向かい、風矢を打ち消した。

『図に乗るな!!』

 青龍の鱗がすべて外れ、半透明に輝く五角形の刃となって、無数に空を埋め尽くした。

『かかれ!! 落鱗風紙らくりんふうし!!』

 鋭い角を四流刃牙に向けて、鱗は一斉に襲いかかった。

「そんなもの、わたしの風で……なにっ!?」

 四流刃牙の突風に弾かれるかと思われた鱗は、平らに縦にと身を翻して、はさみが紙を切り裂くように突風を切り裂き、一秒も妨げられなかった。複雑な軌道の突風ですら、神の巧みな鱗は切り抜けおおせた。

「グギャッ!! グギャギャッ!!」

 四流刃牙の顔も翼も、無数の鱗が切りつけ、もしくは突き刺した。

 青龍の、辺り一帯を浄化するかのような風が広がった。

『思い知れ!! 木気の神敵よ!!』

「うるさい!! そっちこそ、お前の力の源の小僧は、もうへばってるじゃないか!! 自力で顕現できず回復も人間頼みのくせに、生意気言うんじゃないよ!!」

『神がこの世に自力で干渉すれば、世界は――』

 そこで青龍の口は強制的に閉ざされた。禁止文字を神は世界に落とせない。それを世界中の文字から組み合わせて見つけられるのは、良くも悪くも世界に強く関わろうとする者だけである。

 四流刃牙は自分に突き刺さっている青龍の鱗を、怒り任せに己の風で抜き散らした。

「そうさ!! 神はいつだってわたしたちにすべてを教えてくれない!! だからわたしは神に頼らない道を選んだ!! そして一涯五覇いちがいごはの力を手に入れたのさ!! 許さないよ、青龍!! わたしにこのうえまだ何も語らないのはね!! 神だって? まやかしだ!! お前なんざただの年老いた竜さね!! わたしがその命をたぶらかす存在に引導渡してくれるよ、覚悟しな!!」

 四流刃牙の「風葬」の円陣が速く回り始めた。

「神をここまで侮辱するとは、少しの多い知恵が、なんというさかしらをするのだ! なんとしても勝たなければならない、この命に懸けて!!」

 体力が削れ筋肉が疲労に震える麻沚芭が、あまりのことに神のために叫んだ。

「死ねえ青龍!! 奥義・残虐断崖ざんぎゃくだんがい!!」

 四流刃牙の円陣は、すさまじい高速のため、「風葬」の文字が止まって見える。四つの光る風が中央でねじれ来て、一本の光線のようである。その高速回転の光線と共に、地面を線でえぐりながら、四流刃牙が向かってきた。

 青龍の鱗の攻撃をものともせず突進してくる四流刃牙に、何かあると気づいたのは遅すぎた。近づいてきた四流刃牙を風で締め上げようと青龍の長い体が囲み捕えた瞬間、青龍の体が切断された。

 船乗りたちが海で過ぎ去るのをただ待つことしかできないような、猛風の音を空中そらじゅうに響き渡らせ、青龍がのたうった。四流刃牙はこの機を逃さず、光線で通過した青龍の体を二度、三度と切断していく。青龍の猛烈な咆哮が空を裂く。

「そんな!! 神の体が!! グバッ!!」

 麻沚芭が血を吐いた。死を招くほどの青龍の傷を、己の体力で癒せるのにも、限界がある。

「ははははは!! これだけはここぞという時にしか見せられない技だと思っていたよ! すべてを切断する最大にして最強の風の刃、残虐断崖! 神をも斬り裂く究極の刃だ!!」

 麻沚芭の生命力を大幅に削り取って再生する青龍に、四流刃牙の残虐断崖が迫る。

「させないわ!! 私の海月で弾き返してやる!!」

 空竜が走り出そうとするその手を、出雲が血相変えて引き戻した。

「殺される!! 仮に海月が風を返したとしても、海月で覆えない部分の体はどうする!!」

 四流刃牙が光線を自在に動かせるとしたら、確実に空竜は真っ二つである。

「う……!! でも、麻沚芭はもう!!」

 次に青龍が切り刻まれたら、体の修復のために強制的に命を差し出すことになるだろう。もう生きてはいまい。

「麻沚芭!!」

 全員が麻沚芭を呼んだ。

「小僧を殺すより、青龍をズタズタにして勝つ方が、何倍も意味があるし、気味がいいね! ああ、愉快だ!! わたしは神に勝ったよ!! わたしは神に勝ったんだー!!」

 四流刃牙が歓喜に酔いしれ、青龍に接触した。

『麻沚芭!!』

 心の中に突然青龍の怒声が響いて、麻沚芭は気が遠くなりかけていた状態から、はっと注意力が戻った。

『汝は我の不肖の使い手である!!』

「えっ!!」

 麻沚芭の顔から血の気が引いた。青龍は苛立っていた。

『我は、たとえ相手が木気の極覇きょくはといえども、負けるような神ではない! しかし汝が今、神の力を引き出せず、神を敗れさせることは、これすなわち神罰を与えるに十分たる条件なり!! 我は地上の風に負ける風ではない、それを弱い状態で顕現させることは、汝の罪なり!! 汝、道を示せ!! 汝の力が我の表せる力、我に力を見せてみよ!!』

 最後通告であった。

 麻沚芭の力が至らないために、力を出しきれない青龍神は、怒っておいでなのだ。

 露雩と閼嵐に比べて心の成長が危なっかしいということは、麻沚芭自身にもよくわかっていた。

 青龍神紋が出せるかどうかわからない。

 木気の攻撃を吸収できない。

 劣等感を感じる前に、戦いに入ってしまった。

 いずれ目醒めるだろうと思っていた。

 でも、いずれではだめなのだ。

 必要なのは、今なのだから。

 神を落胆させていいのか。

 自分を信じて力を分けてくださる相手を、裏切っていいのか。

 青龍の、一点に力を集中した牙と、四流刃牙の残虐断崖がぶつかっている。互いに削ろうとする不快な風の音が広がる。

 ここで青龍が負けたら、全員が死ぬ。何人か生き残れたとしても、何人かは確実に死ぬだろう。

 空竜姫を連れ出し、剣姫を伴って――。そのとき、麻沚芭の中の剣姫が麻沚芭の手を強く振りほどいた。

「どうしたんだ!! 早く逃げるんだ!!」

 麻沚芭の目一杯差し伸ばす手を、剣で突き刺した。

「剣姫ッ……!!」

 麻沚芭は絶句した。

「どこに逃げるというのだ!!」

 剣姫が怒鳴った。

「ここで倒さねば、私の望む世界は終わるのだ!! 逃げて何になる、一生逃げ隠れて暮らすのか!! そんな人生に何の意味がある、お前など自分で作ったその檻の中で朽ち果ててしまえ!! 戦いが始まったとき、逃走は死である!! 敵の家畜にでも成り下がり、感情を殺し、せいぜい人間以下の暮らしをするといい!! 逃げていつか何かが解決する世界など、この世にはない!! お前の人生は、お前の代わりにそれを解決した者に、奪われるぞ!! お前の人生だろう!! お前の人生ものを、どうして死んでも守らないのだ!!

 人生には逃げてはいけないときが、あるだろう!!

 生死を賭けて戦わなければいけないときが、あるだろう!!

 そこで逃げた者を、どうして皆が受け入れようか!!

 神も私たちも、もうお前を仲間と認めない!! 生きていれば挽回ばんかいの機会があるとお前は言うであろう、だが何をしようと裏切り者の烙印らくいんは消えぬのだ!! お前は何度でも私たちを裏切るに違いあるまい!! 日和見ひよりみで信用できぬからだ!! そんな者に、生死を賭けた戦いで背中を預けるほど、私はお人よしではないわっ!!」

 剣姫にここまで罵倒ばとうされて、麻沚芭は立っていられないほど足が震え、遂に尻が地についた。

 戦うとはどういうことか。

 仲間を気遣きづかいながら。

 自分にしか倒せない相手と。

 己の信ずる世界を賭けて殺し合うこと。

「逃げてはいけない……。大切なものを見捨てるな……。倒すか倒されるかするまで戦いをやめるな……」

 麻沚芭は呪文のように繰り返した。

 そうであった。

 今倒さねば、四流刃牙は今回以上の策を練って、二度と一同と直接対決しないだろう。

 加えて、神を倒した魔族として、魔族王となり、人間と戦争を始めるだろう。人間に同士討ちをさせて。

「そうだ……なんてことだ、ここで逃げたらすべてが終わるんだ!!」

 麻沚芭の目が醒めた。

「オレの命を全部お使い下さい、青龍神!! オレはようやく、自分にしかできない使命に気がつきました!!」

 麻沚芭が闘気を急激に高めた。

『よう言うた麻沚芭!!』

 青龍の牙が残虐断崖を押し始めた。

 麻沚芭は剣姫と目が合った。

「あなたはすごい。いつも容赦ない。それが……とても好きだ」

 剣姫ならきっとこう言うというのが、麻沚芭の中にあったことに、自分ながら感謝した。

「オレが青龍神とご縁があったのも、この神敵・四流刃牙を逃がさないためだ!! 神と共に世界を救えるなら、悔いはない!! たとえ死んでも、残された人々を護れるというのなら!!」

 麻沚芭が青龍の尾に手を添えて、命の力を注ぎこんだ。

『よう言うた麻沚芭ァッ!! 神の力を世界のために使うことこそ真なる使命!! お前の望みを、かなえてみせよ!!』

 尾に触れている麻沚芭に神の力が逆流してきた。その心地良い浄化の風に、麻沚芭は無意識のうちに叫んだ。

「まとえ!! 東の力!! 霧府流生命並立きりふりゅう・せいめいへいりつ!!」

 青龍が咆哮すると、あっという間に風になり、龍の顔の柄から細い風の刃が出ている、青龍のつるぎになった。

 神器・楽宝円がくほうえんが輝いている。霧府流に伝わる、その光を浴びた命の力を何倍にも引き出す術を、麻沚芭は青龍にかけたのだ。

「小さい剣になって、好都合だよ! まとめて死にな!!」

 四流刃牙の残虐断崖が迫る。麻沚芭は駆け、青龍の剣を残虐断崖に振るった。

 しかし、刀身は光線を通過し、お互い切りも折りもしなかった。

「ははは! なんだいそれは!? 役立たずの剣だこと、すぐに持ち主に後悔させてやるよ!!」

 四流刃牙が迫ってくる。

「今のでよくわかった」

 麻沚芭は冷静だった。

「何がだい? 役立たずな青龍がかい?」

 勝ちを確信した四流刃牙は残虐断崖で地面を削りながら、まっすぐ麻沚芭に突進した。

「お前を倒せるということが!!」

 突然麻沚芭が青龍の剣を突き出した。一本の刃が無数に分かれ、何倍にも伸びると、四流刃牙の体の形に合わせて串刺しにし、崖にはりつけた。無数の刃は、一人の人間から何世代もさかのぼるときの家系図の木のような、一箇所から無数に広がるさまを見せていた。

「青龍のつるぎ枝根風撃しこんふうげき!!」

 麻沚芭の手は、大木のように揺るがず、剣を突き出している。

「くっ! なんだい、こんなもの!」

 さすがに全身を打ちつけられれば、四流刃牙も身動きが容易に取れない。残虐断崖の向きを変えようとして、絶句した。

 光線が、青龍の剣と交刃しない。

 光線と交わる部分だけ、風に切り替わっている。

 これから逃れるには、麻沚芭を殺すしかないと四流刃牙が気づく前に、青龍が語りかけた。

『木気の極覇きょくは・四流刃牙。木気と「同化」されては、手も足も出まい。さらばだ、神の手にかかって死ぬことを名誉と思え。お前は神と神の力を手にした者にしか倒せなかったのだから』

 次の瞬間、四流刃牙をはりつけている風の刃がすべて膨れあがり、四流刃牙の体を散り散りに飛ばした。

「……勝った……?」

 警戒しながら、麻沚芭は四流刃牙の残骸に近づいた。

 そのとき、四流刃牙のばらばらの体がすべて回転し始め、小さな旋風つむじかぜになると、それらが一箇所に集まり、たちまちのうちに黒雲を伴う、空を覆うほどの青暗い竜巻に変わった。

「おのれ……せめてお前たちだけは……!!」

 竜巻から四流刃牙の思念が伝わってくる。

 この竜巻に呑まれれば、一同はちぎれ、地に叩きつけられて、助かるまい。

 青龍は再び巨大な龍の姿に戻り、さらに風にその身を変えた。

 竜巻と同等の大きさの、台風となっていた。

「死ね!! 青龍、そして魔族の敵ども!!」

 四流刃牙は全員道連れにするつもりである。

『逆臣・四流刃牙!! 汝、魔族として我を崇める立場にありながら!!』

 青龍の台風と、四流刃牙の竜巻が衝突しあった。四流刃牙の颶風ぐふうが剣姫たちを薙ぎ倒し、青龍の鋭風えいふうで剣姫たちの髪と装束は翻然ほんぜんとしてはためく。

 四流刃牙は台風の目の中にいる麻沚芭を狙った。しかし竜巻の中心にいる四流刃牙の思念も、麻沚芭の小太刀に狙われていた。

 相手の風を突破した方だけが、中心を撃てる。

「青龍!! こんな形で会うとはね!! わたしの死に花になってもらうよ!!」

 四流刃牙の竜巻が台風をえぐる。

『四流刃牙、諦めろ!! 命をさんざん弄んだ汝に、誰がついて来るのだ!! 汝の望む世界を、汝自身が壊していることに、気づかぬのか!!』

 青龍の怒りの台風が、竜巻の腹に深く嚙みついた。

「今日より御許みもとにお仕え申し上げます、知葉我しるはがにございます。これからどうぞよろしくお願いいたします」

 深い草色の、若い兎の魔物が、洞窟の前でひざまずいて礼をした。

 青い布を首に巻きつけ、気分はすっかり一人前の青龍の祝女はふりめである。

 そう、ここは青龍神殿。若き日の知葉我は、青龍の祝女であった。

 知葉我は立派に務めを果たした。神饌しんせんすす払い、祈禱きとう、その他諸々を、一日も欠かさなかった。

 読書好きで、本を読んではその知能によって、神器のありかにあたりをつけていた。しかし、祝女の身で青龍神殿を離れることなど想像もしないことであった。

 ところが、百年前、人間が現れた。

 綾千代と名乗ったその男の一味は、あろうことか青龍の刀を持ち去ってしまった。病気だらけの者が一人、見えた。

『真の我はここにいる』

 再三再四、洞窟の奥から声がした。だが、もう知葉我はいても立ってもいられなくなった。人間が魔族を滅ぼしてしまう。そして何より、人間に剣を授けた青龍に憎しみが湧いた。

 青龍が力を授けなくても、病気が重くなっていくのを我慢すれば、仮の剣は持ち出せる。それは本物の剣ではないから、いずれ折れて消える。

 しかし、一度疑った知葉我は、もう祝女ではいられなかった。

 神殿を抜け出し、綾千代より先に神器を集めて、人間たちより早く星方陣せいほうじんを成そうと考えたのである。

 四神の神剣には目もくれなかった。人間の味方だと見なしたからである。

 十二種の大神器ではない神器ばかり見つけている最中に、紅葉橋の戦いが遂に起こった。

 魔族王は肝心なときに現れず、知葉我の弟は燃ゆるばるかに殺された。

 魔族を救ってくれなかった魔族の神、我が神、青龍。

 不甲斐ふがいない魔族王。

 大切な弟の死。

 知葉我は叫び声をあげた。

「……魔族の神なのに、今度もわたしを救ってくれないのかえ」

 四流刃牙の風の体の中心にある風の核を、麻沚芭の小太刀が貫いていた。

『四流刃牙、知葉我、かつての我が祝女はふりめよ。神の力でない力を極めた汝と、神である我の道は、そのときからたがえていたのだ。その力を捨てぬ限り、もはや交わらぬ。神は、皆のすべての望みをかなえることはできない。想いの強さ、そして己をどこまで生贄いけにえにできるかという、覚悟で決まるのだ』

 知葉我の顔が、葉をくしゃくしゃに丸めたようなしわを作った。

「失うわけにはいかない!! これまでの血の汗を!!」

 木気の極覇きょくはは、そのまま勢いが衰え、最後に微風となって、大気に消えた。

『さらばだ知葉我。最も知恵ありし我が祝女よ』

 台風から龍に戻った青龍は、麻沚芭の周りを穏やかに巻いた。

『かつてラッサ王が死んだ時点で、燃ゆるばるかを封印していた我が刀から我は失せ、その封印の刀は仮の青龍の刀であった。以来、汝が手にするまで、何人も我を手にすれども、依然として仮の青龍の刀であった。我を久方振ひさかたぶりに手にする者よ、神に見放されぬよう、これからも日々精進するように。しかし褒めてやろう。汝は知葉我の世界に勝ったのだ。この先、汝の望む世界に我を見せつけてやるがよい。その世界がどういう世界か、楽しみにしておるぞ』

 一斉に咲きそろった花々が、爽やかな春風にそよいで甘い香りを全域に放ったような馥郁ふくいくたる芳香を残すと、青龍は神剣に戻った。

「麻沚芭!! やったあ!!」

 全員が駆けてきた。

 すべてが終わったのだという実感が湧くと、麻沚芭は力を失って倒れかけた。それを剣姫が支えた。

「すごいぞ麻沚芭。神剣を持つに恥じない、立派な戦いだった!」

 麻沚芭は、地上の命の中で、剣姫に褒められるのが一番嬉しかった。

「うん……オレ……がんばったよ……」

 そのまま気を失った。


 麻沚芭が目を覚ましたとき、ふかふかした草むらに横たえられているのに気づいた。

 見回すと、仲間が思い思いの格好で休んでいる。奥に森の一軒家が見えた。

「みんな、ここはどこだい? 二千五百体の魔族軍は、どうしたの?」

 麻沚芭に気づいて、皆が近づいてきた。紫苑が代表して説明した。

「魔族軍にも、竜巻と台風が見えてたみたい。私たちが戻って来て、知葉我が負けたとわかったのね。それから、帝の軍もすぐそこまで迫ってたの。指導者を失っては、戦えないわ。だから、みんな逃げていったわ。今頃、帝の軍が靫石ゆぎいしの里をいろいろ調べているでしょうね。生き残りがいないかどうかとか……」

 帝の軍と鉢合わせしたくないと空竜が言ったので、戦の報告を霧府流の忍・加増かましに託して行かせた。空竜は、本当は九死に一生を得た者同士、父に会いたかったのだが、「旅をやめろ」と父に命令されるのが怖くて、会わないことを選んだのだ。

「それで、ここはどこ? あの家に、誰がいるの?」

 麻沚芭に空竜が無言で微笑んだ。


 一軒家の中で、裸の氷雨が寝台に横になっていた。

 小さめの胸、軽いくびれ、長い手足、そしてなめらかな肌。人喪志国ひともしこくの姫、開奈かいなに似せて作られた氷雨は、本物にそっくりであった。

 穴の開いたはずの腹を開け、中の部品を丹念に調べている男がいる。

 人形師・有身ゆうみ。加増が教えてくれた、腕がいいと評判の、四十代の職人であった。

「すごい……! 一つの損傷も見当たらない! そしてこの可動域、組み合わせ……! 下与芯かよしんという人形師は、素晴らしい職人だったね!」

 氷雨の腹を閉じると、切れ目が見当たらないほど周りの肌になじんだ。それもまた芸術的であると、有身はため息をついた。

「私にはもう何の目的もない」

 氷雨は寝たままだった。

「何でもいいから私に命令してくれないか。でないと、動けない」

 氷雨は寝たままだった。

 有身は氷雨に着物をかけた。

「じゃあ、誰かの命令をまた聞いて、結局また守りたいものを守らずに生きていくということかい? それは違うんじゃないのかい? この助かった命を、今度は自分のために使うべきなんじゃないのかい? 自分にその価値があると思うところから、人は始められると思うよ」

「私は死んでいいと思ったからあのとき飛び出したのだ。後のことなど、もう考えていない」

「ならその君が命を捨てた人のために生きてみなさい。その人は君に生きてほしいと望んで、ここに連れて来たのだから」

 氷雨の顔が不可解さに歪んだ。

「なぜ? なぜ生きてほしい?」

「それは――」

 人形師の笑みに、窓からの木漏こもれ日がさした。


「――氷雨! 体は、どうだった?」

 服を着て外に出て来た氷雨を一番に出迎えたのは、空竜であった。

「完全に機能している」

「よかったあ! 治しそこねてたら、悪いなあって思ってたの!」

「悪……い?」

 人形を「直」さなかったくらいでそんなことを言う人間が、理解できない。

 だが、もし弧弧ここが傷ついたときにそう言ってくれる人がいたら、ありがたいと思う。

「氷雨?」

 二メートルの長身の氷雨を下からのぞきこむ空竜につられるように、氷雨は言葉が口をついて出た。

「お前たちに、同行させてほしい」

 空竜が驚いた。周りも氷雨を見つめている。

「私は確かに知葉我の間者だった。だが、知葉我も下与芯様もいない今、私はどう生きていけばいいのかわからない。捨て石に使ってもいい、どうか私にこの力の使い方を教えてくれ。私は……うまく言えないのだが……何かが欲しいのだ」

 苦しげに氷雨が語った。一同の沈黙を空竜が破った。

「いいわよ。一緒に行きましょう!」

「空竜姫!」

 麻沚芭が一歩前に出た。

「大丈夫よお。だって私、氷雨のこと嫌いじゃないもの!」

「そういう問題かあ!?」

 出雲が思わずすっとんきょうな声をあげた。

「ボクも氷雨、恐くなくなったよ! 空竜を助けたもん!」

「ねー! 霄瀾っ!」

「お前らなあ……」

 出雲は空竜と霄瀾を呆れた目で見つめた。

 一同がそれを見守る中、紫苑が氷雨のそばへ寄った。

「これからよろしくね」

 氷雨の方が驚いた。

「いいのか剣姫」

「空竜の聖紋弦せいもんげんは、きっと彼女に仇なす存在は治さないと思うわ。神器に認められたわね、氷雨」

 紫苑が片目をつぶった。氷雨はどう返事をしていいかわからなかった。

「空竜のおもり、期待してるわ!」

「その冗談は私とお前だけの秘密だぞ」

 二人は笑った。

 出発するときになって、氷雨は見送る有身ゆうみに振り返った。

 有身はうなずいた。

「なぜ? なぜ生きてほしい?」

 小屋の中で彼は氷雨にこう答えた。

「それは彼らに君が聞きなさい」

 きっと言葉で言われても理解できない。

 だから、戦いの中で問う。

 私は、自分を知りに彼らと共に行く。

 弧弧ここではない空竜を、歩きながら氷雨は眺めた。

 あの子の仕草、声、表情まで、それは全部空竜に似せてあった。

 支え合っていたあの子とだぶる。

 だが、これからはあの子ではなく空竜を守るのだ。

 もう、死なせない。

 氷雨の瞳に、芯が宿った。


「星方陣撃剣録第一部紅い玲瓏十一巻」(完)


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