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星方陣撃剣録  作者: 白雪
第一部 紅い玲瓏 第十一章 逆臣を討て
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逆臣を討て第五章「一涯五覇(いちがいごは)・知葉我(しるはが)」

登場人物

双剣士であり陰陽師でもある赤ノ宮紫苑あかのみや・しおん、強大な力を秘める瞳、星晶睛せいしょうせいの持ち主で、「水気」を司る玄武げんぶ神に認められし者、紫苑と結婚している露雩ろう

紫苑の炎の式神・出雲いずも、神器の竪琴・水鏡すいきょうの調べを持つ竪琴弾きの子供・霄瀾しょうらん、帝の一人娘で、神器の鏡・海月かいげつと、神器の聖弓・六薙ろくなぎの使い手・空竜くりゅう姫。聖水「閼伽あか」を出せる、魔族の格闘家の青年で、はちまきの神器・淵泉えんせんうつわの持ち主で、「金気」を司る白虎びゃっこ神に認められし者・閼嵐あらん。輪の神器・楽宝円がくほうえんを持ち、「木気」を司る青龍せいりゅう神に認められた、忍の者・霧府麻沚芭きりふ・ましば

人形師の下与芯かよしんによって人喪志国ひともしこくの開奈姫に似せて作られた人形機械・氷雨ひさめ、靫石流に潜入していた霧府流の忍、加増かまし

 竜の体の一部を使って人間を操り、人族を滅ぼそうとする者・知葉我しるはが




第五章  一涯五覇いちがいごは知葉我しるはが



「単純な娘だねえ、剣姫といっても。人生において甘さは命取りだけど、予測されるのも致命的だよ」

 小山の形の何かにかぶさっているかのような白い布が、ひらひらと宙に浮いて現れた。赤い光が二つ、布から透けて見える。

 紫苑の方包決閉陣ほうほうけっぺいじんが、目の前の物体を知葉我しるはがだと告げている。

「遂に対面したな知葉我。この方包決閉陣がある限り、逃げられると思うなよ!」

 どんな罠が待っているのかと隙なく周囲に目を配りながら、剣姫が双剣を平行にして胸の前に掲げた。

 突然、知葉我から突風が放たれた。

 腕を大きく払われて、剣姫は急いで転がり逃れた。

「知葉我、お前……風使いだな!?」

 剣姫は見えない風の攻撃に翻弄されている。

 剣姫の動きは鈍い。五回に一回は少なからぬ衝撃を食らっている。

靫石ゆぎいしの忍に相当やられたからねえ。おかげで出してもらえそうだよ。男装舞姫を!」

 風は三回に一回、当たり始めていた。さすがの剣姫も連戦で疲れ切っていた。

「(近づけもしないのか! しかし相手の全貌もつかめぬまま切札を使うわけには……!)」

「出し惜しみしない方がいいよ剣姫。とっておきの情報を教えてあげるよ。わたしの名は一涯五覇いちがいごは知葉我しるはが。木気の極覇きょくはだよ」

 今までの攻撃とは比べものにならない、目視できるほどの巨大な風の矢が高速で向かってきたのと、剣姫が半月の仮面で顔の左側を隠したのは同時だった。

 神魔に並ぶ最強・男装舞姫が、風の矢を上下に斬り裂くと、知葉我に躍りかかった。

 知葉我は回転する風の盾を作り、男装舞姫の双剣の軌道を弾こうとする。

 しかし、男装舞姫は強引に風の盾を斬り伏せ、知葉我の白い布を斬り払った。

 中から無数の風が飛び出し、目にもとまらぬ速さで男装舞姫の周囲を跳ね回った。

「知葉我! 正体は複数の風だったのか!」

 男装舞姫が一刀一刀集中して斬っていく。

「(くっ……男装舞姫でいられる時間が……!)」

 最後の一つを斬ったとき、男装舞姫化が解けた。

「だが、知葉我は倒したぞ……」

「わたしの分身たちをね」

 頭上から降ってきたしわがれ声に、剣姫は、はっとして一歩退いて見上げた。

 うさぎの体で、手足の爪は鋭く伸び、深い草色の短い毛が、全身を覆っていた。顔は紡錘ぼうすい形で、赤い目以外は人面に近い。頭の上には、耳のように大きな葉が、七枚並んで生えていた。

 兎を二回りほど大きくしただけの、小柄な魔物だった。

 こんな小さな体で、各国や靫石、そして帝国を手玉に取ってきたのかと、思わず剣姫は目を疑った。

 しかし、その皺だらけの顔には、知識の蓄積と思考の跡がくっきりと刻まれていて、容易に倒すことのできない威力を放っていた。

「安心おし。一涯五覇いちがいごはとしての力は老いていないから」

 しわがれた声で、知葉我が笑った。

「男装舞姫さえ封じてしまえば、こっちのもんさ。わたしは水気の極覇きょくは河樹かわいつきみたいに、遊んだりしないよ。あいつは若すぎたし、甘すぎた。さあっ! 仲間の来ないうちに、わたしの最大の力で仕留めてやろうか!」

 知葉我が巨大な風の矢を無数に作り出した。

「剣姫を貫いておやりっ!」

 風の矢が、一直線に押し寄せる。

 剣姫は陽の極点である。

 この世は陰と陽が交わることで万物が生まれる。その生成されたものの代表が木火土金水の五行である。

 五つの力は陰と陽の極点の力と同等である。陰と陽の双方の力が混ざりあい、新たな力が生まれたからである。

 陰と陽の極点だけが、中道の力を手に入れれば神魔に並ぶ最強の力を得て、他の五極より抜きん出ることができる。一極に染まるとき、対立しあう条件を埋めて中道を得やすいからである。五行は、一極に染まっても五行同士が干渉しあって、常に弱点と無効果の対象を抱えることになる。だから、対峙の状態になる陰陽の極点だけが、神と魔に続く第三の最強となることができるのである。

 今、剣姫は切札の男装舞姫・第三の最強を使えない。使うのは早すぎたかもしれない。だが、知恵者の相手・知葉我なら、少しでも隙を見せた瞬間に、河樹が大津波を起こしたのと同じ規模のことを、いきなりしてくる可能性があった。

 緊急対応で、知葉我の攻撃を未然に防いだと考えている。

 その結果剣姫に戻って、今度は同等の戦力で、するべきことはただ一つ。

「知葉我の知能と私の知能で作戦を戦わせることだ。よい策を練った方が勝つ」

 剣姫は巨大な風の矢をくぐり抜け、斬り払った。腕が風圧でもっていかれ、別の矢が身を裂く。

「向こうの方にこちらの情報が多いのが、圧倒的不利だが」

 剣姫が舌でこめかみから流れる血をなめたとき、

「紫苑!! そいつが知葉我か!?」

 仲間たちが追いついた。

「状況を簡潔に言う! こいつは木気の極覇きょくは・知葉我、男装舞姫を使わされた! 風の攻撃に気をつけろ!」

 仲間たちは、一瞬で散らばった。

 そして、その老いた兎に似た姿から、直接攻撃より術の攻撃にけているだろうと推測した。

「おやおや、もうあの沼を渡って来たのかい。ま、こっちは最大の懸案だった男装舞姫を封じたことだし、あとはうまく全員料理するだけさね」

 そのしわがれ声を振り払うように、閼嵐が怒鳴った。

「知葉我!! 魔族王になれると思うなよ!! 四神・白虎びゃっこに認められし者、この閼嵐がお前を討つ!!」

 閼嵐が淵泉えんせんうつわを鋭利な鎧に変え、右手首の、雪を思わせる真っ白い透かし彫りの腕輪、神剣・白虎びゃっこを、両手をなめらかに覆う手袋にした。とげがついたり、厚くなると、かえって攻撃の目測を誤る。修行中にわかったことは、神器のおかげで衝撃がほぼないので、この手袋は素手のようでいて、かつ攻撃の反動が少ないという、夢のような武器に変化していた。

 閼嵐は拳を構えて飛びかかった。

今更いまさら魔族王面するのかえっ!!」

 突然、知葉我がそれを葉の形の風の盾で弾きながら、いきりたった。

「だいたい、お前とお前の父親がだらしないから、いつまでも魔族が人間に勝てないんだよ! わたしはね、お前にはもうこれっぽっちも期待してない! ふん、何が閼伽あかだ! 弱い魔物だけ守って、お山の大将でいるがいいさ! 里に引きこもりやがって、わたしたちが人間にどれだけ苦しめられてきたか、忘れたんだろ!! この裏切り者、お前がやらないなら、わたしがやるよ!! わたしが魔族王として魔族を束ねて、人間を滅ぼしてやるよ!! この知能で!!」

 閼嵐が叫び返しながら、蹴りを放った。

「お前は魔族王じゃない!! 戦争を起こせば人間だけでなく魔族も滅ぶ!! 魔族に罪がないと思うなら、生かすことを考えろ!! その頭で!!」

「もう考えてあるよ」

 閼嵐の足を風のつるでからめ倒してから、知葉我の頭の上の七枚の葉が、左右にそろって一回揺れた。

「竜の力で神器軍団を作るんだよ。捨て駒の人間を使ってね! 人間は力を目の前にぶら下げられたら、食いつかずにはいられない生き物さ。わたしたち動植物を根こそぎ殺しても飽き足らないのは、それと換えた金に、力があるからさ。だから、偽りの力の金ではなく、本物の力をぶら下げる。人間は馬鹿だから必ずひっかかるよ。なぜって、この世を動かす力は、本当は金ではなく暴力だからさ。強者が法なのさ。わたしは竜の力で人間を籠絡ろうらくしてみせるよ。成功が目に見えるというのは、なんという素晴らしい芸術鑑賞だろう。これほど良くわたしを酔わせるものは、ないね」

 知葉我は陶酔したように上空を見つめた。閼嵐は風のつるを握りしめて潰し切ると、素早く起き上がった。

「人間が魔族を生み出す元を断たねば……、人間が滅んでも、別の種族が再び魔族を生み出すことをしたとき、その理論を止められない。魔族は永遠に戦争をし続けなければならなくなる!」

 閼嵐が魔族のく末に、苦しみから目を閉じた。

「そのときはまたその種族を長い間観察して、そいつらの最大の欲を、魔族にとって最適な方法でかなえてやるまでさ」

 麻沚芭は、なぜか二人の会話から目が離せなかった。何か、自分が重大な岐路にいるような気がした。

「魔族王の偽者、閼伽閼嵐あか・あらん!! 真の魔族王の知葉我様が、直々に処刑してくれるよ!!」

「逆臣知葉我!! たとえ憎い敵でも、殺し方には命の尊厳を持て!! それを忘れたとき、それが魔族の欲になる!! 罰に滅びるもといとなるぞ!!」

「青二才が、生意気言うんじゃないよ!! そんな台詞せりふは、わたしに勝ててから言うんだよ!! 原形をとどめないほどの肉塊に引き裂いてやるから、覚悟おしっ!!」

 知葉我と閼嵐は、再び間合をはかった。

 一同は、知葉我が声を荒げたのにも驚いたが、閼嵐が魔族王だということに、もっと驚いた。

「どうしてはっきり言ってくれなかったの!?」

「魔族との戦いを止める話し合いが、できたじゃないの!!」

 紫苑と空竜に言われて、閼嵐は戦いの位置から一歩ずれて、視線を落としてしまった。

「魔族王だからって、すべての魔族が従うことにはならないのさ」

 知葉我が顔を左右に振った。七枚の葉が、左右にそろって一回往復した。

「魔族王とは、魔族の中で一番強い者の称号というだけのものさ。力ずくで命令に従わされる魔族はあっても、魔族王の名のもとに軍勢が集まったり、命令を聞くことにはならないんだよ。だからこいつが人間と戦うのをやめようと魔族に呼びかけても、誰も従わないね。

 理由がないからさ。

 魔族は人間の際限ない欲望に復讐するために動植物が進化したものだ。生まれた理由がはっきりしているのに、どうして生まれた理由である人間への復讐をやめなくちゃいけないんだい? そんなことをしたら、『自分は何のために生まれて来たのだろう』と、自分を見失って、魔族は世界を破壊しに走るよ。自分がいてもいなくても世界が変わらないなら、自分は何かを残すべきだ、何か未来と目的を持っている、しっかり生きている命を殺してみるべきだ、それできっと何かが変わる、神から死を与えられても構わない、自分はこの世界と何も関わりなく死ぬのは耐えられないから、とね。

 人間からの同情も謝罪もいるもんかい。もうこっちは、生まれちまってるんだよ。あとは、生きてる限り、人間を殺すだけさ。それを、その王としたことが、閼伽閼嵐! この腰抜けめ!

 剣姫の美しさに惚れて、人と魔族を救うだって? できるわけがないだろう! 人間と仲良くなんて、お前、魔族に死ねって言うのかい! 魔族を救えないなら、お前なんか魔族王じゃない! 楽観的な見解しか語らず、起きてしまったことに答えを出せない奴は、王などではない!!」

 木気の極覇きょくはの体から、怒気の風が発せられた。

「百年前の紅葉橋の戦いは、人間側が星方陣せいほうじんを作りそうだというから仕方なくみんなお前の父親に従ったまでさ! そのときにわたしが一涯五覇いちがいごはになっていたら、魔族王はわたしだったよ! あれだけは各時代に必ず五人いるわけじゃない、目醒めた者だけが得る力、一時代に五人のうち一人しかいないとか、そういう力だからね! 口惜しい、今でも口惜しいともさ!」

 木気の極覇の真っ赤な顔から熱風が起こった。

 閼嵐は何も言い返せなかった。

 父の名誉を取り戻したいが、魔族が王に従うわけではないから、はっきり言って他の魔族のことを考えたとき、慕ってくる自分の里の者以外、興味がなかった。

 他魔族に興味がない。閼嵐も魔族の典型であった。

 魔族らしく、誰よりも強くありたい心、競争相手を倒したい心が旺盛であった。しかし一度でも勝ってしまうと、

「なんだこんなものか」

 と、急に熱が冷めてしまい、もうその相手がこの世にいてもいなくても、どうでもよくなるのだ。

 自分より弱い奴に、興味はない。

 自分でなくても倒せる奴なんかと戦うのは、退屈そのものだ。

 自分が望み通りの力を持っていれば他人なんかどうでもいい、と思っていた彼を変えたのは、剣姫だった。

 勝負の行方はわからないが、少なくともたやすく勝てそうにないであろうという期待を得たとき、彼は常に力が無尽蔵に湧いてくるのを感じた。

 自分の心が燃えているのだと知った。

 自分の全力を出させてくれる相手、受け止めてくれる相手を、勝ち続けてきた彼は、遂に見つけたのだ。

 その最強の競争相手である剣姫が、人と魔族の正しい者だけを救いたいと言っているのを、どうして無視することができようか。

 確かに、暴力はこの世界最強の力なのだろう。

 だが、巨悪の力はいずれ勇者に倒される。

 では今、この剣姫という巨大な力がどういう結末を迎えるのか、く末を見届けたいと思うのは、同じ世界に生きる者なら、当然ではないのか。人は好奇心と呼ぶだろうか。自分は託したと呼ぶだろうか。

 自分と同じだけ世界を変えうる者の言うことに耳を傾け、自分の意見を決めたい。そして、良い方向に議論しあいたい。

 閼嵐は、知葉我のことも怒りだけで見てはいなかった。知葉我の何を犠牲にしてもとにかく魔族を守るという本心を聞いて、ようやく、王とはもともと全員を見守るべきなのだという観念に打たれたのだ。

 自分と同じくらい力を持つ者たちの言うことは、よく聞くべきである。世界の方向性を決めるのは、強大な力を持つ者たちの理念なのだから。議論に参加することができるのは、自分の意見をあらゆる場面に持っている、世界を真に考え続ける者だけである。

「オレに従わないから、魔族の行く末を憂えることしかできなかった。でも、剣姫は行動した。お前もだ、知葉我。オレとお前はお互い自分に従う者だけ救おうとしてな。

 魔族王とは、魔族を何が何でも守る者のことなのだろうか。他の命を見殺しにしても、と言うなら、人間が生きるために動植物を根こそぎ破壊していく今と変わらないのではないのか。オレは、剣姫に賭けてみたいと思う。同じ歴史を繰り返すのは、犠牲になった命への冒瀆ぼうとくだ。次に違った方法で結果を出すことこそ、本当に犠牲者が報われることになると思う。オレは、お前の理念に同意できない」

「殺され損で許せって言うのかい!!」

 知葉我が激昂げっこうした。閼嵐はじっと知葉我を見ていた。

「もう最初に怒りから進化を果たした世代から、代々どれだけ続いたと思ってるんだ。魔族になって人間の世界からの知識が増えて、それなりに得るものもあっただろう。

 復讐は魔族の本能だ。

 だが今の理由から、復讐していいのは進化した初代だけだ。

 人間の知識で魔族に良い面があった以上、その時点で人間は赦されてしまったんだ。

 過度な収奪を行う人間は、引き続き復讐していい。だが、それをしない人間は、もう殺す権利は魔族にはない。魔族も人間から良い情報を得て、快適に暮らしてしまったからだ」

 そして虎のように眼光を鋭く光らせた。

「敵に救われたら、もう敵に復讐してはいけない。ただし、敵が未来に向かって許されたわけではない。神の罰は、一人として逃さない。どんなに善行を積んでも、天罰はくだる。敵がどこまで改心し、どこまで自分で考えて罪を償ったかで、天罰を受けたあとどこまで回復できるかが決まる。

 敵に救われ、かつ神の天罰が降ったあとも憎み復讐しようとすれば、今度はその者の新たな罪となる。人間との間が既に清算され、魔族の傷が神によって報われた恩を、忘れた状態になるからである。オレは神に触れてそれを知ってしまったのだ。人間に知ってほしいのだ」

 閼嵐は白虎の拳を掲げた。知葉我の牙が閼嵐を嚙もうとするように強くかちあった。

虎神とらがみ風情が、何を偉そうに! 失われた命の数だけ、人間には死んでもらうし、魔族が人間を支配するか絶滅させるまで復讐はやめないよ!

 わたしは一涯五覇いちがいごは、木気の極覇きょくは・知葉我だよ! わたしはこの世界の木気の神さ! 天の理か何か知らないが、地上ではわたしが法だよ! だいたい、この一涯五覇の力を手に入れたとき、わたしは一つの神にも頼らなかったんだからね! この世で最強の木気、己が神だと、どうして思わないでおれるんだい! いいだろう閼伽閼嵐、復讐を赦すわたしという神とお前の神で、勝負だ! 二度とそんな裏切りを言わせない! ああ、不愉快だっ!!」

 閼嵐には、白虎を顕現させる力が、もうなかった。四神・白虎は波動を出し、同じ四神の剣を持つ者に、あることを伝えた。

 金剋木、金属の刃は木を傷つける理から、金気の白虎が木気の知葉我に最も有利であったのだが、致し方なかった。力とは、使いどころを間違えれば、たとえ自分より弱い相手だったとしても、負けるものだ。

「だがお前をこのまま野放しにはしない! 魔族王の決着はつけてやる!!」

 閼嵐が咆哮した。

 火花のようになびき、背まで伸びる髪。輪郭がゆらめき続ける目。そして殺意を隠さぬ巨体。

 完全魔族化した魔族王の姿が、そこにあった。

「う……」

 殺戮の衝動が起きるたび、白虎の眼のみが魔族王の目の前に現れ、睨みつける。

「う、うう……」

 神に選ばれた者としてのふるまいを、一生要求されるのだ。

「うう……う」

 閼嵐は、鋭い殺気を全方位に放つのを抑えた。そして、知葉我だけを見据えた。

「魔性を飼い馴らされたね! 落ちぶれたもんだ、偽の魔族王め!」

 知葉我の体から、寒冷風が放たれた。

「きゃあっ!! 冷……!!」

 最後まで言えない。暴風による冷たい風が、一同の鼻と口から肺までを襲った。

 息をするのも苦しい中、全員の関節が鈍り、素早く動けなくなっていた。

 血液が凍りかけているのだと気づいて、剣姫は白き炎を一面に放出した。

 一同がやっと激しく呼吸をする。

小癪こしゃくな! そんな小さな火、吹き消してやるよ!」

「させるかあっ!」

 出雲の一撃が知葉我の頭の葉を一枚斬り離した。

「なんだと!? 関節が凍って動けないはず……!?」

 出雲は第二撃、第三撃と繰り出す。

「オレの体の中には炎の精霊がいる! 命の炎が燃え続けている、だからお前の風に倒されないんだよっ!!」

 知葉我は高い跳躍力で出雲の攻撃をかわしている。兎とはいえ老いた体にしては機敏である、おそらく風の力も使っているであろう。

「くっ! それじゃ、お前にはこれだよ!」

 知葉我の体から、熱波がほとばしった。

 出雲は熱くなった刀を、思わず取り落としそうになった。炎の精霊が体を守っていなかったら、大火傷おおやけどを負っていただろう。

 神剣ではない刀は、熱波に歪んでいた。

 出雲が愕然とする隙に、知葉我の風の矢が出雲の体に二本、深く刺さった。

「ぐああっ!!」

「戦いの最中に気を抜くな!! 死にたいのか!!」

 露雩が急いで知葉我に、技の神流剣しんりゅうけんで神水を放った。寒冷風のかない氷雨が出雲を抱えて飛び帰った。

「どうしよう、絶起音ぜっきおんができないよ! したら出雲は露雩の神水を弾いちゃうし、出雲にだけ絶起音を出さないなんて、まだできない!」

 霄瀾が涙声で叫んだ。

「お前たちはこの白き炎が守ってみせる! 閼嵐! 任せていいな!!」

 剣姫が声を投げた。閼嵐は受け止めた。

「偽の魔族王はオレの領分だ。けじめをつけてやる」

 魔族王・閼伽閼嵐が歩きだした。今度は神剣・白虎を全身の鎧にしている。寒冷風も熱風も、ある程度までなら防いでいる。知葉我は残りの者たちを封じているに過ぎない。

「邪魔の入らぬ一騎打ち、お互い理性を得た力同士、勝敗に悔いは残すまいぞ!!」

 閼伽閼嵐が地を蹴った。獣の一蹴りで、知葉我にまっすぐに襲いかかる。

「くっ! くっ! くっ!」

 知葉我は一跳びで方向を変え、岩に幹に枝に跳ぶが、閼伽閼嵐は次々に兎のいた跡を粉砕していった。

 鍛え抜かれた切れの鋭い攻撃は、敵に風の加速がなければすぐにも知葉我を打ち砕いていたであろう。

「(力押しの相手は、一番嫌いだよ!)」

 知葉我は舌打ちすると、さきほど出雲に斬り落とされた葉に目を走らせた。

「どうした! 風の神は、風を逃げることにしか使えねえのか!」

 閼伽閼嵐が、拳をよけようとした知葉我の頭の上の葉を一枚、木の幹との間で押し潰した。

 知葉我がグギャッと獣らしい二重の高音を出したとき、閼伽閼嵐の拳の先の葉と、足元にあった斬り落とされた葉から旋風が巻き起こり、閼嵐を正反対の方向にひねり回した。

 白虎の鎧が、ちぎれるのだけは免れさせたが、内部の組織はめちゃくちゃで、閼嵐は激痛のために起き上がれなかった。

 二枚の葉は、風の流れのみでできた、四メートルの一本脚の巨人になっていた。

「隠し玉だったんだけどね。わたしにはこの葉の数と同じ、七体の風のしもべがいるのさ。いくらお前でも、正反対から攻撃されたら、がたがたになったろう。もう一回食らったら、どうなるかねえ!」

 知葉我の頭の上の葉がすべて、風の巨人になった。

 うち二体が、閼伽閼嵐に襲いかかった。一本脚で地を蹴り加速する。

 閼伽閼嵐は閼伽で痛みを取った程度の体で必死に飛び起き、開脚して、二体の一本脚を左右に蹴りつけた。倒れた二体のうち右の巨人を、下から上へ蹴りでえぐり、閼伽の水流で風を一箇所にまとめ、し潰した。左の巨人が起き上がった風圧を背中の痛みで感じ、振り向きざまに回し蹴りし、頭を消し散らす。そこへかかと落としをして、体の風の流れをかき消した。

 残りの五体は、紫苑たちのもとへ向かっていた。

 剣姫は、風圧で思うように刀が振り下ろせなかった。

「閼嵐の攻撃は木気をこくする金気の白虎神の力があるから、たやすく斬り裂けたか」

 素早く、宝石が輝く様を表した剣舞を行って、四メートルの巨人五体の広範囲な風の攻撃を、宝石の光をとげに見立てて、打ち消していく。

 露雩は出雲を治している、氷雨はその二人と霄瀾を守っている。空竜の矢は、六点を貫くが、相手はすぐ風の流れを復活させる。

「麻沚芭!! お前と私で――」

 剣姫が金と銀の二剣で行う儀式の剣舞を自分の双剣で舞って、五体の巨人をひるませたとき、閼嵐が叫んだ。

「覚悟しろ!! 知葉我!!」

 閼伽閼嵐の右拳が、知葉我の左頬に完璧に入り、首をねじ切れんばかりに曲げさせると、軽い知葉我の体も同じ方向に何回転もさせた。

 地面の上に投げ出された左頬は、ひしゃげていた。

「とどめ!!」

 全体重をひじに乗せて、小さな知葉我の体を完全に押し潰した。

 一滴の血もない体だった。

「……オレの勝ちだ」

 閼伽閼嵐が起き上がろうとしたとき、突然知葉我の体から風が噴き出した。

 どこか粉っぽいと思ったときには、もう遅かった。

 閼伽閼嵐の体の自由はきかなくなり、地面に突っ伏した。

 しびれて、指一本動かせなくなっていた。

「ははは、河樹かわいつきのことを忘れて浮かれたね、坊や」

 潰れた知葉我が、風を発したまま笑った。

「あいつは水の体。わたしは風の体なのさ! 痺れ風の味はどうだい? 後ろの剣姫たちも!」

 剣姫たちまで、痺れに倒れていた。

「さあ、風のしもべたち。まずこの偽の魔族王からばらばらにするんだよ。虎神でさえ、切り刻まれるところを、とくと見てやろう!」

 閼伽閼嵐に倒されたと思われていた二体も、復活している。七体の風の巨人が魔族王を囲んだ。

 閼嵐の完全魔族化できる時間が過ぎて、十三才の細身の子供の姿になっていく。

「閼嵐!!」

 皆が叫んだ。あの状態になって、勝てるはずがない。

「ははは! 今日はいい酒に酔えそうだよ!」

 知葉我が高笑いし、風の巨人が閼嵐を七方向から襲った。

 閼嵐は目で知葉我に殺意を向けた。

 ここまでなのか。畏れ多くも神の力を授かりながら、使いこなせなかった。恥ずかしい、呪わしい。深くお詫びしても足りない。力を自分の種族のためだけに使うこんな奴に、負けるとは。死んでも死にきれない!

「――は」

 知葉我の目と口が止まった。

 七体の巨人が、七つの風を腹にぶちこまれたとたん、破裂したからだ。

「誰だいっ!! わたしの風を打ち消したのは!!」

 知葉我の怒りの視線の先にいたのは、神剣・青龍せいりゅうを突きつける麻沚芭であった。

「麻沚芭……!!」

 閼嵐が自分と同じ、四神に選ばれし者の名を呟いた。

 知葉我は、麻沚芭の周囲に自分のものでない風が流れているのを感じた。

「青龍の風で、わたしの風を防いだんだね!」

 痺れ風がきかなかったことに、舌打ちした。

「白虎神から、同じ木気の神同士で決着をつけるよう申し付けられている」

 麻沚芭の神剣から、新鮮な風が溢れた。一帯の淀んだ空気が流れ、紫苑たちはわずかずつ動けるようになった。

「同じ木気の神同士でかい! 物は言いようだね、どうせこいつがわたしの策に翻弄されて、白虎顕現の力を残せなかっただけなんだろうに!」

 知葉我の体が風の流れに変わっていった。閼嵐を置いて宙に浮く。

「でもこちらとしてもその風は目障めざわりだよ! せっかくの皆殺しの邪魔だからね!」

 知葉我の体に集まる風と、放たれる風刃が入り乱れる。麻沚芭が振るう神剣・青龍と交刃すると、打ち消されていった。

「わたしに勝てなかった閼伽閼嵐、自称魔族王の敗北は変わらないよ! それでもわたしを世界から排除できるのかえっ! 神よ! 負けた者に王の価値などないんだよっ!」

 知葉我の風が、子供の閼嵐を仰向けにして宙に持ち上げた。

「こいつは地上の神であるわたしへの、最初の生贄いけにえだよ! 敗者は勝者のものさ! わたしの前途をその血で祝福するがいい!!」

 風で四肢を引きちぎろうとするのを、麻沚芭の風が阻んだ。

「閼嵐の全力が怖くて、他人を使って力をいだ卑怯者が何を言う!」

 古くからの友を擁護するように、麻沚芭が風を強めた。

「頭脳戦も戦いのうちだよ! もっとも、これを見てもまだこいつの全力が怖かったからだなどと言えるかな!!」

 知葉我は、麻沚芭の青龍に力を隠して勝てるとは思わなかった。だから、変身することに決めた。顔だけ残して、風になった。十メートル上空に浮かび、容易には届かない。次に、耳から顔の三倍の長さの風の翼が生えた。顔の下に、回転している円陣が生じ、知葉我の顔ごと天へ、下から照らした。円陣には「風葬」と書いてあり、四つの光る風が中央へ向かい、一つにまとまって細い滝のように地上に落ちていた。

「わたしは一涯五覇いちがいごは、木気の極覇きょくは四流刃牙しるはが!! 本当の奥の手を見せた以上、全員生かして帰さないよ!!」

 麻沚芭の神剣・青龍からも、四神・青龍が顕現した。戦場を一回りするほどの巨大な神が、今にも四流刃牙につかみかからんばかりに、轟音の声を放った。

『地上の神よ! 天の神といささかも違わぬか、その風の身に我が怒りの息を思い知るがよい!! 風の神敵には我がつ!! 地上のものはすべて天より降ったものと知れ!!』

 青龍の起こす風が白く色づいて、すべての鱗を経て剣のように逆立った。


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